何を得て何を支払うか
六階層・ダイニングルーム
「とりあえず、結論から報告しますね」
食卓を挟んでルティナから報告を聞く。
「神殺しの剣はあの時以来行方不明です。サブナックは行方を把握していませんでした」
捕らえたサブナックの尋問はルティナが一人で行っていた。
思惑は分からないが、珍しくルティナが強硬に進めたので口を挟めなかった。
「出所は終末の四騎士。どうやら冥界側とつながっていたようですね」
「要するに、本物の裏切り者だった訳ね」
ため息をつく。
まさか本当に裏切り者がいたとは。
一応地上全生命の危機のはずなんだけどなぁ。
「当の四騎士は……」
「どうした?」
ルティナが口ごもる。
「死神メアリーを筆頭に…亡者はかつて終末で死亡した生者が多くいます。もちろん全体数からすればごく一部に過ぎませんが」
「うん」
「サブナックとつながっていた四騎士は、「撲滅の鉄槌」眼鉄。元、勇者パーティーの重戦士です」
終末の四騎士「撲滅の鉄槌」眼鉄、元人間「寿工の鉄槌」秘打眼鉄。
600年前の終末においてルティナと共に戦った勇者パーティーのメンバー六人の内の一人。
ちなみにこの六人にルティナは入っておらず、現在エルフの国の大臣であるクリスティアがメンバーの一人だ。
「鍛冶屋と冒険者を両立し、自作の武器である斧で戦っていました。当時はランクA+、魔物レベル11。人間としては大分高齢の割に全然衰えていませんでしたね」
ルティナが僅かに笑みを浮かべる。
「仲良かったのか?」
「それなりには。いわゆる戦友というヤツですね。寿命を払って自分を強化する能力を持っていて、最終的には当時の四騎士を倒したんですが、スキルの使いすぎでその場で寿命が尽きました…まあ、相打ちですね」
寿命を支払う系の能力か、この世界ではデメリットがある能力は珍しい。
しかし、力の対価として寿命を払うというのはたまに聞く能力だが、扱いは難しいよな。
何せ払うものが目に見えない上に今すぐには影響を及ぼさないからハードルが低い。
「こう言うと何だけど、俺はそういう能力大っ嫌いだね。人間みたいな愚かな存在が持つべき能力じゃない」
「ふふふ…私はシラキさんのそう言う所好きですよ」
「ん」
自分の愚かさを自覚してかつそれを悲観していないところとか。
そうルティナは心の中でつぶやく。
俺は若干照れながらも曖昧に返事する。
「眼鉄はそういう所わきまえていましたから。彼自身高齢で十分に生きたと思っていましたし、私も間違ってないと思います」
ルティナは慰めるように言う。
すでにいない戦友が敵として出てくるルティナを心配していたが、無用な気遣いだったらしい。
「そうか。しかし、亡者になったらどうなるんだろうな?寿命無限?」
「いえ、亡者に寿命はありませんから、能力自体使えませんね。あるいは、亡者になった結果、他者の寿命を奪う…みたいな能力になっている可能性はあります」
「それは嫌だね」
俺が同意を求めるように言うと、ルティナも頷く。
「ルティナには…寿命あるの?」
「ありませんね。ほっといても消えませんし、奪われる寿命もないわけですね」
半分は神だからね。
魔王が何千年も生きてるんだから、竜や神だってそんなもんだ。
人間も頑張れば人間やめなくたって300年くらい生きれるそうだし。
「そういや、グレーターデーモンのアレは何だったんだ?」
会ったときは不遜な態度を取っていたのだが、俺を見た瞬間爆笑して忠誠を誓ってきた。
いわゆる契約というヤツで、しかも従う代わりに魂を~とかではなく、無条件降伏に近い。
何考えているのか良く分からないが、少なくとも悪意は感じなかった。
「あれはそうですね。単体で自分より強い人間に軍でのされたのがショックだったんでしょうね。あの契約は本物でしたよ」
「大分謎だ」
「元々人より強い種族ですから。悪魔からすれば、シラキさんは十分ショックを受けてつい敬服してしまうくらいの存在です」
「マジかー」
元々悪魔というヤツは人間とは根本的なところで大分違うらしい。
彼らにとって契約とは非常に大きな意味を持ち、普通は対価も無しに人間に従属したりはしない。
まあ俺みたいなのが神の子の弟子で、普通に力があって、魔物を率いていたら驚くのも無理はないだろう。
しかもやったのはマッシュを文字通り特攻させる前代未聞の戦術だったし。
アレを戦術と呼んで良いのかは甚だ疑問だが。
魔物をあれだけ増やせるのも、それだけの数を維持できているのも、しかも特攻なんてさせられるのも、全部ダンジョンマスターでもなければ無理だ(ただしアンデッドは除く)。
俺が最初のダンジョンマスターである以上、当然驚くべき点は沢山あるだろう。
ちなみに低級アンデッドは数が凄いことになるのだが、それは神聖魔法ですべからく吹っ飛ぶ。
シャンタルが"槍葬の聖女"と呼ばれるようになった時の逸話が有名で、数十万のアンデッドを一人で消し去ったらしい。
驚いて忠誠を誓うとかなんだそりゃと言う話だが、まあそういうこともあるだろう。
人間同士ですら常識が違うんだから、種族が違えばそりゃあねぇ。
「衝撃、刺激というのは大事なものです。人間ももちろんそうですし、それ以外は更に顕著です……迷惑な一目ギレを起こした魔王もいたわけですし」
一目惚れ、ならぬ一目ギレ。
見たときからお前を殺したくてたまらなかったんだよ!という。
控えめに言ってクソ。
「しっかし、本当に何であんなのが魔王やってたんだ?あれ多分魔族唯一のガチ裏切り者だぞ」
「同感ではありますが…魔王になるために必要な条件は三つありますよね」
魔王になるための条件は三つある。
一つ、強いこと。大体レベル10が最低条件か。
一つ、多くの魔族を配下にしているor広い土地を支配していること。
一つ、魔王の紋章を持っていること。
この三つを満たし、大魔王が反対しなければ魔王になれる。
魔王は実力主義でそれ自体には抗争も無いため、大魔王が反対したという事例は過去に一度も無い。
そして魔王の紋章とは、魔王になるために必要な絶対条件だ。
発動中は一人一人違う形の紋章が輝き、所有者の能力を全体的に底上げする。
アテリトートの時、サブナックの時に見たヤツだ。
発動条件は全力であること、または己を貫くこと…という、大分曖昧だ。
これを得られる条件は、芯があること。
すなわち、求めるもの、重んじるもの、譲れないものを持っているということ。
……大分曖昧だ。
「サブナックは十分すぎるほどにこの条件を満たしています」
確かに、力はレベル11、大体最低ラインだが超えてはいる。
配下は低級アンデッドばかりとは言え一万以上、土地も中央大陸東を勢力圏としている。
魔王の紋章も持っていた。
「強く盲目的な優越感と劣等感。自分が他者より上にいないと気が済まない。自分より強い者はいないから弱い者にだけ勝てれば良い」
ルティナが淡々とそう言う。
実際、あれの能力は完全に格下殺しだった。
「狂気的だな」
「そうですよ。魔王というのは皆ある程度狂気的な側面を持ちます。サブナックしかり、アテリトートしかり…全員です」
自分が強い存在であることに固執するサブナック。
自分より強い者などいくらでもいるくせに、それがまるで見えていないかのようだった。
それこそ、どこか狂ってしまっているかのように。
「支配者たることに、力を信奉することに、何かに忠実であることに、魔導の探求者であることに」
俺は黙り込む。
力に限らず、何らかの特質を持っていると言うことは、普通とは違うと言うこと。
であれば、そもそも普通であるはずがないのか、普通で無いからこそ強いのか。
「サブナックは他の魔王よりも狂気的で、それ故に無知蒙昧であり、それ故にあれだけの力を手にした」
ルティナが神妙な表情で言う。
そういう事だったのか。
俺は何故あんなのが魔王やってんだと聞いたが、俺は実に的外れなことを言っていたらしい。
"あんなの"だから魔王になれるほどの力を得られたのだ。
「おつむを犠牲にして得た力とか、碌なものじゃないな」
「全くです。ただ一つ訂正するなら、サブナックが犠牲にしたのはおつむではなく、おつむを得る機会です」
「草」
ナチュラルにディスっていくー。
「まあサブナックの強みが一切生かされなかったのは確かですね。基礎力さえ上回っていれば、かなり有利に立ち回れるわけですし」
「肯定。最悪本人がダメでもちゃんと手綱を握れる人が制御してれば活躍するだろうし」
「シラキさんみたいにあらゆる面で上回っている人が油断も無しに本気で部下をぶつけたら、そりゃあ一方的な戦いになります」
ナチュラルにヨイショされた!
さすがルティナさんですわ。
そもそもあいつあの実力でルティナを殺そうとしてたんだよな…凄いわ、もちろん悪い意味で。
完全に蟷螂の斧というか、分かってたから冥界側とつながっていたのか。
まあどう考えてもそこに関しては完全に、一方的に利用されてただけなんだろうけど。
「しかしアレな。それで数百年たってそれであの程度なんだから、如何に俺が恵まれているか分かるっていう」
俺なんてこっちの世界に来てまだ一年ちょっとだからな。
「間違ってはいませんが、魔族と人間を比べるのはよくありませんね」
「というと?」
「魔族は地力が高く、寿命も長いかわりに成長が極めて遅いです。人間は地力が低く寿命も短い代わり、その成長速度は魔族とは比べることもできないほどの速さを誇ります」
「なるほど」
まあ当然と言えば当然かもしれない。
あいつ等修行とかまずやらないし、ノウハウもないし、やる気も無ければ誰かに従う気も無い上、やったところで効果が薄い。
大体人間が強くなるスピードで魔族が強くなったら、ウン千年生きてる奴らなんて訳分からんことになるぞ。
世界のバランス自体が変わるレベル。
「明確な寿命のない者達というのは密度が低い。数年単位でボーッとしているだけ何てこともザラです。そしてのそ間衰えることはなくとも、成長することもない」
「何というか、亀みたいな……じゃあむしろ眷属達は普通よりずっと速く成長している訳か」
「そうですね。普通魔族は長く生きなければレベルが上がることもありません……まあ人間と一緒にいると色々ありますけど」
「なるほどなー」
魔王はどのような存在であるかという話だった。
他にも色々あったけど。
『魔王"闇王"が死亡しました』
ちなみにサブナックのとどめは自分でさしたが、特に何も感じなかった。
東大陸
とある冒険者ギルド
"魂縛の煉獄界"の攻略よりすこし後。
酒場を兼任し、いつも多くの冒険者で賑わう冒険者ギルドに、深い緑色の刀を帯びた少女が訪れた。
まっすぐに伸びた黒髪を揺らして歩く小柄な少女に、何人かの冒険者が目を向ける。
「おい、"研風の巫女"だ」
「ここんとこ見てなかったし、煉獄に行ってたのか」
「きっと煉獄も一人で生き残ったんだろうな。あいつが誰かと組んでるとこなんて見たことないぜ」
「けっ、気に入らねぇ。ガキが、一匹狼気取りかよ」
「えー、凄いじゃないですか!あの世界ダンジョン、"世界樹"一人で駆け抜けるんですよ!いつもキリッとしててかっこいいし、憧れちゃうなぁ」
昼間っから酒が入り、それぞれ勝手な感想を口にする冒険者達を気にすることもなく、"研風の巫女"澄香は奥へと進む。
向かったのは、赤い髪の壮年の女性と大柄な中年の男性、二人の男女が談笑している丸テーブル。
昼食を取っていた二人は近づいてくる澄香を見ると笑みを浮かべた。
「あら澄香、帰ってきたのね」
「心配してたが、元気そうじゃねぇか」
この二人は、今まで一人でいることの多かった澄香に対し、積極的に話しかける数少ない人物だ。
澄香は友好的に話しかけてくる二人に口数少なく対応する。
そうやって澄香は今までよりも少しだけ多く話してから本題に入る。
「中央大陸に行きたいんだけど…」
「ここから中央大陸ってことは、ケイチよね。定期便にはしばらくかかるわよ?」
天空城ケイチには、大陸間を移動するための定期便が存在する。
大陸を移動しようとする者は常に一定数存在するが、それぞれ別々に護衛を雇ったのでは、コスト的にも安全的にも高く付いてしまう。
そこで昔から商会や冒険者ギルドが協力し、一度に大人数を護衛して運ぶ日を定めているのだ。
その日は比較的安い値段で、かなり安全に移動できるため、様々な団体の人間がそれを利用している。
とはいえ安く安全にと言っても、あくまで"比較的"という枕詞が付くわけだが。
「A帯が一パーティいれば行けるけど」
「無茶言わないでよ。今Aランクはみんなそれぞれの前線か、南部の帝国跡地攻略中よ?」
大小様々な国がひしめき合い、群雄割拠する東大陸。
国や都市がいくつも陥落し、冥界化している現状、有力な冒険者は引っ張りだこである。
「なら、妾が連れて行ってやろうか」
行き詰まる澄香は、後ろからそう声を掛けられた。
初めて一月以上更新停止してしまいました。作者が忙しすぎてちょっと…。これからは一月更新目指していきますが失踪するつもりは相変わらず無いです。ペレ戦ももう流れはできたし。