死神、滅亡の大地
西大陸
ある都市の近くの森
「そ、そんな…」
倒れ伏す女性は嘆いた。
その女性の周りには多くの騎士の死体が転がっている。
女性の目の前に立つ暗い色の髪の少女は、冷めた目で女性を見下ろしながら話した。
「だから言ったのに…こうなるって。そもそも、ここに来たこと自体が間違いね」
膝を付いた女性は、呆然としながらつぶやく。
「だが…大臣が…」
「大臣はここで死ぬわ。あの都市も落ちる。明確に城壁を破壊できる敵を前に戦力を分散し、無駄にした以上、当然ね」
少女、死神"狂える様に歌う闇" メアリーは、薄ら笑いを浮かべて続ける。
「せめて連れてくる騎士は最小限にするべきだったわね。あなたの傲慢から来る自殺にこれだけの人を巻き込むなんて。あるいはここに来るまでの道中でできるだけ敵を倒しておけば良かったのよ」
「あ……う……」
満身創痍の女性は、メアリーの言葉に言い返すこともできない。
「巫女の一人がこの有様とはね。まあ良く知らないけど、あなたみたいな屑は優先的に死ぬから、ある意味必然だったのかしらね」
そう言いながらメアリーは、目の前の女性に剣を突き立てた。
東大陸
大陸南部にある帝国
首都・宮殿内部・玉座の間
玉座の間では、二倍以上の体積にふくれあがっていた血まみれの偉丈夫が、死神が持つ大剣に胴体を貫かれていた。
「ばかな…武の神より賜った剣を持つその男は、ランクA+にも匹敵する力を…」
玉座に座る皇帝が、信じられないと言った表情で洩らした。
その周りにいる騎士達も、怯えて震え上がっている。
「興ざめだ。その剣は国全体から力を得ているというのに、何故この城の戦士達を町に向かわせない?わざわざ面倒なヒントも出したというのに…つまらん。実につまらんぞ」
その言葉と共に剣を払い、貫かれていた男を投げ飛ばす。
そのまま"滅亡の大地"は背を向け、足下から立ち上る闇の中へと消えていった。
中央大陸南
シラキのダンジョン
終末が始まってから半日ほどが経過。
すでに何回か"神の伝達"が鳴り響いていた。
『冒険者ランクA-、"夕雲の巫女"が死亡しました』
『冒険者ランクA、"国剣の獣"が死亡しました』
内容は、全て誰かの死亡を伝えるものだ。
今のところB+が多いが、A-やAも混じっている。
Aランク帯の冒険者は世界全体でも300人ほどしかいないと言われているのだが、初日から死者が出て大丈夫なんだろうか。
少々不安になるが、他人の心配をしていられるほど余裕があるかというとそうでもない。
現在、敵の増量と侵攻は続いている。
動かない滅亡の大地の周りにはlv9の終末術師と、lv7の地獄の騎士がいる。
第一から第三階層までは完全に突破された。
複数の階層に残していた罠は、第二階層の魔物達を撤退させるのに使ったので、ほぼ打ち止めである。
今は第四階層に侵入する敵をディレットが一人で蹴散らしている。
バ火力キャラが出てきていないため事故死も無し、主力は全員健在である。
ただ魔力もスタミナも有限で、魔物達はみんなお休み中だ。
現在全快状態なのは俺とルティナだけ。
総司令官は最後まで隠すものらしい、今までじっとしていた俺を褒めろ。
普通に辛いからな!
そして歯医者前の子どもよろしく待ったあげく自分より数段上の敵と戦わざるをえないというね。
そうやって戦っているうちに、遂に門からの流出が止まる。
俺がようやく打ち止めか?と思った時、"滅亡の大地"が動き出す。
すでに踏み荒らされたダンジョン内を、悠々と死神が歩き始めたのだ。
見ていて思ったのだが、"滅亡の大地"はこのダンジョンの攻略には全力じゃないのではないだろうか。
本気で攻めようと思ったら、軍の最後尾ではなく、中核に自らを据えるべきだと思う。
このやり方だと、自分が戦うときに自軍が全滅しているという事態になってしまう。
と、当然のことを思ったのだが、そんなこと相手も分かっているはずだ。
ならばこれがどのような戦略であろうと、こだわりであろうとナメプであろうと、こちらは迎え撃つのみ。
眷属達を全員起こし、転移魔方陣を通して配置に付ける。
俺は戦場となる予定である第四階層へ。
使いつぶす覚悟がないのなら戦わせるな、というルティナの助言に従い、人選は考えた。
俺、ルティナ、ディレット、グノーシャ、ケントロ、レフィル、命尾、ソリフィス。
最初からユニゾンする予定のレフィル、命尾を除くレベル7以下のメンバーは全て下げた。
たどり着いてみれば、ちょうどディレットが最上級魔法で敵を一掃したところだった。
俺はレフィル、命尾、ソリフィスとユニゾンする。
そうしてディレットに束の間の休息をさせ、他の眷属に残敵を掃討させていると、遂に大将が姿を現した。
死神"滅亡の大地"。
レベルは11、死神の中では単体戦闘力では弱い方だという。
しかし真価はそのスキルにあり、"滅亡の大地"は闇を操る。
"滅亡の大地"の影に、常時澱のように沈んだ闇が拡がり、そこから多数の敵が出現するのだそうだ。
これは戦場においてはおそろしい能力で、"滅亡の大地"を中心にいくらでも敵が沸いてくると言う事態になってしまう。
町の中にでも入られたらその時点で終わりだ。
前回の終末ではこの能力を使われ、いくつもの都市が陥落したという。
黒い鎧と闇を身に纏った巨体。
その体から異常な魔力を放ち、二度目であっても体が震え出す。
これが死神が常に放っているという、存在しているだけで周囲の生物に恐怖を与えるスキル。
ルティナの話や集会で配られた資料によって多少は知っているが、死神が相手だと、このスキルのせいで、一定以上の力の持ち主以外は戦うこともできないという。
精神と肉体が共に弱い者は、この死神に近づいただけで死ぬらしいからだ。
俺も決して精神が強いとは言えないが、能力的にはそれなりなのと、ユニゾンで何となく気分が良いので戦えそうだ。
ディレットの鼓舞無しでも何とかなっている。
と言うか、四人がかりでレジストしているのかもしれない。
ユニゾンの練度を磨いていくと共に、もはや精神すら一体化しているかのような気分になっていくのを覚えている。
口に出すこともなく、念話することもなく、明確に考えることすら無しに、全員の意志が共有されるのだ。
本当に合体していると言われても、俺は納得するだろう。
少なくとも戦えることに安堵した俺は、納刀したままの刀に手を掛ける。
数十メートルの位置で対峙した"滅亡の大地"は、腰からその巨体に似合った、大きな剣を抜く。
「因果の運命。滅びし時より解放たれ、大地は蘇る」
詠唱。
"滅亡の大地"の言葉と共に、彼を中心にハサミで切り取るように、空間自体が塗り替えられていった。
時間にすれば、一瞬の出来事、一秒にも満たない時間だっただろうか。
雲中庭園を覆う雲の白が、乾いた砂と、爛々と輝く太陽の浮かぶ青空に変わっている。
この空間自体が、完全に真昼の砂漠へと変貌していた。
周りの砂漠を観察してみれば、でこぼこの地面をして、結構な高さのある砂丘がそこかしこに点在している。
俺は驚きに焦ることも忘れて、しかし何かするべきことがあるのではないかと、口を開く。
「な、何…いや、どうすれば良い!?」
「無理ですね……人数を厳選したのが吉と出るか凶と出るか」
ルティナを見る。
あまりにも現実離れした光景の中で、ルティナは"滅亡の大地"を睨み付けながら言った。
「その心は?」
「戦闘不能になっても逃げられないので、やられるとまずいです。かといって外からも入れないので、全滅したらリソース抱え落ちです」
「…どのみち行ける道が一つしかないってことは分かった」
要するに逃げられないし、援軍も来ないわけだ。
知らなかったのか?死神からは逃げられない。
「シラキ、鼓舞掛けたわ」
ディレットが鼓舞を掛けてくれる。
俺が改めて覚悟を決めて向き直ると、"滅亡の大地"が左手を挙げ、拳を強く握りしめる。
自然界では耳にしない、アニメのレーザーが撃たれるときのような、甲高い音が鳴り響いた。
それと共に地面から線を描くように光の壁が立ち上り、"滅亡の大地"を中心に、俺のすぐ後ろを頂点とした四角を作る。
それは速いなんてものじゃなく、気がついたときにはそうなっていたと言うべきだろう。
仲間達の先頭に立っていた俺だけが、地面から立ち上った光の壁の内側に隔絶されてしまった。
「なっ、マジかよ!?」
俺は火球を複数作り、立ち上る光の壁に投げつける。
しかし、その火球は全て壁に阻まれ爆発した。
光の壁は高さこそ数メートルだが、その上の何も無い空間にも壁が生成されているらしい。
壁というよりは、空間自体が切り取られてしまったかのようだ。
俺は壁を攻撃するのを止めて"滅亡の大地"へと向き直る。
狂ったように壁を攻撃して、その間に"滅亡の大地"に背中を突かれたらたまらない。
四角い空間の一辺は、百メートルと言った所だろうか?
幸いすでにユニゾン済みだから戦闘力は上がっているし、もしもの時は壁の内側で分離できるはずだ。
俺は壁から離れ、中心点である"滅亡の大地"へと近づいていく。
現状俺は壁の端に追い詰められた形になっているのだ。
できるだけ逃げ道は確保しておきたい。
この壁を突破するのはとりあえず諦めることにした。
相談したわけでもないが、命尾が突破は非現実的だと考えている。
外側からルティナやディレットが解除できていないことを考えれば、俺にできることは少ないだろう。
壁からある程度遠ざかり、"滅亡の大地"と無言で対峙すると、ソリフィスが気付き、俺は空を見上げる。
空からは、無数の黒い龍が舞い降りてきていた。
冥界産のドラゴン、邪竜だ。
一瞬一人で邪竜と死神を相手にしなければならないかと思い顔が引きつるが、すぐにそれが光の壁の外側であることに気付く。
「安心しろ。一対一の勝負だ」
そのとき、"滅亡の大地"が口を開いた。
この死神の言葉を聞くのは、大樹のダンジョン以来、二回目だ。
それだけで、俺は目に見えない圧力が体にかかるのを感じ、それに対抗するために気合いを入れる。
「四人でユニゾン済みだけどな?」
俺は汗が頬を伝うのを感じながらも、口元に笑みを浮かべて話す。
この空間は砂漠だが、実際の温度が熱いわけではない。
そして、自分より強い者と戦うときこそ、不適に笑って挑むものだ。
「精神すら統合しかねないほどの精度のユニゾンなど、そうそう見れる物ではない。それが二人ではなく四人なのだとしたら、なおさらだ」
低く、重苦しい声で"滅亡の大地"が褒める。
込められた感情から、どうやら本気で賛美を送ってくれているらしい。
「もう一度言う、安心しろ。俺とお前達との勝負だ。……さあ、行くぞ!」
大剣を構えた"滅亡の大地"が、地を蹴った。
強大なる力をたぎらせ、その巨体からは想像もできないくらいの勢いで、"滅亡の大地"が走る。
刀を構えて敵の攻撃を待ち受ける俺は、ふと思う。
あの巨体であの勢いなら、そもそも剣を振るう必要もなく、ただ体当たりすれば良いのではないだろうか。
そう思った俺は、待つのを止めて横に移動する。
敵はこちらを追ってくるが、当然直線移動されるよりは速度がマシになっている。
接近。
走った勢いのまま振り下ろされた一撃を余裕を持って回避する。
剣は砂漠にぶち当たり、力だけで起こしたとは思えない風と衝撃が走る。
俺は目を見開き、"滅亡の大地"を凝視する。
大剣の横薙ぎを、猫のように手を付き、低くしゃがんで避ける。
風圧が体を押し、髪の毛と尻尾、そして背中の翼を激しくなびかせる。
俺は"滅亡の大地"が軽々と振り回す大剣をよけ続けた。
振りは大ぶりで、威力は強大。
敵はその巨体と大剣で、こちらのリーチの数歩外側から攻撃できる。
まあ体格差が結構あることと、俺が回避に集中していることもあって、危なげなく避けられてはいる。
ただ小手先の技を使ってこないことも含めて回避は簡単かと言えば、決してそんなことはない。
"滅亡の大地"は剣を振る前に一瞬タメのような動作をする。
そのときだけ妙にゆっくりだが、その後に放たれる剣撃は、非常に高速だ。
剣が動き出してからでは、とてもじゃないが避けられない。
ギリギリで避けるのをためらうほどの威力の剣撃を直接受ければ、確実に無事では済まない。
おそらくミンチである。
現状"滅亡の大地"の剣は一撃必殺の威力があり、そして発動してからでは回避不能。
この状況、どこかで見たな、などとのんきなことは言わない。
ディレットの時と同じような状況なのだ。
そして俺には、それがむしろ利点であった。
ディレットが仲間になってからと言うもの、修行で何度もディレットと戦っている。
一対一では勝てようはずもないが、そこはルティナが相手でも同じというもの。
ユニゾンを使った状態でも頻繁に対戦し、それが実際に実を結んでいた。
四人合体のユニゾン状態を習熟するために、俺達は動き回った。
健全な精神は健全な肉体に宿るという言葉もあるが、俺達も魔法ではなく体を動かした。
苦節数ヶ月。
その結果が今の状況である。
命尾が敵の動きを先読みし、レフィルが即座に体を始動させ、ソリフィスが翼で補助をする。
俺を主としてユニゾンしているため自分で動かしている感覚だが、内訳としてはそんな感じだ。
自分の能力以上の知覚や動きをすることにも慣れたものである。
短い時間にいくつかのやり取りを交わす。
隙を突いて相手の黒い鎧を切りつけてみたが、傷一つ付かなかった。
まあ死神が着用しているような、いかにも闇を纏ったような防具が、そう簡単に抜けるわけもない。
またいくつかの攻撃と、回避。
まるでダンスでも踊っているかのような錯覚を受つつも、動く。
俺は軽く右手を振り、袖から切っ先だけ黒曜石でできた、水晶製のスティレットを取り出す。
神造兵器・服の拡がっている袖の部分に隠していたのだ。
ちょっと憧れていた、袖から武器を取り出す動作もできるようになった。
形状変化を使えば暗器を隠すのも、取り出すのも安全にできる。
そして取り出したスティレットは、完全に攻撃のみを考えて作った物だ。
使い捨てにするためにコストを可能な限り減らし、切っ先の攻撃力だけ高い武器。
このスティレットを使って、"滅亡の大地"が身に纏う鎧の間を突く。
その手応えは、感じ慣れたものだった。
すなわち、ディレットに攻撃し、切り傷を付けるので精一杯だったときのそれだ。
俺は即座にスティレットを手放し、後ろへと飛ぶ。
直後に振られた"滅亡の大地"の剣の風圧を翼で受け、一気に距離を取る。
攻撃力だけはそれなりに高いスティレットで、全力で鎧の隙間を突いた結果。
傷は付けたが、それは切り傷に毛が生えた程度のものである。
そのような結果に終わったが、俺としては全くもって予想の範囲内だ。
全快時のディレットと比べれば防御力も低いらしい……少なくとも、鎧の内側は。
距離を取って対峙したところで、"滅亡の大地"が口を開いた。
「すばらしい…大したものだ。四人ユニゾンなどと言う無茶をやっていながら、動きのキレが良い。よほど強い信頼関係で結ばれているのだな」
送られたのは、賞賛の言葉だ。
「言っても、自ら生み出し召喚した眷属だぜ?」
俺は普段とは段違いに、うるさいぐらいにドクドクと音を鳴らす心臓の音を聞きながら、息を整える。
「魔物というのはくせが強い。自ら生み出した眷属であろうと、そううまくはいかないものだ」
"滅亡の大地"の言葉には、どこか実感のこもっているような響きがあった。
「それに、自分より圧倒的に攻撃力の高い敵との戦いになれている様だな。動きに迷いがない……全く」
クックック、と"滅亡の大地"がかみ殺した様に笑い、続けて大声で笑い声を上げる。
楽しさを抑える様子もない
「ハッハッハッ!さあ、遊びは終わりだ!この朽ち果て、再誕を待つ大地の上で、その命を燃やして戦うが良い!!」
"滅亡の大地"の足下から、液体のような闇が滲み出した。
「前回狭間で散々戦ったけど!」
空を飛び回り、複数の黒き邪竜と戦いながら、ディレットが言う。
見た目はごく一般的なドラゴンのフォルム、そして鱗が黒と紫色でグラデーションしている。
邪竜は個体差でレベルに大きな違いがあり、そのレベルによって名前が変わる。
レベル7の邪竜がリューテネント、レベル9がカーネル、レベル11がブリガディアーだ。
「鬱陶しいわね!」
「レベル7が大量。レベル9が50ほど。レベル11が2体ですねー」
桃色の炎の翼を背中に生やし、空を駆けるルティナが平然と言う。
巨大な黒で空が埋め尽くされた様な状況でありながら、二人は次々と邪竜をたたき落としていく。
大量の龍に囲まれていても、二人はそれを全く気にしていない。
「それより、シラキはいいの!?相手は死神でしょ!」
一頭の邪竜の腹を、思いっきり殴りつける。
殴られた邪竜はすごい勢いで吹き飛ばされ、後ろにいた邪竜とぶつかる。
自分よりも遙かに体の大きな龍を、力任せにたたきのめしているのだ。
「そうだけど、こいつらがあそこに入る方がまずいです!今のシラキさんならそうそう負けませんし、今はとにかくこいつらをつぶしておきましょう!」
ルティナは小刻みに飛び回り、時折強力な風魔法で邪竜の鮮やかな鱗を切り裂いていく。
危なげなく飛び回りながらも地上を見てみると、グノーシャが光の壁に手を当てて、ケントロがその背中を守っている。
光の壁が突破できないかを探ってもらっているのだ。
しかし、ルティナはそれが成功するとは思っていなかった。
死神である"滅亡の大地"がわざわざ引き込んだ世界で、簡単にその世界のルールを破るようなマネができるとは思えない。
「シラキさん…」
ルティナは壁の中で戦う青年をちらりと見てから、邪竜へと意識を戻した。