教授と院生と野球大会 ~その4~
理工学部わずか1点のリードで、とうとう9回の裏に入りました。
Ma-COON と She-Ma のゴールデンバッテリーの背中が頼もしく見えます。
150kmの剛速球をズバズバと投げ込む Ma-COON。
もう勝ったも同然と、シルプリの選手は浮足立っています。
しかし、浮かれているベンチの中で、1人怪訝そうな顔をした人物がいました。
教授でした。
『なんかおかしいのう...』
『えっ?どうされたのですか?教授?
もう勝つのも時間の問題ですよ!』
『ただな、1つ気がかりなことがあるんじゃ...
薬学部の連中が、余裕ぶっこいているんじゃよ。』
『...確かにそうですね...
薬学部教授なんか笑みを浮かべていますもんね...』
『こりゃ、なにかあるな...』
しかし、そんな教授の予感に反して、Ma-COON は簡単に2アウトを取りました。
『教授!杞憂でしたね!あと1人ですよ!!』
『そうだと良いんじゃが...』
その時、薬学部教授の野太い声がマウンドに響きました。
『ターイム!』
ピチピチのショッキングピンクのジャージを履いた薬学部教授が、キュートなお尻をプリプリさせながら、なぜか敵投手のいるマウンドに近づいて行きます。
そして何か Ma-COON に渡しました。
『何をやってるんじゃ!』
『そんなに怒っちゃ、い・や・よ!
もう戻るから許して! うふ!』
シルプリベンチに投げキッス、さらにはウィンクをして薬学部教授は去っていきました。
『まったく油断も隙もありゃしない!
さっさと試合を始めてくれい!!』
しかし、その後なぜか Ma-COON のピッチングが突如乱れ始めたのでした!
なんと3者連続フォアボールです。
2アウト満塁の大ピンチです。
それなのにマウンドの上では、Ma-COON がへらへらと笑っております!
『なんと!これはどうしたことか!!』
『教授!薬学部教授が Ma-COON に渡したものが判明しました!
「ももクロのDVD」です!!
DVD をあげるから、この試合に負けるようにと説得された模様です!!』
『なんと卑劣な!
Ma-COON もロボットのくせに買収されおって!
ピッチャー交代じゃ!なにが「ももクロのDVD」じゃ!
わしにDVDをよこさんかい!
うらやましい!!』
『そう言えば教授も「ももクロファン」でしたものね...』
『まったく頭にくる!さっさとピッチャー交代じゃ!』
『でも教授。ご存知の通り、我がチームに控えの投手はいませんが...』
『構わん!院生君!君が投げなさい。』
『はっ?僕ですか?
ハエが止まるような時速50km台のストレートしか投げられませんよ!』
『仕方ないじゃろう。』
『自信ないなあ...』
ニタニタしている Ma-COON からボールをひったくると、院生君はマウンドに登りました。
『とうとう Ma-COON を引きずりおろしたわ。
こちらも代打で行くわよ...
代打の切り札、瀬部田くん!!出番よ!!!』
これまたがっちりした男がベンチから顔を出しました。
背はそれほど大きくないですが、全身が鋼鉄の塊のような男です!
これが最強の男なのです!
今年薬学部が補強した超大物「瀬部田くん」が、ついにそのベールを脱ぐ時がやってきたのです。
瀬部田くんデータ
身長178cm、体重93kg
現在キューバに留学していて、この野球大会に出場するために急遽帰国した。
そのスイングは鋭く、スイッチヒッターで左右に長打の打てる頼もしい助っ人だ。
あだ名はそのまま本名で「せべた」と呼ばれている。
ネクストバッターサークルで素振りをする瀬部田くん。
そのバットのヘッドスピードは凄まじく早く、バットの軌道が見えません。
『怖いよ...』
院生君が震えています。
あんなスイングで打たれたら、間違いなく150m級の逆転サヨナラ満塁ホームランでしょう。
『院生君!大丈夫だ!!』
『教授~...何を根拠に...』
瀬部田くんが右バッターボックスに入りました。
『もうどうにでもなれ!!』
院生君が思いっきりボールを投げました。
なんと遅いボール!!
本当にハエが止まりそうです。
瀬部田くん、なんと目をつぶっているではないですか!
そして笑っております。
『ストラーイク!!』
『2ストライクまでは待ってあげるわよ...
教授、そして院生君。
瀬部田くんの一振りで、あなた達のチームは惨敗するのよ!!』
『ストラーイク ツー!!』
薬学部教授の指令通り、瀬部田くんは2ストライクまで待ちました。
この余裕、このふてぶてしさ。
野球の本場、キューバで鍛えた実力は本物です!
『なんていやらしい野球をするんじゃ。
あの教授は...』
じっくり相手を追い込んでいたぶり、それを最後には完膚なきまで叩き潰す...
そしてダメージを極限まで与え、肉体的にはおろか精神的にまで追い詰める...
薬学部教授はこのような生き方で、この地位まで這い上がった男なのでした。
さあ、これが最後の1球になるのでしょうか。
瀬部田くんはゆっくり目を開け、鋭い眼光を院生君に向けました。
まさに蛇に睨まれた蛙。
院生君の額から、そして全身から止めどなく汗が流れてきます。
瀬部田くんは左手でバットを突き出し、センター方向にそのバットの先を向けました。
予告ホームランです。
『神様!仏様!稲生様!!!
これが僕の持っているすべての力です!!』
院生君は右手に握る軟球に全身全霊を込め、She-Ma の構えているミットに、渾身の力でボールを投げ込みました。
先ほどよりさらに遅い!遅すぎます!
ハエが止まるどころか、まるでカタツムリの歩みです!!
推定時速40kmの山なりボールが、のんびりフワフワ舞っています。
ある意味とても優雅で華麗なボールと言えるでしょう!
瀬部田くんはフンっと鼻で笑い、大きくバットを引き、のほほんとしたカタツムリボールが来るのを待ち構えています。
ようやくカタツムリボールがバッターボックスの瀬部田くんの胸元に到達しました。
瀬部田くんのバットが唸りをあげました!
まるで竜巻のようなフルスイング!!
『やられた!!』
シルプリのベンチにいる誰もがそう思い、みんな目を固くつぶりました。
院生君はマウンド上でしゃがみ込み、頭を抱えて瞼を閉ざしました。
『ストラーイク!!!
ゲームセット!!!』
『えっ!?』
球審の声が高らかに響き渡りました。
恐る恐る目を開けた院生君とその仲間たち。
院生君の放った球が、しっかりと She-Ma のミットに収まっています。
院生君の投じた球が凄まじく遅く、さらに瀬部田くんのスイングが極めて早すぎたため、バットが空振りをしてしまったのでした。
『瀬部田くんは見かけ倒しだったのう。』
『院生君!やった!やった!!
君のクソボールが僕らを勝たせてくれたんだ!!』
『よせやい。そんなに褒めるなよ!
照れちゃうじゃんか!!』
『バンザーイ!!クソボール、バンザーイ!!』
悔しがって荷物を片付けている薬学部生。薬学部の教授はさっさとレクサスで帰っていきました。
いつの間にか空は晴れ、透き通るような青い空がマウンドを包んでいるのでありました。
これで理工学部は1回戦を突破しました。
今度はどんな強敵が待っているのでしょう。
がんばれ理工学部!
負けるな、じゃこ天シルバープリングルス!!




