魔王アテリトート=レザウ・ミシュ
ある日の魔王達の会談での一幕。
話はガリオラーデに対し、ガイスライヒェが話しかけた所から始まる。
「アテリトートが認めるなら、ほぼ全員が認める、と」
「ガリオラーデ、よろしいかな」
「何だ?」
ガイスライヒェが、いつも通りの慇懃無礼な口調で口を開く。
「"蒼月"殿が認めるかどうか……これだけでは面白くない。ここは"蒼月"殿に勝てるかどうか。これを賭けませんかな」
「本気か?シラキの個人としての戦闘力は高くないと言っているだろう」
ガイスライヒェの言葉に、ガリオラーデが驚いた様子で聞き返した。
「いえいえ、"蒼月"殿は死神との戦いで、十全な状態ではないはず。そうであれば、彼の者が勝つこともあるのではないですかな?」
ガイスライヒェは煽るような言い方で話す。
それに対し、ガリオラーデは眉をひそめて聞き返した。
「……それで、何を賭けるんだ?」
「"蒼月"殿が勝ったら、次は私が行かせてもらう。もし負けたなら、"闇王"殿に全力での攻略をしてもらう」
「何だと?貴様、どういうつもりだ」
突然そう言われたサブナックが、当然ガイスライヒェを問いただす。
しかし話していたガリオラーデも困惑していた。
シラキが負けたなら、ガイスライヒェにとって無価値である"弱い者"に対し、わざわざ戦いを挑む事になる。
シラキが勝った場合、サブナックでは相手にならないと考えられる。
これが逆ならともかく、ガリオラーデにはガイスライヒェの意図が読めず、黙ってサブナックとの会話を観察することにした。
「どういうつもりもありません。どちらにせよ試験が必要な問題…もし"闇王"殿に勝てたのなら私も"ヒュノージェの弟子"を承認いたしましょう」
「そんな事を聞いているんじゃない!」
サブナックが言葉と共に、魔力を荒立たせる。
しかしガイスライヒェは憤慨するサブナックなどどこ吹く風だ。
「あなたの行動を不問にしようと言っているのですよ。"蒼月"殿が一人で戦う故、それとは別に軍力を測るにちょうど良いでしょう。よもや、"闇王"殿は怖じ気づく事もありますまい?」
それを聞いて、憤慨していたサブナックが、得意げな表情に変わる。
勝手に決められた事ではあるが、これはサブナックにとっても都合が良い。
何せサブナックは、その僅かながらの自制心など簡単に押しつぶしてしまう程度には、ルティナを殺してしまいたいのだから。
「フン。それはその弟子を殺して良いと言っているんだな?」
「戦いのさなか死んでしまうようなら、その程度に過ぎないと言うこと。受けるのであれば、未払いの不浄石の代金もいりません」
「良いだろうその話、乗ってやる」
サブナック、ガイスライヒェがともに笑みを浮かべる。
ガイスライヒェは骨だけの顔をしているのに、何故か見ているものにはそれが笑っているのだと分かる。
「よろしいかな、ガリオラーデ」
「まあ、いい。分かった」
一方的なガイスライヒェの提案だったが、ガリオラーデは一言苦言を呈することもせずに同意した。
ガリオラーデはルティナが殺される事などまず起こらないことを知っていたし、ルティナが生きているということは、すなわちシラキも死なないだろう。
そう思っていたからだ。
ダンジョン外地上
俺とルティナとソリフィスは、客人を迎えに外に出ていた。
やってきたのは、大きめの日傘を従者にささせて歩く女性。
「久しぶりね。今はルティナだったかしら」
「アテリちゃん、久しぶり」
その女性がルティナを見て薄く微笑を浮かべて話すと、ルティナも友人に会ったときのような様子でそう答えた。
「やっぱり、ちゃん付けなのね」
「バカにしてるわけじゃないよ?」
「分かってるわよ。でもその呼び方、威厳もへったくれもないじゃない」
女性が拗ねたようにして言う。
話す二人の表情から、それなりに仲が良いであろう事が分かる。
そしてそんなやり取りの後、女性はこちらを向いて優雅にあいさつした。
「初めまして、魔王アテリトートよ」
「こちらこそ初めまして、シラキです。っと、もう一人のお客も来ました」
俺は笑顔を浮かべてあいさつを返すと、女性…魔王アテリトートとは別の方向を見上げる。
すると見上げた空から白い龍が急速に飛来し、悠然とその場に降り立った。
「シラキ、壮健そうで何よりです」
「ケントニス、数日ぶり。今日も分身?」
「ええ。本体は狭間を離れられませんから」
なめらかで美しい体を持つ白い竜、白雪竜ケントニスだ。
「初めまして、ルティナ様、そしてアテリトート」
ケントニスはその場にいた二人に対しそうあいさつした。
第五階層、雲中庭園。
その中央で俺の対面に立つ、見た目は俺と同じくらいの年齢に見える女性。
服装はレースの付いたブラウスに長めのティアードで、どちらも紫色をしており、大人っぽい雰囲気だ。
髪はオレンジ色のボブカットで、俺を見る目は愉快そうに細められている。
纏う魔力は大きく、堂々とした立ち振る舞い。
戦闘力的には頂点でこそないそうだが、それでも現在吸血鬼達の代表を務ている存在だ。
「勝敗は戦闘不能になるかどちらかが負けを認めること。一対一、殺すつもりで戦うこと」
吸血鬼、魔王"水平線上の蒼月"アテリトートが、これから起こる戦いについて端的に説明する。
『シラキ君が嫌悪するタイプの魔族…いえ、"人"ではないですよ』
というのがルティナの言である。
彼女と立ち合っている理由は、魔王の承認を受けるために、一対一での戦いを条件に出されたからだ。
元々最終決戦に当たり魔族と協調するために、ダンジョンを活用して魔王軍総攻撃を跳ね返す、という条件が存在していた。
最初にミテュルシオンさんにそう言われたときは色々と謎だったのだが、今はコアアタックモードを使って犠牲を無くせばそれも可能だな、と思っていた。
コアアタックモードで復活可能なのは防衛側だけだが、それでもこちらが事故らないと言うだけでも大分ハードルは低い。
ただ。条件である"魔王軍総攻撃"と言っても、魔王軍が全員参加するというわけではないらしい。
すでに"水平線上の蒼月"の軍が壊滅しているため全員参加もないが、元々数人で侵攻するつもりだったのだそうだ。
そしてその試験に参加しない魔王は、個別に何かある場合はそれぞれで勝手にしろという。
まとまりの無い話だが、魔王同士が全員仲良し、というわけでもない以上、なるべくしてなったということだろう。
そういう訳でアテリトート版の"それぞれ勝手にする"がこれであり、要するに一対一での戦いだったのだ。
お供の二人を合わせてたった三人でやってきたアテリトートは、特に世間話に花を咲かせることもなく本題に入り、この場所に移動した。
どうもアテリトートからガリオラーデ、ルティナというルートで話が通ったらしく、俺が帰ったらすぐにでもこれるようにしていたようだ。
ちなみにお供の二人、白髪の老人と薄花色に似た髪の少年の二人は、ケントニスやルティナ達と共に離れたところに立っている。
「準備は良いかしら」
「いつでも」
「なら先手はあげるわ、どこからでも来なさい」
「じゃあ、遠慮なく」
折角相手が待ってくれる?らしいので俺は補助魔法をかけることにする。
補助魔法は戦闘中だとかける余裕があるか分からないからな。
「"オーガパワー"。"アイアンスキン"。"魔法御手"。"魔法壁甲"。"ガゼルフット"。"リジェネレーション"。"魔素輪界"。"スタミナアップ"。"金の盾"」
丁寧に魔法を発動していき、自分が使える補助魔法を全て使う。
一応襲いかかられてもいいように警戒はしていたが、アテリトートは本当に待ってくれた。
「へぇ、魔法使いって聞いてたけど、ずいぶん多様な補助魔法が使えるのね」
普通の魔法使いは近接戦闘などやらないうえ、補助魔法は他の仲間に任せる場合が多い。
その為普通の魔法使いなら、補助魔法はあまり使えないことが多いのだ。
「ルティナが色々教えてくれるからね」
そう答え、俺はブレイズランスを四つ同時に生成する。
速度を重視して作られた四本の炎の槍は、時速数百キロという初速で撃ち出される。
アテリトートはそれに対し右手をグッと振りかぶり、なぎ払う。
「そらっ!」
その細腕はまるで爪痕のように空間に赤い軌跡を残し、薙がれた中級応用魔法が霧散する。
当たればそれなりには効いたはずだが、簡単に防がれてしまった。
魔力?闘気?吸血鬼だけに赤いのは血だろうか?
大きな魔力は感じなかったが、かといって闘気で起こしたと言う雰囲気でもない。
「さあ、行くわよ!」
そう言ってからアテリトートは弾丸の如く飛び出す。
それに対し、俺は雷属性上級魔法"雷哮牢"を正面に撃ち出す。
これは触れた者を閉じ込める電撃の牢であり、魔力を込めれば触れていなくても持続させることは可能だ。
突っ込んでくるならこれで十分に対処可能、避けるならそれで良し、ただ攻撃でぶち抜かれたらどうなるか分からん。
そして心配した事とは別の結果になる。
アテリトートは雷哮牢の前で急ブレーキを掛け、両手を突き出すと、雷哮牢でふさがれていない左右から八本の赤い鎖が飛び出す。
「血鎖縛乱!!」
鎖!
ギャララララという音と共に地面から伸びてくる赤い鎖を見て、命尾が死んだ時を思い出す。
体の反応が僅かに遅れるが、幸いそれが致命的になる状況ではなく、俺はバックステップで退避。
雷哮牢を迂回してそのまま襲いかかってくる鎖から逃げる。
幸い鎖はそれほどの速さではなく、逃げようと思えば逃げられる。
問題は本体の動きだ。
アテリトートはすれ違った雷哮牢を尻目に、大量の黒い弾丸を放つ。
彼我の距離はそれなりに開いており、千を超える弾も当たる気はしない。
アテリトートの様子から近接型かと思い距離を取ったが、ある程度は近づかなければこちらの攻撃も当たらない。
相手が吸血鬼であることを考えれば、持久戦はいかにも分が悪いだろう…補助魔法にも時間制限がある。
追いすがる鎖から逃げつつも、飛んでくる拳ほどの大きさの弾を避けながら、再度アテリトートの方に接近する。
弾丸は直線弾だけでなくカーブも多いが、こちらを追尾してくる訳でもないので避けるのは容易い。
回避を続けながらも急がず距離を詰めていき、距離にして三十メートル程の距離で弾幕を抜けた。
同時にもう一度飛び出してくるアテリトート。
中距離戦をさせてくれないな!
レフィルやソリフィスとユニゾンしていない以上、近接型とまともに打ち合ったら敗北は必定。
雷哮牢を使っても先ほどの焼き増し、今度はこちらから攻める!
そんなわけで放つのはフレアクロス。
矢のように飛び、対象に接触または任意で爆発し、十時に炎を吹き出す。
その威力は中心部だと非常に高く、直撃すれば大ダメージを狙える。
しかしアテリトートは左手で直径一メートルほどの水の球を生成し、手で持ったままフレアクロスに打ち付ける。
フレアクロスが炸裂し、それと同時にアテリトートの水球が中心を突き抜ける。
そのまま崩れる水球を捨て置き、アテリトートは突っ込んでくる。
嘘だろ!?いくら水が炎に強いからって、最も威力が高いフレアクロス中心部を突き抜けるのかよ!?
いや、フレアクロスは十時の展開中は正面に対し水平方向に威力が高く、展開後は正面に対して威力が高い。
だから事前に展開しきるか敵に当ててから展開するのがベストだが、展開中であれば楽につぶすことができるのか。
しかし展開自体はこちらの任意で行うことができ、それも一秒の半分以下の時間で完了するフレアクロスの展開中を狙うのは難しいはず。
つまりできるヤツにはできるし、アテリトートは"できるヤツ"なのだ。
そう言った内容の思考と結論を一瞬のうちに済ませ、目前まで迫ったアテリトートの迎撃に移る。
振るわれた赤を纏う爪と、抜刀した刀が音を立てて打ち合う。
その一撃目こそ互角だったが、二撃目にお互いが放った攻撃がぶつかり合うと、俺の方が大きく押され、弾かれる。
分かってはいたことだが、物理的な攻撃力では大きく劣っている。
体勢を崩した俺にさらなる追撃をかけようと振りかぶるアテリトート。
「がっ!?」
しかしその手は振るわれることなく下ろされる。
俺のコートオブファルシオンの端から伸びた透き通る刃の群れが、警戒の薄い脇腹に斬撃となって襲いかかったのだ。
端がギザギザになっているこの服は、その部分から魔力の刃を生成でき、それが抜群の奇襲性を持っている。
コートオブファルシオンは見た目は豪華でも強そうでもないが、れっきとした神造兵器なのだ。
いや、俺が勝手に神造兵器呼ばわりしているだけで、ルティナは一言も兵器なんて言ってないが。
そしてこいつの形状変化はちょっと慣れれば十分強力な武器になるんだ、俺が使いこなせてないだけでな!
コートオブ"ファルシオン"を名前の通りに武器としても使えるようになるまで、ずいぶん長くかかったものだ。
膝のあたりからつかみ所のない動きで襲いかかる、この剣山だかノコギリだかの様な刃は敵に使われたら非常に戦いづらいだろうが、扱う方も難しい。
今までは使いたくても使う余裕なかったが、煉獄での経験が生きた……咲雷神使っての戦闘とかが大いに。
状況が逆転し、俺の方に行動権が移る。
しかし俺が行うのは、離脱だ。
後ろから鎖が迫っており、挟み撃ちにされたら俺の処理能力じゃパンクする。
レフィルかソリフィスか命尾がいればそれも何とかなるだろうが、ないもんはない。
お互いに十メートル程の距離で向かい合うが、アテリトートの方は特に構えた様子はない。
鎖はアテリトートの周りに到着すると、浮遊したまま止まった。
「へえ…その服、一見して地味でも、ただの服じゃあなかったみたいね」
「神の子三人で作ってくれた一品物だよ」
「どうりで…いえ、まだ使いこなせてはいないのかしらね」
俺は息を整えながら話す。
そうしながらもアテリトートは演技がかった動きで指を鳴らし、先ほどまで俺を追いかけていた鎖を消した。
そして自分の脇腹を撫でながら眺める。
血で汚れているが紫色の服では目立たず、むしろ裂けた服から見える傷があったであろう箇所が、もうすでに白い肌へと戻っていることの方が目を引いた。
さすがは吸血鬼だ、多分腕とか切り落とされても再生させるのは難しくないんだろうな。
「俺みたいな軟弱者が強敵と戦おうと思ったら、装備も良いものつけないとね」
「軟弱者ね。人としてどうかはともかく、上に立つ者としてはあまり褒められた事じゃないわね」
「幸せなことに、温室育ちだからね」
温室育ちだから、この様な欠点を持っていても許してもらえている。
「そうじゃないわ。侮られるような発言をしたことを言っているのよ」
「ああ……それは確かに。まあ、頭目としてよりも、人として……良いと思うようにありたいかな。あと、謙虚はもう俺のアイデンティティ!」
アテリトートの言うとおり、上に立つ者がなめられれば、下に示しが付かないからなぁ。
だから俺もくどく言うつもりは無い。
ぶっちゃけ俺が軟弱なのは事実だけどな!
「ふうん。……さあ、次は強く行くわよ。"エシディア・エヴォリューション"!!!!」
アテリトートは右手を高く上げると、その背後から水が噴水のように勢いよく上空まで立ち上り、上空で複数の水球となってゆっくりと降り落ちる。
そしてそれと同時に駆け出すアテリトート。
俺は裁きの鉄槌とサンダーバレットを撃ち出して対応する。
まっすぐ撃ち出した裁きの鉄槌が避けられた時を見計らい、球につながった綱を引いて上空の水球をなぎ払う。
そしてサンダーバレットで弾丸を撃ち続けながらアテリトートと接敵、白兵戦に移行する。
アテリトートの攻撃、特に爪での攻撃には赤い斬撃が発生し、これが非常に範囲が広い。
しかもそれが全身をカバーできるほどに広く、かつ強力なおかげで、こちらの刀もコートオブファルシオンの刃も全て弾かれてしまう。
攻撃力が違いすぎるんだよ。
そしてこちらのサンダーバレットはガンガン当たってはいるが、アテリトートは堪えた様子もなければ気にした様子もない。
そりゃあばらまくタイプの中級魔法なんてこのレベルになっちゃえば牽制に使えるかも怪しい存在ですよ。
上級魔法の裁きの鉄槌だって、アテリトートなら直撃したって大事にならないだろうし。
そうこうしているうちに雪のように降ってくる水球が第五階層の地面たる雲の床に落ち、水たまりを作っていく。
戦闘しながらもそれらの内の一つに接触した結果、すぐにそれが何であるか分かった。
デバフ……もっと言えばこちらの体の動きを鈍くする魔法だ。
一つ二つ喰らったくらいなら問題ないが、この雨を放置しておくのはまずい。
アテリトートとの接近戦を繰り広げながらも、俺はコートオブファルシオンの刃の一つに引っかけることで、発動させたままの裁きの鉄槌をコントロールする。
裁きの鉄槌は大きな雷の球を放つ魔法だが、その中心からは電撃の綱が伸びており、それを操ることで先の雷の球を操ることができる。
巨大なモーニングスターだとか、鎖鎌と似た動きだと言えば分かりやすいだろうか。
刀で攻撃しつつも、アテリトートの斬撃を躱し、派手に動き回って一回転したりしながら、コートオブファルシオンの刃で攻撃する。
そうしながら裁きの鉄槌にまで気を配るのは大変ではあったが、しかしそれほど苦しくはない。
これは単純にアテリトートが手を抜いているのか、あの噴水の維持にリソースを割いているのか。
俺は裁きの鉄槌が一度戻ってくるのを利用して、障害物のように扱いながら距離をとり、噴水の根元に向かって涯煉を放つ。
青白い光を放つ雷が噴水の根元突き刺さり、発動していた魔法をぶちこわした。
これで魔法の出所はつぶしたが、すでに空を覆い尽くすように拡がる水球が次々と落ちてきている。
更には俺が涯煉を放つ隙に生成したらしい、降り注ぐそれよりも大きな水球が、アテリトートの背後に七つ浮かんでいる。
それらがこちらに向かって波紋のように表面を波立たせたのを見て、即座に魔法の盾を展開。
放たれた七本のウォーターレーザーが魔法の盾を砕く少しの間に、俺はその場から退避する。
ピチャ、という音が足音から聞こえてくる。
あの噴水は一体どれほどの量の水を放出したというのか、すでに足下には水たまりとは言えないくらいの広さの水が拡がっていた。
この雲中庭園は地面が雲でできているが、その性質はほとんど土と変わりない。
そして起伏が少なく、平面と大差ないため、水がどこかに流れると言うこともあまりない。
その為水が深いところでも、精々足首に届くかどうかと言う程度の水かさだ。
しかし水がない場所でこれほどの量の水を出せるのだから恐ろしい…しかもこの後は溜まってる水を使って楽に水魔法が撃てる。
ちなみに放出された水の総量については、恐ろしい量になるので計算してはいけない。
「ランサーモール!!」
アテリトートがこちらに手のひらを掲げ、そう宣言する。
円錐形のトゲのような水が、人を容易く貫ける強さと勢いでもって、水面から剣山のように次々と突き出し進んでくる。
進み方自体は大した速度ではないが、別々に三方向から押し寄せてくる。
「ウォーターレーザー!」
先に放ったトゲがこちらに到達する前に放たれる水の魔法。
しかしそれはアテリトートの背後に浮遊する水球からではなく、周りの水面から放たれる。
感知した魔法の予想以上の多さに俺は平面上に避ける事を諦め、上空へと退避する。
先ほどまで俺がいた場所を中心に、数十本の水のレーザーが空を裂く。
レフィルかソリフィスがいたら跳ばなくても避けられたかも……ってさっきっからそればっかだな!
そして飛び上がった俺に向かって、今度こそアテリトートからウォーターレーザーが放たれる。
俺はコートオブファルシオンを羽ばたくように動かし、それに風魔法を併用しての横っ飛びで、飛んでくるレーザーを回避。
空中で急な方向転換と加速ができ、風魔法だけで同じ事をやろうとしたらコストも難易度も高いそれを、コートオブファルシオンの力で容易に操る。
重力に従って落ちる間に、お返しとばかりに三発のバーニングボムを放つ。
しかし水面から立ちはだかるように水柱が立ち上り、バーニングボムは標的にぶつかることなく爆発する。
「ニードルプリズン!!」
バーニングボムの爆発直後にはっきりと聞こえる魔法の宣言。
水面から浮き上がる、複数の水の針。鉛筆ほどの大きさのそれが、着地した直後の俺を取り囲んだ。
俺がとっさにコートオブファルシオンの裾を伸ばして体中に巻き付けると、球状にびっしりと並べられた針が、一斉に打ち付けられた。
「大した防御力ね」
アテリトートが感心した様に言う。
針は一本たりともコートオブファルシオンを貫けず、速度を失った後は水に戻って落ちた。
コートオブファルシオンを元に戻してみれば、ランサーモールのトゲも水に戻っている。
ランサーモール自体は、多分大げさに見せてただの陽動だったのだろう。
「でも、その場で防御をやめるのは良くないわね」
背後の水面から、突然の爆発。
爆発は非常に大きく、直径数十メートルほどを爆炎が包み込んだ。
「サッドウォーターストライダー。その防御方法はおすすめしないわ。多少の怪我をしてでも、周りが見えなくなるような状況は避けるべきよ」
アテリトートは余裕の表情でそう言い放った。
え?ダンジョンも魔物も関係無いって?
大丈夫です、ダンジョンは次の次くらいの戦いで活用しますから!(遅い)