LV.008 パーティは全滅しました
次の日の朝。
俺達は昨日と同じく魔王城へのルート検索と、逸れてしまったナユタ、ローサと合流する為にテントをたたみ出発する。
「本当にもう……。あの2人は何処に行っちゃったのかしら……」
先頭を歩み先ほどからブツクサ呟いているアーシャ。
こいつは人一倍責任感が強いからな。
付き合いが長いと良く分かる。
いまアーシャが一体何を考えているのかとか。
「嗚呼……眠い……」
「相変わらずデボルは朝が弱すぎニャ。シュシュはこんなにも朝からシャキッとしているのに」
目を擦りながらもトボトボとアーシャの後をついて行くデボルと、大斧をブンブン振り回しながら『朝が強いアピール』に躍起になっているシュシュ。
あぶねぇから斧を振り回すんじゃねぇよ!
「ニャ?」
スルッと手を滑らせたシュシュ。
物凄い勢いで俺の頬をかすめ、大斧はすぐ後ろの木を真っ二つに切断する。
「ああああ……」
開いた口が塞がらない俺。
「ごめんニャ。手が滑って《スルー・トマホーク》を繰り出してしまったニャ。ニャは♪」
説明しよう。
《スルー・トマホーク》とはシュシュの様な《斧破士》が繰り出す初級攻撃スキルの1つで――。
「じゃねええええええええええええ!! あっぶねぇなこの野郎! 危うく俺の素敵顔面が真っ二つになるとこだったじゃねえかよシュシュ!!」
「ニャニャんと! いつの間にアルルは素敵顔面を手に入れたのニャ! 嘘も大概にするのニャ!」
ギャーギャーと子供の様な喧嘩をおっぱじめる俺達。
すぐさま俺だけデボルにゲンコツを喰らい喧嘩終了。
もうやだこのパーティ。
「ふふ、今日も皆さん平常運転ですね」
「まったくもう……。まあ、ナユタとローサのことだから、そんなに心配はいらないかも知れないけど……」
後ろを歩くミレイユとレムが落ち着いた様子でそう話す。
確かにある意味最強の剣士であるナユタと最強魔法の使い手であるローサのことはそんなに心配はしていない。
「! 皆さん気をつけて下さい……! 邪悪な気配が――」
「へ?」
急にミレイユが叫ぶ。
そして次の瞬間。
アーシャの数メートル先の空間が、割れた。
「な、なに……? 何よあの黒い霧……!」
アーシャが細剣を構えるのを合図に、皆もそれぞれの得物を構える。
俺は――何も装備していないのでレムの後ろに緊急避難。
てか一体何事ですか!
『……ここにいたか。ティアラ・レーゼウム……』
黒い霧の中から現れたのは黒衣の女剣士。
背にはとてつもなく馬鹿でかい《大剣》を差している。
え? あの剣って――。
「『魔剣ニーベルング』! ここで出くわすか……! 魔王ルージュ!」
デボルの咆哮で皆に緊張が走る。
俺は当然おしっこをちびる訳だが……。
「(ていうか『ティアラ』って言ったぞあの魔王……! おい! 起きろティアラ! どこで寝てるかしらねぇけどお前を指名してんぞ!)」
・・・。
返事がありません……。
起きて!
いまピンチなんだから!
『……? 成程、お前が……』
「へ?」
「!! 逃げてアルル! あの魔王……貴方の事を……!」
「へ?」
じっと俺だけを見つめ寄って来る魔王と間に立とうとするアーシャ。
『……どけ』
アーシャに視線を向けた魔王。
「きゃあ!」
「アーシャ!」
たったそれだけ。
たったそれだけで、あのアーシャが見えない力により吹き飛ばされ――。
「ちぃ! おいシュシュ!」
「分かっているニャ!」
デボルとシュシュが前に躍り出る。
おい、皆……。
逃げろよ……。
「久遠なる我が竜の力よ……! 今こそ我にその力の解放を……! 《竜化秘奥義》!」
「猫の魂ここに集え! 御先祖様にもまたたび飯を! 《獣化秘奥義》!!」
みるみる内に《ドラゴン》に変化していくデボルと《白虎》に変化していくシュシュ。
いきなり俺らパーティの『奥の手』を使用した2人。
じゃあ、やっぱ本物の魔王……?
『グオオオオオオォォォォォン……!!』
『ガオオオオオオオオ!!!』
そしてそのまま魔王に突撃するデボルとシュシュ。
『……無駄な事を』
軽く溜息を吐き、魔王は魔剣ニーベルングを抜く。
「まずいです……! 《防御強化》!」
危険を察知したのか、ミレイユが即座に防御強化魔法を唱える。
蒼い光に包まれるパーティメンバー。
「《ブースター・ショット》!!」
俺の盾になってくれているレムが魔王に向かい高速の矢を放つ。
が、見えない力によりいとも簡単にはじき返されてしまう。
『……《闇夜の円舞曲》』
すぅっと撫でる様に魔剣を振るった魔王。
そして黒く輝く閃光がデボルとシュシュを襲う。
『グググ……!?』
『ガハッ……!!』
魔剣から放たれた黒い帯のような物が2人を締め上げ――。
「デボルさん! シュシュちゃん!」
「いけない……! あのままじゃ……! 弓奥義! 《雷神豪雨矢》!!」
レムが自身の最大火力の攻撃スキルを繰り出す。
天高くに放たれた無数の矢が雷の様に魔王へと降り注ぐ。
『……ふん』
魔剣を高々と上げ、避雷針代わりにする魔王。
すべての雷矢が魔剣に降り注ぐ。
あれは――。
『自らの力で自らを滅ぼすが良いわ……』
帯電した魔剣をこちらに向け振りぬく魔王。
雷を帯びた一閃が俺達を襲う。
「きゃあああ!」
「ああああああ!」
ミレイユとレムが悲鳴を上げる。
しかし何故か俺には雷が当たらず……?
『グオオオオオオ!』
『ガアアアアアア!!』
デボルとシュシュが咆哮を上げ、徐々に人化に戻って行く。
『……』
「全……滅……」
アーシャ。
デボル、シュシュ。
ミレイユ、レム。
今まで負け知らずだった俺達のパーティ。
それが、たった一人の魔王に、こんなにもあっさりと――。
「ああ……あああ……」
頭を抱え蹲る俺。
どうすれば良い?
戦うか? 逃げるか?
逃げる……?
瀕死の仲間をおいて、自分だけ逃げる……?
男の俺が?
大切な仲間を置いて……?
『……お前、名は?』
にじりにじりとこちらに寄って来る魔王。
確かティアラは言っていた。
『簡単に言うで無いわ。今のお主では彼女の前に立つだけで、《命令の力》を発動するまでも無く蒸発してしまうわ』と。
……無理だ。
いまの俺では魔王に《命令》する事は出来ない。
そもそもまだ《おねがい》しか覚えられていないのに、戦える訳が無い。
でも――。
『……自分の名を名乗る事も出来んか。仲間がやられ、腰を抜かしたか……。情けない男め』
「……うるせぇ」
『? 何だ? 聞こえんぞ』
「うるせぇって言ったんだよこのボケがああああああああああああ!」
喚きながらも魔王に突っ込んで行く俺。
ゆるさねぇ。
俺の仲間を、幼馴染を、こんなにボロボロにしやがって……!
どうせ死ぬなら最後まで抵抗してやる。
皆殺されるのなら、俺が最初に死んでやるさ……!
「……う……ア、アルル……」
視界の隅で瀕死の重傷で起き上がるアーシャが見える。
ごめんな、アーシャ。
こんな情けない幼馴染で。
お前の事を守ってやれなくて。
今度生まれ変わったら、その時は俺、お前に――。
『……威勢だけはいい、か。別れの言葉は必要ないか、青年』
魔王が何かの魔法を詠唱する。
死を覚悟した俺は、そのまま素手で魔王に突っ込み――。
「アル――――!」
――最後に一瞬だけ聞こえたのは、アーシャが俺の名を呼ぶ声で――。
第一章 絶対循守のインジャンクション fin.
次章 有象無象のフェイクトゥルース
【登場人物⑨】
NAME/ルージュ・オーザーランド
SEX/女
RACE/魔族
JOB/???
SIZE/???
魔族達の国である《ブラッドスレイム》に君臨する魔王。
《種族戦争》が終結した現在でも唯一他種族との和解を拒み続ける魔族。
一説によると当時の人間族とエルフ族の目論みにより二代目魔王が暗殺されたとあるが、詳細は既に歴史の闇に埋もれてしまっている。
身の丈以上もある魔剣ニーベルングを軽々と振り回す様は、彼女が女性だという事を忘れてしまうほどである。
年齢不詳。