光る桜の舞い散る中で
それは、無言でペレと打ち合うルティナの元に届けられた。
(ルティナ様、我々も今行きます)
アルラウネの念話だ。
(それは…!)
ルティナは言葉に詰まる。
例えシラキの眷属主要メンバーであろうと、ペレを前にすればまともな戦いすら成立しない。
ペレの攻撃を一撃でも耐えられるメンバーは、それこそ先刻対峙していた四人だけなのだ。
しかし、ルティナにはいよいよ余裕がなくなってきているのも事実。
(主様は必ず戻られます。しかし、ルティナ様が健在でいなければ)
(シラキが帰ってきた時点で、ルティナ様が戦えなきゃダメなんだ)
アルラウネに続き、グノーシャまでもがそう言う。
ルティナとシラキがそろえばまだ可能性があるが、どちらも単体では到底勝ち目などない。
彼らはその僅かな勝ち目に賭けて、その身を差し出そうというのだ。
ルティナは歯噛みする。
仮にも亜人族最強の神の子であり、"最強の盾"と呼ばれた存在でありながら、仲間を犠牲にする。
そうしなければ自分がおそらく持たないであろう事が、ルティナには分かっていた。
(おねがい、します)
(我が身に変えても、必ず時間を稼いで見せます)
雲中庭園に転移してきた彼らの戦い方は、ともすれば投げやりとすら言えるほどに苛烈だった。
それは体力の配分とか、魔力の使用効率と言ったことをを一切考えていない、ほとんど自爆に近い力の使い方。
とにかくどれだけ燃費が悪かろうと一撃の威力を重視し、使えるだけの力を使って攻撃した。
どうせ一撃でやられるなら、やられる前に全部ぶつけてしまおうという考えだ。
全員が全員とも持ち得る最大の攻撃をぶつけ、そして彼らの攻撃は想定通り、その苛烈さ故にペレの気を引いた。
最初はほとんど無視してルティナを攻撃していたペレも、余りの猛攻にその矛先を変えたのだ。
「いいわ、そんなに死にたいなら、先に殺してあげる!今こそその責務を果たせ、魂裂・有情なる執行人!!」
ペレはそう言い放ち、まず最も能力が高く、存在感のある巨体を持つケントロに目を向ける。
その鎌が放つのは、優秀な戦士であっても直視することが難しいほどにおぞましいオーラだ。
自分が狙われたことを察知したケントロは、焦げ茶色に光る球に、己の全てを集中させる。
両者が動いたのはほとんど同時。
轟音と共にケントロが放った五メートルはある光球が迫る中、ペレはその場から動かず、振りかぶった鎌を力強く振り切る。
爆発。
ペレの攻撃はその鎌に触れずとも効果を及ぼし、対象の魂に直接攻撃を仕掛ける。
その攻撃はどれだけ頑丈な肉体を持とうと、どれだけ強大な魔力や闘気を持とうと、関係無く相手を討ち滅ぼす。
「あと、七」
爆炎の中で、ペレがそう言い放つ。
ケントロがゆっくりと崩れ落ちる中、爆発したばかりの場所にライカの、雷帝樂天と見紛うほどの雷が降り注ぐ。
衝撃で爆炎が晴れ、雷をくらって動きを止めたペレの元に、すぐさまハースティが創造した特大の剣が振り下ろされる。
三十メートルはあろうかという剣を鎌の持ち手で受け止めたペレは、一度動きを止め、剣を横に下ろすようにしてそのまま振りかぶる。
その鎌が振られると、空中にいたハースティが動きを止め、そのまま落下する。
「あと、六」
そうやって、彼らは一切手を緩めることなく攻め続けた。
彼らの攻撃は決して無駄ではなく、ペレの動きをとめ、そしてダメージを与えていく。
しかしペレがその鎌を一振りするたびに、一人また一人と脱落していく。
光が降り注げば、光り輝く白い鳥、カミドリ達が落ちていく。
氷の龍がペレを飲み込めば、数秒後にリースが崩れ落ちる。
出現した岩達が四方からペレに押しかかり、べきべきと押しつぶすように圧縮すれば、その岩ごとアルラウネが切り裂かれる。
力を振り絞るような雷が落ち、体から血を噴き出したライカが、自らの限界で力尽きる前に落とされる。
「あと、一」
そしてグノーシャが地属性最上級魔法"タイタンファング"を撃ちだした。
禍々しい威容をした巨大なトゲがペレに襲いかかる中、グノーシャは悪態をつく。
「ああもう、シラキ。君が遅いからだぞ」
そう言ったのを最後に、グノーシャが倒れ伏す。
土煙の中から出てきたペレは、まだルティナの方に向き直らない。
「もう一人、いたみたいね」
そうつぶやいたペレを輝く水色の光線が飲み込む。
放ったのは、最後まで自らの役割を果たし続けていたクラージィヒト。
その攻撃に動きを止めたペレに、白き竜が連続で攻撃をかける。
何発もの強大な氷の魔法が放たれ、白き煙が弾け、巨大な氷の華が咲く。
そして遂にその連続攻撃が止まったとき、その身に魂裂の一撃を受け、最後の一人が力尽きた。
しかし、倒れたクラージィヒトは、その口元に笑みを残す。
「これで、終わりかしら?」
ぐるんと鎌を一回転させたペレが、悠然と言い放ちルティナに向き直る。
拳を握りしめ、歯を食いしばっていたルティナが、しかしフッと力を抜いて口を開く。
「いいえ、始まりです」
直後、第十階層に強烈な光が走った。
目覚めたとき、飛び込んできた光景はひどいものだった。
苦楽をともにしてきた眷属達が倒れ伏し、立っているのはルティナとペレの二人だけ。
俺は動かない眷属達を順番に見つめ、決意を新たにする。
そうして歩き出す俺の元に、ルティナが降り立った。
「シラキさん」
「ルティナ」
二人お互いの目を見て名前を呼び合う。
しかしすぐにペレに向き直り、こちらに歩いてくるペレから目を離さずに話す。
「調子はどうですか?」
「多分最高。疲れがぶっ飛んだ。ルティナは?」
「私もです」
状況は改善していない。
確認してはいないが上層にはメアリーが健在であり、こちらは満身創痍だ。
数十メートルほど離れて立ち止まったペレが、微妙な表情をして口を開いた。
「本当に、出てきたのね」
込められたのは、賞賛と呆れ。
それだけではない何かもあっただろう。
「レオノーラは?」
「煙になって消えた」
「そう」
端的にそう言うと、短くつぶやいたペレがうつむく。
その表情は、先ほどよりも複雑だ。
見ていて分かったが、少なくともペレとレオノーラには、何かしらの強い絆があった。
「どうする?」
そのまま動かないペレから視線をそらさず、横に立つルティナに聞く。
「攻撃は全て私が防ぎます。だから、シラキさんは気にせず攻撃してください」
「了解。あんまり変わらないな」
「ええ。ですが、これからはシラキさんが受ける攻撃を全て私が引き受けます…私は動けませんが、シラキさんは傷つきません」
「……?」
ルティナの言い方だと、まるで俺が受けたダメージそのものがルティナに肩代わりされるかのようだ。
ダメージをある程度融通し合うことができる、ユニゾンのような状態だろうか?
「手を」
そう言ってルティナが右手をさしだしてくる。
突然の行動に戸惑いつつもゆっくりと左手を乗せると、指を絡めて手を下ろす。
その場に似合っていないが、いわゆる恋人つなぎというヤツだろうか。
「見ていてください」
そう言ってルティナが目を瞑ると、ルティナを中心にして"何か"が拡がり始める。
スライム状とでも言うべきか、まるで空間そのものを飲み込んでいるかのようだ。
そうやって浸食されていく世界の後に映るのは、満月の夜のような明るい闇と、ネオンのように輪郭が桃色に光る桜。
ペレが顔を上げてこちらを見て、驚いた様な声で問う。
「覚醒…かしら?夢想現界?」
「覚醒?夢想現界?」
ペレの言葉に、俺がオウム返しする。
俺は普段通りだが、いつもと違って表情を崩さない。
「昇華とか、覚醒って聞いたことないかしら?」
「いや」
「そう。大きな意味での覚醒って言うのは、大まかに三つのことを指しているわ。すなわち、魂の昇華、魂の覚醒、魂の越境。
"昇華"は知っていると思うけど、魔族なら"魔王の紋章"の発現、亜人族なら"運命開拓"を覚えることを言うわ」
魔王の紋章は分かるのだが、運命開拓というのは何だろうか。
そう思うが、とりあえず口を挟まずにペレの言葉を聞く。
「"越境"は、私は行ったこと無いけど、"存在の踊場"で来る者を待っている存在になること…らしいわ」
"存在の踊場"には行ったな。
俺が会ったのは雷煌竜王だが、たしか種類によって別の人が待っているという話だった。
そこにいるような存在になった者、つまりよっぽどの達人と言うことか?
「そして、"覚醒"がこれ。夢想現界と呼ばれる技。己の魂が映し出す世界を現実世界に具現化する…とか」
つまり世界、あるいは空間を作っていると言うことか。
"神の子達の庭"と通ずるものがあるが、ここは魂だけが入れるわけではなく、肉体ごと取り込まれている。
その世界は、両脇に桜が咲き、鳥居のようなアーチが連立する巨大な回廊。
何もかもスケールが大きい場所だった。
桜は自分が犬や猫にでもなったのかというくらいの大きさがあるし、アーチに至っては大空にかかる虹の様だ。
アーチとアーチの間隔も何百メートルも離れており、まっすぐな回廊は地平線まで続いている。
振り向けばこの回廊の先には巨大な、それこそ山のような大きさの門がそびえ立っており、大きすぎて距離も良く分からない。
ふと気になって物珍しそうにきょろきょろと周りを見回しているペレに話しかける。
「邪魔しないんだな」
「しないって言うか、できないわね。多分夢想現界は、誰にも止められないんじゃないかしら」
ペレは曖昧にそう言う。
確かに言われて見れば、ルティナが気にした様子もなく発動している以上、実際止められないのだろう。
繋いだ左手を通じてルティナが力を込めたことを感じ、ルティナの横顔を見る。
するとルティナは大きく宣言するように言葉を紡いだ。
「因果の裁定者に至る、唯一たる終点。
この門を潜り、命を預け使命を受け取りし者よ!この門を潜りし、至高の祝福よ!
世界の門前にて示す、我が名はルテイエンクゥルヌ。使命の終焉を告げる、転生の調停者!!!」
その言葉と同時、世界に透き通る鈴の音の様な音が響く。
そして唐突に一陣の風が吹き、空を覆い尽くすように桜吹雪が巻き起こった。
それらはまるで、ルティナに対して惜しみなく送られる歓声の様だった。
「為抜く吟声、繋ぎて奉ず……"桃源回廊"」
ルティナが目を閉じ、繋いでいた手を離すと、ルティナの体がふわりと浮き上がる。
すると同時に、俺とルティナの背中に羽衣のような、もしくは月の様なものが三つ、自分を包むように浮かび出す。
そしてペレと向き合う俺は、ルティナが先ほど言っていたことの意味を理解した。
つまり、これから俺とルティナは一心同体。
前面に立って戦うのは俺だが、俺が受けたダメージの全てはルティナが肩代わりする、ユニゾンの様な状況。
俺でありながら、防御力と体力がルティナなのだ。
「本物の夢想現界を見たのは生まれて初めて。それも神の子のものともなれば、その力は想像もできない」
そう言うとペレは今まで一度も崩れることのなかった余裕の表情を消し、まるで刀で突きでも繰り出すかのように腰を落として鎌を構える。
「全身全霊、本気で行かせてもらうわ。その力、私に見せてちょうだい!」
曰く死神で最高の攻撃力を持ち、二番目に高い個人戦闘力を持つ死神"煉獄よりの使者"。
ペレが、初めて本気になった瞬間だった。
ルティナの桃源回廊において戦うシラキは今、素のシラキとは戦闘力において別人と言えるほどに変わっていた。
発動させている魔法は三つ。
一つは、手に持つ"紅玉の乱れ紅葉"が纏う雷、閃似咲雷神だ。
それは魂の世界でのレオノーラとの戦いによって気付いた、咲雷神の本来の姿だった。
全身に使っていたそれを武器に対してのみ使用し、また漫然と全身を覆っていた力を集中。
威力を高めると共に、体にかかっていた極端な負荷が解消され、持続時間が別物と言えるほどに伸びている。
二つ目が、かつての咲雷神の代わりに全身を覆っている、活気若雷神。
基本性能は咲雷神とあまり変わらず、純粋な筋力だけでなく、反射神経や動体視力、思考能力を含めた身体能力を高める。
それらに加えて燃費の良さはもちろんのこと、自然治癒能力をも人間らしからぬ程に上昇させる、強化補助魔法の最高峰だ。
最後は"存在の踊場"で会得した魔法、光仙煌頭広界だ。
この魔法はいわゆる感知魔法に分類され、周囲の魔法や動きなどを観察し、解析する魔法である。
常識外れなほどに目が良くなるとも言える。
魔法の威力や消費魔力、特性や発動タイミングなどがリアルタイムで分かる様になる、限りなく実戦に即した魔法だ。
クラージィヒトにも負けないだけの情報を得られ、隙の見極めや行動の先読みも可能になる非常に強力な魔法であるが、使用を控える理由もあった。
それは、あまりにも見えすぎてしまうこと。
この魔法を使用している間は普段とは異なる世界の光景を見るため、心身に多大な負担を掛ける。
しかもその負担は普段の疲労や怪我の様にルティナが数日で治せるものではなく、呪いや病気にも似た、悪くすれば年単位で作用するもの。
これからの戦い全てにハンディを負ってしまうような魔法であるため、アテリトート戦やサブナック戦では使用を控えていたのだ。
とはいえ、使ったからすぐにどうというわけではないし、機会の少ない死神戦で使うぐらいなら大丈夫だ。
そもそもこういう時の為にリスクを承知で取得した魔法なのだから。
これらの魔法により大幅に強化されたシラキは、かつて無い程の戦闘力を発揮した。
一度立てなくなるほどに消耗した後とは思えないほどに思考もクリアで、最高のコンディションで戦えることを感じていた。
ユニゾンもこれ以上ないほどに高い次元で維持しており、一体化しすぎてもはや心の中ですら会話ができなくなる(必要なくなる)ほどだった。
そんなシラキが対峙するのは、一撃必殺の鎌を振るうペレ。
その一撃は、三つの鎌から同時に放たれた。
ペレの肉体がぶれ、そして肉体をすり抜けるようにして繰り出された鎌は、三本とも確かに実体を伴っていた。
シラキは攻撃を行わず、回避に集中してその鎌を回避し、すぐにそれがどういう技であるかを理解した。
それはタイムスリップにも似た能力であり、ペレが数秒前の状態に移動、いや戻っているのだ。
時間・範囲は現時点から約六秒前まで。
このレベルの者達が行う戦闘においては、十分すぎるほどに長い。
戻った後にも戻る前のペレが分身のように存在しており、二人で同時攻撃を行ってくる。
しかも本体は分身をすり抜けるにもかかわらず、本人以外はその分身をすり抜けることができない。
その上本体・分身に加え鎌だけはもう一本追加で現れており、それらが三つ同時に襲ってきたのだ。
戦いの途中ペレの姿がブレたように見えることがあったが、それは数瞬前に戻った本人と分身が重なっていたからそう見えていた訳だ。
この技の恐ろしいところは、位置や姿勢はおろか、ペレの肉体の状態すら数秒前に戻っているところだろう。
つまり、どれだけダメージを受けようが、死んでさえいなければ数秒前の無事な自分に戻れる。
死神の身体能力を考えれば無敵と言ってもいいような能力であり、そしてこのようなチート紛いのスキルが許されるのが死神だった。
しかし肉体の状態は戻っても精神的なスタミナ・ダメージは変わっておらず、また短期間に連続使用するほどインターバルが伸びる。
この能力を駆使するペレにダメージを与える方法は二つ。
一つ、能力を連続使用させ、生まれたインターバルの間に攻撃する。
二つ、ペレが約六秒前までに存在していた空間全てを攻撃し続け、それを六秒以上維持する。
一応ペレを即死させればおそらく能力を発動することすらできないと思われるが、控えめに言って不可能なので除外する。
人間だって首が落ちてもその瞬間に死ぬわけじゃないのだ、死神ならなおさらである。
死神や終末の四騎士ともなれば、肉体が消滅しても即死しないかもしれないのだ。
俺が選んだのは、前者。
ペレの三つの同時攻撃の内二つを避け、一つは初めからくらう前提でペレ本体を攻撃する。
肉を切らせて骨を断つ。ルティナが守ってくれているからこそ、それが可能だった。
最初の数回だけは、ペレが俺の攻撃が当たった後に戻ったが、俺はそのまま戻った本体にも攻撃した。
その数回で、ペレは回避に能力を用いることの無意味さを覚った。
能力を使った後のペレがいる場所が、状況が、手に取るように理解できる。
今の俺が見ているものは、いや今の俺そのものが、今までの自分と全く違っていた。
この時点で戦闘の内容そのものが決定する。
それはお互いがひたすらに心と体を競う戦いだった。
俺はペレの攻撃を見切った上で、攻撃の三分の二を回避し、体の一部が分身と重なっている本体に攻撃する。
常に機動力を生かし動き回ることで回避してきた俺だが、今回だけはむしろ緩急をつけて今までより移動せずに戦った。
要所要所でゆっくりとした動きをしてでも、ペレの動きを予測する。
一方のペレは毎回姿勢や戻る時間を変えて攻撃を行い、俺を幻惑する。
時には大きく体を回し、時には鎌を小刻みに震えさせ、時には攻撃中にクルクルとバク宙したりもした。
今までその場からあまり動かずに戦っていたペレが打って変わって三次元的に動き回る。
大きく動くほどに戻ることによって移動できる距離が増えるのだから、当然動いていた方が強いのである。
まるで普段の俺とペレの戦い方が、そのまま入れ替わったかのようだ。
ペレは一度頷くと、ついに今終末において初めて、全力を発揮する。
直径三メートル以上の緑の球が数十出現し、周囲を漂い出す。
そしてペレが三本に増えた鎌を投げれば、緑の球の周囲を沿うようにして大きく方向転換し、様々な角度からシラキに襲いかかる。
ペレの手を離れてもなお、必殺の威力を維持する鎌。
その行動の何が恐ろしいかも、今のシラキにはすぐに理解できた。
高速で飛来する鎌を避ければ、鎌があった場所に振りかぶった状態のペレが出現する。
ペレは自分がいた場所に戻ることができるが、鎌もまたペレの一部なのだ。
増えた鎌の分だけペレの手数が増え、移動範囲が増える。
ペレの出現を予測していたシラキは、ギリギリで鎌を躱し反撃するも、その後にはペレは姿を消している。
別の位置にある鎌に移動したのだ。
しかも緑の球体は、それを通して見たときにペレの姿だけを隠してしまう。
ペレ以外は透けて見えているだけに、ペレだけが透明になったかのようなその現象は、さらにシラキを混乱させる。
もっと言えば、鎌が増えてもペレ自身の技は一切衰えることがない。
ペレが鎌を振るえば、直線上にある生物すべてが死亡する。
事実上の瞬間移動と共に攻撃を繰り返せば、一撃一撃が必殺の超速多方向連続攻撃も可能だった。
一見してペレがさらに有利になったようにも見えるが、シラキのやるべきことは根本的には変わっていない。
ペレの動きを予測し、攻撃を躱し、近ければ剣を、遠ければ魔法を放ち、休むことなく移動と攻撃を続ける。
ペレに刃が届くまで。
しかしそうやってペレの体を貫いても、ペレはある程度は自力で傷を治してしまう。
そのたびに、余裕とは言えない表情を浮かべ、僅かなのちにまた晴れやかな表情に戻して。
傷を治されてもペレの力の総量自体は減少し、確実に追い詰めていっていることを、シラキは間違いなく理解していた。
自分の限界が、同時に近づいていることも。
光と闇と桜が生み出すこの美しい世界で、単純なようで多彩で、多彩なようで単純なやり取りを繰り返す。
懐に入れば、到底捌ききれない高速の連続攻撃が繰り出される。
俺はペレの出現と動きを予測し続け、決して必殺の距離にとどまらないようにする。
ペレが目の前にいながら、全く別の場所から必殺の一撃が飛来する。
前に戻っても戻る前のペレを数秒は残せるため、実質二人のペレを同時に相手にしているようなものだ。
俺は時に二人分の肉体を切り裂き、時に二人分以上の攻撃を避け、非常に緩急のついた動きを続ける。
不思議な感覚だった。
まるで俺とペレ意外、誰も存在しないかのような錯覚を受ける。
実際はソリフィスとレフィル、そしてルティナが共に戦っているにもかかわらずだ。
今までも何度かそんな感覚を感じたことはあったが、今回は今までよりも更に強い。
二人だけでダンスでも踊っているかのような感覚が続き、そして唐突にその時間は終わった。
決して短い時間ではなかったが、俺からしたらまるで一瞬の様に過ぎ去った。
跳ねるようにして動き回っていたペレが、背を向けた体勢でその動きを止める。
今まで他の場所に現れる姿を予測し続けていたが、止まっているペレ一人しか見えなくなる。
鎌が手から離れ、ガランガランという音を鳴らして地に落ちる。
周囲に浮かんでいた緑色が、飛び回っていた鎌が消える。
そしてペレは俺とルティナ、両者が見える様に振り返り、屈託のない笑顔を浮かべて一言。
「本当に、強いのね」
それを最後にペレはゆっくりと崩れ落ち、猫のように背を丸めて、眠るように動かなくなった。