三度立ちふさがるレオノーラ
気がつくと、そこに移るのは自分の目とは異なる映像。
夢を見ているときと似ているが、感覚的には神の子達の庭やミテュルシオンさんの部屋にいるときに近い。
見えているのは森の中にある木造の家で、そこには小さな少女がたった一人で住んでいた。
家の中に特別なものは無く、特筆するべきは少女が両親からもらった人形くらいだろう。
大きさ四十センチくらいの金髪の少女人形で、家には全部で二十体飾られている。
ある日何でも無い日常が過ぎていると、人形の一体が動き出す。
それがレオノーラの誕生日だったのかもしれない。
一人で寂しかった少女は人形が動き出したことをたいそう喜び、そして一緒に暮らすようになる。
しばらく平和な時が流れるが、ある日を境に森の様子が変わる。
今までいなかったはずの魔物が現れるようになった。
人形はまるでそれが自分の使命であるかのように、少女に隠れて周囲にいる魔物を倒すようになる。
目的は当然少女の安全にあり、それ以外には存在しない。
動く人形は徐々に増えており、いくつかの人形が常に少女の近くにいることで、少女に戦闘を隠し通していた。
たまの日には、少女の友人である身なりの良い緑髪の少女……ペレが訪れることもあった。
それ以外は何ごともなく、いつも通りの日々が過ぎていく。
そんな時間がしばらく続いた後。
その日は唐突にやってきた。
巻き起こったのは、強大な二つの存在による戦い。
巨大な真っ黒の巨人と、黒翼の弓を持つ金髪の堕天使。
両者の戦いは堕天使が撃墜されることによって集結し、巨人は少女と人形達から離れていく。
その戦い自体は遠くで起こったことであり、彼らの生活を変えはしなかった。
本当に変わったのは、その後。
同じ家に住んでいた彼女達の元に現れたのは、頭を丸刈りにした長身の男。
男は少女を見るなり剣を抜き、少女を守らんとする人形達との斬り合いが始まる。
その時点ですでに二十体全てが動き、決して低くない戦闘力を持っていた人形は、男の持つ赤い剣を前に敗北する。
そうして全ての人形を切り倒した男は、最後に少女を斬り殺し、家ごと燃やして去っていった。
黒い巨人が去って行った方向へと。
パッと目覚めると、自分は仰向けに横になった状態だった。
朝起きたときはいつも感じる強い眠気と倦怠感がまるで感じられない。
空は明るいオーロラのかかった夜空であり、周りを見てみれば眺めの良い、おそらく高所にいるだろう事が分かる。
上体を起こしてみると、周囲は草原というか高原であることがわかり、そして地面が普通とは違う事に気付く。
土も草も、そこにあるもの全てが同じ半透明な結晶でできており、暗く薄い青色をしているのだ。
そして十メートルほど離れた岩の上に、一人の男が座っている。
上半身裸の非常にがっしりとした大柄の男であり、俺には明確に見覚えがあった。
「滅亡の大地………?」
その言葉にどこか不安な響があったのは、目の前の男が本当に滅亡の大地本人であるか確信が持てなかったからだ。
「の、残滓……いや、スキルと融合した魂の一部だ」
そう言う滅亡の大地は、思い出してみれば俺がトドメを刺したときと同じ格好をしている。
いまいち不安だったのは、あの時の強烈でむき出しな戦意が感じられないせいだろう。
「ここは言うなれば貴様の心の中の世界。魂が自身を彩る景色そのもの……だ、そうだ」
「…だそうだ?」
「そんな事が俺に分かるはずがないだろう。俺に興味があるのは戦いだけだ」
「…じゃあ、誰の言葉なんだ?」
「後ろだ」
その言葉を聞いて振り向けば、そこにいたのは赤頭巾をした可愛らしい少女。
レオノーラだ……ただ、視界に入った瞬間、レオノーラが一瞬だけ等身大に見えた。
今は今までと同じように、片手で持てるような人形の姿をしている。
数瞬ボーッとするが、ハッとなって起き上がる。
「最後の戦い。現実世界に影響しない心の中で一対一の戦い、だそうだ」
後ろの滅亡の大地がそう言った直後、レオノーラが分裂する。
鏡に映るようにして瞬く間に二十体になったレオノーラが、それぞれの武器を眼前に掲げる。
俺も戦闘態勢に移ろうとするが、すぐにあることに気付く。
咲雷神が発動しない……!
ハッとなって確認してみれば、魔法自体が発動しない。
と言うか、魔力そのものが動かせない感じだ。
焦って腰を確認するが、三本の刀と一本の剣、全てがちゃんと腰に下がっている。
心の中の戦いなら心にあるユニークスキルは使えると言うことか?
咲雷神も魂が一部作ってるんじゃなかったんですかガリオンさーん!?
そんな事を思いながらも、水宝剣・志石を抜いて戦闘を開始する。
十二体のレオノーラが一斉に襲いかかり、それを何とか捌くのだが、その一回の攻防で陣形を作られてしまう。
レオノーラは八体が弓を持って遠巻きに八方を取り囲み、残りが四体ずつ三方向から俺を囲む。
自分が今相当悪い状況に立たされているのではと戦慄するのも一瞬。
まるで自分自身が弾かれる弓のように飛びかかってくる槍を持ったレオノーラ。
それも四体ずつ時間差で複数方向からである。
それを何とか弾くと、間髪を入れずに矢が飛んでくる。
厳しい…!!
矢の一本一本が強力で、数本を避け数本を弾くが、とても捌ききれたものではない。
防戦一方で槍と弓の攻撃が一巡すると、それだけでいくつも切り傷ができている。
攻撃がかすめた結果だが、こんな事を続けていたらソッコーで避けきれなくなるぞ。
そして始まる二巡目、槍の攻撃。
ひー!?
何とかギリギリのところで攻撃を捌き、切り傷を付けられる。
ムリだって!!相手死神だぞ!?咲雷神もユニゾンも無しに、てかユニゾンはどうした!?
事ここに至ってようやく気付く。
自分が今ソリフィス、レフィルとのユニゾンを維持できていることに。
気付いた途端、自分の動きが速くなり、よもや突き刺さりかけていた矢を回避することに成功する。
なんだ!?
自分が完全に人間の見た目を維持しながらユニゾンしていた事はいい。
おそらく精神世界だから勝手に元の自分の体を再現しているのだろう。
だが自覚した瞬間に自分の動きが良くなったのはどういうことか。
「滅っ、亡の大地!この世界だと戦闘力が精神力依存じゃないよな!!?」
何とかレオノーラの攻撃を捌くことを維持できるようになったような気がするところで、滅亡の大地に怒鳴りつける。
根拠ゼロで答えが返ってくるかも分からなかったが、結果的にはすぐに返事が返ってきた。
「ここはシラキよ、貴様の心の世界だ。当然貴様の意志が強さに直結する」
マジかよ!?
答えが返ってきたこともそうだけど聞いた内容もマジかよ!?
こういう時正解の目星を付けられるところが創作作品を読み慣れている現代日本人の強み!
そういう訳で俺は即座に目を見開いて心の中で叫ぶ。
咲雷神!!!!!
直後、自身から爆発するように弾ける光と雷。
やはり、念じたら…というか想像しながらそれを求めれば発動できた。
普段使うときは魔力を動かして発動するので、それほど意識的に念じているわけではないのだ。
そもそも多分これは見た目と気休めの意味しか無く、咲雷神を発動した気になっているだけだ。
だが、おそらく"その気になっている"というのがここでは重要なはずだ。
おそらくとか多分とかまるで確証のない予想だけで行動するが、その予想は決して的外れではなかった。
だんだんとレオノーラの連続攻撃に対応できるようになり、何とか反撃もできるようになる。
現実なら確実にこうはいかないだろう。
何せ咲雷神無しで消耗したレオノーラ一体押せる程度の能力差だ。
全力が出せたところで、どう考えてもレオノーラ二十体同時に相手とか不可能である。
しかし本来は不可能な状況になっていることで、俺は本来起こりえない間違いを犯す。
ここだ!
僅かずつ作っていた一瞬の隙を突き、俺の刀がレオノーラの一体を切り裂く。
今の個体は間違いなく破壊した!
そう思った瞬間、甘くなっていた脇の下にレオノーラの槍が突き刺さる。
槍が自分の肋骨を砕き、肉に侵入してくるおぞましい感覚に、短時間だが遠ざかっていた恐怖が揺り戻る。
突き刺された勢いに咲雷神の能力も合わせて何とか距離を取る。
肋骨はお逝きになったが内蔵までは届いておらず、ダメージは致命傷未満ですんだ。
この現実離れした状況に振り回され、視野が狭くなっていたのだ。
冷静に考えてみれば当然で、今まで経験したことのない事態が波のように押し寄せれば、当然対応しきれなくなってミスが出る。
今回のミスの原因は、安直に功を焦って隙を晒したこと!
弓持ち達がこちらの動きに合わせるように動き、決して陣を崩そうとしないことを確認しつつも、今度は十一体に減った槍持ちとやり合う。
今度は、もっと冷静に…!
雲中庭園に、打ち合う打撃音が響く。
同時に複数の盾を展開するルティナと、体をぶれさせながら鎌を振るペレ。
すでに二人の打ち合いは十分を超え、長丁場の気配を見せている。
ディレットは、あの後少しして、ボロボロになって倒れ伏した。
消えた火柱から出てきたのは、体中に傷を作りつつも、貫かれたはずの胴体には傷跡のないペレだった。
シラキが消えた後は鬼のような形相をしていたルティナだが、戦っている内にそれも元に戻っていた。
シラキがレオノーラと共に飲み込まれたところには、直径二メートルほどの光の球が出現しており、そのまま静止している。
今まで闇で作られた巨人の姿をしていたレオノーラだが、今度は光を放っている。
倒れたアテリトートとディレットはカミドリに回収させたが、戦闘に復帰するのは不可能だろう。
ただでさえ限界が近かった二人に、必殺の一撃が直撃したのだ、死んでいてもおかしくなかった。
「意外ね、"夢見る闇"であれだけ手こずっていたのに、未だに耐えているなんて」
休むことなく打ち合いながら、余裕の表情でペレがそう言う。
一方のルティナもさっきまでの表情はどこえやら、機嫌の悪く無さそうな声で答える。
「ああ、やっぱり精神攻撃、と言うか魂世界での効果を及ぼす類いの術なんですね。闇でなく光を放っている当たり、契約系の能力ですか?」
「ふふふ、やっぱりさすがは神の子ね、多分正解よ。私なんてアレが何をやっているのか、全然分からないわ」
ペレが困った様な表情をして、ルティナを褒める。
ルティナはその賞賛を一応受け取りつつも、後半に関しては信用しない。
シラキであればそれが本心から来る言葉だと理解できただろうが、普通は疑うものだ。
「レオノーラは騎士ですね?肉体が限界を迎えてなお戦うとは、大した根性です」
「全くね。でも、まだ粘っているシラキの方もなかなかじゃないかしら!?」
そのシラキが倒れるのも時間の問題だとでも言いたげな様子のペレに、ルティナが笑う。
「ははっ。果たして、どっちが有利でしょうかね!」
そうやって二人は話ながらも激しい攻防を繰り広げ、ペレの攻撃がルティナの盾の一枚を破壊する。
しかし即座にルティナが新しく盾を張り直し、平然と戦闘を続行する。
状況は、決して有利ではない。
今までサポートに徹していたルティナが自分一人に集中した際の防御力はすさまじく、地上最強の盾と言われる所以を見せつける。
しかしそれはあくまで防御に集中しているからこそできる延命措置であり、決してペレに勝てるようなものではない。
言ってしまえば、ジリ貧なのだ。
事ここに至っても未だにペレはピンピンしており、倒れる気配を見せない。
死神の中でも有数の攻撃能力を持つペレを相手に、これだけ持ちこたえられるだけでも凄いのだが、このまま続ければ避けようのない敗北が待っている。
しかし、ルティナはこんな状況でありながら口元をつり上げる。
「シラキさんが戻るまで、負ける訳にはいきませんからね!」
そう言い切り、ルティナはペレの攻撃を受け続けた。