存在の踊場
『吸血鬼、~が死亡しました』
『吸血鬼、~が死亡しました』
『吸血鬼、~が死亡しました』
『吸血鬼、~が死亡しました』
・
・
・
『冒険者ランクA、"捻れし白光"が死亡しました』
『冒険者ランクA、"天鬼"が死亡しました』
『闇を導く者、死神"狂える様に歌う闇"が死亡しました』
中央大陸北
大国ナシタ
冒険者ギルド本部
会議室にて、六人の男女が顔を合わせていた。
「軍を動かす者として、最大の障害が消えてくれたか」
「"震える白い影"フェンルの刃は、死神にまで届いたんですね」
厳つい顔のまま話すのは、教皇クレディ。
対照的に緑髪の少年勇者アディンは、笑顔で盗賊ギルドの大幹部へと話しかける。
「の、ようですね。残念ながら、"天鬼"が死亡し、都市も陥落しましたが」
微妙そうな表情で裁音が返答する。
身に纏う黒いローブや、濃い紫色の髪、盗賊ギルド大幹部という肩書きから忘れられがちだが、彼女はまだ十代後半。
都市の陥落と実力者の死を聞いて、手放しには喜べなかった。
東大陸で起こった戦闘。
それは"天鬼"と呼ばれる有名冒険者がいる都市へ、死神メアリーが大規模な攻勢を仕掛けたことで起こった。
魔王ガイスライヒェは好戦的なことで知られる魔王であり、二つある隣接する国とは何度も軍事的に衝突している。
そしてその魔王を抑えている二つの国の英雄こそが、"天鬼"と"倦怠の聖騎士"と呼ばれる二人の英雄なのだ。
そんな彼らであるが、今回に限っては三者共が共通して攻められる立場になった。
メアリーの攻勢は魔王ガイスライヒェや"倦怠の聖騎士"がいる周囲の国など、複数の目標に同時に攻撃を掛けるほどの規模であり、その全ての亡者がメアリーによる補助を受けていた。
ペレのワールドスキル"魂縛の煉獄界"によって戦力が低下していた人々の都市は、大戦力に次々と落とされることとなる。
しかしイノセントクロウズのシーフ、"震える白い影"フェンルの活躍によりメアリーを仕留めることには成功する。
最終的に侵攻されていた地域の中では、魔王ガイスライヒェの領地を除き、全ての都市が陥落することになった。
そして人的被害としては天鬼とA・Bクラス帯からも複数、教会と賢者の塔の幹部も何人かが死亡した。
「こちらも被害は大きかったけれど、あの死神を倒せたんだから上出来じゃないかしら」
どこか慰めるように言うのは、優しげな表情を浮かべる婦人。
"魔女の茶会"の代表と言うべき存在、"霊羅の魔女"ローラ。
見た目は若く見えるが、その物腰は柔らかく、実際は各ギルドの重要人物である五人の中間的な年齢をしている。
気品のあるドレスを着こなし、明るい茶髪は後ろで複雑な結び方をしている。
「軍全体にかかるほどの強力なバフに加え、超広範囲に呪いの歌を振りまく死神。一地方の争い程度の戦闘で戦死してくれたのは大きい」
「その通りですね。"倦怠の聖騎士"も消えているようなので、フェンルがいなければ周りの都市は全て陥落していたでしょうし」
クレディは情を交えぬ物言いを続け、アディンもそれを肯定する。
実際、フェンルは死神を一人殺すことで、周辺にある村や都市を軒並み救っていた。
「うむ、しかし陥落した都市に付いては後に話すとしよう。折角大変な客人がいらっしゃっているのだ」
大賢者グランが、場の注意を促す。
その先に座っているのは、薄紅色の髪を持つ女性。
背後に強い力を持ったヒポグリフ……ソリフィスを立たせた、神の子のルティナだ。
ソリフィス自身は会議に興味もなく、強力な魔物であるため会議場の人々にもいい目で見られるではない。
しかしルティナが有無を言わさずにソリフィスを出席させたのだ。
神の子であり、前回の終末の英雄でもあるルティナは、人々からはほとんど神々と同列に扱われる。
人類の誰よりも敬われる存在であるため、ルティナがそうと言ったなら誰も反対できない。
「私としては、もうしばらくここで聞いていてもよかったけれど……じゃあ、吸血鬼の里について」
亜人族と魔族、そして龍族を繋ぐ事ができる希少な人間であるルティナは、人間のトップとでも言うべき者達へと説明する。
感情を表さず、表情を変えないルティナが話し出したのは、吸血鬼である魔王"水平線上の蒼月"の治める地下都市について。
高レベルの吸血鬼が何人も存在していたその都市は、死神との戦闘によって崩壊した。
その場所に住んでいた高位の吸血鬼は、そのほとんどが死亡し、意志ある不死者の都は、意志無き亡者の巣窟へと変わった。
その崩壊をもたらしたのは死神"煉獄よりの使者"ペレであり、彼女は少数で襲いかかり、吸血鬼達を降したようだ。
力ある吸血鬼はそのほとんどが殺害され、戦闘力の低い吸血鬼は大魔王の元へ向かったが、日の当たる場所に住めない吸血鬼の特性故、避難するのも容易ではない。
「魔王"水平線上の蒼月"の軍はすでに壊滅状態です。まあ、本人はぴんぴんしてるようですよ」
「南大陸……なら、しばらくはぶつかることはなさそうですね」
南大陸は魔物の大陸だ。
大魔王を始め、複数の魔王によって統治されている大陸であり、その戦力は亜人族よりも高い。
そしてそもそも、南大陸に関して亜人族にできることは少ない。
というか、不干渉と言ってもいいだろう。
亜人族と魔族はルティナとガリオラーデを通して現在停戦中だが、仲が良いというわけでもない。
「"空賊"は今セルセリアと小競り合い中です。まあ、不穏なのは終末が終わるまでずっと続くでしょうし」
どこか投げやりな調子でルティナが言う。
「となると目下危険なのは、ここの北から徐々に南下してきておる"愚鈍なる天秤"と、西大陸で暴れる"デスフェニックス"かのう」
現在戦闘中、もしくは戦闘開始しそうなのは中央大陸北にいる"愚鈍なる天秤"に、西大陸にいる"デスフェニックス"の二体。
"愚鈍なる天秤"は巨大な球形の死神であり、その大きさは数百メートル。
そんな巨体が空に浮かびながら移動しており、ゆっくりではあるが、ナシタへとまっすぐに向かってきていた。
また"デスフェニックス"は大陸が違うが、西大陸と中央大陸が近いこと、そして高速で空を飛ぶことから、いつ中央大陸にやってくるか分からない。
そして東大陸には"儚き少女が見た夢"、"要塞竜"。
"軍艦亀"はおそらく海のどこかだろうと言うことしか分からず、"染虫の侵略者"と"病魔"に関しては予想すらできていない。
「"愚鈍なる天秤"とは遠からずぶつかることになります。そのとき、ルティナ様にもご助力いただけませんか」
そしてなんと無しに発せられたアディンの言葉が、波乱を巻き起こした。
「お断りします」
アディンの提案に対し、ルティナはノータイムでばっさりと拒絶したのだ。
会場に緊張が走る中、ルティナは無表情のまま冷たい瞳で言い放つ。
「現段階において、私が個人的に助力することはありません。有事の際は魔族との橋渡しくらいにはなるかもしれませんが、それ以上にはなりません」
「しかし、戦いはナシタの防衛戦となります。中心としての機能が集中しているこの都市が大打撃を受ければ、世界的に連携が難しくなってしまうでしょう」
クレディが普段の威圧感を抑え、明らかに気を使った話し方をする。
ルティナの立場は教会の信仰する神々と同等であり、本来人の前に立つことなど無い存在だ。
神の子とは生物の立場に立つ神であり、それを軽んじることのできる人間などこの場においても存在しない。
またナシタのすぐ北には険しい山脈が広まっており、そこに軍を派遣するのは難しい。
ナシタと山脈の間には、"愚鈍なる天秤"とまともに戦える様な平地が無く、そもそも空を浮かぶ死神とは普通に戦うことはできない。
高い城壁や建造物、様々な準備が可能なナシタで迎え撃たざるを得ないのだ。
「空を飛ぶ"愚鈍なる天秤"との戦いは難しく、どれほどの犠牲が出るかも分かりません。ルティナ様は、それでも良いと?」
裁音の、僅かに責めるような意志を含んだ言葉にも、ルティナは一切動じた様子無く言い返す。
「ええ。そもそも亜人族最大の都市で、私抜きで死神一人迎え撃てないようでは、どのみち先はありません」
その後もルティナは一切の助力を拒絶し、この場を立ち去った。
その目は冷たく、態度を軟化させることはなかった。
会議終了後、ルティナはソリフィスに乗ってダンジョンへと帰っていた。
ソリフィスはシラキの騎馬を自負しているが、別にそれ以外の誰も乗せたくない、と思っているわけではない。
親しくない相手であれば決して乗せないだろうが、ルティナやリースであれば、背に乗せて飛ぶのもやぶさかでない。
「それほど進展はなかったです。滅亡の大地が消えたからか、中央大陸は空白ですね」
「そうか」
ワールドスキルにより、シラキが消えて一ヶ月。
シラキの眷属は今まで通り、大きく動くことなくすごしていた。
シラキは自分がいない場合、全体の動きはソリフィス・命尾の二人が、ルティナに相談して決めるようにしていた。
他の者とも話し合い、また頭を沸騰させてなければ悪い選択にはならないだろう、と言うのがシラキの言だ。
しかし命尾が死亡してしまっているため、全体の動きはソリフィスにゆだねられていた。
元々シラキのダンジョンと眷属達は、シラキを頂点とした体系を取っている。
ルティナはその体系において、独立した存在、オブザーバーのような立ち位置におり、直接的な"上司"ではない。
それにルティナは自身が指示を出す場合、シラキが実質的な傀儡になりかねないため、あまり口出ししないようにしていた。
それはこの状況になっても変わらず、命尾もいないため、ソリフィスが全体を指揮することになったのだ。
そこでソリフィスはどうすべきか考えるに当たり、原点に立ち返った。
すなわち、シラキの最終的な目的である。
シラキがダンジョンマスターをしている、というかこの世界に来た全体としての目的、それは終末の解決……の、一助となることだ。
シラキ本人は、自分こそがこの世界を救うのだ、などとは全く考えていないし、ルティナも同じ考えだ。
あくまで楽しみつつ、できる範囲で世界を手助けするのが目的なのである。
ソリフィスはその目的を再確認し、今までと変わらず、積極的には打って出ない姿勢を続けることにした。
そのため自分たちはダンジョンとその周辺でのみ戦い、救援要請を受けたときだけは余裕があれば助けに行く、と言うのがシラキの眷属の現状である。
ルティナも方針は同じだが、後のことを考え、情報収集と魔族・亜人族間の橋渡しを行っている。
そんなシラキの眷属なのだが、自分から打って出ないからといって、暇をしている訳ではない。
伝達で伝えられるような敵の少ない中央大陸だが、そこで何も起こっていないかと言えば、決してそんなことはないのだ。
"魂縛の煉獄界"が発動した当時、大陸の中央付近にある複数の都市が死神"狂える様に歌う闇"によって陥落しており、南北の連携が絶たれているのだ。
中央の都市にはその重要性故、ランクA+冒険者や、複数の有力な冒険者パーティーなど、かなりの戦力が集まっていた。
しかし"魂縛の煉獄界"によりノウルスを含めた重要な戦力を喪失。
体制の立て直しも間に合わず、疲れや負傷を知らない者で構成された亡者の軍により、周囲の都市がそろって陥落することとなったのだ。
その結果大陸中央に突如最前線が出現し、"魂縛の煉獄界"により低下していた戦力を更に酷使せざるを得なくなってしまう。
戦力に余裕がなくなった亜人族はその勢力圏を縮小しており、手つかずになった場所での亡者の狩りが必要とされているのだ。
亡者達は全て、そこに存在しているだけでその場所を冥界へと近づけていく。
それがある一定値を超え、冥界化してしまった場所では、地上の生き物は僅かずつではあるが体を蝕まれていく。
悪影響を及ぼす速度は遅いとは言え、平然と生活出来るような場所ではない。
また、冥界化した場所では時間の経過と共に"冥界の地形"が発生する。
それは溶岩の吹き出す穴であったり、埋葬されるもののない墓であったりする。
それらの場所では時間と共に亡者が自然発生するため、人の住んでいない場所だからと言って放置しておくわけにもいかない。
ここでどれだけ亡者の発生を抑えられるかが、今後の敵の戦力に直結しているのだ。
「どこまでも、自分たちのことだけを考えていては、いずれ敗北するようにできています」
「終末か。情けは他人の為ならずと言うが……」
「一人か、もしくは一団体だけで生きていけるヤツなんていませんからね。誰かを見捨てれば、それだけ自分の寿命が減りますよ」
「そういう割には、余裕があるように見える。防衛戦力を考えても、決して余裕がないわけではない……やろうと思えば、より外に干渉できるだろう」
ソリフィスはルティナの言葉に疑問を口にする。
実際、シラキの眷属が積極的に打って出たことなど、今まで一度だってなかった。
自分だけ良ければ良い訳ではないと言っていながら、シラキもルティナもそうしようとはしていない。
ルティナはその疑問に口を閉ざした。
「嫌なら無理に答える必要はない」
「いえ…私はあまりやりたくないからですね。シラキさんの場合は、母に全力で終末に対処しろ、何て言われていないと思います」
「何となく思ってはいたが……やはり、そうなのか」
「……多分」
「おい」
ルティナもソリフィスも、話し方は親しげだ。
共に暮らしている期間もそれなりに経っており、お互いに性格も分かっているのである。
「"楽しまなきゃ嘘だ"、"鬱なんて誰得""みんなで生きてみんなで戦いみんなで笑う"」
ルティナがシラキの声まねをしながら言うが、さすがに声の高さに無理がある。
ルティナがおもしろおかしく何かを言うこと自体が珍しいが、会議で仏頂面(一般人からは無表情に見える)を続けた反動かも知れない。
「言い方が違う」
「あはは。でも、同じ意味の言葉なら言いそうだと思いませんか?」
「そうだな」
ルティナが笑いながら言う言葉に、ソリフィスも口元だけで笑った。
気がつけば、真っ白い空間にいた。
何回目だこれ?
何も無い空間、距離も方角もなく、埋め尽くされた白。
ミテュルシオンさんに呼ばれるときは、いつも木の丸テーブルが用意されているが、今回はそれもない。
ふと見てみれば、自分の体すらその場所にはなく、この視界が何によってもたらされているのかも疑問になる。
しかし自分の両手を見る様を思い浮かべていれば、その場所に両手はあり、自分の体があるべき場所を見下ろせば、そこに体があった。
夢を見ているときのように、体が現れたことは気にもせず、自分の体をぺたぺたと触る。
最後に右手で自分の頬を叩き、痛みと共にそこに顔があることを確認した俺は、遂に声を上げる。
「誰か、いないのか?」
全てが白いだけの世界、そこに居続ければ気が狂ってしまうのではないかとすら思える世界。
確固たる自分を意識している故に今は何ともないが、早めに自分以外の何かに出てきてもらいたい。
気配は何も感じないが、ミテュルシオンさんと会っている時を思えば、誰かいる可能性は高いんじゃないかと思った。
そしてその考えは、直後に正しいものであったと分かる。
「この場所に至り、我と出会う。お主は過去一万年、この場所へと訪れた者の中で、誰よりも速くそれを成し遂げた」
俺意外には何も無い空間に声が響く。
いや、いる。
目の前に突然、自分と比べて圧倒的に強大である存在感を感じる。
それは感動であり、衝撃であり、美しい景色を見たときや、崖の上に立ったときのような感覚である。
しかし感覚的なものではあるが、その大きさは、ミテュルシオンさんのものと比べれば小さい。
「どなた?」
声に出した瞬間、ぱっと世界が切り替わる。
まるでテレビのチャンネルを変えたときのように、瞬間移動したかのように、周りの景色が変わった。
その場所は、どこか高い山の山頂。
雪に覆われ、海のように青い空が拡がり、いくつかの雲が自分より低い位置を浮いている。
空中にいるにもかかわらず浮遊感はなく、どこか幻でも見ているかのように感じる。
そして目の前には、蜃気楼のような、夏の熱い空気の振動のような、そんなシルエットが見える。
しかしそのシルエットはぼやけており、自分よりずっと大きい何者かである、という程度のことしか分からない。
「すばらしい魂の意識の持ち主。ミテュルシオン様が招いたという者だな」
「あ、はい…それであなたは?」
質問に答えない相手だが、特にいらつくこともなく、いつもの調子で聞き直す。
「我が名は、ウィメイン……ウィメイン=ルーフェロード。雷を統べる龍神」
「龍神……!」
この世界には、三人の龍神がいるとされている。
水竜姫セレナ、雷煌竜王ウィメイン、そして名前は分からないが、輪空神竜と呼ばれる竜の三人だ。
そうであれば、驚くほど…それこそ神の子や死神を軽く上回るような、強大な存在感を持つことも頷ける。
それに言われて見れば、シルエットもドラゴンのそれに似ている、ような気がする。
と言うか雷煌竜王のフルネームとか初めて知った、ルティナが持ってきてくれた本にも載ってなかったのに。
「あ、えっと。ミテュルシオンさんに呼ばれ、ルティナに師事してダンジョンマスターをしている、シラキです」
俺は若干かしこまって自己紹介する。
「うむ。シラキは正常に話せる、久しぶりの訪問者だ。ここがなんであるか、説明しよう」
「お願いします」
「ここは、"存在の踊場"。あらゆる存在がある一つの要素において、その階位を上げるとき、必ずいたる場所だ」
ウィメインの言葉に、俺は首をかしげる。
「分かりやすく言えば、障害を乗り越えて大きく成長したとき、その階位を上げたなら、誰もが訪れる場所……ということだ」
「なるほど……ん?」
かみ砕いて説明されて言っていることは分かったが、そこで別の疑問が生まれた。
「あの、俺、そんなに大きく成長してました?」
思い出されるのは、澄香の死。
忘れるはずもないそれが、成長と言えるものであろうか。
「今回この場所に至った鍵は、あの魔法を成功させた事にあるのだろう」
「あの魔法……咲雷神」
「咲雷神、か。良い名前だ」
咲雷神は澄香が使っていた戦士の追い風をみて、考案していたオリジナルの魔法だ。
その基本はドレットノートに近く、おそらく補助魔法に分類される。
雷を纏い、自身の身体能力を格段に上げ、高速で移動できるようにすると共に、触れる物を焦がす鎧でもある。
そしてドレットノートと異なり、この魔法を使いながらでも、別の魔法も使うことができる。
成功したことはなかったのだが、あの時は澄香の死に衝撃を受けていて、そのときの衝撃の為に初めて成功した……のだろうか。
「確かに…考えて練習もしてはいましたけど、実際にできるのかすら曖昧で、できるとしてももっとずっと時間がかかると思っていました」
「そうであろうな。シラキはその精神性故に……いや、それは今言うべきことではないか」
ウィメインは途中で言葉を止めるが、そういうことをされると余計に気になる。
そもそもドラゴンが精神云々言うのは、ケントニスを基準にするとかなり違和感がある。
「何にせよ、お主はこの場所へと至った。そして四つの内、すでに二つを達成している」
「四つ?」
「そう。"存在の踊場"は誰しも到達する可能性があるが、到達しただけでは意味が無い。この場所を訪れる者が何かを得るには、四つの段階があるのだ」
ウィメインはそういう。
中空に浮かびながら、相手の姿も見えないが、それでもシラキは気にせず会話を続ける。
蜃気楼ウィメインの、その存在感に一点の曇りもないからだ。
「一つは、我のような者と出会う。出会えるかすら、定かではないからだ。次に、出会いを認識する。出会っても、我の影、存在感すら分からぬものには分からない」
「なるほど。確かに出会ってますし、存在の一端を感じますね」
「うむ。この場所に来るだけなら…少ないが、一定数存在している。出会うのも、訪れた者なら多くの場合出会えるだろう。しかし、その相手を認識できる者は少ない」
まず、この場所に来れるのが一定数……それほど多くはないだろう。
そしてこれた者なら、その多くが誰かしらと出会える。
しかし出会ってもそれに気づけなければ意味が無く、気づけるのは少数である、と。
「そしてここからが重要なのだが……存在の踊場には、技の記憶が残されている。その技を受け取ることこそが、この場所に来た最大の意味でもある」
「技の記憶?」
「そう。過去、様々な存在が研鑽し作り出して来た技。人は真に何か必要としたとき、その欠片をここより受け取る。そしてこの場所に至った者は、その一つを完全に受け取ることができる」
「えー…つまり、追い詰められたときはここからヒントが降ってきて…って分かりやすくよくある展開……奇跡みたいなものか?」
「そう呼ばれることもあるだろう。そのきっかけがここよりもたらされるものであると、本人を含め、誰も気付かないのだから」
なるほど。
奇跡のようなことが起こった場合、それはここからもたらされた力によって引き起こされている場合がある、と。
まあどのくらいの割合かは分からないが。
「それで、そのときはきっかけ、欠片しか得られないものが、ここに来れば一つ丸々得られる、と?」
「その通りだ。お主はすでに確固たる自我を持ち、我の見立てでもそれは叶うだろう」
龍神のお墨付きをいただいたぞ、やったね。
しかし、いきなり見たこともない場所で技の習得かぁ……びっくりした。
「強い、というより難しい技ほど習得が難しいって事は」
「それはない。ただし……ここで技を習得したとしても、技の発動に魔力は必要であり、ものによっては魔力以外の条件も必要とされる。それに全ての技が習得できるわけでもない」
羽の動かし方が分かっても、実際に羽がなきゃ飛べないよね。
ちゃんとものにできるかどうかが三つ目って事なんだろう。
俺はもう一度ウィメインの話を思い返す。
「全部理解できたかは何ですが……要するにこれってボーナスステージですか」
「褒美であると考えれば間違いではない。この場所に至るデメリットは存在しない。精々、得た技で必要以上に傲れば、その因果は自分へと帰ってくる、という程度か」
「まあ、当たり前の話ですね」
インガオホー。
傲れる者は久しからず。
「さて、長々と説明したが、本題に入るとしよう。どんな技が欲しい?ああ、当然雷に関係する技以外は習得できんぞ。肉体強化ならあるが」
「咲雷神って雷オーラ身体強化ですしね。……んー…」
「身体強化、だけでもないようだがな」
ウィメインがつぶやくが、その言葉にシラキは反応しない。
急に沢山の魔法の中から一つ選んであげるよって言われてもな。
直近で欲しいものといえば……瀕死の状態の存在すら生き返らせる……いや、どんな電気魔法だよ。
電気ショック蘇生は分かるけど、蘇生した時点で肉体が壊れてたら意味ないし、てかその状況じゃ生き返らないし。
爆死だろうが何だろうが一発で治るどこぞのFPSじゃないんだから。
肉体強化って言ったって回復してるわけじゃないしなぁ。
「う~~~~ん、思いつかない」
「焦って決める必要はない。この場所では時間は経過していないも同然だからな」
「ですか……おすすめとかありませんか?」
「……龍神におすすめを聞く人間に出会えるとはな…」
マイペースを崩さないシラキの様子に龍神も呆れた。
遅くなった……投稿最遅記録更新しちゃったかも。作者的には十日ペースで更新を目指しています(できるとは言っていない)。登場人物が増えてきてフラグ管理が大変になってきている弊害ですね。元から大量に登場人物を出すと収集が付かなくなる未来は見えていたので、これまでより増えにくくなります。