模擬戦・鎮座する座天使
62日目
第四階層
更地の第四階層に、爆音が響き渡る。
さっきまで部屋中を飛び回っていたソリフィスが、俺のすぐ横に着地した。
「ヒール!」
傷だらけのソリフィスに最下位の回復魔法、ヒールを掛ける。
ソリフィスの体が淡い緑色の光に覆われ、体中にできていた細かな傷が残らずふさがっていく。
ヒールの効果が切れると、またすぐにソリフィスは飛び出していく。
離れていくソリフィスから目を離し、先ほど爆発した場所へと目を向ける。
黙々と上がる煙が晴れていくと、中から白く大きな物が姿を現した。
大きさは三メートルほど。
形状は人と同じく、手足が二つずつに頭と胴体。
しかし頭の上には光の輪っかが浮かび、背中には三対六枚の白い翼が生えている。
また体を構成しているのは肉ではない。
金属かあるいは大理石のような白い体は鋭く、角張っている。
胴回りは細めだが肩幅は広く、下半身は大きなスカートをはいているかの様な形をしている。
右手にはメイスを持ち、左手には一メートル半ほどの五角形の盾を持っている。
体は地を離れ、地面すれすれを浮遊していた。
それはルティナが召喚した天使、"鎮座する座天使"だ。
"権天使の先駆け"の上位存在とも言える。
魔物レベル11で命を持たず、ゴーレムみたいなものだと考えればいい。
初めて見たときは、その下半身から戦車を連想した。
これは強敵との戦いになれるための訓練で、主要メンバー全員で挑んだのだが、今はソリフィスとリース、俺の三人しか残っていない。
ちなみにこれは事前に予定していた戦いであり、ルティナを怒らせたこととは関係ない。
座天使が動き出す。
メイスを構え、ホバー移動のように地面の上を滑りだした。
俺とリースがいる方だ。
左隣にいるリースが、俺よりも先に魔法を放つ。
「アイスブルム!」
冷気属性の中級魔法だ。
氷の弾丸は、まっすぐに座天使へと向かって放たれた。
しかし座天使は左手の盾で守ることすらせず、直進を続ける。
直撃。
放たれた氷の弾丸は座天使の腹に命中し、その場所から氷の花を咲かせる。
しかし胴体を飲み込んだ六十センチほどの氷の花は、座天使の動きを鈍らせることすらできない。
「サンダーランス」
「魔法弾!!」
そこに横からの電撃の槍が走り、俺は中級応用魔法並みの魔力を込めた魔法弾を撃つ。
しかし座天使は雷魔法が撃たれる前からソリフィスの方向に盾を向けており、また俺の魔法弾にはメイスを叩きつけた。
爆発。
魔法弾の爆発で後方へとノックバックした座天使には、しかしダメージがあるようには見受けられない。
後方に押され、空中に一瞬静止した座天使は、お返しとばかりに周りに光球を浮かび上がらせた。
「守ります!!」
「頼む!」
座天使の周囲に浮かび上がった複数の光球が発射されると同時、リースの魔法の盾が発動した。
出現した二メートル以上ある盾に次々と光弾が着弾し、断続的に派手な音を立て続ける。
「くぅ…!」
リースが必死に耐えていると、やがて光弾が尽きたのか、発射音が途切れる。
発動されたままの魔法の盾の横から覗くと、その向こうではソリフィスが座天使に突撃を敢行していた。
頭に生やした、まぶしいほどに光を凝縮したような角が座天使の盾へと突き刺さる。
しかし渾身の突撃を盾で受けた座天使は咬ませた角をそのまま掴み、逆にメイスを思いっきり叩きつけた。
「ぐぁっ!!」
ソリフィスが悲痛なうめき声を上げ、地面へと叩きつけられる。
俺はその光景に歯を食いしばりつつも、その隙に最大の魔法を放った。
「涯煉ッ!!」
叫ぶような声と共に突きだした右手から、一瞬のまぶしい光が瞬く。
雷鳴の轟音と共に放たれたのは、青白く光る大きな雷だ。
俺を丸ごと包めるほどの太さ雷は、瞬く間もなく座天使へと襲いかかり、その体を貫いた。
俺は荒い息をついて倒れ込む。
リースの盾の裏で全力で魔力を集中し、俺の全魔力を込めたのだ。
立っていられないほどの脱力感が襲っていた。
放たれた上級応用魔法"涯煉"は、攻撃したばかりで防ぐこともできない座天使に直撃した。
その白い上半身が焼け焦げ、煙が出ている。
そうして動きを止めた座天使に、続けてもう一つの魔法が放たれた。
「氷蓮華!!!」
リースの手元から氷がつららのように伸びていき、座天使の元へと到達する。
すると、その場が一瞬で氷で覆われた。
座天使は直径四メートルほどもある氷塊に包まれ、そこを中心に、氷の結晶の様にトゲが突きだした。
リースが放ったのは、冷気属性上級魔法"氷蓮華"。
貯めの時間がほとんど無かったにも関わらずこれほどのレベルの魔法を発動させるとは、おそらく結構な無茶をしたのだろう。
俺と似たように、リースが隣で尻餅を付いた。
見れば、氷蓮華が炸裂した場所の下から、ソリフィスがよろよろとこちらへ這い出してくる。
リースはソリフィスのいる場所は綺麗に避けて魔法を発動していたのだ。
ソリフィスが俺達が倒れているところにたどり着くと、崩れ落ちること無く座天使の方へ向き直る。
俺達の連続攻撃を受け、今は氷に閉ざされた"鎮座する座天使"は、しかしゆっくりと体を震わせる。
氷蓮華で作られた巨大な氷の結晶にヒビが入っていく。
俺達が見ている前で、その氷は大きな音と共に砕け散った。
開放された"鎮座する座天使"は、ゆっくりと体を起こし、姿勢を正す。
ルティナの声が響き渡った。
「そこまで。ソリフィスは重傷、シラキさんとリースは魔力切れで戦闘終了です!」
ルティナが俺達の元へと歩いてくると、座天使はその場で静止し、ぴくりとも動かなくなった。
"鎮座する座天使"戦後。
俺とリースは共に寝っ転がったまま、ソリフィスはルティナから回復魔法を受けていた。
「きぃっつ~~~!」
仰向けに天井を覆うヒカリゴケを見ながら、俺は声を出す。
今のところ、俺が持つ最大の魔法を全力で放ったのは今回が初めてだったが、結局"鎮座する座天使"を倒すには至らなかった。
「でも、結構惜しかったね」
横を向けば、同じように仰向けになったリースが、すぐ隣で目を瞑っていた。
「リース、感想は?」
「う~ん」
リースが唸る。
「そもそもレベル11の相手と戦おうと思ったら、レベル9が5、6人は必要になると思う」
ソリフィスは実力的にはレベル8くらいだと言うことになっている。
ここが俺のダンジョン内であり、補正がかかることも考えれば、ソリフィスをレベル9に数えることができる。
しかし、他のメンツはそうも行かない。
もちろん俺達もダンジョンからの補正を受けるが、それを考慮しても実力に差がある。
今回挑んだのは、ソリフィス以外に俺、リース、レフィル、命尾、ドリアードの5人で、全部で10人だ。
レベル的には9が一人、7が四人、5が五人。
多めに見積もってもレベル9が2人強と言った所だろうか?
戦力的に考えれば勝てるわけがない戦いだったのだ。
「前衛と後衛のバランスはそこまで悪くなかったと思うんだけど…。三人になってからもそれは機能してたし」
「確かに、ソリフィスがタゲを取って、補助的に動いたリースと攻撃型の俺が後衛やってたからなぁ」
今回の戦いでは、ソリフィスは飛び回って敵を攪乱しつつ攻撃。
俺はその隙を突いてひたすら攻撃、たまに回復。
リースは補助や防御もしながら、隙を見て攻撃とバランス良く行っていた。
「やっぱり、序盤で後衛壊滅したのが悪かったねー」
「あー、アレは正直手に負えなかったからなぁ」
フルメンバーの時はレフィルが回避型の壁をし、命尾とドリアード達は補助に徹していた。
ちなみに何故前に出ない命尾とドリアード達が脱落したかと言えば、"鎮座する座天使"が上級応用魔法を撃ってきて後衛が壊滅したからだ。
そのときは、あっという間に抜かれたせいで何も出来なかった。
「まあ、でも最終的に連携はかなり良い線行ってたよな?」
「うん、私と組んだの初めてなのに、シラキ君もソリフィスも全然困惑してなかったよね」
リースがごろん、と体ごとこちらを向けて言う。
そういや、リースが召喚されてまだ十日くらいだしな。
「確かに初めての割に自然な感じだったな」
「私たち、すごく相性良いのかもね」
リースが笑って言う。
彼女は戦っているときは凜々しく、そうでないときはふわふわとしている。
と言うか、魔力使い切って倒れている割には彼女はうれしそうだ。
「なんかうれしそーね」
聞いてみると、リースは少しだけ恥ずかしそうに言う。
「分かる?…こうしてみんなと一緒に戦うのが楽しくって」
「楽しいっすか……」
リースの発言にちょっと驚く。
先ほどの戦いは実際厳しい物だったし、最後まで勝つことができなかった。
とはいえ、遠慮無く全力を出し切った感覚はあるし、負けたからと行って実害はない。
連携もそれなりにうまくいっていたし、一緒に戦ったみんなとの一体感もあった。
「まあ…確かに楽しかったかもな」
「ふふっ」
考えてみれば、一種のスポーツのような感じでもあったのか。
こっちはチームで力を出し切って前のめり…。
「まあ、結果としては順当に力不足だったかな」
あまりにも戦力差、というか実力差がありすぎてそもそも勝てる戦いじゃなかった。
そして"滅亡の大地"はあの"鎮座する座天使"と同程度の実力はあり、実戦でも同じ結果になるだろう。
ここに雑兵をいくら加えたところで負けは必至。
その上ダンジョンから出たら補正もなくなるので、更に戦力が落ちる。
勝てない(確信)
しかも相手は"滅亡の大地"一人だけとは限らないという。
あの時ルティナがいなかったら俺ら普通に死んでたんじゃなかろうか。
そんなことを考えていたら、リースがじっとこちらを見つめていることに気がつく。
視線を中空からリースに戻すと、リースはニッコリ笑った。
……なんだ?
その後、早い内に脱落し、その後は戦いを見学していた主力達を混ぜて反省会をした。
みんな話しているときこそ真剣だが、それが終わると全く緊張感がなかった。
62日目終了
シラキ・ヒュノージェ(愛原白木)
20歳 身長170cm 体重62kg
総合B攻撃C- 防御C- 魔力量B+ 魔法攻撃B 魔法防御B- すばやさC+ スタミナC+ スキルB-
スキル
ユニークスキル「結晶支配」
シラキ本人が結晶と認識している物を創造・変形・支配する能力。
その支配力は神が世界に対して行うソレに似ている。
ユニークスキル「共鳴」
保有マナ
7,422 (+540/日)
ダンジョンの全魔物
ボス:ソリフィス(ヒポグリフ)
迷宮植物:
ヒカリゴケ4800、ヒカリダケ600、魔草480、幻樹5000、魔物の木1、願望桜4
グループ:
レフィル、ウルフソーサラー10、グレーウルフ18、ハウンドウルフ15
命尾、フォックスシャーマン12、ハウンドフォックス10
リース、見習い魔術師15
グリフォン4
ゴブリンヒーロー1、ホブゴブリン4、ゴブリンシャーマン13、ゴブリン49
ドリアード5
バウム20
クイーンビー1、ニードルビー20
マッシュ40
リザードマン4
クイーンビー1、ニードルビー10
単体・その他(能力順);
コボルトヒーロー1
野良・その他:
ゴブリン13、ホブゴブリン1、コボルト5、コボルトロード1、ハウンドウルフ19、インプ5、グリズリー1
一階層
洞窟・迷宮
二階層
幻樹の森
三階層
更地
四階層
更地
五階層
コア、個室4、ダイニングキッチン、大浴場、保存庫
ようやく一区切りです。
これからは結構日数が飛びますが、"滅亡の大地"と戦うまでにはまだまだかかります。とりあえず、予定では次は日常回(?)
信憑性はそれほどでもない系の次回予告、「ダンジョンマスターと魔物達の日常」ようやく繁殖という要素が日の目を見るかもしれない。