人は一つの目的だけのために生きるにあらず
目覚めると、そこは今までいたのと同じ森の中だった。
………あれ?
俺、死んだ……よな?
こう、首がごとって。
視界が落としたビデオの映像みたいに……うっ、止めよう、気分悪くなる。
おそるおそる首回りを触ってみるが、ちゃんとくっついている。
体を起こし、周りを確認してみるが、左腕を含めて体は元に戻っているし、周りもこの一週間で見慣れた光景だ。
死んだ場所がどんなだったか覚えていないが、おそらく別の場所だ。
初期地に戻された……とかでは無いような気がする。
最初に目覚めた場所がどんなだったか詳しくは覚えていないので確信はないが、多分戻ったんじゃなくて生き返ったんだろう。
装備も変化無し、魔力は全快。
……どうしよう?
首からさげたネックレス、三つの爪を覆い隠すようにして撫でる。
命尾の明るい声が思い起こされるが、すぐにそれを意識の底に戻し、現状に目を向ける。
動けるのは良いが状況は変わらない。
脱出方法は分からないし、何をすれば良いのかも分からない。
目先の目標も達成出来てなかったし。
そう思った瞬間、べきべきと大木が倒れる大きな音が聞こえてくる。
この森にあの大樹を切り倒せるようなヤツ…ああ、恐竜ならできるな。
でもあいつのビームは一点への攻撃だし、この森の大木どもは穴開いたくらいじゃ倒れない。
そう思いながらも音がした方向へと走る。
何故か俺は死の体験をしたにもかかわらず、逡巡せずに動くことができていた。
危険だが行き詰まっていたところなのでちょうど良い。
木から木へ飛び、倒れた後別の木々に引っかかって斜めになった大木のすぐ近く、目を皿にしてスモッグと木の葉越しに周りを見回る。
いた。
大体百メートルの距離、地上。
土埃を上げて地上を転がる血まみれの女性。
うち捨てられるようにして倒れたまま動かない女性に、駆け寄るのは巨大なナタを持った、牛の頭をした人型の怪物。
「涯煉!」
木を蹴って飛び出し、最速の攻撃を放つ。
本気で飛んでも間に合いそうになかった為に仕方なくだが、涯煉は狙い通りに牛に当たり、動きを止めた。
俺は近くに着地し、二人の間に入ると同時に刀に手を掛け、魔法のタメに入る。
近くで見ると身長は二メートル以上、服は腰に巻かれた布だけで、体は筋肉質で頭が牛。
二本の立派な角が生え、持っているナタはデカい上に重量もありそうだが、こいつは軽々と持っている。
すでに体からいくつも血が流れているが、背中から直撃した涯煉に関しては、どうやら問題無さそうだ。
ミノタウルスと比べれば全体的に小さいため、別の生物……ひょっとして牛頭だろうか?
「ガアアアアアアア!!!!」
大音量の咆哮と共にナタを振り上げ、突進。
はいはい、会話は無理ね、分かってた。
俺は僅かに考えていた意思疎通の可能性を捨て、バーニングボムを三つ同時に放つ。
この様子だと突っ切ってくるかと思ったが、それは半分正解。
牛頭は振り上げていたナタを勢いよく振り、三つのバーニングボムを一振りで全て切り払う。
爆発で牛頭が一瞬だが足を止めたのを見て、チラと後ろで倒れた女性を確認。
近くで見るとかなり小さく、女性と言うよりは少女だ。
血まみれだが傷はおそらく腹、生きてはいるがすぐ死ぬか、ほっといて助かるかは不明。
視線を戻し、予想通りに爆炎から飛び出してきた牛頭にストーンジャベリンを放つ。
しかし牛頭は先ほどと同じように足を止め、そのナタを高速かつ正確に振り回し、俺が放った石の槍六本を全てたたき壊した。
うわ、こいつ止まんねぇ。
一連の攻防で牛頭は後数歩の所まで来ているので、覚悟を決めて俺も一歩踏み出す。
例によって一発当たったら後ろで寝ている少女と同じ目にあいそうな攻撃を刀で捌く。
まともに受けていないにもかかわらず、数合のやり取りでも手に伝わる衝撃から顔が引きつる。
ヤベぇ、志石が折れる!
更に数合捌き、その後敵の横凪の勢いを利用し、逃げるように飛び退る。
空中で一回転し、十数メートルほど離れて着地。
良しこっち来てるな!
力強い足踏みと共に、砲弾のような勢いで飛び出す牛頭。
俺は数歩バックステップしながら魔力を手に集中し、作り出すのは光を放つ電撃の槍。
それを構えると、アンダースローのようなフォームで雷属性最上級魔法を放った。
「結閃、浄雷牙!!!」
至近距離で放った黄色く輝く槍は、飛んできていた牛頭を貫き、吹き飛ばした。
あの後少女を横抱き、いわゆるお姫様だっこしてあの場を立ち去った俺は、近くの見通しの悪い場所に隠れた。
やはり良い場所はすぐには見つからないが、少女の傷が心配だったので仕方がない。
あの戦闘で周りから敵が来なかったのも運が良かった。
少女の傷は深いが致命傷ではなく、回復魔法を掛けて十分無事なラインまで持ち直した。
むしろ彼女が気を失っているのは、この傷のせいではなく別の理由……おそらく疲労のせいだろう。
今はゆっくりと寝息を立てている。
肺を貫かれた時の俺みたいな状況…いや、あの時はギリギリ致命傷だったか?
ヤバい、思い出したら涙出てきた。
もう二度とあんな目には遭いたくない。
苦しいって、あー言うときのことを言うんだろうなぁ。
少女…ルティナと同じく年の頃は中学生くらいで、髪は特にいじった様子もなく、黒のロングだ。
体は細く小さいが、その体には少なからず筋肉が付いているようで、おそらく実践に即した無駄のない成長の仕方をしたのだろう。
気絶と言うよりは、眠ると言った状態になっている彼女の寝顔はあどけなく、状況も相まって儚さすら感じる。
持っていた刀は多分それなりに品質の良い代物で、一応鞘に押し込んでおいたが、折れていてもう使えないだろう。
身なりはほとんど金属のないかなりの軽装で、タンクとして攻撃を受けるようなタイプではなく、おそらくスピードを生かしつつ、前衛で避けながら斬り合うタイプ。
白兵戦するときの俺みたいな感じか、俺も防具らしい防具は身につけてないし。
まあ俺の場合は並の防具より遙かに強い服着てるからアレだけど。
少なくとも魔法使いではない事は、少女が通常身に纏っている魔力を見れば分かる。
あの後大した距離離れていない場所に隠れているため、いつ敵に見つかるか分かったものではない。
先ほどの牛頭とは今まで出会ったことがなかったが、レベル的には8くらいはあるだろう。
俺もまともに刀で打ち合ったら普通に負けるだろうし、あんなにすんなりいったのはすでにある程度消耗していたからだろうな。
雷属性最上級魔法"結閃浄雷牙"もルティナに撃ったときよりは簡易的に作った物だし、アレで終わってくれて良かった。
…要するにこの少女は限界近くまで疲労している状態で、あの牛頭とやり合っていたわけだ。
これはもう、俺より強いかも分からんね。
何にせよ少女が目を覚ますまでは迂闊に動けないし、見つからないことを祈るしかない。
あまり安全でない、しかし心はなんとなく軽いという状況のまま数時間。
むしろ見つからないことを疑問に思いつつも、持ち前ののんきさで休んでいたら、ようやく少女が目を覚ました。
「ん……ん…?」
目覚めた少女が身を起こし、きょろきょろと周りを見回す。
俺と目が合うと、ぼけっとした表情のまま見つめ合う。
「おはよう」
「あっ、わっ!?」
はっとした少女はその場で立ち上がろうとして、力が入らなかったのか、立てずにへたり込んだ。
「無理しない方が良いよ。傷も治りきった訳じゃないし」
俺はできるだけ柔らかく言う。
一応見えない位置で、片手で刀に手を掛けているが、まあ多分使わないで終わる。
「ん……そっか、その。ありがとう、助けてくれて」
少女はどこかおどおどした様子でお礼を述べてくれる。
こういう時、やっぱりお礼を言われると、それだけでうれしくなるものだ。
それだから俺もお礼と謝罪はいつも言う様に心がけているしな。
少女に敵意は無い様だし、俺も刀から手を離し、力を抜いて答える。
「どういたしまして。ただいつ見つかるか分からないし、そのときは抱えて逃げることになるけどね」
多分辛い。
忘れそうになるかも知れないが、この森の中で出てくるのは、基本的に俺と同程度のレベルの敵だ。
しかも複数で出てくる上、後から何度も沸いてくる。
正直良く生きていられるなー、と自分で自分に感心する。
いや、一回死んだ?けどさ。
そんなことを思っているシラキの事を、少女がじっと見つめていることに、シラキは気付かない。
「っと、そういえば名前は?俺はシラキ。ええと……冒険者、かな」
ダンジョンに籠もっていて自己紹介をするということ自体が久しぶりのため、なんと言えば良いのか忘れかけた。
「そ、そうね。私の名前は澄香。"研風の巫女"、冒険者ランクA、今は西大陸で…」
少女、澄香は慌てたように言い、はっとなって口を閉じた。
多分、喋りすぎたと思ったんだろう。
「ん、あはは。俺は冒険者ランクはBだけど、能力的にはB+くらい。住んでるのは中央大陸の南当たりかな」
彼女が言いすぎたと思ったなら、言われたぶん俺も答えておけば良いだろう。
「しかし、やっぱり俺より強そうだな。その年でランクAって……あー。もしかして見た目若いけど実は年取ってるとか…?」
「ううん、私は十三歳?くらいだけど」
「じゃあ、やっぱりすごいよ。俺、二十歳だし」
十三って中一?小さいわけだ。
てか十三でランクAって、どんな修羅道を通ったんですかね?だってフェデラが十七?で当時Cだぞ。
魔力結晶の分を差し引いてもさー……そういやシクロって何歳だ……?
確信である、この子は絶対に闇を纏っている。
俺だって二十歳、それなりの人間である以上、この子には大人として気を使わなくてはならぬ。
しかしそれは、哀れみでもなければ同情でもない。
あるのは敬意と思いやりであり……そもそも他人を見下せるほど偉くない。
俺は大した人間ではないが、それなりに思うこと、心がけることはあるということだ。
「あれ。でもまって、シラキ、さん。あの牛頭に勝ってたのにB+なの!?」
澄香が驚いた様に言うが、あの時意識があったのかもしれない。
「ん、まあ魔力だけはそれなりにあるからさ。あと、別にシラキで良いよ?」
うーん、この年の女の子と喋った経験ないなぁ。
いや、もちろん中高では女子ともそこそこは喋ったけどそれとは違うでしょ。
フェデラは精神的に割と大人だったし。
「よく見たら、すごい魔力……B+じゃなくて、A-なんじゃないの?」
澄香が少しだけむっとしたような表情をして言う。
話し始めてから顔色が少し赤く、案外元気そうで少し安心した。
まあ、体は動かなさそうだけど。
「どうだろ?弱点は沢山あるしなぁ」
戦うのはすぐには無理だろう。
詳しくはないが、彼女は見た様子的にも、状況的にもおそらく疲労は限界。
故に、というかその上に大怪我を負ったのだから、俺なら数日は寝たきりになるところだ。
長期戦だし、むしろ俺が八日も持ったのは奇蹟じゃないのか。
なんか体治ってるし。
考えてみるとこわっ!
「ね、ねえ。あなたももしかして、ここに来てから……死んだ、りしたの?」
澄香が、ちょっと…いや、かなり言いづらそうに聞いてくる。
ということは、つまり。
「ああ、八日目?にちょっと首ちょんぱされて、ちょうどさっき目覚めたとこ。驚いたけど……もしかして、澄香も?」
「っ!え、ええ。そう……理由が分かったりは、しないわよね」
「うん、気付いたら治ってた。みんなそうなのか」
澄香もそうか。
となるとこの場所に俺だけじゃなく複数人が送られて来ていて、それで死ぬと治る……?
そう思ったところで、はっとなって上を見上げる。
そこには、浮遊している悪霊がこちらをうかがっていた。
「魔法弾!!」
即座に迎撃。
魔法弾は狂いなく悪霊に直撃し、一撃で粉々にする。
俺は澄香の前で腰を落とす。
「乗って!」
「え、う…うん」
おずおずと伸ばされた手を取り、おんぶして水晶で固定する。
「えっ!?」
「俺の能力!」
驚く澄香に一言で説明し、木の根の上に立って状況を確認する。
ドシン。
重苦しい足音が響いてきた。
この音は恐竜だろう。
俺は迷わず反対方向に走り出した。
作者が載せ忘れていた命尾のスキル紹介を55話「魂縛の煉獄界」の最後に載せておきました。
ところで私の小説は「。」の後で改行する書き方をしていますが、読み手としてはどうなんでしょうか?読みにくいですか、それとも特に何とも思わない?今更ではありますが…うーん。