二重風力結界
62日目
第四階層
鋭角的なラインをした白い人型が、飛んでくるストーンスローの中を突っ切っている。
前方に盾を構えて石つぶてを防ぎつつ、背中の翼を羽ばたかせて速いスピードを維持している。
そんな白い人型を、地面から吹き上がる火柱が包み込む。
しかし、一泊後には火柱は切り裂かれ、白い人型は飛び出した。
白い人型、彼は天使であるが、レプスなどとは別物だ。
意志のないゴーレムの様な物であるそれは、白い体と翼を持ち、無機質な雰囲気を纏っている。
右手には白い剣、左手には半身ほどの大きさの盾を装備している。
これは訓練のため、ルティナが召喚した物だ。
天使の突撃によって、シラキとの距離は十メートル程まで縮まっている。
天使は剣を振り上げて飛びかかるも、圧縮された空気の塊が叩きつけられ、後方へと吹き飛ばされた。
迫る危機は撃退したと思いきや、強制的に後退させられた天使の下から、交差するようにウインドカッターが放たれる。
高い速度で迫るそれを、シラキは横に飛ぶことによって回避した。
飛び退ったシラキは両足で着地すると、先ほどまでの魔法の連続使用を感じさせない速さで、次の魔法を放つ。
放たれた六発のファイヤーボールは、直進せずにカーブし、対面にいるフェデラに襲いかかる。
前方複数の方向から迫る火の玉は、しかし、フェデラの前方三メートル程の距離で全て炸裂した。
ファイヤーボールの炸裂によってできた煙が晴れると、そこから吹き飛ばされていた天使が飛び出し、再びシラキに接近する。
ばたばたと魔法が炸裂する攻防を、離れた場所からダンジョンの面々が眺めていた。
「互角か」
地面に腹を付けて見物していたレフィルはつぶやいた。
その言葉はその場にいた全員に聞こえおり、否定する者はいない。
先ほどからシラキは天使の迎撃と攻撃を繰り返している。
天使は迎撃されて接近できず、フェデラは飛んでくる魔法を全て撃ち落としていた。
フェデラの魔法もシラキに当たらないため、どちらも決め手に欠ける状況なのだ。
(ルティナ様、あの天使、解説してくれますか?)
次に口を開いたのは命尾。
その言葉を受け、ルティナが攻防からは目を離さずに説明した。
lv6 権天使の先駆け
総合B- 攻撃B- 防御B- 魔力量C 魔法攻撃E 魔法防御B- すばやさC+ スタミナB-
物理系・純前衛
純脳筋と言っても過言ではない性能を持つ、意志無き天使。無生物。
剣で攻撃し盾で防ぐその堅実な戦闘スタイルは意外性の欠片もなく、単純であるが故の強さを持っている。
攻防速に持久力もあり、羽毛ではなく光でできた翼を使って飛行することもできるため、隙が無い。
あまりにもシンプルであり、高い安定感が強み。
「いやはや、これほど語ることがない手合いも少ない、と言うのが語るところですねぇ」
と、ルティナは評する。
「比べて、フェデラはとんでもないな」
ソリフィスが言う。
その言葉に、その場にいた全員が頷いた。
フェデラフロウ=ブロシア=フォルクロア
冒険者ランクC+
総合C 攻撃E 防御E 魔力量B 魔法攻撃C+ 魔法防御C+ すばやさE スタミナD スキルB
能力だけ見ればステータスの割に総合評価が低いだけで、一般的な貧弱魔法使いでしかないフェデラ。
しかし、その真価は別の場所にある。
「すごいよねー、フェデラちゃん。並の魔術師じゃ、あんなのとてもできないよ」
純粋な魔法使いであるリースが、心底感心した様な声を上げる。
黙っていれば凜々しい顔が、子どもの様に驚きの表情を浮かべている。
「そんなにすごいのか?」
魔法に関してはほとんど門外漢のレフィルが聞く。
「うん、レベルにすると10くらい?」
その言葉にレフィルは驚き、命尾やソリフィスは厳しい顔つきで頷く。
生まれたときから黒結晶の成長を遅らせてきたフェデラは、冒険者になってその成果を十全に発揮することとなる。
すなわち、緻密な魔力コントロールだ。
日常的に魔力をコントロールしながら生きているフェデラにとって、多くの魔法は簡単に制御できる程度の難易度でしか無かった。
黒結晶の成長妨害とは、まるで難易度が違うのだ。
結果、換算すれば魔物レベル4程度の戦闘力しか無いはずのフェデラは、四つの魔法を同時に使用するという、高レベル魔術師顔負けの技術を披露していた。
参考までに言うと、ソリフィスと命尾は一つ、リースとシラキは同時に二つの魔法しか行使できない。
今フェデラは、黒結晶を制御し、風属性の防御魔法を二つ同時に展開し、残りの一つを攻撃や補助に使用していた。
(中級応用魔法"清廉のそよ風"、上級魔法"烈風陣"。どちらも非常に扱いが難しいと言われる風属性魔法…しかもアレでハンデ持ちとか、とぉんでもない人間ですよ)
命尾が呆れたように、諦める様に言う。
"清廉のそよ風"は自身の周りに風を纏い、様々な攻撃や影響を軽減する魔法。
"烈風陣"は"清廉のそよ風"よりも外側を走るかまいたちの結界で、範囲に入った物を撃ち落とす攻撃性の高い防御術だ。
どちらも持続できなければ意味が無い魔法であり、その維持には高い技量が必要になる。
それを黒結晶の成長妨害を行いながら実行し、更にその二つを維持したまま攻撃魔法まで使っている。
(マスター、彼女を助けるんですよね?黒結晶取り除いたら化けますよ、あれ)
それもそのはずだ。
フェデラは黒結晶の制御にリソースを割いたまま戦っているのだ。
しかも黒結晶はフェデラの肉体的な不調の原因でもあり、それを取り除いたなら、肉体的なステータスが確実にワンランクは上がる。
「主は"権天使の先駆け"に邪魔されて烈風陣を突破できない。"権天使の先駆け"はフェデラに回復されて弱らない」
ソリフィスが戦場を簡潔に、そして的確にまとめた。
「うーん…どっちが先に魔力を使い切るかっていう勝負?」
リースが確信めいて聞き、ルティナが補足する。
「シラキさんは魔法をを多用しても大技は使っていないし、フェデラは常時魔法を使っているけど、魔力のコントロールで消費を最小限に抑えています」
「互角な上決定打を打てなきゃ、消耗戦になるのも当然か」
観客の会話はレフィルに始まり、レフィルに戻った。
お互いに分析しつつも戦闘からは目を背けない彼らの前で、しばらく続いていた膠着状態がついに変化する。
剣をはじき飛ばされる代わりにシラキに肉薄した天使が、肉弾戦を仕掛けたのだ。
一方シラキだが、魔力で肉体を強化して天使に応戦する。
常日頃からルティナと組み手しているシラキにとって、天使の攻撃にはそれほどの脅威を感じない。
とはいえ、ルティナより弱くてシラキより強い相手など、それこそいくらでもいるのだ。
シラキは徐々に追い詰められていき、更にフェデラの風魔法がピンポイントにシラキを牽制する。
このままではジリ貧、と考えたシラキは賭に出る。
肉体強化をセーブし魔力を貯め始めたのだ。
減らした消費の分だけ劣化した近接能力では天使の攻勢を捌ききれず、次々と浅い傷を負っていく。
そうして限界まで魔力を貯めたとき、遂にその一部を爆発させた。
炎属性中級応用魔法、"バーニングボム"。
本来ファイヤーボールの高威力版であり、遠距離攻撃用であるそれを、目の前で自爆させる。
指向性を持たせることによって天使側の被害を増大させたそれは、天使により大きなダメージを与えつつ、両者を後方へと吹き飛ばした。
「づぁあああああああっ!!」
露出していた顔面が炎に焼かれ、苦痛の声を上げるシラキは、そうしながらも全力で魔力を貯め続ける。
自らの残り魔力を使い切る勢いで収束されたそれは、一つの魔法を形成する。
目の前にあるのは、体勢を立て直したばかりの天使と、そのずっと後ろにいるフェデラ。
三人はほとんど直線に位置していた。
そうしてシラキがかざした手の平で、大きな魔力がスパークする。
「涯煉ッ!!」
太陽の下ほどには明るくない洞窟内を、一本の稲妻がほとばしった。
戦闘後。
顔を焼かれたシラキと、雷に飲まれたフェデラは、どちらも傷一つ無い状態で座っている。
どちらもルティナの魔法で、火傷を含めて全ての傷を治してもらったのだ。
「引き分けですね」
おとなしく座っている二人に、ルティナが告げる。
結果は、シラキが魔力・スタミナ切れで戦闘不能。
"権天使の先駆け"は損傷が深く戦闘不能。
フェデラも重傷で戦闘不能、という全滅状態だった。
「もう二度とやりたくない」
シラキがうんざりしたように言う。
そりゃあ自爆で顔を焼かれればそうも言いたくなるだろう。
ボコボコにされるのは毎日ルティナ相手で慣れているが、顔を焼かれたのは初めてだ。
いくらルティナが傷を跡もなく直してくれるとは言え、誰も痛い思いはしたくない。
「私もです」
一方のフェデラ、最後にシラキの雷属性上級応用魔法、"涯煉"が直撃。
二重の風魔法で軽減するも、元々の体が貧弱なフェデラに耐えられる攻撃ではなかった。
そのおかげで軽く死にかけたフェデラは、しかしそれほど堪えた様子はない。
人生で背負ってきた痛みの数が、シラキとフェデラでは比べものにならないからこその状況だった。
そんな二人を前に、ルティナが笑顔を浮かべて言う。
「で、シラキさん、何か言うことは?」
その笑顔は普段の穏やかなそれでは無く、怒りを元に形成されているものであると、シラキは気付いている。
そしてそれに対して口を開こうとする魔物達よりも先に、シラキは言った。
「あの状況で手加減できるような実力は無かった、これも全て俺の未熟が招いた結果だ」
一息に言い切り、シラキはフェデラに向かって頭を下げる。
「フェデラ、すまなかった」
あぐらをかいていた足を治して正座し、頭を下げる。
いわゆる土下座、に近い状態である。
先ほどの戦いはいわゆる模擬戦だ。
寸止め、あるいは軽傷でとどめるのが基本。
にもかかわらず敗北に焦り、無茶な自爆技を使った上、相手の生死を無視するレベルで全力魔法使用。
しかし模擬戦でも危険はあるとか、本気でやらなければ意味が無いとか、フェデラはそれほど気にしていないとか。
そういったことを分かった上での、謝罪である。
そういったことを分かった上で、全ての原因を"自分の未熟"にしたのだ。
「そんな、シラキ様、頭を上げて下さい!」
それによって、フェデラが焦る。
フェデラは自分が重傷を負ったことを含めて、心からシラキに非がないと思っている。
「私はすでにシラキ様の奴隷、命を捧げるのは構いませんし、それに生きていたのだから謝る必要もありません!」
どこかずれたところでムキになりながら、フェデラがシラキの顔を上げさせる。
二人はそれで良いかもしれないが、魔物達は表情を歪めて冷や汗をかいていた。
温和なルティナでも、当然怒るときは怒る。
ルティナが何故怒っているかと言えば、一つにはシラキが無茶をしたからだ。
しかし訓練であり、それが全くの間違いではないためシラキを怒る舌を持たず、単純に不機嫌になっている。
手加減無しで魔法をぶっ放したことも、ルティナ的には仕方ないの範疇だ。
とはいえ、機嫌が悪いことに変わりは無く。
"全て自分の未熟のせい"とかシラキが抜かしたり、"ぶっちゃけ死んでもいい"という意味の言葉をフェデラが言ったり。
この二人の態度は確実に、善性であるルティナの機嫌を損ねた。
そして神としては怒っても手は出さないが、人間としてはそうでもないルティナ。
怒りの臨海は存在する。
それが自分の身近な存在であれば、なおさらだ。
そして状況を的確に理解し、一番最初に覚悟を決めたソリフィスが口を開く。
「め、女神殿、怒るなら我に」
「シ ラ キ さ ん は」
額に青筋でも浮かべそうな笑顔のルティナの前に、シラキはすくっと立ち上がり、姿勢を正す。
そして密接な関係をもつ魔物達、理解力の高いルティナ、目が良いフェデラの全員が、一瞬でシラキの真意を悟った。
ちなみに「てへぺろ、殴るなら自分を殴ってちょ」の意味である。
「修行だぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
ぶち切れたルティナの、最上級魔法並に魔力が込められた風属性中級魔法"エアハンマー"が直撃。
シラキは百メートル以上吹っ飛ばされたのだった。
ちなみにシラキは後になってから自分の言動を本気で後悔したらしい。
アホである。
たまには速く投稿してみたかった。
そして次回も模擬戦。