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異世界で小柄な女神様とダンジョン運営  作者: バージ
魔王の在り方 ~隠されたものの切れ端を見る~
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散歩と眷属達とアテリと読書


シラキのダンジョン

中枢



ダンジョンの管理を切り上げて中枢の通路を歩いていると、良いにおいが漂ってくる。

厨房を覗いてみると、アルラウネとフェデラがお菓子を作っていた。


アルラウネは不思議な女性であると良く思う。

俺に対しては丁寧というか(うやうや)しい様子で、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

俺が気絶するようなことがあると、大抵目覚めたときには彼女がそばにいる気がする。

そういうとき彼女は率先して俺を看病しているし、そうでないときも割と俺の近くにいる。

召喚してからずっと続いていることなのだが、夜寝ているとき、アルラウネは必ず部屋の外で待機しているのだ。

必要になることなどそうそう無いのだが、呼べばいつでもこれるように待機しているのだそうだ。

まるでメイド、いやもっと別の何かだ。

一体何が彼女にそうさせるのか、軽く聞いてみたこともある。


「主様の身の回りのお世話をさせていただき、メイドのようだといって下さったことは、私にとっては大変幸せなことです」


予想はしていたが、やはり望む答えは返ってこない。

彼女がそう思うことはわかっても、それがなぜかまではわからない言葉だ。

とはいえ彼女が幸せであることはわかるので、とりあえずそれは良いということにしておく。

機会があればまた聞くだろうが。


メイドと言えば、フェデラも似たような事になっている。

アルラウネが自主的に部下をしているような振る舞いなのに対し、フェデラの仕草は隷属だ。

しかし隷属と言ってもそれほど立場が悪いわけではなく、自意識がどこにあるかという話になる。

実際俺は特に扱いを分けているわけではないし、眷属達もあまり気にしていない。

しかしだからこそ、自分が自分をどうするか、どうしたいかが態度に出てきているんだろう。

なんとなく態度が低いというか、自分をそういう者であると規定しているように見える。

彼女自身俺のために死にたいとよく口にしているが、自分から命を投げ出すようなマネをするわけではない。

最初こそ自分から不幸になろうとするようなふしもあったが、今ではそんな事も無い。

普段魔物達と楽しげに談笑しているし、体に肉も付いてふくよか、と言うか女性的になってきている。

見ているとどんどん女性的魅力に溢れてきているような気がするが、これは気のせいじゃない。


ここでの生活は世界でも最高級に健康的で、太るでもやせるでもなく、健全な形で体が強くなっていく。

食事・睡眠・運動が高い水準にあり、環境も良くルティナという最高級の教師までいる。

俺も現代人として普通に不健康だったのが今は昔で、体の調子はあの頃と比べてすこぶる良好だしな。

体中に散らばっていた小さい黒結晶もすべて除去したし、黒結晶が無くなった瞬間、この世界で冒険者に信仰されている神からの祝福まで飛んできた。

神に祝福されるというのはこの世界でもそこそこレアだが、たまに見かける程度にはあることだ。

祝福された瞬間は場合によっては本人にも分からないが、今回はルティナがその場にいたおかげで、届いた瞬間に気付くことができた。


そんなこんなで生来の悩みにひとまずの解決を見たフェデラは、今凄い勢いで魔法に習熟していっている。

俺の目から見てもフェデラの成長度は高く、特に魔力操作能力の成長は著しい。

魔力の操作は魔法を使う上での基礎の基礎であるため、これが上達すれば当然あらゆる魔法が今よりうまく使えるようになる。

これに関しては俺やリース、グノーシャよりも上で、俺たちの中ではルティナの次くらいにうまい。

ちなみにディレットやアテリと言った上位勢はおおざっぱすぎて細かい操作とかは苦手である。

小手先の技術に造詣が深いのは人間らしいし、それを軽視するのは元々強靱な存在にはありがちだ。

ケントニス、クラージィヒトは強大な魔力を持つ者の中では例外で、繊細な魔力操作も普通にこなすが。


で、絶好調なフェデラに感化されているのが、よく一緒に訓練しているリース。

いつも戦闘時に見せる冷徹な雰囲気で魔術師部隊をガンガンしごいている。

最近は訓練にもかなり熱が入ってきていて、技は冷たいのに心は熱い。

ディレットやソリフィスの陰に隠れがちだが、彼女の氷魔法の威力はかなり高い。

俺もユニゾンなしでまともに魔法をぶつけあうと、普通に押し負けるからな。

……いや、それは前からか。


俺は第六階層の四分の三を占める農業地を歩いて回る。

この世界特有の野菜がずらっと並んだ畑の所々に、ドリアードの本体である大きな木が生えている。

そんな中を、子供の容姿をしたドリアード達が、狼と狐の子供(フュート)達と遊んでいた。

俺はすれ違った彼らに挨拶して先に進む。

ここにはいくつかの果物の木が生える果樹園もあり、日によっては良いにおいが漂ってきたりする。

花も咲いているし、散歩するにはちょうど良いコースだ。

俺は歩きながら自分の考えに意識を戻す。


訓練といえば、リースと一緒にケントロやライカもしょっちゅうやり合ってる。

リースとライカがやり合うと、実にいい勝負をするものだ。

リースは高速で飛来する相手の対処が結構うまくなっているし、ライカはライカで苛烈な攻勢がかなり強い。

二人が組むとケントロとも互角にやり合えて、ちょうど良い訓練になる。

ちなみに部隊での訓練もするリースと違って、ライカとケントロは基本一人から少人数での戦闘訓練のみだ。

属性鳥の指揮はハースティとカミドリによって成り立っているのである。

ソリフィスといいケントロといい、指揮しないダンジョンボスだなぁ。

まあ実際のところダンジョンに住む魔物達は、自分たちで好き勝手に住んでいるだけ。

多くの魔物を指揮するダンジョンボスなんてそうそういないのである。


指揮といえばドラゴン連中はそれをする気がないのがデフォルトなのだが、クラージィヒトはちょっと違う。

命尾がいなくなり、欠けている偵察部隊の指揮をとっているのが、暫定だがクラージィヒトなのである。

実は命尾は自分がいなくなったときのために指揮系統を決めていたため、本当は指揮自体は問題なかった。

人間の場合、ある程度規律のしっかりしている軍なら指揮系統を決めておくのは当然の話である。

しかし魔物は基本自分至上なので、自分が死んだときの備えなんてそうそうやりはしない。

命尾の魔物らしからぬ気配りのおかげで、偵察部隊は普通に動けていた訳だ。

レフィルと命尾は、二人とも自分がいなくてもそれぞれの部隊が動けるようにしている。

シラキとかいうのが大変不合理な立ち回り(指揮官が前線に出る)をしているから、仕方ないね。

それで、なぜあまり乗り気ではないクラージィヒトを指揮官にしているかは、単純に一番能力があるからだ。


白雪竜ケントニス、竜の賢者。

彼女は竜の中で最もバ…奔放なディレットとは対極に位置しており、竜の中で最も賢いとされている。

直接戦闘よりも探知や解析を得意とする彼女は、あえて分けるのであれば偵察部隊に向いている。

そして実質的な彼女の娘であるクラージィヒトもまた、調べることを得意としているのだ。

最も能力の高い者が上に立つという魔物的部隊配置になってしまっているが、クラージィヒトには普通に指揮適正があった。

これでやる気があったら、探知・支援(フォックス)支援・遊撃(ドリアード)回復(ケプリ)の支援組全体の指揮官にする手もあるのだが。


そんな風に考えながら居住区に戻ってきた俺が応接室…という名の遊戯室をのぞいてみると、そこには三人の人影。

ルティナとアテリがボードゲームに興じていて、ディレットがそれを眺めている。

しかしすぐに俺に気づいたらしいディレットがぱっと笑顔になり、こちらに駆け寄ってくる。

絶対ボードゲームで負けて、俺に戦闘バトルの誘いに来たやつだ。

また到底軽くとは言えない演習をすることになるのか、と思う俺であった。

















シラキのダンジョン第四階層

幻樹の森 崖の上



俺は第四階層の後ろ半分、平原地帯で走り回るウルフ隊を眺めながら崖の上を歩く。

そうして歩いていると、いつも通り紅茶を楽しんでいるアテリトートと出会った。

使っているのは傘付きの丸テーブルに、いくつかの椅子。

いつも一緒にいる老執事をそばに立たせ、自分は大きめの本を読んでいる。


「アテリ、何読んでるんだ?」

「数百年の時を生きる宮廷魔術師」


俺が聞くとすぐにアテリトートはそう言うが、一瞬それが本のタイトルであるとわからなかった。

タイトルからしてたぶんフォルクロア王国の宮廷魔術師にしてフェデラの師匠、グウェン=エバンディスのことだろう。

ルティナ唯一の直弟子であることからも、宮廷魔術師としては世界で一番有名な人物だ。


「へー…って、どんな本?伝記?」

「そうよ。この本自体は、200年前に書かれた物ね」


今なお存命の人物の伝記というのも面白いな。

個人の話が本になるあたり、やはり有名人である。


「確か前回の終末から生きてるんだっけ?アテリより年上?」

「ええ。私は吸血鬼の…統治者たちの中では、一番の若輩なのよ」


グウェンは600歳くらいか、人間換算だと相当な年寄りだな。

それだけの時を生きていれば、吸血鬼的に見てもそれなりだろう。


しかしこの景色の良い場所で読書とは素晴らしい、実際には外じゃないのが残念だ。


「優雅だな」

「あなたもなかなか。良いものだわ、これは」


アテリトートそう言いながら今まさに使っているカップを見やる。

彼女が今紅茶を飲むのに使っているカップは、俺がルビーで作ったものだ。

紅の色が濃く、透明ではないカップで、熱が逃げにくいように工夫して作った。

紅茶単体の色を楽しむには割と不適なカップだが、ミルクがあれば問題ない。

座っている椅子や机も俺が作った物で、心が落ち着く優しい緑色の琥珀製だ。

幻樹の森の崖の上とか、大樹の層の一部屋とか、森フィールドとかにちょこちょこ作って置いてある。

実はダンジョン全体で数えると、今や俺が作った家具の方が市販品より圧倒的に多いのだ。

……少なくとも、吸血鬼の町を除けば。


「そりゃ良かった」


俺もかなりの数の武器や家具を作ったのだが、やはり彼女のような年長者に褒められるとかなりうれしい。

俺も対面の椅子に座り、テーブルの上に十数冊積まれた本の題名を眺める。


"戦場の皇帝"

"南の海の海上都市"

"駆け回る伝説の伝説的物語"

"聖なる乙女達"

"ダンジョンに現れる謎のゆがみについての考察"

"魔力を用いた美容増進法"

"世界ダンジョンを歩く"


エトセトラエトセトラ。

何というか、統一性のない本の山だ。


「どういうチョイス…?」

「面白いわよ。紅茶を飲みながら本を読む時間は、まさに至高だわ」


アテリトートはそう言いながらしたり顔でにやりと笑う。

かなり意外だった。


「本、好きなのか。俺も暇な時はいろいろ本読むぞ」


吸血鬼であるアテリトートが読書を好むって、想像してなかったな。

まあ俺は元から本が好きだから、この世界の本をいろいろと読んでいる。


「何もしないでいる時間が多すぎるとね……自分がなぜ生きているのかわからなくなってしまうのよ」


何でもないようにそう言うが、突然重いことを。

しかしそれ自体も興味深いが、俺は別のことの方が気になった。


「もしかして、長寿の……魔族は何もしていない時間が多い?」


アテリトートは俺の質問にすぐには答えず、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。


「私たち魔族からしてみれば、人間は忙しすぎるのよ」


しみじみと味わうようにアテリトートは言う。

その言葉は、俺にはひどく含蓄のある言葉に聞こえた。


「なるほどな……生活が余裕になったら……それでも忙しくないかはわからないか」


衣食住がそろっていれば世は太平かと言えば、そうでもない。

人間満たされると別の物がほしくなったりする。

しかし、アテリトートが人間は忙しすぎると言った一方で、何もしなさすぎると良くないというようなことも言った。

いや、良くないというか、存在意義が曖昧になるというか。

何千年も生きてるやつは何やって生きているのかと思ったが、何もしてないとは思わなんだ。

いや、何もしてないというか、割と暇なのか。


「しっかし贅沢な悩み……」

「そうね。人間を見ても何も思わないけれど、たまに現れるあなたのような人間を見ていると、そう思うこともあるわ」


アテリトートはそう言ってわずかに流し目をくれる。

何というか、彼女の目はどこか攻撃的でありながら、それでいてひどくきれいだ。

彼女は再び手元の本に視線を落とすが、こうして見ているとなかなか飽きない。

……そのせいで、言葉の意味を問うタイミングを逸した。


「いつまで眺めてるのよ」


しばらく何も言わずに眺めていたが、さすがにずっと見られていたせいか、アテリトートは恥ずかしそうにそういった。


「いや…つい」


ただ眺めているのはどちらかというと人以外の方で、人間は眺められる側なのだが。

つい眺めていたせいで立場が逆になってしまった。

俺はもう一度積まれた本を見直して、変なタイトルの本を読み始めるのだった。




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