神で動くは神の子ばかりではなく
ある草原の中。
俺の目の前では二人の美女が向かい合っている。
片方は、穏やかな風に長く美しい青い髪をたなびかせた、絶世の美女。
物腰は大人びていて、その見た目に反して老練な雰囲気を漂わせている。
もう片方は、気力に溢れ、少し跳ねたセミロングの金髪。
好戦的な笑みを浮かべ、若々しさと活発さを感じさせる。
「別に狭間の戦いだって強制じゃないんでしょ?なら私が行かなくても問題ないじゃない」
と、金髪の方がほんの少しだけ幼さの残った、ハキハキとした声で言う。
「ダメです。だってあなた、すぐやることを忘れるじゃないですか」
一方、青い髪の方は金髪の言うことを否定する。
そんなやり取りを眺めている俺は、最初に掻いていた冷や汗も乾き、すでにあきらめの境地にいた。
俺の名前はノウルス。
最高の仲間達と共に作った、"クロウズ"と言う冒険者パーティーのリーダーだ。
自分でも世界で有数だと思っている"クロウズ"が今受けている依頼は、人捜しだ。
月単位で続いているこの依頼のために、仲間達は今別々に動いている。
そうして単独で動いていた俺は、ようやく探し人を見つけたと思ったら、明らかに人間ではない金髪と言い争いしていたのだ。
依頼で探していたのは青い髪の方で、名前はセレナ。
三人いる龍神の一人であり、主神であるミテュルシオンの娘であるとされている。
普段は他の神々と同じく地上に手を出さないが、今回は特別らしく、亜人族に情報を与えてくれている。
しかし情報を渡すのにも条件があり、それが"クロウズ"の依頼である人捜しなのである。
セレナが情報を渡すに当たって必要な条件は、"特定の亜人種"がセレナ(正確にはその分霊)を見つけ、接触すること。
地上の様々な場所に複数存在するセレナの分霊に接触し、そのたびに少しずつ"終末"に関する情報を得る。
それが今、俺達が受けている依頼だ。
ちなみに金髪の方の名前はディレット、有名なエルダードラゴンだ。
魔物レベルは13とも14とも言われ、かつて神の子であり魔王でもあるガリオラーデと一対一で戦い、勝利したことがあるとされている。
何故か今は人間の姿をしているが、どうしたのだろうか。
まあ、竜が人の姿になるというのは伝承ではたまにあることだし、そうなると大抵弱体化するものだ。
見た感じだが、レベル12と言った所だろうか?一対一でも、まだ何とか、ならないこともないかもしれない。
「いいじゃない、私一人くらい、いてもいなくても変わらないでしょ」
「そうはいっても、狭間の戦いに参加しない以上、全力を出すこと叶いませんよ」
投げやりに言う子どもと、それをたしなめる母親、とでも言えそうな雰囲気様子だ。
「誰も向き合ってくれないのに…全力に何の意味があるのよ」
ディレットは、どこか鬱屈したような、怒ったような雰囲気をしている。
しばらく横で聞いていたものの、少々空気がよろしくない。
「悪いが二人とも、そろそろ話に移りたいんだが」
俺が口を挟むと、金髪の方がこちらを睨め付けてくる。
その見た目だけは睨んでいても可愛さと綺麗さがあるが、放っている雰囲気は完全に圧倒的強者のそれだ。
止まっていたはずの冷や汗がぶり返す。
今ここで仕掛けられたら、少なくとも分が悪いことだけは確かだ。
そしてエルダードラゴンのディレットと言えば、気まぐれに襲いかかってくることで有名…。
「そうね……あなた、ダンジョンを攻めないかしら?」
しかし何かが起こる前に、セレナが言った。
ディレットが再びセレナの方を向く。
「ルティーヌの?」
「ええ、ルティナのお弟子さんのダンジョンよ」
ルティーヌというと、神の子ルテイエンクゥルヌのことだろうか。
まさか、数ヶ月前に生まれたヒュノージェの子か?
ディレットはしばらく沈黙する。
「良いわ、詳しい話を聞かせてちょうだい」
ようやく話が進んだが、こちらが欲しい情報をもらえるまでは、まだ時間がかかりそうだ。
そうして横で情報をタダ聞きしながら、ノウルスはまだ見ぬ"ルティナのお弟子さん"に同情した。
「そういうわけで、コアアタックモードの挑戦を申し込んできたわ」
神の子達の庭に来てみたら、突然フレイにそう言われた。
え、どういうこと?
「今北産業(今来たばかりなので三行で説明して下さい)」
「アホドラゴンがうるさい。
ならダンジョン挑んで負けたら働け。
シラキさんお願いします」
「把握」
って分かるかー!
と文句を言うと概要を教えてくれた。
やってくるのは奇人とか変人とかさんざんな言われ様の"情熱竜ディレット"。
何でも見つけた相手に見境無くケンカを売る戦闘狂だとか。
「そもそも、このダンジョンにコアアタックモードなんてあるのか?」
「ある、というか…勝てばやられた魔物は全て復活します。負けた場合は、シラキさんとソリフィスのどちらかがやられる前に帰ってもらえば同じように復活します」
「ダンジョン自体はいつもの状態?」
「ですです」
なるほど。
演習だと思えば実質害はない。
実戦経験が積めそうだし、悪くはないのかも知れない。
「ディレットが勝った場合は特になし。負けた場合は、強制的にここで働かせるわ。…どう?」
「つまり、ディレットは今回の終末における自由を賭けて戦うんですね。勝てば自由、負ければ奴隷と」
奴隷って…ルティナさん大分辛辣ですね。
「私個人といてはディレットとは関わりありませんが、兄妹達が大分頭を悩ませているので」
そういえば、いつだかガリオンが奇人呼ばわりしていた気がする。
「シラキの眷属という扱いになるわ。命令の意図的な曲解や情報の秘匿は行わない、はず」
何か良く分からないが、自由人の気まぐれに巻き込まれた感じになるのだろうか?
まあ、何にせよこちらにデメリットは少ない。
「ルティナ」
「良いと思いますよ。というかシラキさん、勝ちましょう」
あ、ルティナやる気だわ。
これはもうやらないという選択肢はありませんね。
「おk、フレイ。詳しい話を頼む」
そんなわけで、ドラゴンの襲撃予定を聞いたのだった。
当日。
堂々とダンジョンへと足を踏み入れたドラゴン…"情熱竜ディレット"は、その場で立ち止まり、目の前に誰かがいるかのように言った。
「神の子の弟子、人間のシラキ、私を楽しませてちょうだい…!」
俺は聞いていた命尾を経由してその言葉を聞いたのだが、苦笑いしか出なかった。
ディレットは強かった。
見た目は女性らしく、しっかりと出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる、美しい女性だ。
跳ねた長めの金髪とつり目が、いかにも気が強そうである。
上はコルセットのような服の上から上着を羽織り、下はスカートにハイソックス。
現実とファンタジーの中間と言ったような服装で、動きやすそうではあるが…激しく動いたら普通にパンツ見えそう。
いや、ルティナはワンピースで動きまくってるのにパンツ見えないからこの娘もそうなのかもしれない。
…そんなアホなことでも言っておかないと仕方ないような相手だった。
最強種族であるドラゴン、その中でも強力なエルダードラゴンともなれば、例え人間の姿でも強大な力を持つのは必然。
分かってはいたことだった。
第一階層は狭く、射線も通りづらい。
大人数でかかることができないため、仕掛けておいた罠以外にやったことは少ない。
"茨の牢"で捉えてからコボルト達に射かけさせる。
「甘いわ!」
矢を全て素手で払った上茨の牢もパンチで粉砕、その後十四人のコボルトを瞬殺。
爆発する罠から食人花を特攻させ、その後インディー、もとい落石トラップ。
なお無傷、食人花全滅、落ちてきた大岩はパンチで粉砕。
ダメだこりゃ。
そういうわけで第二階層でぶつかることになった。
警戒するでも無く森に侵入したディレットは、迷うこともなく進んでいく。
やはり幻覚は効いている様子が無い。
マッシュが毒ガスを充満させたのだが、こちらも口元に笑みを浮かべただけでスルー。
まあ効かないだろうとは思っていたので、気にせず攻撃を開始した。
リース隊、ハースティ隊による遠距離攻撃だ。
こちらは相手の正確な位置が分かるので、狙撃し放題。
空を切り裂く音と共に、数百の魔法攻撃と、数百本の剣がディレットに襲いかかった。
すさまじい攻撃の雨に爆音、土煙が上がる。
そしてその土煙が晴れない内に、レフィル隊が突撃をかける。
おそらくディレットが腕を振っただけで起こした風だろう、衝撃のように土煙が晴らされた。
攻撃をモロに食らったはずのディレットは、体中に力をみなぎらせ無傷のまま、その服に汚れ一つ付いていない。
レフィルが先頭でウエポンズビーストによる爪撃を仕掛けたが、ディレットはこれを片手で掴み、握りつぶした。
そしてディレットは目の前に白い球体を出現させたかと思ったら、そこから細いビームだか光線のようなものを射出。
一斉に襲いかかったウルフ達の内、射線上にいた全てのウルフが断ち切られる。
光線で撃たれた地面は、まるで一直線に爆撃でもされたかのように連続で爆発した。
崖上から見ていた俺は、苦笑いを浮かべるしか無かった。
白い光線は森を切り裂き、この階層の端までモーセのように道を作ってしまったからだ。
今の一撃でウルフ隊の三割、そして取り囲んでいた魔物の一部が消し飛んだ。
驚いている俺と違い、ウルフ隊は意に介さずに飛びかかり続ける。
その全てをディレットは拳で吹き飛ばした。
常に複数で飛びかかるウルフ達の攻撃が、一発たりとも届いていないのだ。
そうして半数以上がやられたところで、遠距離攻撃部隊の第二波が放たれる。
ディレットは攻撃が見えているだろうに、避けずにその全てを受け止めた。
けたたましい音が断続的に響く。
どうやらディレットに直撃した剣は全てバラバラに砕けているようだ。
防御姿勢を取ることも無く、攻撃してきた相手の武器を粉砕する。
防御力も極めればこうなると言うことなのかもしれない。
ただ、決してただで防げているわけでは無いはずだ。
ドラゴンの本体ならいざ知らず、脆弱な人間の肉体では素の防御力で先ほどの攻撃を防ぎきるなど不可能。
ならば何かしらのリソースを消費して防御しているはずだ。
…はずだ。
なのでこのまま攻撃を継続する。
上はオーガやキマイラ、下はビーやアントまで、レベル混合の近接攻撃部隊を突撃させる。
しかし、レベル1だろうが6だろうが、近寄った者から等しくバラバラにされている。
全方向から体当たりするように押し寄せる魔物をパンチで砕き、キックで砕き、光線で消し飛ばす。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げの状態。
渦の中心のように魔物が押し寄せる状況で、その全てを粉砕しているのだ。
一秒間に何体というペースで魔物が粉砕されていく。
そして時たま放たれる光線が森を割り、魔物を切り裂いていく。
おそらく、あの光線は大樹のケントロが放ったものと同種のものだ。
魔法の盾を六枚ぶち抜いたあれである。
しかもケントロが数秒溜めて放ったあれを一秒以下の溜めで放っている。
光線の太さはケントロのものと比べると非常に細いが、ホースで水を撒くかのように、光線でなで切りにしてくる。
あの光線の攻撃力を鑑みるに、当たったら死ぬ。
と言うか間違いなく当たった部分が消滅する。
魔法の盾の二、三枚位は普通に貫通するだろうし、あれの前じゃ俺の防御力なんて紙同然。
リース率いる魔術師部隊も、ハースティ率いるソードバード部隊も、どちらも射線に対し水平に、そして散開している。
まとまっていると一撃で消されかねないからだ。
俺はマッシュに毒攻撃を再開させる。
どうせ一撃でやられるのなら、自軍の被害など気にする意味が無い。
すでにかなりの数やられているが、ひたすら攻撃あるのみである。
こちらが息を潜めて見守っている内に、遠距離部隊により放たれる第三射。
しかし、ディレットも今回は見ているだけではなかった。
飛んでくる魔法に向かって、放たれる三本の光線。
同時に複数本撃てるらしい、冗談にして欲しい。
ぶつかった場所が爆発し、魔法攻撃もろとも魔術師が複数巻き込まれ、数十人がなぎ払われた。
アカンてこれ。
どうすんだよあんなの防げないぞ。
あれがクリーンヒットして死なないのなんて大樹のケントロとグノーシャくらいだぞ?
そしてあれを避けられるのはソリフィス、サンダーバード、ハースティ、それにギリギリレフィルとソードホークが避けられるかどうかというくらい。
他全てあの光線一発でお陀仏。
しかもあれ複数撃てんだぞ!?
どうすんだこれ!
その上本体は近接戦ですらソリフィス、レフィル、ケントロを圧倒出来そうなくらい強い。
…まあいいや、どうせ今はやることをやるしか無い。
そう言って眷属を全て特攻させているわけだが。
その後も戦況は変わらなかった。
第四射の後、離れた位置を走っていたレフィルを流れ弾の光線が貫き、即死。
まさかの主力の脱落である。
これが起こったときは変な声出た。
命尾の警告のおかげもあってハースティ隊は損害軽微だが、機動力の無い魔術師隊はボロボロ。
リースも右腕を切断されて、現在後方で回復中。
途中一度ディレットが跳躍で魔術師部隊の方に飛んだが、サンダーバードが撃墜した。
そこを地面の中に潜んでいたノームが魔法でタコ殴りにし、図らずも一番叩けたかもしれない。
やっぱり相手はぴんぴんしてるが。
場所はもうバレているようだし、魔術師部隊を下がらせる。
ディレットがやろうと思えば、光線を撃ち空いた穴を駆け抜けるだけで魔術師部隊に到達できてしまう。
近接部隊は戦力の八割ほどの損害を受けているため、良い機会だと思って下がらせる。
全体的な損害は……総数の七割ほど、か。
第三階層でもう一度アタックしたら第四階層の更地で決戦だ。
戦力を全てすりつぶしてダメージに変えるとか自分でも酷い戦い方だと思う。
もっとマシな戦略があるだろうと思うが、思いつかなかったのだから仕方ない。
どうせ死んでも今回は生き返るし、負けるときは俺が死ぬときだ。
そう思って気にしないことにした。
このダンジョンにはそれなりに期待していた。
ダンジョンの主は神の子ルテイエンクゥルヌの弟子。
自分が人間の形態を取っていることも合わせて、一方的な戦いにはならないだろうと思っていた。
第一階層はほぼ捨てたみたいだけど、見たこともない魔法トラップが仕掛けられていた。
電撃でできた茨の籠や、中心点に収束する炎、充満した水蒸気が水に変わり押しつぶすように動く魔法。
私もそれなりに長く生きてるけれど、こんな魔法は初めて見た。
魔王ガリオラーデか、あるいはシラキが開発した魔法だと思う。
どちらにせよガリオラーデ自身が仕掛けたとは思えないし、仕掛けられた多彩なトラップに自然と楽しくなってくる。
戦いが始まる前からワクワクするなんて、いつぶりだろう?
ダンジョンマスターであるシラキとは、どのような人物であるのだろうか。
第二階層は、すごく派手だった。
魔術師のものであろう魔法に、ソードスワローの射撃。
最初にかかってきたウルフの頭なんか、特に動きが良くて、三回の交差でも仕留めることができなかった。
そしてすぐに気付く、相手の戦略。
明らかに近接部隊を使い捨てにして、こちらを消耗させる作戦だった。
それなのに自らなぎ払われに来る魔物達は、なにも気負っていないように突撃してきた。
まるで後に続く仲間を信じているかのように。
それでどれくらい驚いたかは、多分人間には分かってもらえないと思う。
確かにダンジョンコアアタックなら、ダンジョン側は死んでも勝てば生き返る。
今回私は勝っても自分から出て行く契約だから、確かにこの人達は死んでもいい。
でも、そんなのは理屈だ。
生き返りが約束されているからって、そう簡単に命を投げ出したりはできない。
それが一瞬の逡巡も無く飛びかかってくる。
言うまでもなく、魔物がこのような行為をするところを私は見たことがない。
私は、俄然シラキと話したくなった。
このような魔物を引き連れる人物と。
第三階層につくと、そこは大樹のダンジョンだった。
状況としては、第一階層の洞窟と同じだ。
魔物が一切出てこない変わり、広範囲をまとめてなぎ払うような魔法トラップがいくつも仕掛けられている。
第一階層と比べると、明らかに容赦が無い。
一部屋全体を炎で覆い尽くしたり、水で満たした上で電撃が流れたり。
その中でもすさまじかったのが、落とし穴。
大樹のダンジョンではおなじみのトラップだけれど、落ちた後巨大な木の杭が穴に蓋をするように落ちてきたのには本気で焦った。
太さ直径五メートルくらいある木を杭と言えるかはともかく、さすがにやりすぎじゃないかしら?
しかもご丁寧に魔力によって強化された杭だ、それも上級応用魔法で相殺できない程に。
おかげで最上級魔法を撃たされた。
しかも杭を破壊したと思ったら上からマグマが降ってきた。
セレナの話ではそれほど堅牢なダンジョンではないと言っていたのに、すごい殺意である。
そもそも大樹のダンジョンでマグマなんて使っちゃダメでしょ!?
その後は吹き抜けで待ち伏せていた魔物達を力押しで殲滅した。
ダンジョンの終わり、と言うか強敵との戦いの予感を胸に、第四階層へと向かう。
おそらくそこにシラキがいるだろうと、半ば確信しながら。
VS情熱竜ディレット
純粋な強者、高レベルの敵との戦いです。あと2話ほど続きます。シラキ君がヤバいヤバい言うだけの機械と化すところでした。
次回「情熱竜ディレット=ヴィニョル」