情熱竜ディレット=ヴィニョル
第四階層
雲中庭園
いやぁ、何だろうねアレ。
あの落とし穴杭落としトラップはソリフィスやグノーシャですら即死させる威力があったんだけどなぁ。
まあ何とかケントロを戦闘不能にできるかって位だからそれでディレットを倒せるとは思ってなかったけど。
あの時ディレットが発動させたのはおそらく炎属性最上級魔法、"ヴォルケーノ"。
俺の涯煉とは比べものにならない威力だった。
アレも直撃すれば一撃で蒸発する自信が俺にはある。
やはり事前に準備しておいた方法で戦うしかあるまい。
第四階層の名前は、雲中庭園。
いわゆる決戦のバトルフィールドである。
空間は一辺数キロメートル、高さ数百メートルあり、飛び回って戦うことができる。
地面も天上も白く、硬い雲で覆われており、また中空にはいくつも雲が浮いている。
あれらは全て雲の形をした浮いている足場だ。
物理法則なんて無かった、今更な話だけど。
ステージとしては2Dアクションゲームでよく見る形と言えるだろう。
この場所で戦う利点はいくつかあるが、それはとりあえず割愛。
この場所で待ち受ける人数はそれなりに多い。
俺、ケントロ、サンダーバード。
グノーシャ旗下ノーム86。ハースティ旗下ソードホーク11、ソードスワロー64。リース旗下魔術師6、見習い魔術師34。
そして一度全滅した後、復活して戦線復帰したドリアード達だ。
残念ながらレフィル隊は全滅した、というか近接系自体が全滅している。
レフィルは流れ弾にさえ当たっていなければ健在だったろうに…。
命尾隊も第三階層で立ち位置が悪く全滅しているし、リースはリースで右腕切断されたから今片腕しか使えない。
第三階層ではアンブッシュを仕掛けたのだが、炎の最上級魔法が数発飛んできて蹂躙された。
アレのせいで通常地面の中で半無敵してるノーム、速度の高いソードバードにかなりの損害が出た。
ソリフィスは俺が死んだとき敗北判定を出させないため、今回はルティナ、フェデラと一緒に引っ込んでいる。
うっかりダンジョンマスターである俺とダンジョンボスであるソリフィスが両方死ぬと取り返しが付かない為だ。
つまり今ここには使える戦力が全てそろっている訳だ。
そして軽く準備運動しながら待つこと数分、目的の相手が階段を下りてきた。
この階層は大樹の層の最奥から、手すりの無い螺旋階段によってつながっている。
無色透明だが目に見えないほどではない、そんな長方形のブロックで空高くまで伸びる螺旋階段だ。
ディレットは螺旋階段の上層からたむろしているこちらを見つけると、ためらうこと無く飛び出した。
いくつかの足場を経由して、数キロは離れ所にいた俺達の場所にものの数分で到着した。
一触即発の空気を出す俺達に対して、何を思ったのかディレットは慌てたように言った。
「ちょ、ちょっとまって!あなたがシラキ?」
「ん?ああ、初めまして、シラキです」
俺は腰の刀に手を置き、相手を観察しながらも会話に応じる。
「やっと会えたわ!シラキ、少し話さないかしら?」
妙にうれしそうに、弾んだ声でディレットは言う。
そうして無防備に尻餅をついて座り込み、こちらに手招きした。
「…どうして?」
「だって、もったいないじゃない。私が勝ったら多分もう二度と会わないわよ?」
笑いながらディレットは言う。
はっきりとものを言う人だ。
「不意打ちしたりしない?」
「侮らないで。私は"情熱竜"の名を持つドラゴン。そんなつまらないまねはしないわ」
鋭い視線でこちらを、俺を見つめるディレット。
その言葉は飾りっ気がないが、強い意志を感じさせた。
俺は戦うためにしていた仏頂面をやめ、苦笑しながらも剣から手を離した。
周りの仲間を見回してみるが、警戒こそしているものの、特に止めようという気は無いらしい。
「分かった」
俺はディレットの前に進み出て、同じように腰を下ろす。
地面は白い雲だが、感触は土とそれほど変わらない。
「何か飲む?大したものはないけど」
「あなたと同じものをちょうだい。おいしければそれでいいわ」
「ん…じゃあジュースで」
そこでジュースを出す辺りがシラキクオリティ。
(フェデラ、ジュース用意してもらって良い?二つ)
(え?あ、分かりました。種類はいかがなさいますか?)
念話で中枢部にいるフェデラに話しかけるとかなり驚いたらしい声が返ってきた。
(桃ので頼む、あとグラスは俺が作った奴で。注いでくれればこっちで転送するから)
(分かりました)
ダンジョンコアの能力をどうでもいいことに使っていくー。
果物は第五階層にいろいろな種類の果物の木があるので、取り放題だ。
ドリアードのおかげかダンジョンのおかげかすごいペースで果物がなるので、沢山食べられて幸せである。
「それで、何について話す?」
「色々あるけど。そうね、まずは仕掛けられてた罠について教えてくれない?」
そんなこんなで、ディレットとは結構話した。
罠の話に始まり、ガリオンのこと、ダンジョンのこと、俺のこと、ディレットのこと。
彼女が望むのは、他者との情熱的な交わりだそうで。
本気で挑むなら、それが戦いでなくても良いんだそうだ。
変人の上バトルジャンキーだと噂されているが、実態は熱血スポーツマンと言った方が近そうだ。
だがその強大な力のせいであまり望む戦いができなかったそうな。
普段の彼女は大分暇をしているらしく、我慢できずに飛び出してきたらしい。
そんな理由で戦いに来たのかよ、と大分呆れたが、目の前のドラゴンは気にした様子もない。
「シラキはどうして戦うの?」
「え?…どうしてって?」
「だって、シラキは平和な場所から来たんでしょう?ミテュルシオン様の話を聞いてこの世界を手伝う義理も義務もない」
確かに俺がこの世界に来たのは自分の意志だ。
つまり俺は両親や友人を残し、この世界からすれば得がたい平和を投げ出したのだ。
それらの対価を払ってまでこの世界に来た理由。
俺は当時の自分が何を思ったかを思い出してみる。
そうしてしばらく考えてみたが、自分の行動を正当性を示すような考えが思い浮かばない。
「何でだろう」
「何でだろうって…親は?友達は?」
「親は、俺が世界で一番敬愛してる。友達は普通に友達」
「あなたねぇ…」
ディレットが呆れたような怒ったような声を出す。
気持ちは分かる。
「ああ、でもそういえば、断ろうなんてほとんど思ってなかった。断れば、きっと後悔すると思ったんだと思う」
「何というか……若いわね」
「確かに。無鉄砲で、責任の軽い人間の行動ですね」
「へぇー。それで?」
ディレットはおもしろがるように、あるいは興味深そうに言った。
「何が?」
「今のあなたはどう思ってるのよ」
「それは……こっちに来て良かったと思ってる。例えこの世界で嫌なことがあっても、感情では後悔しても、理性では後悔しない」
「ふーん」
やっぱりそうだと思う。
平穏な生活だったが、どこか自分が腐ってる気持ちはあった。
平和で幸せなのに、自分がそれを享受するにふさわしいという自信は無かった。
結局は善し悪し、あるいはどれだけ価値のある物でも、それを生かせるとは限らないと言うことか。
財宝に囲まれて腐って生きるか、ゴミ溜めの中で輝いて生きるか。
付け加えるなら、今の現状は財宝に囲まれて輝いて生きてると思う。
「まあ良いんじゃないの?」
「…ディレットさんはそう思います?」
「そりゃ、結局は本人次第でしょ。私からすれば平穏は暇なだけだし。あとディレットでいいわ」
これは呼び捨てでも良いと言っているのでは無く、呼び捨てにしろと言っている口調だ。
「……それは…さすがドラゴンですね」
強者の弁ですね、何て言いかけて、まるで責めてるみたいだから止めた。
そしてそれを聞いてディレットがクスッと笑った。
「別にはっきり言って良いのよ?」
「…両親を置いて飛び出してきた時点で俺にそれを言う資格は無いかと」
「へー、真面目なのね」
ディレットはにぱっと笑う。
声もそうだけど、どこか幼い感じがあってかわいい人だ。
一方俺は苦笑してばかりのような気がする……いや、そうでもないか。
「向こうで行方不明とかになってたらやだなぁ。心配してるかな…」
「大丈夫よ、ミテュルシオン様はそういうとこしっかりしてるんだから」
「……それなら良かった」
割と真面目に安心した。
元の世界で問題になってないか大分気になっていたのだ。
でも確かに考えてみれば、あのミテュルシオンさんならそうそう悪いようにはしないだろう。
思考を元に戻してみる。
自分が何故この世界に来たか、という話だ。
「うーん…でもやっぱり、自分が人として矮小で頼りないことが原因かな」
一番の理由は、やっぱりそれだと思う。
「この世界に来てミテュルシオンさんの役に立てるよう頑張れば、自分に自信が持てる…両親に胸を張れるような人間になれるかも……そう思った」
うん。
あまり深く考えてなかったけど、自分の行動原理を考えるのは良いことだな。
「なるほど、ね」
落としていた視線を上げると、ディレットが桃のジュースが注がれていた、今は空になったルビーのグラスを差し出してきた。
「おいしかったわ」
「それは良かった」
俺はグラスを受け取ると、ディレットは立ち上がる。
「シラキ、もし私に勝てたなら、それはあなたの実力よ。私が人の姿をしていることなんて関係無い」
俺も立ち上がり、姿勢を正す。
目の前の女性の存在感が、膨らんでいく気球のように増大していく。
「私は全力で戦うわ。いい、シラキ。私を倒してみなさい!」
「…ああ!」
小さく、覚悟を胸に答える。
不思議と気持ちは落ち着いていた。
さっきまでは分からなかったが、今目の前にいるのは正しく強大にして偉大なる者だ。
後ろを見てみれば、先ほどまで地べたに座って会話していた俺達を、呆れたように眺めていた眷属達は、皆臨戦態勢に移っていた。
俺は自然とうれしくなり、口の端がつり上がるのを自覚する。
俺は小さくつぶやき、使う予定だった技を発動した。
「ドレッドノート…!」
リーベック
シャンタルの家
シャンタルの家の中で、龍神であるセレナと、聖女であるシャンタルが向かい合っていた。
「では、大樹のダンジョンで滅亡の大地が何をしていたかは分からない、と」
「すみません、私に力が足らず」
シャンタルはうなだれている。
当時のシャンタルは生きているだけで褒められても良いぐらいの状況に晒されていたのだが、例えシャンタルであっても、偉大なる龍神を前にしては軽口も叩けない。
真面目さといい加減さが同居しているシャンタルだが、神に対しては敬虔なのだ。
「いいえ、滅亡の大地が何をしていたのか分からないというのは、むしろ私の確信を強くしました」
そう言ってセレナはその場所を後にした。
常に腰が低かったシャンタルと分かれたセレナは、人の行き交うリーベックの町を歩きながら考える。
終末を前にして、様々なダンジョンで目撃されている死神。
見た目には何をしていたのか分からない"滅亡の大地"。
誰も気にしていないが、数年前から起こっている攻略者の不明なダンジョンの消滅は、約一年前にぱったりと起こらなくなった。
そして終末開始直後に現れるはずの"襲撃者"。
「大魔王に、冥界の鍵を借りなくては」
そうつぶやいたセレナは、静かに南へと歩いて行った。
次回!珍しく戦闘で主人公が主役、と言うかメインで戦います!
この小説のコンセプト上、主人公が一人でガチバトルしたりってやりにくいんです。ダンジョンと魔物がメインなのに主人公が戦うのってどうなの?という気分になる。しかしこのお話では健全な精神は健康な肉体に~的なノリで主人公も鍛えてるのでなんだかんだ戦えます。そもそも主人公の成長もメインの一つでしょ!(迫真)そして主人公が戦うとやはり締まる。
次回!「臆病であり、そして勇気ある者」お楽しみに!