暴走列車シラキ
熱帯雨林と大廃墟街が融合してから二週間程が経過したとき、ユニークエネミーを中心とした敵の攻撃が始まった。
近くにあり防衛できそうなのは、結晶が四つと、亜人族の一大集落である。
現フィールドの中でも高い基礎能力を持ち、多くの魔物を従えているシラキであるが、今回の戦いにおいては苦しい状況に立たされた。
その理由の一つが、非常に大きな戦力差である。
襲来する敵はその多くを大廃墟街出身で構成されていた。
それは元々大廃墟街の敵が質より量であった事と、その量が多すぎて相対的に熱帯雨林出身が少なかったことに起因している。
高レベルの敵が少ないのはそうだが、それよりも低レベルの敵が多すぎた訳だ。
今回の襲撃における総数はその数、一万五千程。
シラキは斥候として放っていた属性鳥達からの報告を受け、口を開いた。
「これ、四つ守るの無理じゃね?」
亜人族との協調も考え、シラキは四つの結晶の防衛に当たることになっていた。
しかし、そんなシラキが始まる前からそう言うのも頷ける状況だった。
シラキ配下の魔物達は魔物レベル6~8の魔物が200強に、魔物レベル1~3の魔物が800程の総勢1000名。
そして亜人族の集落からは4000ほどが戦いに参加するが、この煉獄に来てから武器を取った者がほとんどであり、元から経験のあるものはその2割にも満たないものであった。
個人戦力として大きな差はないが、敵の数は三倍以上、その上守るべき結晶と人々を抱えている。
戦闘に置いて数というのはどこまで行っても重要なファクターであり、その上質でも大きな差がないとなれば、苦戦は必定であった。
もう一つの理由は、シラキが魔物の軍全体を統制できていないことであった。
まともな統制もとれていない者達の集合である今の魔物達には、指揮系統というものがほとんど存在しない。
本来ピラミット状になるはずが、俺、グループの主、その構成員の三段階しか存在しない。
そもそも指揮官などおらず、仲間意識が強いわけでもない彼らは、戦闘集団としては烏合の衆も良いところであった。
ならば簡易的にでもこちらで指揮官を決めれば良いと思うかも知れないが、そう簡単にもいかない。
バラバラな集団である彼らの隣に立つのは、同じ魔族でも全く異なる魔物だ…すぐに連携できるはずもない。
魔族というのはそもそも協調性の薄い者達であり、お互いの意志疎通は何となく分かる程度であり、種族が一つ違えば連携など夢のまた夢。
彼らが特別悪いのではなく、まともに連携できているシラキの眷属の方が異端なのだ。
ダンジョンにおいてはいつでも常に敵と味方の位置を把握できていたため指示も出しやすかったが、ここではそれもできない。
そして最大の問題が、念話が使えないということだ。
シラキの念話とは、ダンジョンコア及び主従関係に依存している。
強い信頼関係と主従関係があればどこでも念話は使えるし、それがなくてもダンジョン内であれば念話を繋げることはできる。
ここにはそのどちらもない。
念話がなくても最低限の意思疎通はできるとは言え、シラキにできるのは精々前進や後退と言った本当におおざっぱな指示だけなのだ。
そしてその事実を受けて、シラキは早々に連携を諦めた。
グループをそれぞれの数や戦力を考えず、同種族同士のみで組ませる。
また同種族同士でも群れで行動する者は極力その群れを崩さず、単体で動く者同士でグループを作る。
連携はそのグループ内のみで行い、他のグループは同じ場所で戦うだけで連携する必要はない、ということだ。
軍隊(笑)、もしくは集団(笑)である。
しかし魔物であることを考えれば、同じ場所でいがみ合わずに戦えているだけで、十分シラキがいる意味はあった。
さて、戦闘であるが、敵は一万五千ほどの軍団をほぼ均等に五つに分けた。
四つの結晶と集落、全てに対し同時に侵攻をかけようという動きだ。
それに対し、シラキは大胆な行動に出る。
四つの結晶の内、亜人族の集落に一番近い場所に戦力を全て集め、それ以外を放置したのだ。
戦力が少ないのもあるが、結晶が破壊された際は熱帯雨林に浸食され、撤退が難しくなるからである。
その為戦闘開始後、次々と三つの結晶が破壊され、熱帯雨林化する。
しかしシラキは自分の場所に攻めてきた敵3000程に対し猛攻を加え、素早くこれを撃破した。
要するに一点集中しての各個撃破である。
このとき活躍したのが、サンダーバードを初めとした、レベル6の属性鳥達約200。
ブレイズバードが敵の蛾を始末して以降、完全に制空権を維持できていた故の戦果だ。
そして一番近い結晶からやってきた増援3000程に対して同じように攻め立てるも、その戦略は遠くより打ち込まれた一発の弾丸によって瓦解する。
増援に現れた、他の結晶を攻めていた敵の軍勢に目を向けていたシラキは、当初空から聞こえてきた乾いた破裂音が、何を意味しているのか分からなかった。
しかし直後、数十体の属性鳥が撃墜されたことを知り、そして高速で飛来する複数の大きな黒い弾丸を見て思い至る。
「散開ィ!!!!!」
シラキが叫ぶように指示を出した直後、その黒い弾丸は破裂し、花火のように散弾をまき散らす。
それによってまた数十体の属性鳥が叩き落とされ、初撃と合わせて属性鳥の三割程が撃墜される。
「っっそ、三式弾じゃないんだから!」
そうは言いつつも、シラキは丘巨人(体長20メートルを超えるレベル7巨人族魔物)の肩から動かず、敵軍の動きを凝視する。
そしてクラスター爆弾のような使われ方をする弾丸を、魔法の矢の純粋な強化版である中級魔法"魔導師の指先"で迎撃していく。
シラキはかの散弾が地上に対しても使えること、そして破裂前に撃ち落とせば無力化できることを即座に見抜いていた。
そうやって稼いだ時間を使い、空を飛ぶ属性鳥達をできるだけばらけさせる。
「さすがですね」
「いや、想像に難くなかったのと、試したら実際にそうだったってだけだけどね……見つけた」
押し寄せる敵軍の後方十キロメートル弱の地点にいるのは、巨大な円盤を背負ったようなシルエットの人型。
その背に背負ったものはぱっくりと口を開け、そこから弾丸を放っているのだ。
魔法で遠視を行ったとはいえ、自分を褒めてやりたいくらい速く見つけることができた。
その姿を確認した直後、先ほどの対空砲撃とはまた違った攻撃が放たれる。
それは禍々しい見た目をした、人よりも大きな八発の弾丸。
それは弾速こそ遅いものの、明らかに今までとは異質で、そして脅威度の高い攻撃だ。
「硬く、重量があり、弾着地点から約300メートル程にバーニングボム直撃以上の威力をもたらす砲弾です」
「それはまずい!」
やはりケントニスの観察眼、と言うか分析能力はすさまじい。
この距離から飛来する砲弾の性質を一瞬で見抜くとか、人間業じゃない。
そして範囲300メートルのバーニングボムとか決まったら、一発でも戦線が崩壊しかねない。
何せ軍を構成しているのは低レベルの魔物であり、それらは一発で戦闘不能。
高レベル勢でも直撃したら非常にまずく、最悪の場合守るべき対象である結晶がそれでぶっ壊れる。
「全部落とす!」
上級魔法"ヴァルキリージャベリン"を一発ずつ丁寧に撃っていき、右から順に落としていく。
ヴァルキリージャベリンは魔法の矢ほどではないにせよ、誘導能力を持った魔力の槍だ。
長さ二メートルほどと大きく、白く光りながら飛ぶ美しい魔法であり、上級魔法の代名詞でもある。
魔法弾よりもコストが高いが、確実性を優先したのだ。
攻撃こそ撃墜したが、これであの敵は敵は放置できなくなった。
アレがいるだけで航空戦力の全てと俺が動けなくなる。
可能なら今すぐ撃破したいが、鳥たちを対空砲に突っ込ませるわけにもいかない。
しかし陸上戦力を使うには距離が離れ過ぎている。
俺は手乗りケントニスを自分の肩から降ろし、丘巨人の肩に置く。
「見させていただきます」
「まあうまくいったら……ちょっとは自慢しても良いかな」
シラキは深呼吸を一つ、その姿を変化させる。
コートオブファルシオンが剣を束ねたような翼を生やし、また結晶の能力を用いて前面に円錐のような形を形成。
その姿は、まるで翼が生えた人間大のランスだ。
「行くぜ…。ウルフ達は続け!咲雷神!!!」
その言葉と共にランスはまばゆいばかりの光を纏い、水泳の飛び込みのような形で巨人の肩から飛び降りた。
すでに接敵していた最前線が左右に割れ、そこから敵の軍勢に突っ込む。
待機させていたウルフ達を引き連れ、砲撃を続けていた敵の砲台に向かい、すさまじい速さで駆け抜ける。
離れた場所にいた敵の砲台に向かってひた走り、遮るものは敵だろうと建物だろうと全てぶち破る。
この状況を見たものであれば、シラキが魔法使いだと言われても、誰も信じはしないだろう。
多数の障害物をはじき飛ばし、ぶち抜きながら驚くほどの速さで走破。
シラキが走っている場所を示すように、弾かれた瓦礫や肉片が宙を舞う。
まるで暴走列車のようであるが、今のシラキの速度は新幹線よりも速く、ウルフ達が付いてこれずに途中で離脱する。
一直線に走っているため当然のように迎撃の砲撃が打ち込まれるが、全面のランスを盾にして突っ切る。
先ほど空に打ち上げたものとはまた違った種類の包弾であり、回避行動を取っていないとはいえ、直接射線の通っていない標的に当ててくるのだから大したものだ。
最後の家を突き抜け、遂に直接視線が通る場所まで来たシラキに、一際高威力な砲撃が打ち込まれ、大きな爆発を起こす。
しかしシラキは足を止めることなく破損しすぎたランスをパージし、そのまま距離を詰め、刀でもって敵の砲台を真っ二つにした。
地面を擦るようにしながら停止し、両断された砲撃手に刀を向けながらも残心。
背中に背負った砲ごと両断された人型がそのまま動かないのを確認し、そして異なる砲撃音が響く。
赤色に光る光線が家々を突き抜けて飛来し、シラキはそれを横っ飛びで回避する。
その人の頭よりも太い光線が飛んできた方向を向きながら、念には念を入れて、左手で先ほど倒した砲手に向かってバーニングボムを打ち込む。
そうして現れたもう一人のユニークエネミーと戦闘を開始した。
その姿は、言うなれば巨大なサソリ。
大型トラックほどの大きさがあり、岩のような体表と、長く太い尻尾を持っている。
そしてその尻尾の先には、両手が肥大した魔獣の口のようになっている、朱色の女性形。
おそらく一つの存在でありながら、まるで独立した二人の生物のように動く強敵だ。
サソリの方はその大きなハサミの切れ味がすさまじく、まともに食らえば、咲雷神越しでも両断されかねないほど。
その岩のような体は硬く、並の攻撃では弾かれてしまうし、動きも機敏さこそないものの、足自体は人間より速い。
尻尾の先の女性形はその両腕から放たれる光線の威力はそこそこだが、非常に弾速が速く、咲雷神なしでは回避は難しい。
肉弾戦での動きも鋭く、サソリと対照的に機敏だ。
しかもつながった尻尾を使ってお互いに動きを補助しており、空中や崩れた体制からでも平気で動いてくる。
相手は強敵ではあるが、シラキが追い込まれている最も大きな理由は、全く別の所にある。
咲雷神発動中のシラキの基本ステータスは非常に高く、目の前の怪物と比べても決して劣る物ではない。
魔法使いでありながら、実力の近しい近距離メインの戦士と能力的に互角、と言うのが咲雷神の強さを表しているが、それはその魔法の消費の多さも表している。
咲雷神自体もそうだが、シラキはまだ扱えるようになったばかりの魔法に習熟しておらず、より多くの魔力が必要だった。
数千の軍を轢き殺すように突破し、瞬く間にユニークエネミーを撃破したシラキは、それによって魔力を爆発的に消費してしまっていたのだ。
今のシラキが咲雷神を維持できる時間は、この時点ですでに後三分を切っていた。
このような状況でありながら押し切れない、それどころか気を抜けばこちらが一気に押し切られてしまいそうな状況。
それは、決定的な近接戦闘能力の差によってもたらされていた。
強い武器さえあれば、基礎能力さえあれば、総合力で勝っていれば、それで勝てるほど戦いは甘くはない。
お互いに手を伸ばせば届くような距離で、絶えず動き回りながら、魔獣の口とハサミと刀をやり取りする。
そんな近接戦闘に対する能力そのものが、この戦士と比べ、シラキは圧倒的に不足していた。
状況を正確に理解しているシラキは撤退する方向にシフトするが、しかしそもそも近接戦闘能力で劣るシラキでは簡単に撤退することもできない。
二人いるかのような敵は必然的に手数も多く、その巨体を生かしてブロックするサソリと、鋭い連続攻撃で攻める女性形。
息をする余裕もないほどの攻防に、シラキはどんどん追い詰められてく。
(咲雷神が解けたら負ける……!)
歯を食いしばって耐えるシラキは、その一瞬に全力を賭したと言わんばかりの瞳で目の前の女性形を睨む。
しかし、シラキは凡人だった。
更に言うなら、その驚異的なほどの安定感を誇る精神は、この敗北と死の瀬戸際であっても自身の全てをなげうつようなことを許さない。
危機において飛躍的な進化を遂げることもできなかったシラキは、遂に決定的な攻撃を受け、死を迎える。
はずだった。
透き通るエメラルドグリーンが走り、ひらめくマントがシラキの瞳に映し出された。
今まさにシラキを殺そうとし、さしだしていた自らの豪腕を渾身の突きによって弾かれた女性形が、その乱入者を睨み付ける。
風のように飛び込んできたその少女は、命拾いしたばかりの青年に背を抜けたまま言った。
「今度は、私が助ける番よ!」
幼くも強力な戦士、冒険者ランクA、"研風の巫女"澄香だった。
モンスター雑感
lv8 異形の口の砲手
総合A-攻撃A 防御B 魔力量A- 魔法攻撃B 魔法防御A- すばやさC+ スタミナA-
『煉獄の熱帯雨林』ユニークエネミー03番。
砲撃に全振りした優秀な固定砲台。
対地・対空両方に使える散弾爆弾の他にも、物理・魔法を問わず強力な遠距離手段を多く持っている。
大軍相手に遠距離攻撃を仕掛けることで真価を発揮するが、接近戦では貧弱。
lv9 熱帯雨林の殺戮者
総合A攻撃A 防御A 魔力量B+ 魔法攻撃B 魔法防御A すばやさA- スタミナA
『煉獄の熱帯雨林』ユニークエネミー08番。
巨大なサソリと、女性系の人型が尻尾でつながっている。
両者はほとんど独立して動くが、本体はサソリの方。
力強いサソリと、比較的軽い女性形がそれぞれ補助しあっており、筋力だけで女性形を浮かすことも可能。
連携もうまく、高い戦闘力を持つ。