次は黒、そして薄紅色
前回のあらすじ
ミテュルシオン「世界が終末でヤバい白木君たすけて」
白木「おk把握」
ミテュルシオン「名前をもらって、目覚めよ結晶支配能力!あ、あと娘をつけるから」
シラキ「もらいすぎてない?むしろ終末を止める方が恩返しでは???」
目が覚めると、今度は真っ暗だった。
いや、正確には真っ暗じゃなくて薄暗いだ。
というか、土だ。
いや、地下か。
周りが見える程度には明るい天井の下、俺はベットがら上体を起こした。
「あ、目が覚めましたか」
起きてすぐ人の声がするのは、さっきも体験した気がするな。
俺が声のした方を見てみると、腰掛けていたであろう椅子から、小柄でかわいらしい女の子が歩いてきた。
薄紅色の髪はまっすぐ腰の辺りまで伸び、優しげな表情が魅力的だ。
身長は低く、150センチくらいだろうか。
肌は白く、瞳は髪の毛と同じ色をしている。
服装はワンピースに上着だろうか。
この世界でワンピースなんて分類が存在しているかは不明だが。
いや、どう見ても普通の人間じゃない。
主に髪と瞳の色が。
まて、落ち着け。
創作なら何色が出てきたっておかしくないというのに、何で俺は髪の色程度で普通の人間じゃないと思ったんだ?
「おはようございます。私はルテイエンクゥルヌ、使命と調停の女神です。ルティナって呼んで下さいね」
結局神様だった。
「あ、どうも。俺は…………」
愛原、愛原、アイハラ。
名字を発音できない。
なるほど、名字を取られると声に出すこともできないのか。
「シラキ、です。あなたがミテュルシオンさんの娘?」
「はい、ミテュルシオン様は私の母です」
見た目中学生くらいなのだが、あの八十歳くらいのおばあさんの娘らしい。
似てない。
少なくとも俺には面影とかも全く感じられなかった。
まあ神様なら自分の見た目なんて自由自在なのかもしれない。
「シラキさん、敬語は無しで、自然体でお願いします。これから、長い時間一緒になりますから」
そう言ってルティナは笑う。
何というか恐ろしくかわいい生物だ。
ただ、少し影を帯びたような気がして、それは気になったが。
「了解」
何にせよ、言葉遣いは気をつけよう。
何も考えないとどうしても敬語とタメ口が混ざったような口調になってしまうのだ。
「さてさて、それではこのダンジョンを案内しますね」
「あ、よろしく」
ベットで目を覚ましたばかりの俺は、ルティナに連れられ、呆ける暇も無く歩き回ることになった。
俺が眠っていた部屋から出ると、そこは学校の廊下を数個横に並べたぐらいの広さをした通路だった。
そこら中に光る苔やキノコなどの植物が生えていて、不自由しない程度には明かりが確保されている。
おそらくさっきの部屋も天井には苔がびっしり生えていたことだろう。
…しまった、さっきの部屋はほとんど見回らないうちに外に出てしまった。
まあ別に、次に来たときで良いか。
俺が眠っていた部屋(そこが俺の部屋になったが)から広い通路を歩き、突き当たりの部屋に入る。
「これがダンジョンコアです」
「これが…」
そこはまるで玉座のような部屋で、奥には王が座るような大きな椅子が置かれ、奥に向かうにつれて床が高くなる。
そして部屋の中央、王座の前には、紫色に光る巨大な十八角形の結晶が浮かんでいる。
「早速操作してみます?」
「ん、操作方法は…ああ、頭に入ってるな」
意識してみて気付いたが、俺はすでに操作方法を理解している。
知識をそのまま頭に突っ込むとは、信じられないような話である。
SFならそういう設定もなくもないだろうか。
当事者として言わせてもらえば、まさしく神の奇跡と呼ぶにふさわしいくらいの技だ。
近づいてみると、その大きさが良く分かる。
幅一メートル以上、高さは三メートル程だろう。
こんな大きな結晶、もちろん人生でも見たのは初めてだ。
多少感動しながらも、右腕を結晶に当て目を閉じる。
するとまるでパソコンの画面を眺めるかのように、ダンジョンの状況が認識できる。
「五階層、広さは1km×1kmほど…あれ?もうモンスターがいる」
"魔草"という魔物が全階層のあらゆる場所に存在している。
いや、植物か?
他にも"ヒカリダケ"、"ヒカリゴケ"などもある。
え、あの光るキノコって魔物なの!?
「魔草じゃないですか?」
「ああ、魔草とかヒカリゴケだとかが全階層にまんべんなくいるけど」
「それらは魔物の餌になる植物です。大抵のダンジョンにおける食物連鎖の土台ですね」
「なる」
食物連鎖!そういうのもあるのか。
なるほど、ダンジョンで苔と来たら捕食される存在なのかもしれない。
だが数をそろえれば勇者だって溶ける!かも?
なお、実際には普通の植物と同じで戦闘力皆無だった模様。
ちなみにレベル差がそれなりにあると、割とどうしようもないくらい力の差がある。
低レベルの魔物が何万匹集まったところで、高レベルの魔物が相手ではどうにもならないことが少なくない。
「魔物の餌はこの三つだけあれば良いのか?」
「特殊な餌を要求する魔物もいますけど、最初はその3種類を増やしておけば良いと思いますよ」
「了解。ちなみに結構な数がいるけど、マナの収支的にはどうなんだろ?」
ダンジョンは内部にいる生物から常にマナをもらっている。
もらえる量はその生物の力量依存なので、魔草にはあまり期待はできない。
こうやって得たマナを使ってダンジョン内のあらゆる操作を行うので、いくらもらえるかはかなり重要だ。
「多分、確認できると思いますけど」
ルティナが答えるのと同時、魔物のステータスを調べる方法を知識として持っていることに気付く。
ミテュルシオンさんはしっかりとダンジョンコアの操作方法を教えてくれていたらしい。
「あ、ほんとだあった」
おかげですぐに見つけることができた。
なになに、"魔草"1/500マナ/日、"ヒカリダケ"1/500マナ/日、"ヒカリゴケ"1/1000マナ/日?
少ない。
いや、多いのか?
こいつらは戦闘力こそ無いが飯もいらないし、食料になるし、勝手に増える。
これで吸収マナまで多かったらどれだけ使い勝手良いんだという話になってしまう。
ダンジョン中を植物だらけにしたくなるかもしれん。
とにかく飯とマナの収支のバランスを考えて、常にプラスになるようにしておかないとな。
今まで数々のゲームでリソースを貯めまくって余らせてきた俺の本領発揮だ。
俺は夢中になってコアを操作し続ける。
ルティナはそんなシラキを笑顔で、子供でも見るかのように眺めていた。
十数分後。
ようやく俺は結構な時間ダンジョンコアをいじくっていたことに気がついた。
「あ!すまん、夢中になってた」
「ふふっ。構いませんよ。気に入ってもらえたみたいで何よりです」
十分以上放置したにもかかわらず、ルティナは何でも無いかのように笑っている。
なんだこの子天使か。いいえ女神様です。
隣の少女をほっぽり出してダンジョンいじくるのに夢中になるとか。
自分で自分に驚きである。
「それよりシラキさん、おなかすきませんか?」
「ん?そういえば…」
タイミング良く、自分ではっきり分かるほどおなかが鳴る。
全くこれっぽっちも気付いていなかったのだが、意識してみるとかなりおなかがすいていたらしい。
「ご飯の用意はできていますので、一緒に食べませんか?」
「あ、それはもちろん。…ところで、いつ作ったの?」
「シラキさんが夢中になっている間に」
どんなだよ!?
おま、人が部屋を出入りするのも気付かないほど夢中になってたのか!?
それともあれか、神様特有の分霊みたいな技でこの部屋に居ながらにして料理したのか?
大体料理ができるほど時間たってたのか。
いや、うん、まあこれはあれだな。
「ごめんなさい」
「いえ。でも、シラキさんの作るダンジョンには期待させてもらいますね」
「お、お手柔らかに」
自分が悪いだけに何も言えない。
自分では俺はもっと落ち着いた人間だと思っていたのに、驚きだ。
ルティナに連れられ、中枢部から通路に出る。
少し歩いてダイニングルームっぽい場所へ。
洞窟の中とは思えないくらいに綺麗な部屋である。
テーブルの上にはすでに料理が置かれていた。
パンと具だくさんのシチューだ。
二人、対面に座る。
食べ物を前にする頃には、自分がどれだけ空腹であったのか十分に実感できていた。
ヤバい。
猛烈に腹が減った。
ルティナを見ると、彼女もこくりと頷いた。
「大したものではありませんけど、どうぞ」
「いただきます」
かき込むと形容されないように気をつけながらも、やっぱり食べ物をかき込んだ。
シチューは元の世界で食べたものと比べても遜色ないくらいのおいしさだ。
パンも多少硬かったものの気にするほどでもなく、非常においしかった。
何が大したものじゃないだ、これ実は相当すごいだろ。
時代的においしく作るのは難しいだろうに、すごい。
「さっきのは、あなたの世界のお祈りですか?」
一瞬何のことか分からなかった。
不思議そうにしているルティナを見て、"いただきます"のことだと分かった。
「ん…えっと、そんなような物だと思う」
この世界には、"いただきます"という風習はないのだろう。
ならば、代わりに何というか。
"パンをありがとう、バターをありがとう~"という下りだろうか。
いや、俺はその答えをもらった"一般知識"によってある程度知っていた。
答えは、大多数の人は祈らない、である。
衣食足りて礼節を知るというが、別にそこまで過酷な世界ではない。
単純にそういう習慣がないというだけだ。
「この世界じゃ縁遠いか」
「そうですねー…外は魔物の巣窟ですが、町中にそれほどの危険はありません。人間の版図も全体から見ればそれほど大きくはありませんがー…世界的に見ても、それほど食料には困窮していませんし」
「へぇー…思ったよりも平和というか、何というか」
「まぁ、貴族だろうが奴隷だろうが…そう悪い生活じゃなくなったかなぁ」
喜ばしい話だと言えるだろう。
搾取されるべき貧困層がいることによって、今の社会構造が成り立っているのだ。
…という訳でもなさそうだし。
奴隷も字面ほど悪い扱いではなく、最低限の権限は保証されている。
そういえば、最初ルティナをみたときはかわいらしいなんて思ったが、ありゃ確実に寝ぼけてた。
確かにかわいらしいといえばそうだが、むしろ美しいの方が正しいのかもしれない。
この娘、いや女性は見た目こそまだ子供だが、身に纏う雰囲気からたまに大人びたものを感じる。
柔らかい表情と声、落ち着いた物腰。
身体も身長の割に出ているところは出ている、まあ身長相応ではあるが。
今のバランスのまま一回り大きくなったらすごい美人だろう。
俺は今のままでも十分に好みだが。
そこまで考えて、脳内の話題を変えることにする。
俺はどれくらい寝ていたんだろう?
時計は見える範囲にはないし、洞窟の中だから空も見えない。
「ところで、今何時くらいなん?」
「外は昼の1時過ぎです」
「ああ、だからこんなに腹減ってたのか」
なんだか食べている量が普段より多い。
というか2倍くらい食べている気がする。
「なにせ、丸1日眠ってましたから」
「そうなの!?常識を詰め込んだ弊害か?」
「それもありますけど、名字を無くしたのが大きいですね。全然平気そうなのは私の目から見てもすごいです」
「そ、そうか。俺にはまだよく分からないけど」
ミテュルシオンさんから与えられた一般常識に、名字のくだりは入っていない。
おそらくかなり特殊なことを行っていたのだろう。
そのようなことを考えつつも、ひたすらご飯を食べ続けた。
結局、普段の2.5倍は食べていた気がする。
ごちそうさまをして、やはりルティナに見られてから、しばらくぼーっとしていた。
食器を片付けるルティナを他所に、椅子に座ったまま放心する俺。
不敬罪待ったなし。
腐ってやがる、食べ過ぎたんだ。
いや相当な量食べたのに、気持ち悪くなっていないのはどういうことだろう。
「シラキさん、お母様の加護がありますから、絶食や食べ貯めにもある程度耐性ができていると思いますよ」
キッチン?から笑顔でそんなことを言ってくるルティナさん。
ありがとうございます。
何とも冒険者向きの加護である。
これなら冒険者や旅人に相当人気が出そうだ。
「シラキさんには本気で加護を与えたみたいですし」
「感謝しています」
今のところいたれり尽くせりだ。
まあ俺の感覚では、だが。
「さてさてシラキさん、これからのことなのですけど」
「これから……どうするんだろう?」
「ダンジョンのことですけど、まずはボスを召喚しましょう!」
ダンジョンのボス。
ボスがいればモンスターの面倒はボスに丸投げ、もとい一任できる。
……できるよね?
「知能の低い魔物でも、ボスなら制御できますし」
できた。
そもそも人間の俺が多種多様なモンスター全体の指揮ができるとは思えない。
少なくとも今すぐは無理だ。
「ん、俺もそれで良いと思うけど」
「それで、ボスを召喚するに当たって、どうしても力が必要になります」
魔物の社会はまごう事なき弱肉強食、というのは俺の偏見かも分からんが、そんなに間違ってもない。
腕っぷしというか、力の強い者が上に立つのだ。
今の俺じゃ確実にナメられる。
「それは、そうだろうな」
「というわけで、運動しましょう」
「戦闘訓練?」
「ですです。私的には、ボスのレベルは7~9くらいがおすすめで、そのためにもシラキさんにはCランク、最低Dランクにはなってもらおうと思っています。日数としては10日~一ヶ月ほどで」
あ、まって。
初めて聞く単語が沢山出てきた。
「ちょ、ちょっと待って」
知識を整理しよう。
魔物のレベルというのはそのまま魔物の危険度を表したもので、強さの指標だ。
レベルは1から始まり最高が15。
レベル1~2は十分雑魚のレベル。
魔物によって結構幅があるが、それを差し引いても、農業を営む成人男性が鍬を持てば十分撃退可能だろう。
レベル3~5というのは中堅というか、戦士からすればスタンダードなところだ。
正直何とも言えない強さだが、さすがに一般人では刃が立たないだろう。
ちょっとした魔法が使えたり、種族固有の能力があったりもするので油断は禁物。
レベル6~10ともなると、かなりの強敵だ。
レベル8以上なら単体相手でも騎士団なり何なりが出てくる。
もしくは国でもそこそこ有名なレベルの冒険者パーティーが出張ってくるだろう。
レベル11以上?まあ、国の存続を賭けた戦いになるんじゃないか?
そもそもあまり出没しないみたいだし、そうそうお目にかかれないだろう。
あ、魔王はみんな11以上な。
次、冒険者ランクについて。
こっちもなじみ深い冒険者の身分、能力の指標だ。
元々は冒険者が身分不相応の依頼を受け、死者が増える事態を防止するために作られたらしい。
F~Sまであり、C以上は上級下級で+や-が付く。
Fランク。駆け出し。一般人と大差ない。
Eランク。初心者。2~3回Fランク依頼をクリアすればなれる程度のランク。パーティーで挑む魔物のレベルは1~2。
Dランク。慣れた頃。魔物レベル3~4。
Cランク。中堅。まあベテラン手前と言ったところか。魔物レベル4~6。
Bランク。ベテラン。ここまで来ると結構な実力者だ。魔物レベル6~8。
Aランク。世界有数。A+は世界で7人しかいない。ただA-はまだ裁定が多少甘めでいくらか人数もいるらしい。魔物レベル8~10。
Sランク。完全に人外。というかいない。100年に1人の逸材とかなんとか。魔物レベル10~。
はて、一ヶ月でDランクと申したか。
つまり一ヶ月で武装した農民くらいならちぎっては投げをできる位まで強くなれと言うことらしい。
わーすごい(棒)。
それに魔物レベル6~9って相当だぞ。
そんなの呼び出して大丈夫なのか?
あ、一般じゃなくてダンジョンに関する方の知識にあった。
ダンジョンコアによって生み出された魔物がマスターに逆らうのは難しいみたいだ。
逆らえないとは言っていない。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょう。いざとなったら私が守りますから」
「ちなみにルティナって、ランクは?」
「どれくらいだと思います?」
ルティナはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
ええっと、見た目だけなら虫も殺せなさそうなかわいい女の子、あるいは小柄な美人なのだが。
彼女がどれくらい強いかなど俺は知らない。
とりあえず見た目だけ見て相手を侮る気はないが。
あのミテュルシオンさんの娘であることを考えれば、Sランクと言われても驚かないが。
「えーっと……A、いやSランク?」
「S-ですので、ほぼ正解ですね。……ほんと、さすがです」
ルティナは心底感心したように言った。
「何が?」
「いえ、力は隠してますし、見た目は全く戦士らしくない私のランクを正確に見抜くなんて」
「偶然です」
「そうですか?…そうでしょうか」
ルティナに、下から瞳をじっとのぞき込まれる。
少し恥ずかしいな。
「っと、これからどこで特訓するんだ?」
「あ、そうですね。付いてきて下さい」
部屋を出て通路を少し歩くと、突き当たりの床にはにこれ見よがしに魔方陣が書かれていた。
この直径6メートル程の魔方陣は、おそらく転移の魔方陣だろう、そのくらいの予想は付く。
ルティナが入るので俺も迷わず続く。
ぼうっと魔方陣が光り出すと、一瞬視界が暗転する。
「うっ!?」
次の瞬間には全く別の場所にいたのだが、とにかく気分が悪く、ゆっくりと膝をつく。
ワープ酔いというやつか?
ルティナが駆け寄ってくる。
「ごめんなさい、思慮が足りませんでした。この世界の人はある程度耐性があるので、つい」
ああ、さすがに生存競争の中にある世界を生きる人々はたくましいな。
「大丈夫……収まってきた」
少しの間手で視界を制限していたら、何とか気分も収まった。
これから修行だというのに、始まる前から躓いていられない。
「うん、大丈夫。それで、どうする?」
「そうですね。とりあえず、走りましょう。壁に沿って一週」
壁。
ようやく周りを確認するが、正方形のだだっ広い地下室だ。
どうやらコアがあった階層とは別の階らしい。
天井には光る苔、壁には光るキノコが生えている。
そして地面には所々に大きな光る花が咲いている。
直径1メートル程、ラフレシアよりも大きそうな白い花は、暗い洞窟を淡く照らし、何とも幻想的だ。
ってちょっと待て、ここ1キロ四方だぞ!?
「まって、つまり4キロ走るってこと?」
「その通りですね」
俺はすぐさま頭を下げた。
「すいません!俺体力無いから2キロメートルすら走れません!!!」
想像を絶する悲しみが俺を襲った。
主に情けなさと、期待を裏切る申し訳なさで。
「大丈夫です、とりあえずゆっくり走ってみませんか?私もご一緒します」
情けなさを心の中の涙に変えながら、俺は走った。
決してゆっくり走ったわけではないが、ルティナはぴったりと付いてきた。
まあ能力にはカメと鳥以上に差があるだろう。
違和感を覚えたのは、500メートル程走ったあたり。
以前ならすでに息が上がっていてもおかしくない状況なのだが、何故かまだ余裕がある。
というか、身体が軽い。
1キロも走った頃には、すでに違和感は確信に変わり、並走するルティナに可能性を聞いてみる。
「明らかに身体が軽いんだけど、加護?」
「正解です。お母様が本気で加護を与えたなら、体力だってすぐ戻りますよ」
結構すごい話だった。
永続的耐久付加、いや自動回復か?それすでに特殊能力だよ。
実用的すぎる神様の技にまたしても驚きながら、最終的には4キロメートル完走。
走れる距離的には3倍4倍くらいにはなっていそうだ。
これって身体に溜まる疲労自体が減っているのか?
それともすごい勢いで回復しているのか。
「やっぱり、大丈夫でしたね」
「おかげさまで」
加護様々だなぁ。
ちょくちょく見せるルティナの優しげな笑顔がまぶしい。
「さて、次は魔法です」
キターーーーーーーーーーーー!!!!
と叫ぶのは心の中だけでとどめておいた。
顔はにやついているだろうけど。
「え、えっと、とりあえず、魔力を感じ取るところから始めましょう」
若干引かれてる気がする。
仕方ないんだ、魔法には夢とロマンがある。
少年達は目の前にニンジンをぶら下げられた馬よりも狂喜乱舞する!
「そんなにうれしいですか?」
「もちろん。憧れ、ですらない。夢だからね」
ルティナは不思議そうにしているが、そういうものなのですよ。
とはいえ好きこそ物の上手なれ。
俺は人々(ロイテ)よりもうまくなってみせる!
…という気概でもって挑ませていただく。
「ではルティナ先生、いや師匠!よろしくお願いします」
「師匠!?って、この身長差だと違和感がありますね」
まあ、それはな。
「っ!?」
何だろう、急に何かむわっとするのが来た。
締め切った部屋に入ったときのような感覚、というのだろうか。
「分かったみたいですね。今、私の魔力を広げて、あなたをすっぽり覆ってみました」
なるほど、これが魔力か。
見えないけど感じるとは、空気のようなヤツよの。
「楽な姿勢になって下さい。とりあえず、私の魔力を触れたり離したりするので、そこから自分の魔力を感じとってみてください」
そうやって魔力の操作方法を学んだ。
自分の魔力は何回かやっていたら分かったので、次はとにかく魔力を動かしてみる。
非常に雑だし緩慢だが、念じればその通りに魔力が動き、ダンスや楽器を演奏するときのような感覚だ。
「慣れれば手足のように動かせるようになりますよ。これからは常に魔力を意識して生活してみて下さいね」
「了解。面白いですね、これ」
ルティナが肩をすくめる。
この世界では面白いと感じる類いの技ではないのかもしれない。
ジェネレーション、いやワールドギャップ。
「駆け足ですけど、次は魔法の矢を使ってみましょう。魔法の初歩の初歩、誰もが最初に習うであろう魔法です」
次は、初めての魔法。
人差し指に魔力を集中して、そこから矢、というかトゲや弾丸?のような形のものを撃ち出す魔法。
指先に魔法を集めた段階で、理解こそできないが、そこで何かが確実に変わっていることを実感できる。
そのまま撃ち出してみると、3センチくらいの光の矢が発射された。
成功だったらしく、その後も弓だったり、銃だったりとイメージを変えて放ってみる。
「シラキさん、良いです」
「え?」
「魔法はイメージが大切ですから、シラキさん、教える前からできてます」
ルティナには俺が何をやっているのかお見通しのようだ。
ゴーサインをもらったので更にイメージを加速させる。
「んー、親和性が高いというか……熟練の魔法使いみたいになめらかですねぇ」
「そうなの?何か特に何も意識せずに撃てちゃいましたけど」
「まあ、名前を捧げた訳ですし」
放たれた矢?は壁にぶつかり、弾ける。
大した威力はなさそうだ。
というか、全然魔力が減ってる気がしないのだが、込めてる魔力が少なすぎるんじゃないか?
人差し指と中指を合わせて目の前にかかげ、全身から少しずつ魔力を集める。
そこそこ貯まったかな、といった辺りで魔力を集めるのを中断する。
水満タンのコップを運ぶがごときゆっくりさで、腕を伸ばして壁に向ける。
心の中ではノリノリで適当な技名を叫びながら銃のイメージで撃ち出すと、ドウッ!という効果音と共に、本当に銃を撃ったみたいに(もちろん想像だが)反動が腕を襲い、危なく転びそうになった。
放たれた光は直径で40センチほどもあり、そこそこの速さで壁にぶつかると、だんっという音と共に弾けて消えた。
「シラキさん、向上心溢れていてすばらしいですけど、魔力は使いすぎると気絶しますよ?」
「き、気をつけます」
身体を幾ばくかの脱力感が襲う。
それなりの量の魔力を消費したらしかった。
ルティナは感心したような、不思議そうな様子でこちらを見ているが、特に何かを言ってはこない。
「全体の何割くらい消費したとか、わかりますか?」
「1割ほどだと思いますよ?さっきはああ言いましたが、シラキさんはかなり安全を考えて魔法を使っていると思います」
「なるほど」
考え無しに危ないことをすると死を招くことになる。
ただし考えて安全に行動しても死ぬときは死ぬ。
とりあえず、色々試してみよう。
今度は右手の全ての指に魔力を集中。
ただし使う魔力は意識して少なくする。
さっきのを10発撃ったら気絶判定入りそうだ。
手順を慎重に行いながらも手のひらを前に出す。
例によって寿命を削る炎系の技名を心の中で叫びながら放つ。
思った通り放たれた5つの光は、予想外にもばらけ、1つもまっすぐ飛ばなかった。
まあ、失敗か。
いや、発動自体は成功したから後は訓練次第だな。
「何というか……良く今の発動できましたね。ちょっと驚きです」
「え?ああ、でも実戦ではまだ使えませんけどね」
ルティナが驚いたような、あきれたような様子で俺を見ていた。
S-の人にこんな目で見られるなんて、こそばゆい。
「でもこの調子なら、Dランクくらいはすぐですね。次は近接戦の訓練しましょう」
「イエッサー!」
剣を受け取り、模擬戦に入った。
はっきり言って、勝てる要素が1ミリも存在しねぇ。
というか戦いにならなかった。
剣もかなり重いし、こんなの振り回してたらすぐにバテてしまいそうだ。
幸い加護のおかげで何とかなっていたが、なかなかかっこ悪かったことだろう。
そんなこんなで大体1時間後了。
ぜぇぜぇ良いながら地面に手をつき、何とか呼吸を整える。
一方ルティナはのんびりお茶でも飲んだ後のように涼しげだ。
「シラキさんは筋は良いですね。ただ、攻撃に手心がありすぎます。私としては好ましいですけど、意識して修正するようにして下さい」
「りょ、了解です」
あの盆踊りでも筋が良いと言ってくれるルティナさんの優しさ。
全力で攻撃したところで当たるはずないと分かっているのだが、どうしても加減してしまう。
いや、途中からそんなこと意識してる余裕もなかったけど。
まあ追々修正していこう。
何にせよ疲れた。
「少し休んでから再開しましょうか」
「おーっす」
そんなこんなでしばらくは剣魔法剣魔法と交互に訓練した。
それは俺の精神力が切れるまで続いた。
なぜなら、体力は休めばすぐ戻るから。
1日目終了
シラキ・ヒュノージェ(愛原白木)
総合E 攻撃F 防御F 魔力量E 魔法攻撃E 魔法防御E すばやさF スタミナE スキルF
スキル
ユニークスキル「結晶支配」
ユニークスキル「 」
ダンジョン
世界中に点在する大小様々な魔物の巣窟。
それらは多くが地下洞窟だが、時には塔であったり廃墟であったりすることもある。
内部は迷宮の様になっており、様々な魔物が生息している。
また宝箱が存在し、アイテムや装備、財宝など様々な物が入っているが、どういう仕組みで置かれいるのかは謎に包まれている。
シラキのダンジョンは特殊であり、ダンジョンコアは彼のみが使え、ダンジョン全体を制御している。
ダンジョン内にいる全ての生物から少しずつマナを得られる。得られる量は力量依存。
ダンジョン内で誰かが死ぬと、多くのマナが得られる。得られるマナの量は倒れた者の力量に比例する。
コアが破壊されるとダンジョンは崩壊するが、一部は跡地として残る。
保有マナ
100,500
ダンジョンの全魔物
ヒカリゴケ4000、ヒカリダケ500、魔草400
一階層
洞窟、迷宮
二階層
更地
三階層
更地
四階層
更地
五階層
コア、個室2、ダイニングキッチン、大浴場、保存庫