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草案:序章  作者: 流門
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序章

 夏のむせかえるような熱帯夜の中、私はアパートの三階で一人、大学のレポート原稿を執筆していた。部屋にはクーラーが備え付けられているのだが、少しでも電気代を抑えるために扇風機で我慢している。前日から雨が降り続き、日本の夏特有のジメジメした空気が内にも外にも充満している。そんな中、窓を開けるわけにもいかず、体のそばに扇風機を持ってきて、なんとか暑さを感じないようにしているという状況だ。この三階という立地も、部屋の中の暑さに拍車をかける。当然そんな中でレポートがはかどるわけもなく、気晴らしに冷凍庫のアイスキャンディーを食べながら、インターネットに投稿された動画を見始めて既に3時間が経過した。

 まったく、気晴らしというには長すぎる時間である。しかし、そうした無駄な時間の過ごし方というのも時には経験しなくてはならない、と私は思う。大学というところは一部の勤勉を絵に描いたような学生を除き、大抵はモラトリアムである。無駄に生き、無駄に時間を浪費する。そうしたことも、長い人生の中では時に必要なことだろう。大学を卒業した後に待ち受けているのは、毎日満員電車に揺られながら馬車馬のように働き続ける日々なのだ。それが何十年も続くと考えれば、たかだか4年のモラトリアムくらい大目に見てほしいものである。

 このモラトリアムの期間の使い方は人それぞれである。私の場合は動画を見たり、流行のネットゲームで好きなキャラクターのレベリングに勤しむことなのであるが、中には自分という人間が分からなくなり、自分探しの旅に出る学生もいるようだ。世界を回り、自分が何者なのかを見つめ直したいとのことなのだが、私に言わせれば、こいつらは中二病を拗らせた大人になれない暇人である。自分が何者であるかなんてことは思春期に悩めば十分であり、20を過ぎてそんなことを考えてるのは、ただの現実逃避だ。少なくとも、私は現実から逃げて自己逃避に走るなんてことはしたくない。

 自分は自分であり、それ以上でもそれ以下でもない。歳を重ねることは、自分自身の価値を知るということでもある。ある程度まで歳を重ねれば、自ずと自分の価値くらい分かる。そこで人生を達観して諦めるもよし、さらに上を目指して努力するもよし。私はどちらかというと前者だ。身分相応の生き方をして、つつましく人生を生きる。運が良ければ結婚し、家庭を持つ。そして、これまた運が良ければ上手い具合に老衰で楽に死ぬ。運が悪ければ、どっかしらでくたばるだけだ。ありもしない自分探しなんてことをやっている奴より、私の方がよっぽど有益であると私は思う。

 そうして自分に都合のいい人生論を頭の中で八割ほど組み立てたところで、部屋に充満する湿気を切り裂くかのように、携帯のアラームが鳴り響いた。画面を見ると、大学でよくつるむ坂上からだった。

 「もしもし」

 「よう、大迫。突然だけど、今夜は暇か?」大迫というのは私の名字である。名前は騎士。ナイトと読む。今で言うDQNネームというやつであり、この名前のせいで嫌な思いもしてきたが、両親のことを恨んだことは無い。

 「教授から指定されたレポートで完徹ペース。」わざと辛そうな声をで答えてみる。

 「よし、暇だな。早速だけど、30分後に俺んちに来てくれ。時間厳守な。」

 「…どこをどう解釈したら俺が暇という結論になるんだ。」

 「どうせ煮詰まって動画でも観てたんだろ?じゃあ暇してる奴と変わらねえじゃん?」

 流石に3年も毎日のようにつるんでると、毎年単位を落として留年ラインを超低空飛行しているような馬鹿でも私の行動を予測できるようになるらしい。まあ、坂上はおつむが駄目というわけではなく、要領の悪さとはまた別のネジが飛んでいるのだ。進級のかかった期末テストの終了10分前に入室し、最低限の箇所だけ記入して留年を回避するなど、行動が突拍子も無いだけだ。

 「まあいいさ。で、何をするんだ?」

 「ドライブに行こうぜ。米無峠まで。」

 「こんな時間にか?そもそもなんで米無峠なんだよ。」

 「なんでも峠から少し歩いたところに古井戸があってさ。大雨の降った日に中をのぞくと白い女の顔が写るんだってよ!」

 「下らねえ。俺は寝る。」通信終了ボタンに手を伸ばしかけた時、

 「待て待て。俺の友達の友達の兄ちゃんのクラスメイトから聞いた確かな情報だ。ネットに適当に転がってた噂話じゃねえぞ。」

 「それって確かって言わねえだろ。」

 「俺の中では確かって言うんだよ。いいだろ?由里ちゃんも来るしさ。」

 「何時アポとったんだよ。」

 「香住が一緒だ。2人で香住ん家にいるってラインがきた。来るだろ?」

 「…行く。」

 「よっしゃ。じゃあ30分後にな。車出して待ってるからよ。」そう言って坂上は電話を切った。

 由里が行くということで、ついつい魔が差したのかもしれない。あの時は、これからあんなことが起きるだなんて、毛ほども考えていなかった。もし知っていたら、坂上の車のガソリンタンクに穴を空けてでも止めていただろう。無論、修理代は全額私持ちでだ。




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