場所が変わっても結局同じ事をやる
滅亡の大地戦から少し後のある日
「ねえ、"滅亡の大地"戦、どんな感じだったの?」
ディレットがシラキに対してそう質問した。
「どんな?」
「結局シラキが一人で倒しちゃったじゃない?だから何が起こってたのかなって」
「ああ、まあ……戦闘狂?」
言ってからシラキが意味ありげにディレットを見つめる。
「言っとくけど、私は戦闘そのものがやりたい訳じゃないわよ?それによる情熱のやり取りがしたいんだから」
「あはは」
ディレットが胸を張ってそう言う。
ディレットが問題児と呼ばれる理由は、突然やってきて強引に勝負を仕掛ける所にあったが、戦いそのものを求めているわけではなかった。
が、相手にそれが伝わるわけでもないので、ディレットは世間では戦闘狂扱いのままだ。
「まあ、やってる最中は辛かったけど。終わってみると楽しかった、かな」
「死神が相手でも?」
「うん。さっきは戦闘狂って言ったけど、あの人は純粋に戦いを楽しんでたみたいだから。最後の刺し合いの時も、心底うれしそうだった」
シラキは困った様な笑みを浮かべる。
その話し方は、まるで数年来の旧友の事を話しているかのように柔らかい。
「それで、シラキも楽しかったの?」
「うん。まあ、敵意や憎しみの少ないスポーツみたいな心境で殺し合うのも、余り良いことではないだろうけどね」
なぜなら、殺し合いという本来避けるべき事態を、軽く見てしまいかねないからだ。
避けるべき事態に対する危機感を失えば、それを避けようという努力すら行わなくなってしまう。
戦っている最中は間違いなく辛く苦しいものであったにもかかわらず、終わった後楽しかったの一言で終わらせるのはまずい。
それに、シラキには単純に、不謹慎だという思いもあった。
「そうかしら?それは多分平和を知っているからこその感覚だと思うわ。戦いから逃げられないなら、憎しみだけを抱いて生きるなんて、つまらないもの」
しかし、ディレットは違う考えを示す。
シラキの考えは戦闘を回避できる可能性があるから成立することであり、この世界には戦わざるをえない人も少なくない。
避けられない事ならば、いっそ楽しんでしまった方が良いという事だ。
「なるほど」
シラキが感心した様に言った。
「"うれしそうだった"……と?」
「ええ。シラキが言ったんだから間違いないわ」
シラキのダンジョンの外。
シラキ不在のダンジョンに、龍神の一人、水竜姫セレナが訪れていた。
その用事はと言えば、死神"滅亡の大地"戦のことを聞きに来たのだという。
その対応をしているのがディレットであり、この場には二人の人の形をした竜だけがいた。
「なるほど……」
ディレットの話を聞き、訪ねてきて以降常に笑みを浮かべていたセレナが、表情を消して瞳を閉じる。
その表情はどこか悲しそうにもうれしそうにも見え、感情が見て取れない。
それを見て驚いたのはディレットだ。
千年以上の時を生き、セレナともそれなりに面識のあるディレットだが、セレナがこんな表情をするところを見るのは初めてだった。
「あなたがそんな顔をするなんて……何かあるの?」
「いえ。個人的な話です」
「龍神のあんたが、"個人的"な話ですって?」
ディレットが驚きと困惑を合わせた様な様子で聞き返す。
しかし、セレナは詳しく答えず、ただ頷いた。
「あんたに……あんたが個人的に気にするような事があるなんて、思ってなかったわ」
「そう思われても仕方ありませんね。私や雷煌竜王もそうですし、輪空神龍に至っては、誰とも話そうとしませんから」
龍神というのは、その三者の存在だけは広く知れ渡っているものの、実体を知るものはほとんどいない。
出会ったことがあるものすら、今も生きているという条件では数えるほどしかいない。
水竜姫や雷煌竜王はまだ話にも出てくるが、輪空神龍に至っては、この数千年間出会って話した者がいるのかすら不明だ。
ほとんど世界に影響を及ぼさない、何かしても大抵強くは干渉しないセレナが個人的な事情で動く。
それはディレットを驚かすには十分な事態であった。
「話を聞けて良かったです。では、私は行きます」
「え……まあ、いいけどね」
セレナはゆっくりしていくでもなく立ち去ろうとするが、ディレットは引き留めようとも思わなかった。
竜達の中でも飛び抜けてセレナと縁があるディレットだが、それでも進んで聞き出そうとはしない。
自分にとって重要なこと以外には余り関わらないというのは、魔族も龍族も同じだった。
「ではディレット、頑張ってくださいね」
「はいはい。シラキと一緒に頑張るわ」
そうして、二人は和やかに別れたのだった。
気がつくと、自分は棒立ち状態だった。
状況を確認してみれば、咲雷神はまだ発動中で、弓の敵を両断して刀を振り抜いた後だ。
存在の踊場にいる時間は刹那の間だと言うし、多分状況は変わっていない。
俺は油断なく首を切り落とした敵に近寄り、死亡を確認する。
弓を取り上げてみるが、自分がやったとは思えないくらい綺麗な切り口だ。
俺はちょっとうれしくなりつつも、切り倒した死体をどうしようかと考える。
さすがに生き返るとは思っていないが、残した結果何か起こってもらっても困る。
しかし状況は、俺がどうするか決める前に動いた。
ズシン、と言う重い音と共に、世界が揺れ出す。
考えてみれば、見たことない敵であるこいつもおそらくはユニークエネミーだ。
ならば今二人のユニークエネミーを倒したことになり、数が減ったために融合の発動条件を満たしたのかもしれない。
俺は切り落とした生首の髪を乱暴に掴み、走り出す。
行きほど速くないとはいえ、風のように森を駆け抜け元いた場所へたどり着くと、ケントニスの横に横たわる澄香の体が半透明になっていた。
「ケントニス?」
「融合が起こります」
地響きと共に揺れる世界。
それは地震のように地面が揺れているのではなく、空や空気を含めた、世界そのものが揺れているようだった。
数十秒の後に揺れが収まるが、少なくとも自分の周りには特別な変かは起こっていない。
ただ、澄香の体は完全に消え去っていた。
「融合は?」
「終わりました。融合先は"煉獄の大廃墟街"。一番レベルの低い階層です」
「澄香は?」
「復活する場所は倒れた場所とは異なります。復活するまで、その人がどこにいるのかは分かりません」
つまり死ぬと復活すると言っても、まず死体が消えて、その後どこかで目を覚ますということか。
確かに俺も目覚めたら場所が変わっていた。
「無事……と言えるかはともかく、どこかで目覚めているんだよな?」
「そうですね。とはいえ、どうやら死んでから復活するまでに半日から一日ほどかかるようですが」
半日から一日か。
融合でどういう風に変わったのかも分からないし、澄香と合流するのは難しいだろう。
「とりあえず……周りを探索してみるか」
「ええ、そうしましょう」
そう言うと俺は屈んでケントニスを肩に乗せ、歩き出した。
煉獄の熱帯雨林と融合した煉獄の大廃墟街は、面積的には大体2:8くらいの割合で配置されたらしい。
ボロボロになり、木や草花の植物に浸食された廃墟が一面に立ち並ぶ廃墟街。
上空百メートル程の位置から見ても、視界の範囲を廃墟が埋め尽くしており、所々飛び地のように熱帯雨林が発生している。
ジャングルと廃墟が合わさり、まるで滅び去った古代都市の様だ。
大廃墟街には相当な数の人間や魔物がいて、それぞれ分かれて生活していた。
多くの人々が集まって集団となり、廃墟街の中でもマシな場所を選んで居住していたのだ。
食料は野犬に似た敵を殺して捌き、水はそこらの川や湖からもってくる。
戦闘力の高い者がいなかったため、戦闘でガンガン死んでいっているようだが、母数が多いためそれでも回っている。
死ぬ要素が高くみんな一回はここに来て死を経験しているようで、復活できることを知っているからかそれほど悲壮感はない。
やはりこの世界で生きる人々はタフだ、程度の差こそあるが、日本と比べればずっと危険な世界で生きているだけある。
それに熱帯雨林と違い、そこそこの武器防具はそこらで調達できるらしい。
廃墟街というフィールド故の性質なのか、意図があるのかは不明だが、手に入るものの中には普通ではまず使えないようなアイテムも混ざっている。
飲むと肉体が変異してしまうような液体や、死と引き替えに肉体の能力を上昇させる秘薬など。
死んでリセットできると分かってからは、よく使われるようになったらしい。
そんな異常な行動が取られるようになったのも、このフィールドが厳しい環境だからだろう。
今でこそ集落として成り立っているが、それができるまではそこら中で死体が量産される世紀末、もとい本物の地獄のようであったそうだ。
熱帯雨林ではまだ戦って死んでいたが、ここにいる人々は逃げ惑い殺されていたらしい。
そんな黎明期を過ごした為か、異常な状況にもなれたらしく、熱帯雨林の出現にもそれほど動揺した様子はなかった。
一方の魔族はと言うと、それが普段と大して変わらないとでも感じているのか、平常運転だった。
終末以降進んで人を傷付けることはあまりなくなったようだが、それでも協力し合うほどの仲でもない。
人と比べて戦闘力が高いと言っても、何度もやられていることには変わりないのに、相変わらずグループ単位での行動だ。
出会うのは動物系や妖魔、植物族などだが、結局群れで行動しているらしい。
俺が廃墟街に侵入して最初に出会ったのも、数十匹のゴブリンの群れだった。
「あいつら、ココでも外と変わらないのな」
「そうですね……何なら、まとめてみますか?この状況なら、役に立たないこともないでしょう」
「まとめるって、どうやって?」
「思うようにすれば、それでできるでしょう?」
「いや、思うようにって…」
当然のことのように言うケントニスに、俺は困惑する。
これが人と竜の意識の差とでも言うのだろうか?
とはいえ、ケントニスのことは信頼しているため、それほど深く考えずに実行に移した。
「なあ、俺の部下にならないか?」
そう声を掛けたら、数秒にらみ合った末、ゴブリン達が頭を下げ、支配下に加わった。
どういうことだ。
この弱肉強食で、個人主義もしくは種族主義で、人よりかなり知能の低い彼らが何故平然と俺の下に付くのか。
「多種多様の魔族を眷属としてまとめるあなたは、言うなれば魔王に近しい存在なのですよ」
「お、おう」
この言いぐさである、ツッコミ所満載。
ただ不思議ではあったが、俺もそういうものだと受け入れて見境なく声を掛けて回った。
めんどくさいし……そんなことはどうでも良いんだ、重要なことじゃない、と考えて先に進む。
ポジティブシンキング、あるいは考え無しとも言う。
そんなことを一週間も続けていたら、俺のグループも相当な規模にふくれあがっていた。
熱帯雨林時代は、一度に出てくる敵は多くても一桁に収まったのに、この階層になって数十から数百と言った敵が一斉に襲いかかってくる。
そんな奴らを数の暴力で押しつぶせるようになったくらいには大きな集団になっていたのだ。
熱帯雨林レベルの魔物であるオーガやらキマイラやらウンディーネやらまで仲間に加え、更にふくれあがっていく集団。
「いや、どう考えてもおかしいでしょ。この規模の集団が普通に維持できていることもそうだし、熱帯雨林の魔物どもが俺と同じ事をやらなかったのもおかしい」
「それだけあなたが特殊であるということの証左では」
ケントニスは全く不思議に思っていない模様、なので俺も疑問に思うことをやめた。
それにこれだけの集団であれば全くの安全かと言えばそんなこともない。
廃墟街の中で出てくる敵は基本的にレベル2や3と言った弱い者が多いが、時折熱帯雨林から出てきたであろう敵もうろついている。
そんな奴らとの戦いがあるし、それに危険はそれだけではない。
廃墟街の中には、たまに高さ三メートル程の緑色をした結晶が存在している。
ケントニスがすでに調べて理解していた事のようだが、この結晶を破壊されると、その周囲はレベル3前後の廃墟街ではなく、レベル7前後の熱帯雨林に変わる。
遠目にではあるが、廃墟街が勢いよく巨大な木々に飲み込まれていくのを、すでに何回か目撃している。
レベルの低いフィールドと結合したからと言って、楽をさせてはくれないというわけだ。
俺もこの戦力を使っていくつかの結晶と集落を防衛しているが、敵は毎日のように責めてくる。
ちなみにこの結晶は廃墟街内部の敵では破壊できず、高いレベルのフィールドの敵でなければ破壊できない。
要するに融合による高レベルフィールドの難易度低下を防ぐ……用意した何者かの意図を感じるな。
そうやって煉獄に来ても、また部下を率いて拠点防衛しているシラキであった。