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異世界で小柄な女神様とダンジョン運営  作者: バージ
終末の日は来たれり ~始動した二つの終点~
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心地良かった。

何者にも侵されないこの場所が。

憎しみのないこの場所が。

体と心が眠った今の状態が。


愛原白木は、道徳心の高い人間だった。

自分が自堕落な人間であると分かっていた彼にとって、女神ミテュルシオンの申し出は渡りに船だった。

重大な使命とそれまでと比べて過酷な環境を与えられ、自分の命の保証のない場所に身を置いた彼は、その身の境遇に喜んだ。

自分をこの世界へと招いたミテュルシオンに感謝した。

自身を鍛え、親身になり、厳しくも優しく己を育ててくれるルテイエンクゥルヌに感謝した。

未熟な自分を支え、喜びも悲しみも共有できる眷属達に感謝した。

それらを宿した、この世界に感謝した。


だから、シラキは本気だった。

感謝と責任感、友情と親愛、享楽と充実感が、彼の原動力だった。

彼の愛する、周りの人達に対し、胸を張り、そして恥じない人生であろうとした。

故にシラキはどんなに悪い状況でも、どんな強大な相手にも諦めずに立ち向かうし、悪や誘惑に負けぬ揺るぎない意志を持つ。

辛い、痛い、苦しいと本心から感じながら、しかし止めたりはしない。

それらを上回る感謝と喜びに溢れているからだ。


一方で、白木は感情を大事にする人間だった。

彼は自分が楽しいと思うことを重視する。

適度に責任感を感じ、真面目なだけでなく享楽を求め、赤の他人よりも自分を大事にすることに努めた。

シラキは自分がつまらない人間にはなりたくなかった。

強くなりたい、誰かに褒められたい、楽をしたい、幸福でありたい、そう言った欲求に素直だった。


他人を大切にしつつ、なおかつ自分をないがしろにしない。

彼の周りに者達は、そんなシラキの心のありようを慕っていた。


死神"狂える様に歌う闇"メアリーが用いたワールドスキル、"夢見る闇"は、そんなシラキにとって、まさしく天敵だった。

眠りによって原動力たる思いを奪われ、彼はただ安楽を享受するだけの人形になっていた。

それでも決してシラキという人間が死んだわけではなく、抵抗はあった。

誰かの好きにさせたくない、怠惰なだけではいけない、このままでは求める自分になれない。

そう言った本能とも、魂の欲求とでも言うべき思いが、彼をこの状況に抵抗させていた。

しかし、それは弱々しいものに過ぎなかった。

なぜならそれが自分だけで達成出来るなら、そもそもこの世界に来てはおらず、ミテュルシオンも誘わなかったであろうからだ。

---「そう、そのような人間であったなら、ミテュルシオンは誘わなかったであろうな」---

それが、愛原白木という人間が、この夢から自力で抜け出せない決定的な理由だった。



---「自分だけでは成せぬ割に、それを成すために必要なモノは持っているのが面白いところであるな」---



一瞬、どこか年老いた、しかし力強い声を聞いた気がした。









大樹の頂上付近で眠り、囚われているシラキの元に訪れる者がいた。

展望台を成している枝の上に、悠然と降り立ったのはソリフィスだ。

白い毛並みをした大きな馬の体、太い鷲の前足を持ち、頭部の毛は黄色く、鋭い目をしている。

ソリフィスはその巨大な翼をたたみ、ゆっくりとシラキの元へと歩み寄った。


「我が主」


普段より抑えた声で呼ぶソリフィスに対し、シラキは数秒間間を置いてから答えた。


「ソリフィス……?」

「ああ、我だ。我があるじ

「…どうした?」


目をつむったまま、ゆっくりと話すシラキに対し、ソリフィスも静かに、いたわるように話す。


「我は…初めからある程度決まった形を持って生まれてきた。ソリフィスという名前、我という存在、その起源。その由来について話してくれないだろうか?」

「…ん……分かった」


ソリフィスが言ったのは、シラキからすれば全く予想外の質問だった。

それに対しシラキは深く考えることなく、いや意識の深くまで考えることができず、しかし明確な答えを示した。


「ソリフィス……ゲームに、自作の、modで追加した英雄」


ソリフィスはとあるゲームが元になっている。

元々グリフォンに乗る騎士を見て作った英雄で、ソリフィスはグリフォンだった。

騎乗する英雄のレベルを上げ、ソリフィスと合わせることで一つの英雄となる。

二つの英雄が一つに合わさり、それに見合う強力な能力を持っている。

驚異的な機動力で敵の領土を駆け回り、後方都市を一人で陥落させる。

そんな英雄の半身、騎馬たる英雄、ソリフィス。

シラキは小さな声でソリフィスに向かって語った。

意識が沈んだままのシラキであっても出てくるそれは、シラキにとってなじみ深いものであった。


「そうか」


目をつむったまま、寝言のように話すシラキの言葉を黙って聞いていたソリフィスは、満足したように頷いた。

そしてシラキに背を向けると、ゆっくりとその翼を大きく広げる。


「我が騎手、我が主。先に外で待っているぞ」


その言葉を残し、ソリフィスは飛び立っていった。


ソリフィスが飛び去った直後だっただろうか、それとも時間が経った後だっただろうか。

次に現れたのは、レフィルとアルラウネだった。

レフィルは体長二メートル半ほどの、光を反射して銀色に輝く美しい狼だ。

その銀の毛並みは鉄よりも丈夫で、しかし柔らかくたなびいている。

アルラウネはその大きなオレンジ色の花に座るような形で立っており、優しげな表情をしている。

緑色の髪、髪飾りの花、若く女性らしい肢体、それらが下半身の花と合わさり、実に様になっている。

その花の下半身でどうやって歩いているのかは謎であるが、移動はのそのそと、ゆっくりと移動する。


あるじシラキ」

あるじ様」


呼ぶ二人の声に、やはりシラキは数秒間の間を置いてから答えた。


「レフィル……アルラウネ?」


シラキの声に二人顔を見合わせると、迷いなくアルラウネが数歩後ろに下がる。


「主シラキ。俺の役割は何だ?」


レフィルは普段と変わらない様子だが、どこか強固な意志を感じさせている。


「ウルフの長……騎兵隊であり、遊撃隊であり、先鋒」

「ああ。ならば、主の役割は何だ?」

「総大将……魔法使いであり、決戦用であり、もっとも欠いてはならないもの」


ゆっくりではあるが、言葉を詰まらせることなくシラキは答える。


「ああ。俺は先駆けであり、敵に突っこみ道を開く。だから主、その後を堂々と進んでくれ。……待っている」


レフィルは多くを語らず、それだけ言ってきびすを返し、白木から離れると消えてしまった。

入れ替わるようにアルラウネがシラキの側まで近づき、花の中、どうやってか腰を落とした。


「主様、以前使命の話をしましたね」


アルラウネは木の幹に寄りかかって眠るシラキに、可能な限り高さを合わせて語りかける。


「我々の使命。戦うことも主様に仕えることも、主様あっての事です。主様なくして我々は使命を果たせないのですから、この状況はいただけません」

「…悪い」

「ふふ。それでは主様、我々の生きる意味、果たさせて下さいね」


それだけ言うとアルラウネは一歩下がり、一礼した。

そうして頭を下げたまま、アルラウネも消えていった。



次に現れたのは、ライカ、ハースティ、グノーシャ、ケントロの四人。

ライカはサンダーバードで有り、足の先から頭まで一メートル以上ある大きな鳥だ。

戦闘時、バチバチと帯電しているときは真っ黄色に見えるが、普段は薄紫色と青っぽい黒が混じった毛色をしている。

枝が絡み合ってできている地面の、出っ張っている場所に足をかけ、地面に留まった。

ハースティはライカと比べれば体が小さいが、それでも地球で最大級の鳥と同じくらいには大きい。

明るい黄緑色の毛並みが美しく、ライカと同じように地面の枝に留まっている。

グノーシャに性別はないが見た目はほぼ少女であり、妖精のドレスとでも言うような土色のドレスを身に纏っている。

茶色っぽい黒髪も合わさり、まさしく土の精霊!という感じだ。

ケントロは背中に鋭いトゲが並んだ大きな恐竜だ。

頭の位置はともかく、体はトゲを抜きにしてもシラキより高く、黒っぽい緑色の皮膚を持っている。


「いやぁ、僕必要ないとは思ったんだけどね?何故かライカとハースティがやれってさ。別に話せなくっても意思疎通できてるなら通訳とかいらないじゃん!」


シラキを見るやいなや、グノーシャがいつもの調子で話し始めた。

グノーシャが間を置かずに話し続け、シラキが相づちを打つ。

そうやってしばらく話した彼らは、まるで散歩の途中で顔を合わせた様な気軽さで去って行った。

ちなみに最後、シラキに対しハースティには羽で頬を撫で、ライカは足で蹴っ飛ばした。



次に現れたのは、フェデラとリース。

前触れなくメアリーの能力が発動したため、二人とも戦闘用ではなく普段着だ。

フェデラは薄い緑色の、キャミソールのように肩を露出した服装で、下はスカート。

灰色の髪を首の後ろでまとめ、木製の杖を持ち、笑みを浮かべる彼女は儚げだ。

細かった体はほとんど復調し、背も伸び始め、女性らしい体つきに変わりつつある。

リースは戦闘中であれば凜々しく、そうでなければ幼く見える。

白くさらさらとした髪と三つ編みは、戦闘中であれ日常であれ、そのどちらの場合でも雰囲気を崩すことなくマッチしている。

最初の内こそ肌を全て隠す青色のローブを常に来ていたが、フェデラに感化されたのか、あるいは人間に慣れたのか。

いつの間にか普段着は動きやすい薄手のものになっていた。


「フェデラ、リース」


近寄ってくる二人に気付き、今回はシラキの方が先に声を出した。


「よかった、シラキ君が思ったよりも元気そうで」

「そうですね……何というか、シラキ様らしいです」


目をつむったままのシラキが、僅かに呆れたように笑って聞いた。


「どこら辺が?」

「何というか……穏やかなところ、でしょうか」

「ふふっ、確かに、そういう意味なららしいかも。でも、人間にもこんな風景が見えるものなんだ」

「自然そのままでいられないからこそ、純粋なそれを見ることもありますから」


そうして二人の女性と、とりとめのないことを話した。

長かったのか、短かったのか、時間的にどうだったかは分からない。

しかし今まで訪れた人達と比べると、一番賑やかな会話だったことは確かだ。



次に現れたのは、ルティナとディレット。

どういうわけか異色の組み合わせが多いな、とシラキは思う。

ルティナは薄紅色の髪をまっすぐ腰の辺りまで伸ばし、また髪が乗ることで、背丈の割には胸が膨らんでいることが分かる。

白を基調としたワンピースと上着を着て、全体的に幼い出で立ちでありながら、柔らかい表情がどこか大人っぽい。

神の子であるルティナは人と神を象徴しており、普段ぼけっとした様に、ゆったりしている事が多い。

ディレットは普段着の黒と黄色のジャージの様な服装で、ゆったりとしていながら、そのプロポーションの良さが見ただけで分かる。

身長はシラキと同程度に高く、跳ねた長めの金髪と力強い瞳が、見る者に覇気を感じさせる。

エルダードラゴンであるディレットが象徴としている情熱は、彼女自身の性質を表し、また情熱を求めている。


「シラキ!あんた、いつまで寝てるのよ!」

「…言って起きられたら誰だって苦労しませんねぇ…」


ディレットが開口一番にそう言い、それに対しルティナが呆れたようにつぶやく。

非常に位の高い存在でありながら、ルティナは人の欠点、というより悪いところに寛容だ。

とはいえその寛容さは、ルティナがそれををそのまま放置することをよしとしている訳ではない。


「あんたは最後に死ななきゃいけないの。ダンジョンマスターという存在はそんじょそこらの大将とは訳が違うのよ!」

「あの阿婆擦れうつけキチガイのディレットが正論言ってる!?」

「うっさい!?っていうか言い過ぎよ!」


ちなみに阿婆擦れは嫌われ者とか売女とかの意味。

うつけは間抜けや愚か者の他に、奇矯の意味もある。

何が言いたいかと言えば、ルティナは全くの間違いでもない言葉を選んで発言したのだ(意図的かどうかは知らん)。

ディレットも否定はしていない。


「ディレットなら大将だろうが何だろうが突撃しろって言うかと思いました」

「ぐ。間違ってないだけに否定し辛いわね……別に突撃するなって言ってるんじゃ無いわよ」


ディレットは顔をひくつかせるが、別に怒こっているわけではない。

最初はディレットを嫌っていたルティナも、今は本気で嫌なヤツだと考えているわけではない。

案外、二人の仲は悪くないのだ。


「私はこんな無差別な技で死んでんじゃないって言いたいの。こんなの、ちょっと意志があればすぐに起きられるような技じゃないの……あなたは、私が認めた情熱の持ち主なんだから!」


悲しむような表情から顔を上げ、ディレットはまっすぐにシラキを見据える。

ちなみにその横で、ルティナはディレットとは逆の方を向いて笑いをこらえている。


「そんな……良く思ってくれてたんだ?」

「当然。あなたは誇り高き生を生きる暖かい人間、ウンディーネの水より冷たい心を自らの意志で燃やし戦う戦士。私の認めた男よ!」


シラキが小さく息をのんだ。

そして、今まで常につむったままだった目が、このとき遂に開いた。

シラキの瞳を見たディレットが顔をほころばせ、はっとしてすぐにむっとした表情に戻す。


「とにかく!いつまでも眠りこけてたら許さないんだから!さっさと起きなさいよね!」


腕を組みそう言い放つと、次はお前だと言わんばかりに、ルティナに向かって顎をしゃくる。

ルティナは肩をすくめるとシラキの目をのぞき込む。


「シラキさん、もう、大丈夫そうですか?」

「ん、ああ……多分」


まだ驚き冷めやらぬ様子のシラキが、微妙な返答をする。


「私、待ってますから」


ルティナは頷いて、その一言で満足したのか背を向けて立ち去っていく。

隣ではディレットがはっとなって、こいつ、私にだけやらせて自分は一瞬で終わらせやがった!という顔をしていた。



来客が帰った後、目を開けたシラキは今更になって考える。

これは精神攻撃の類いで、自分はそれに捕まっていたのだということを。

そして自分のせいで仲間達にかなり心配をかけたであろうことも。


「これさっさとでないとアカンやつだ」

「そうですよマスター。みんな待ってるんですから」


現状を口に出したシラキに答えたのが、最後の訪問者。

六尾のフォックスシャーマンである命尾。


「命尾…ってひょっとしてこれで全員来た?」

「そうですね、後はお寝坊さんなマスターだけですから」


命尾は行儀良く座ったままボリュームのある尻尾を揺らし、普段と変わらない様子で言う。

小首をかしげ、笑みを浮かべたようなその表情が、シラキにはからかう様なものであると分かる。


「なんか、すまぬ…というか、すみませんでした」

「うふふ、大丈夫ですよ、マスター。主を待つのも私たちの役目。ただ、ディレットやライカは真面目に怒ってたので、そろそろ起きた方が良いでしょうね」


シラキが立ち上がり、辺りを見回す。

目覚めたシラキは、ようやくこの世界より脱出する為に動けるようになったのだ。


「マスターなら、もう大丈夫ですね。ふふ……」


命尾が楽しそうな、あるいは幸せそうな笑いを漏らす。


「どした?」

「何というか……今のマスターを見ていると、どうして今まで出られなかったのか、不思議なくらいです」


冷たく、事件のない、ただ安定しているだけの心の中に沈んでいたシラキ。

彼らはそんな中に踏み入り、シラキに意志を取り戻させたのだ。

原動力たる大切なものの存在を思い出したシラキにとって、もはやこの世界は、彼を押しとどめるにたり得ない。

シラキがその大樹の中心より歩み出ると、世界がぼうとした光を放ち出す。

まさしく、シラキが目覚めようとしているのだ。


「マスター」

「うん?」 

「この騒ぎが終わったら、私の話を聞いていただけませんか?」

「それはもちろん」


シラキの言葉に、命尾が笑顔を浮かべる。

それを最後に、世界は光に包まれて消えた。


俺、この戦いが終わったら、命尾と話すんだ…(不穏)

この小説には人死にはありますしシリアスもあります。しかし長続きはしません。しかも主人公は驚異的な安定感を誇るメンタルをもっています。

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