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異世界で小柄な女神様とダンジョン運営  作者: バージ
魂縛の煉獄界 ~別れと出会い~
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現世と煉獄の狭間で

この森に放り込まれてから10日目、だろうか。

森の様子は俺達にとって、相変わらず厳しい。

進捗と言えるものはなく、変わったところと言えば澄香と出会ったことぐらいだろうか。

澄香は俺と出会った時点ですでに複数回死亡しており、俺がいなかったらその回数が一回増えていただろう。


彼女は今かなり弱っている。

出会って間もない人間の心を、それほど詳しく分かるはずもない。

しかし、それでも彼女が精神的に、非常に弱っていることは分かった。

俺はまあこの手の状況には強いらしいが、そうでない人の方が多いだろう。

彼女は水魔法が使えず、水分は樹液をすすって生きていたらしい。

長くても二日程度しか生き残れていなかったため、それで問題なかったのだとか。

酷い話だ、というか"煉獄"というだけのことはあるというべきか。


俺は現状全く戦力にならない澄香を背負い、逃げ回った。

移動中は常に背負ったままだが、俺より小柄な上、結晶能力で固定しているおかげで大して邪魔にはならない。

左手使用不能だった頃の方がずっと辛かったといえる。


「シラキは、どうして今まで生きていられたの?」


休憩中どこか弱々しい、あるいはうかがうような表情で澄香が聞いてくる。


「どうしてって……うーん?」


言われて見れば確かに不思議かもしれない。

おそらく俺より戦闘能力の高いであろう澄香が複数回死亡しているのに、俺は一回だけだ。

とはいえ、俺もそれほど特別なことをした記憶はない。


「一応聞くけど、今日は大体十日目であってるよな?」

「ええ、大体十日…ずっとこの森にいたわ」


時間の感覚が違うって事は無い訳か。


「まあ、俺の場合は魔力結晶を持ち込んで数日は保ってた。それが切れてからは…まあ恐竜は逃げるようになったし、悪霊・魔法使いはそれぞれ一蹴だし、蜂と蛾は燃やすし」


相手の情報を把握するまでの時間を魔力結晶で稼いだ。

それに、俺が戦闘能力的にある程度万能なのが効いているのかも知れんな。


「まあ、ヤバいのはスケルトンか。あいつには何度も刺されてるし……いうてそれ以外からはそれほどくらってないのか」


まあ最初の数日はかなりやられていたけど、慣れるって言うか、相手の種族としての特性を知ってからは大分違うよな、やっぱり。


「そっか……シラキは、すごいわね。強くて、剣も魔法も使えて……しかも、こんな状況なのに…優しくて」


そういう澄香の言葉は尻すぼみになり、その瞳はどこか潤んでいる。

そ、そんな目で見られるとちょっと照れる、というか困る。


「いや、そんな大したことないよ。澄香は近接タイプだよね?研風とぎかぜって言うぐらいだし、風魔法を交えた剣を使う感じ?」

「うん、そうだけど…どうして分かるの?」

「いや、思いついたままを口にした…ら、当たってた」


しかし、風使いの剣士か。

強そうだな。

多分風魔法で剣の切れ味と自身の速度を上げて、その高い攻撃力と速度で一気に敵を倒すんだろう。

一瞬で距離を詰め、必殺の一撃を放つ。

魔法使いの天敵感あるな。


「でも、私は魔力も体力も少ないし、すぐに使い切っちゃうから…」

「ああ……なるほど」


弱点は継戦能力、か。

確かにこの森では敵が断続的に襲ってきて、嫌でも戦い続けることを強いられる。

彼女が複数回の死を経験させられたのも必定、か。


「だから、その」


どこかうわずった声で話しながら、澄香は言いよどむ。

不思議に思って、どうにか理由を探ろうと彼女を見るが、俺に見られると彼女は目を背けてしまう。

そのとき、俺は直感的に気付いた。

彼女が感じている恐怖と逡巡の存在に。


考えてみれば、当然のことだったのかもしれない。

こんなどことも知れない森の中に一人放り出され、水も食料もなく、出口の見えない戦いを繰り返す。

しかも頑張って頑張って、そして死んだと思ったら、また生き返って先の見えない森を彷徨う。

いつまで続くのか、知人友人とも会えず、もしかしたら一生出られないのではないか。

そんな環境で、時には本当に死を体験しながら苦しみ続けて九日間。

どれだけ戦闘力が高くても、実際にはまだ十三歳の少女だ。

一体どれほど辛かっただろうか。


「足手まといだと思ってるなら、気にしなくていい」


俺は、できうる限り柔らかな口調と表情で話しかける。

俺の言葉を聞いた彼女の表情は、必死に泣きそうになるのを我慢しているかのようだ。

彼女が感じていた逡巡は、俺に自分を置いていけと言い出すことだ。

死んでも生き返るから、自分は置いていけと。

死と孤独に怯える少女が、それでもなお俺を気遣ってそう言おうとした。


「で…でも!あなた一人なら生きていけるじゃない。私は死んでも大丈夫なんだから、だから…」


澄香は遂に涙を流し、叫ぶように最初の言葉を出すが、後に行く程その声は弱々しくなる。


「澄香」

「っ…」


俺は強い言葉で澄香の言葉を止める。

どうやら俺は自分がそうだからって、彼女もそれほど動揺していないと勝手に決めつけていたらしい。

この世界に来てからこっち、出会う人みんなすごい人ばかりだから、きっと忘れていたのだろう。

人は誰でも強いわけではないし、強い人がだからといって傷つかない訳でもない。


「そんな泣きそうな顔で言っても説得力ないぞ。だいたい俺は、生き返るから死んでもいい、なんていうのは嫌いだ」


澄香は涙の浮かんだ瞳で俺を見つめる。


「それに」


俺は彼女の目の前まで近寄る。

そうしてじっとその目をのぞき込んで言った。


「もう、俺は澄香を見捨てる気はないから」


こんな風に誰かと接するなんて初めてだけど、できるだけ俺の気持ちを感じて欲しい。

優しく、しかし力強く。

彼女を、勇気づけられるくらいに。


俺は、感動していた。

正しく、心を打たれていた。

このとき彼女を絶対に見捨てないと、心に決めた。

我ながら安い男だと思うし、言っていて恥ずかしくもあるが、ここでやらなきゃ男じゃない、とも思う。


「うっ…ぐすっ…」

「わ、とっ」


澄香は俺の胸に抱きついて、泣き出してしまった。


声を上げて泣く彼女を抱き、頭を撫でる。

シラキは澄香が泣き止むまで、ずっとそうしていた。










澄香が泣き止んでからも抱きしめ、頭を撫でていたら、しばらくして穏やかな寝息が聞こえてきた。

こうしていると、本当に年並みの子どもである。

俺に抱きついたまま眠る彼女を見ながら、今だけは敵に来ないで欲しいと、腕が動かなくなったときよりも強く願う。

そうしながら、俺は自分の気持ちの変化に驚いていた。


割と、かなり冷静というか、淡泊な人間だったんだけどな。

俺が本気で、こんなに誰かを守りたいと思うなんて、想像もしていなかった。

命尾が死んだときなんか、激怒するわけでも泣くわけでもなかったのに。

そのうちディレットに愛想尽かされそうだな、何て思っていたほどなのにこれである。

あるいは命尾の死があったからこそ、俺は今この子を守りたいと思ったのかも知れない。

この衝撃は、ミテュルシオンさんと出会ったときと似ているだろうか?

この気持ちは、フェデラの話を聞いたときと似ているだろうか?


ただ。

どちらにしても、問題は解決していない。

もしかしたら、彼女を守り切れないかも知れない。

いや、きっとそうだろう。

どちらが死ぬのが速いか。

この森の、今の状況の謎を解かない限り、そんな程度の違いしかないのだ。


俺は割り切れない思いを抱きながら、空を見続けた。

澄香に寄りかかられているため体を動かせず、地味に辛いが、さすがに情けないので我慢する。

そのまま身じろぎで体勢を直し、俺も軽く寝ることにした。










どれくらい時間が経っただろうか?

半分以上眠っていたた俺は近づいてくる気配に目を覚ました。

俺は澄香を抱き寄せて逃げる体勢に移行すると、澄香も目を覚ます。


「ん……」

「起こしちゃったか」


澄香は寝起きだというのに状況をすぐさま理解したらしく、俺が持ちやすいように体勢を直してくれる。

こういう所で少女が、何というか戦い慣れていることが分かる。


「ああ、そう警戒せんでもいいよ」


そう言って入ってきたのは、身長90センチくらいで、三~四頭身くらいの老人。

いや、小人だろうか?

赤い腰の辺りまで伸びるかぶり物を被り、豊かな髭を蓄え、少なくとも若いようには見えない。


「儂はここらに住んでいる者でな。坊主らが面倒なのを倒してくれて感謝しておるのよ」


そういう老人は杖をつきながらそこそこの距離まで近づく。

こちらを警戒させまいとしているのだろうか。

対峙した感じ、敵対的な雰囲気は感じないし、敵ではないのかもしれない。

しかし、この森に住んでいると言うことは、人間ではないだろう。

魔物なのだろうか、いや妖精とか言った方が似合っている雰囲気だが。


「面倒なの、というと」

牛頭ゴズのことじゃ。儂を見かけるとすぐ襲いかかってきおる」


老人の話方は最初から感情があまり籠もっていないが、暗い様子という訳ではない。

どちらかというと陽気といった方が合っているだろう。


「全く、あの牛頭うしあたまは…」


老人はぶつぶつと文句を口にする。


「それで、結局どういう用件なんです?」

「ああ、そうじゃったな。感謝の証に一つ、このワールドスキルに関して教えてやろうと思っての」


老人は意味深にそんなことを言う。

ペロッ。この物言い、重要人物か何か!


「このワールドスキルを止めれば元の世界にも帰れるじゃろう」

「てことはやっぱりここは別世界、ワールドスキル"魂縛の煉獄界"のせいだったんだな」


聞いた説明によるとこうだ。

"魂縛の煉獄界"には条件こそあるが、基本的に地上からレベル毎に一定の割合でランダムに生物を浚ってくる。

つまりほぼ無作為みたいな条件で地上の全生物の一割浚ってくるらしい、やっぱりメチャクチャだ。

そして"魂縛の煉獄界"によって浚われた者は、レベル毎に七つの世界、いわゆるフィールドに配置される。

俺が今いるのは第四フィールド「煉獄の熱帯雨林」、難易度は上下どちらから数えても四番目で、大体魔物レベルで6~8くらいの者が配置されるのだとか。

このフィールドで真ん中の難易度とか信じがたい話だが、レベルは数字だけ見ると7が真ん中だし、実際そうなのだろう。

そしてそれぞれのフィールドには十体ずつユニークエネミーが存在し、倒すとそれぞれにイベントを発生させる。

割とシステマチックなワールドスキルである。

そして目の前の老人は、ユニークエネミーである牛頭を倒したために現れたのだそうだ。

老人の役割は、他のフィールドが今どうなっているかを教えるというもの。

また、初めてユニークエネミーを倒した者に"魂縛の煉獄界"について説明する役目も担っているのだとか。

なんだかゲームみたいだ。


ちなみに十体いるユニークエネミーの半分を倒すと、特殊イベントが発生。

そのフィールドと別のフィールドが融合し、一つのフィールドになるらしい。

そうやって七つのフィールド全てを融合させるとラスボスが登場し、それを倒せば"魂縛の煉獄界"は終了、そのまま元の世界に帰れる。


そして一番重要なのが、この世界では死んだ場合に、何度でも復活できると言うこと。

やはり俺達は死んで生き返っていたのだ。

回数制限がないと分かって正直気が楽になった。

ただ真実の死には条件があり、その人が諦めてしまうことが条件なのだそうだ。

先の見えないこの場所で、心が折れてしまえば、復活することもなく本当の死を迎える。

まあ復活するからと言ってこの世界で死ぬことになれてしまうのは、それはそれで問題だろう。

俺はそういうの嫌いだし、そもそもすばらしく痛くて苦しいからそういう意味でも嫌だ。


「それで、他のフィールドの状況って言うのは」

「それについては、私の方からも説明させていただきましょう」


上の方から、大人の女性の、綺麗な声が聞こえてくる。

驚いて上を見上げれば、そこには空中にたたずむ…そう、飛ぶでも浮かぶでもなく、あるべくしてそうあるというような、真っ白なドラゴンがいた。

圧迫感こそ感じられないものの、見ただけで感じられる威容。

そして声を掛けられるまで、それほどの存在に全く気付かなかった。


白い肌は鱗ではなくなめらかで、少しだけ氷のように透過するような色彩をしている。

体は他のドラゴンと比べると小さめで、身長は大体三メートル程。

ワイバーン型と言えばその通りなのだが、そこにごつごつしさはなく、丸っこい胴体とスリムな首が美しい。

そのまま優雅に着地すると、犬やライオンといった四足歩行の動物と似たような体勢で座る。


「私の名前はケントニス。エルダードラゴンが一、今は第七フィールド「煉獄の浮遊岩」より分身を送っています」


白雪竜ケントニス、レベル13のエルダードラゴンである彼女は、非常に丁寧な人だった。







澄香

人間

魔物レベル9

総合A 攻撃A 防御B+ 魔力量B+ 魔法攻撃A- 魔法防御B すばやさA+ スタミナB-


出会う相手がみんな自分より強いという人生を歩むシラキ君であった。

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