魔王と神様と新旧冒険者
???
一面に拡がる暗く黒い荒野。
そんな中に、一つぽつんと巨大な塔が立っている。
曲線を基調とした暗い紫色の塔は、見上げるほどに高く、その根元は非常に太い。
そんな塔の最上階は細く、円状の小さな部屋は見晴台にもなっている。
中央に置かれた丸いテーブルと椅子には、二人の人型が腰掛けていた。
「で、お主はどうするつもりじゃ?このまま見とるだけのつもりかの」
そう話した男は、がっしりとした体つきをした老人。
厳つい顔つきで太いキセルを咥えながら、対面に座る女性の顔を見る。
女性はその質問には答えず、別のことを言った。
「大地の騎士団は、逝ったのね」
目に大きなクマのあるその女性は、長い前髪で目元を隠している。
髪は濃い藍色のくせ毛で、長さはミディアム。
決して不細工ではないが、その目のクマと暗い雰囲気が美しさを隠している。
「そうじゃな。ようやく、な」
老人はキセルを放し、煙と共に息を吐く。
「団長が死んだ場所に小隊を送った訳だが、全滅させてきおった。ルティーヌには会えなんだが、アレが今回の勇者じゃのう、多分」
「今の勇者は、大丈夫なの?」
「さあの。当時のアレほど悪くはないじゃろ。団長の時も、ルティーヌは変わらぬ笑顔を浮かべておった」
「…ルテイエンクゥルヌ様が良いなら、私はそれでいい」
一切表情が動かない女性を見ながら、老人は嘆息する。
「全く、生前よりもっと無愛想になりおって」
「そういうあなたは、以前と変わらない。そんなお人好しで、大丈夫なの?」
女性は無表情のまま、小首をかしげる。
老人はその抑揚の少ない言葉から、確かに女性が心配して言ってくれているのだと感じ取れていた。
「ふん。わしとて今は四騎士の一人、戸惑いもないわい。そんなことより、問題は魔王の方じゃ」
老人はこれまでと異なり、不機嫌そうに言う。
女性の方は相変わらず無表情のままだ。
「終末未経験者が多い上に、一人は論外じゃ。死峰山は引退するし、あのガイコツはやる気無いし、全く前途多難じゃ!」
「セルセリア様は問題なかったのでしょう?」
「ああ、元大地の騎士団本体も一蹴じゃった」
「ガリオラーデ様とセルセリア様と…手が足りないわね」
「あやつらは前回だって真面目に戦ってたわい。せめて死峰山がいれば…そもそもなんじゃ引退って」
老人がため息をつく。
女性はそんな老人をじっと見つめる。
「少し早いけれど、私も出すわ」
それが「これからどうするか」という問の答えであると、長い付き合いである老人には分かる。
「そうかい。……次は、神殺しを処理しないといかんのう」
老人と女性は、話すことが無くなった後も、その場をなかなか離れなかった。
白い宮殿
円状の柱が整然と並ぶ建造物の中の一室。
外に面したその部屋で、二人と一羽が話し合っている。
「結局、あの騎士団を動かした者の意図は分からないか」
そう言ったのは、大きな白い翼を生やした美しい女性。
服装は、上半身はぴったりとした黒と白の服を着ており、その大きな胸が存在感を放っている。
下半身はひらひらとした布を重ねたような白いスカート。
銀色に輝く長髪をなびかせ、口をきゅっと引き結び、鋭い目をしている。
「来たのはこことルティナの方だけだ。はっきり言って意味不明だな」
答えたのは毛先の白い緑の長髪、頭に山羊のような角を生やした男性。
神の子であり魔王でもあるガリオラーデだ。
両手を上げてお手上げだ、というポーズをする。
「そもそもあの動きの後ろに意図があるのか?」
その若々しいしっかりとした声は、外から聞こえてくる。
開け放たれた窓の外には、体長三メートルを超える大きな青い鳥…魔王"氷帝"ソルロンが、鉄棒のような形をした氷の棒に止まっている。
その氷の棒は、ソルロンがこの場所に着いたとき、自ら作り出した物だ。
「終末から六百年、地上に居続け今行動したというのに、意図がないとでも?」
翼を持つ美女…魔王"月天使"セルセリアが強い口調で詰問する。
セルセリスの口調は強いが、その心は不機嫌な訳でも攻撃的な訳でもないことを、ここにいる一人と一羽は知っている。
「邪神や四騎士は策謀を好むタイプではなかったのだろう?なら誰があの騎士団を動かすと言うんだ?」
前回の終末において、邪神の勢力の中で理性がある、と思われる存在はかなり少なかった。
もちろんそれ以外にいないという保証はない。
しかし前回を戦った者には、冥界の者達は策というものとは縁遠く感じたのだ。
「前回の終末で四騎士の内二人は消えてるから、代わりに入った誰かがやったとか」
「確かに候補はそれくらいしかない。だが警戒しない訳にもいかない」
セルセリアはカップにつがれた茶を飲むが、その鋭い表情は変わらない。
その姿が素であることを知っているガリオラーデは、もう少し柔らかい表情をしたら良いのに、と思う。
「相手の動きは謎。死峰山も勝手に引退するし、新しい魔王達は危機感に欠ける…」
「折角これから戦争だって言うのにな」
セルセリアはつぶやくように。
ソルロンはもったいないとでも言うかのように言う。
セルセリアは内心どう思っていても、表情は硬いままだ。
ソルロンは普段はクールだが、ひとたび戦闘が始まると、氷帝という通り名に似ても似つかない程熱くなる。
本心から戦いを喜んでいるのだ。
ちなみにセルセリアの言う「新しい魔王達」にはソルロンも入っているが、彼は分かっていてスルーする。
「新しい魔王の中では、ソルロンは一番まともなんだがな」
ガリオラーデが苦笑しながらフォローする。
しかし、そのフォローに返したのは当のソルロンだ。
「いや、まともというなら皆まともだろう。真面目ではないだけで」
ソルロンが真顔で言う。
ソルロンが言っていることは正しいのだ。
その証拠に、セルセリアが深いため息をつく。
「なんなのよ、引退って……前代未聞よ」
セルセリアの口調が変わる。
キリッとした表情も、少しだけ拗ねるようなものに変わった。
セルセリアは不可解なことや驚くようなことがあると、口調が女性的になる癖がある。
「セルセリアに前代未聞と言わしめるとは、やるじゃないかあいつ」
セルセリアは魔王達の中でも最古参。
力においても全生物中で最高峰。
セルセリアの生きてきた年月は、数千年とも数万年とも言われている。
そんなセルセリアが前代未聞という以上、実際に初めての出来事なのだろう。
「先代の死峰山のことは良く知らんが、俺は終末のために魔王になったようなものだ。終末が終われば俺も魔王を止めるかもしれんぞ?」
そういうソルロンを、セルセリアが何とも言えない様子で見る。
表情が硬いので、知らない人が見れば睨んでいるように見えるかも知れない。
「それ以前に、生きていられるか分からないぞ?」
「クハハ。なに、どうせ終末が終わってみなければ分からん。負ければ地上の歴史は終わってしまうしな」
ガリオラーデの忠告に、ソルロンは楽しそうに答える。
そんなソルロンを見て、セルセリアは心の中でため息をつく。
「……無事に終われば良いけど」
前回の終末では、魔王も死んだ。
そしてセルセリアは今の魔王達が、前回よりも戦力的に劣っていることを知っていた。
白い開始地点
目が覚めたら、俺は白一色の殺風景な場所にいた。
空も地面も壁も真っ白で……と、途中で気付いた。
ここはこの世界に来るとき、ミテュルシオンさんと話した場所だ。
そう気がつくと、目の前に白髪の美しい老婆…ミテュルシオンさんが現れた。
「こんばんは」
「こんばんは、この場所は相変わらずですね」
この場所は前回来たときと一緒だ。
俺とミテュルシオンさんも同じ場所に座っているように思う。
「いくつかお伝えすることがあるので、いくつか説明しますね」
女性らしい高くて綺麗な声が、耳に心地良く響く。
話し方は見た目に反することなく、穏やかでゆっくりだ。
「聞きます」
「まず、ダンジョンコアのレベルが2に上がりました。いくつかできることが増えていますよ」
ダンジョンコアにレベルなんてあったのか。
多分召喚できる魔物が増えたとか、魔物データベース更新とかかな。
「それに伴い、ボーナスでマナが20000贈呈されます。目が覚めたら確認してみて下さい」
レベルアップボーナスか、単純にうれしい。
これから魔物を大量に召喚する予定だし、第2階層の整備にも沢山使うはずだ。
「あと、シラキさんはマナの収入に特化した魔物が欲しいようですね」
「ああ、そうでした、戦闘力も繁殖力も0で良いので、収入が高くなるようなものを召喚できるようになりません?」
良く思うことだが、あのマナの構造は戦闘無しじゃ収入が少なすぎる。
レベルという存在が、今後そのルールを変える可能性はある。
しかしご褒美をくれるというのなら、マナ生産力が欲しいところだ。
「では、追加しておきます。願望桜という木です」
「ありがとうございます」
特に話し合うこともなく決まってしまった。
まあミテュルシオンさんならそう悪い物でもないだろう。
「最後に、野菜や動物を召喚できるようにしておきました。バランス良く食事して下さいね?」
言葉だけを聞けば当然のことしか言っていないが、ミテュルシオンさんのいたづらっぽい笑顔を見れば、それが冗談であることが分かる。
「ルティナが食事を作ってくれる限り問題ないかと」
私はルティナに全幅の信頼を寄せております。
言い方を変えれば信仰とも言う。
食費も料理も全てルティナ持ち。
ヒモかな?
「ふふ。他に何かありますか?」
「いえ、ぱっと思いつくこともないので、大丈夫だと思います」
「分かりました。では、また会いましょう」
「了解です。また今度」
あいさつを済ませると、自然とまぶたが落ちる。
一ヶ月ぶりの再開は、短い時間で終わった。
数日前
リーベックのとある路地裏
人々は寝静まり、表通りにも人のいなくなった町は、月明かりに照らされている。
そんな中暗がりを歩く女性は、後ろから近づいてきた気配に足を止めた。
その女性は若く、金髪が首の辺りまで伸びている。
銀の軽鎧を身に付け、手に持つコルセスカには、槍頭に三つ編みのような、鳥の尾のような装飾が付いている。
戦士特有の雰囲気を持った女性は、一度月を見上げ、そして振り返る。
右手に持ったコルセスカを立て、その場に直立していると、闇の中から白髪の男性が現れた。
音も無く歩くその男性は暗い色の服を着て、布で口元を隠している。
月明かりの下まで来ると、男は閉じていたその目をゆっくりと開ける。
開かれたのは鋭く、血のように赤い目だった。
夜の闇に紛れ、がっしりとした肉体を持ち、鋭く赤い目をしたその男は、まるで悪魔か、冷酷な暗殺者と言った印象を受ける。
女性はその姿を見ると、驚いた様に声を掛ける。
「まさか、フェンルですか!?」
「ああ。久しぶりに会ったな……シャンタル」
フェンルと呼ばれた男性の言葉に、女性…シャンタルは、まるで花が咲いた様な笑顔を浮かべる。
良く通るシャンタルの声に比べ、フェンルの声はまるで闇に溶けるように消えていく。
その姿は明るい月明かりの元でもはっきりとは見えず、まるで存在そのものが闇と同化しているかのようだ。
「こんなところで会うとは……一体、いつの間にリーベックに?」
「ついさっきだ。それよりお前は何をしている?」
「いえ、何か予感がしたので……あなたのことだったのかもしれませんね」
シャンタルは屈託無い笑顔を浮かべる。
シャンタルをみていたフェンルは、しばらくしてため息を付く。
すると闇のような男が、急に普通の人間になったように気配を発するようになった。
「相変わらず勘で突飛な行動をしているのか」
「ふふん、これでも聖女ですから」
「確かに常人なら取らない行動を取っているな」
「…何かバカにされたような気がするのは気のせいでしょうか?」
フェンルは表情を変えず、言葉だけで笑う。
シャンタルは少しの間釈然としない表情をするが、すぐに表情を緩める。
シャンタルはフェンルの元まで近づき、顔を見上げながら聞いた。
「それで、他のみんなはどうしてるんです?リーベックには?」
すぐ側まで来たシャンタルを見て、フェンルは手を少しだけ持ち上げる。
しかし数瞬迷った後、結局所在なげに持ち上げた手を下ろした。
「いや、今は全員別れて行動している」
「そうなんですか。"震える白い影"がリーベックで一体何を?もしかして、フェデスト伯爵がらみですか?」
「いや、別件だ。青い髪の、ただ者でない女を見なかったか?」
「ええっと……いえ、見てませんね。それがフェンルの探し人?」
シャンタルは首をかしげる。
「俺達全員の探し人だ。まあ、見てないならいい」
「そうなんですか……あ、フェンル、来たばかりなら宿がありませんよね?私の家に来ませんか?」
シャンタルが楽しそうに純粋無垢な笑顔を浮かべる。
完全に善意で構成されたその言葉に、フェンルは眉をひそめる。
そしてシャンタルをその場に残し、すれ違うように歩き出す。
「シャンタル、いくらお前でも、不用意に男を家に招くな」
そう言ったフェンルの気配はまた闇に溶けていく。
シャンタルが残念そうな顔をするが、フェンルが気にする様子はない。
「でも、折角久しぶりに会ったのに」
「また会うだろう。次はこんな闇の中ではない場所でな」
フェンルが月明かりでできた建物の影に入ると、その気配は瞬く間に消えていく。
そうして残された聖女は、残念そうに自らの家に戻って行った。
次回予告
更地だった第二階層が整備され、開放される。
新たな仲間!
漫才に走る魔物達!
シラキ「貧乏性の俺がマナを全放出するなんて……屈辱だ!」
ルティナ(マナを得るためにマナを使うのは、貧乏性に反するのかな…?)