魔法談義と咲雷神
シラキのダンジョン
食堂
「つまり今この場所は、全員に望まれるがままに存在している状態だってこと。色々おかしいところはあってもね」
食卓として使われるテーブルの椅子に腰掛けながら、グノーシャが話す。
グノーシャはシラキ達にとって協力者、もしくは道化と言った存在だった。
いつも愉快そうにしている彼は、自分からシラキに何かを意見することは少ない。
意図的に真面目な話をすることを回避しているのだ。
いざ本格的に戦闘が始まれば手を抜くことはないが、それ以外ではむしろ常に手を抜いている。
それがグノーシャという妖精だった。
椅子に座るグノーシャの前にいるのは、当然椅子に座れるわけもないので、床に立ったり座ったりしているソリフィスとレフィル。
話の区切りにソリフィスが黙って考えている一方、レフィルが聞く。
「それで、なんでそれをわざわざ俺達に言ったんだ?」
「一つは、僕は次の戦いが終わったら出て行くからね。その前に話しておくべきかなって」
その言葉に、レフィルが少しだけ驚いてソリフィスを見る。
「俺もさっき聞いたところだ」
それはつい昨日グノーシャがシラキに話したことであり、シラキは残念そうにしながらも、強く引き留める事なく了承した。
ソリフィスもシラキから聞いたばかりで、全体にはまだ周知されていなかった。
「で、もう一つは、君たちはシラキが長期的にいない状態ではどうするのかと思ってね」
シラキは元々凡人であり、中庸である。
普通の若者である彼は、指導者としては特別良くも悪くもない。
そんなシラキの戦略的なアドバイザーがルティナと命尾だった。
それなりの知力、判断力、冷静さ、何より他人の意見に良く耳を傾けるシラキであるため、優秀な参謀がいれば悪くない運営が可能であった。
しかし二人のご意見番の内、命尾はもういない。
しかも命尾には、シラキの眷属の中で最も全体を導くということに適性があった。
「レフィルとソリフィスはムリだよね。最初期の二人ができなかったら誰がやるのかな?
アルラウネ?確かにできそうだよね。でも彼女は付き人で、上に立とうって気は微塵も無いよね」
リースは魔法戦力特化だし、ハースティは空中戦力特化だ。
ライカは普段すら部下には勝手についてこいという状態で、指揮はハースティに丸投げしていたりする。
カミドリやフェデラ、ケントロは部隊規模の指揮ならともかく、全体となると難しい。
ディレットとクラージィヒトはアルラウネともまた違うが、上に立つ気が無いという点では一緒だ。
ドラゴンは人に手を貸したり試したりすることはあるが、それ以外のことはあまりしない。
そもそもディレットやアテリトートを納得させるという時点で難易度が高い。
「ルティナ様にはシラキが作った物をいじろうなんて気はまるで無いしね」
つまり、今ダンジョンにはシラキの代役がいないのだ。
それはシラキが煉獄にいたときに露呈したことであり、そのときも彼らを困らせた。
当時、それまでは参謀兼副司令的な立ち位置にいた命尾が死亡した直後。
しかも、それなりに指揮能力を有する者達が、そろって全体を指揮する気が無いのである。
結局ダンジョンボスたるソリフィスが全体を指揮していたが、その間特別なことはなにも行わなかった。
彼は統率力と戦術眼はあるが、戦略を練るような機会も必要も、今までとんとなかったのである。
まあ何もしないことが必ずしも悪いことであるとは限らないわけだが。
「命尾がいたなら僕がこんな事を言う必要も無かったんだけどね」
そう零すグノーシャは呆れと寂しさを僅かに滲ませる。
それを見て、レフィルが長く疑問に思っていた事を口にした。
「結局、お前と命尾はどんな関係だったんだ?……命尾は」
「もういないヤツの事なんて、気にする必要ないでしょ」
グノーシャが強引に話を切るようにそう言う。
普段のグノーシャとの違いに、ソリフィスとレフィルのどちらもが目を丸くする。
「僕がここに来たのは命尾のせいかもしれないけど、僕が出て行くのは僕自身の意志だからね。放浪者は、一所にはとどまらない」
そう言ってグノーシャは話を終わりにした。
表出した問題点を残して。
アンダーグラウンド・インターワールド
世界中の地下に存在するというこの世界ダンジョン。
その中でもひときわ深い場所で、血まみれの老婆が座り込んだ。
その場所は広い空間に石灰岩が独特の模様を描き出す、壮大な鍾乳洞である。
道ともいえない道がいくつもつながり、人が通れないような穴がいくつも続いている。
そんな広場にいる老婆の元に、近づいてくる足音とともに女の声が響く。
「さすがですねぇ。"染虫"の砦に一人で忍び込んで、無事に脱出するとは。上級シーフでもそうそうまねできませんよ」
「ふん…砦から脱出したところで。それであんたに掴まってるんだから、あたしも焼きが回ったもんだ」
面白がるような良く響く女の声に、老婆は吐き捨てるようにそう返す。
明確に深手を負っていながらも威勢のいいその言葉に対し、女の笑い声が響く。
「くふふふふ。さあどうするんですか?私が手を貸せば、すぐにでも生きて地上に帰還できますよ」
老婆の体は放っておけば確実に死に至るであろう傷を負っている。
そんな体では、一人で無事に帰還することなど絶対にかなわないだろう。
そんな状態の老婆に対し、姿は見えなくても近づいてきた女は、軽い調子でそう言い放つ。
「バカも休み休みお言い。誰があんたの走狗になんてなるかい」
老婆は姿を現さない女の代わりに洞窟の陰の先をにらみ、一瞬の逡巡も見せずにそう返す。
その言葉には、絶対にその言葉を覆さないという強い意思があった。
「えぇー?良いんですか、そんなこと言っちゃって。放り出した息子達が、今更気になっているんじゃないですかぁ?」
しかし明確な拒絶の言葉を受けながらも、女はふざけた調子で話しかけ続ける。
「それに、知っているんですよ?あなたは勇者と獣の因子を使っても、巫女の因子を使っていませんね。
十年を超える歳月の結晶を、目的を達成しないままに諦めるんですか?
身勝手な理由で、三人の少年少女を山奥に閉じ込めておいて、目の前の可能性に手を伸ばさずに投げ出すんですかぁ!?」
心の底から可笑しそうにそう言う女の影が、ついに老婆の視界に入る。
もったいつけて近づいていく女は、熱の入った言葉を投げかけ続ける。
「そんな権利があなたにあるとでも!?勇者に祭り上げられた少年は子どもの心を失った!
獣の少女は冷酷な殺戮兵器のまま戦い続け、無垢な巫女は誰かに頼る術を知らず、誰かを信じることもできない!
それは全てあなたが引き起こした。あれらの人生を搾取し、いらなくなったら放り捨てた!得るものなどなにも無いと分かっている矮小なエゴの為だけに!
そんなあなたが!!!何も成し遂げずに諦めるなど、許されるはずがない!!」
女は歩み寄りながらもそう叫ぶ。
一方的に責められている老婆は、しかし一言も言い返すこともなく、それを認める。
「確かに、私にそんな資格は無いだろうね」
そんな老婆の殊勝な言葉に、女は口元に笑みを浮かべる。
しかしその笑いは一瞬後には驚愕の表情に変わった。
「だが、あの子達の敵になるつもりはないよ!」
その言葉とともに、老婆がその老体に見合わぬ機敏さで女の影に向かって飛びかかる。
老婆は黙って女に話させながらも、ずっと機をうかがっていたのだ。
そして女に逃げる時間を与えないように、すぐさま老婆はためた魔力を解放した。
巨大な爆炎に包まれた洞窟の中に立ち尽くす一つの影。
それはしっかりした足取りで歩き出すと、残念そうな声を出す。
「逃げられてしまいましたか。死神でもなし、さすがの私でもあの世までは追えませんねぇ。多くの人間を壊してきた私から逃れるとはなかなか」
そういった女は唐突に立ち止まると、何もない洞窟の天井に向かって顔をあげる。
その様子は、この場にない地上を遠くから眺めているかのようだ。
「さて、次は、彼女の子ども達とでも遊びましょうかねぇ。クキキ」
そう言って邪悪な笑みを残し、女は暗闇の中へと消えていった。
神の子達の庭
遮るもののない青空の元、広い草原のまっただ中で、ガリオラーデは顎に手を当てて考えていた。
時々体を揺らしながら、すでにそれなりの時間そうして考え続けている。
その正面には黄色い光を身に纏い、咲雷神を維持したシラキが立ち尽くしている。
今日はガリオラーデに対し、咲雷神について相談していたのだ。
自分で作った魔法でありながら、咲雷神の事は良く分かっていない。
魔法というのは魔法式を通して発動するのだが、自分で作った魔法のくせに、俺は咲雷神の魔法式すらちゃんと理解していない。
こんなんで自分で作ったとか、実際に魔法を作っている人達("魔女の茶会"の人達とか)からしたら鼻で笑うレベルである。
まあ、自分が使っている魔法の魔法式を理解してないということは自体は、ごく普通のことなんだけどね。
誰が使えるからってスマホの中身が理解できるのかという話だ。
「この咲雷神という魔法は、狭義の意味での魔法に分類される」
何回も咲雷神を発動したり解除したり、維持したりしたあと、ガリオラーデが話し出した。
狭義の意味での魔法とは、広義の意味での魔法の中にある二つの概念の内の一つだ。
大抵は広義の意味で使われるのだが、狭義の意味で使われる場合、魔術と魔法ではそれぞれ違う意味を持つ。
魔術とは、自身で論理的に魔法式を組んで発動させた魔法のことをさす。
制作者が理解して作っているため、他人に教えることができるし、世に出回るのも速い。
安定感があり、魔力と技術さえあれば誰でも使える反面、対策もとられやすい。
一方魔法とはその魔法の制作者自身が論理的に魔法式を組まずに発動する魔法のことをさす。
これは厄介で、制作者自身でも分からない以上、誰かが解析して理解するまで世界中の誰も分かっておらず、下手すると死ぬまで誰にも解析されずに絶滅したりする。
魔法の解析なんてできるような専門家はそこらに転がっているものでもないし、専門家でも魔法の難易度次第では簡単には解析できない。
まあどちらにせよ本人にその魔法を継承させる意志がなければそうそう広まらないわけだが。
自身が理解しているかにかかわらず魔法は魔法式を通して発動するので、結局は同じものであり、そのため普通の場合魔法も魔術も同じものとして扱われる。
ちなみに存在の踊場にはその"絶滅した魔法"も存在するので、何かの拍子で復活したりすることもないわけでない。
「場合によってはどうあがいても解析できない魔法式というものがある。この魔法もそうかもしれんな」
ガリオラーデでも解析できないとなると、誰もできなさそうな気がする。
「しかしそれらの魔法の場合、俺はそれが魂に通じていると考えている」
「魂に?」
「そうだ。通常魔法式は魔力によって構成されているが、これらも魔法の場合は代わりに魂によって構築される…というか、魂自体が魔法式の役割を果たす、ともいえる」
魂自体が魔法式の役割を成す?
「それってつまり…魔法式に使われる分の魔力が浮く?」
魔法式というのは、それを使うためにも魔力が必要になる。
消費した魔力が100%魔法になっている訳ではないのだ。
「それだけではない。そもそも魔法式を使う為の手間もなく、どんな状況でも崩れることがなく発動できる。それどころかおそらく魔力よりも強い」
なるほど、魔力で構成されている部分が全部読めたとしても、魂が何をやっているかなんて調べる方法はない。
しかも魂は言うなれば魔力よりも強力な材質であるため、同じ魔法式を魔力では再現できないわけだ。
たまに持っている人がいる固有能力とか特殊能力何かもひょっとして似たような物なのだろうか。
魂と言えば、ユニークスキルはまさに魂の能力だという話だし。
「デメリットは?」
「どうだろうな。知っての通り、魂というのがなんなのかは誰にも分かっていない。存在の踊場の連中や死峰山なんかであれば他よりは詳しいんだろうが」
神の子であり魔法の第一人者であるガリオラーデでも分からないのか。
魂が直接魔法式を成すって、何か入れ墨するみたいでちょっと怖いが。
「それで、咲雷神は魂が、魔法式の代わりをしてると?」
「そうだ。似たような効果は出せるだろうが、同じものは作れない。だが、違和感がある」
「違和感?」
「お前は咲雷神が雷属性の補助魔法で、自身の身体能力を高める魔法だと言ったな?」
俺は咲雷神について確かにそう説明した。
しかし実際にはこれを纏っているとどうも想定以上に威力が上がる時がある、謎の速度操作能力もある。
本当に言ったとおりの魔法かはかなり怪しい。
「本来の仕様とは異なるような…補助魔法と言うよりは、攻撃魔法の様な印象を受ける。おそらく、この魔法を初めて発現させたときの状況のせいだろうな」
俺がこの魔法を初めて成功させたのは、すぐ横で澄香が殺されたときだ。
「その時の精神状態によって魔法に影響が出たりは」
「もちろんある。そもそも狭義の意味での魔法はまず大きな衝撃を受けたときに発現することが多いと聞く。これは直前に受けた衝撃のせいで、本来の魔法から変質してしまったんだろうな」
元々支援魔法だったものが攻撃よりになったのか、攻撃魔法を無理矢理支援に使っているのか。
あるいはそもそも方向性が違う魔法だったのか。
「魔力消費が大きいのもその為だろうな。強引に本来とは異なる使い方をしているせいで、使用効率がすこぶる悪い」
「ちなみに、本来の姿が分かったりは」
「当然、分かる訳がないな。この手のものは大抵、普段何を感じているか、何を求めているかで決まるものだ」
わからないか、残念。
この魔法の本来の形がわかれば、一気に効率が良くなるだろうに。
「使っていればいずれ何かの拍子に変わっていくだろう。本来の姿に戻るのか、あるいはかけ離れていくのかは分からんがな」
やってみなければ分からないと言うことか。
「あとは、そうだ。存在の踊場でもらった魔法の話だが…」
そうやってガリオラーデの咲雷神診断は終わったのだった。