LV.063 魔獣の将軍
深夜0時、ジブラスター平原――。
近隣の街に忍ばせておいた擬人化鬼蜥蜴を駆逐し。
更なる進軍を始めようとしていた魔王軍をエルフ族の幹部が確認した。
彼らは夜間でも遠くの物を目視できる得意能力を持っている。
しかしこの距離では弓も届かなければ魔法で先制攻撃を仕掛けることもできない。
「ゼバス総長に報告を。予定通りこのまま竜騎兵団は前進。巨竜兵団は右翼、獣斧兵団と弓撃兵団は左翼から魔王軍を挟み込む。ティアラとメルシュは魔道兵団とともに指示があるまでここに待機だ」
「アルル様らは?」
「先にあの街に忍び込み内部から魔王軍を攪乱する」
「し、正気で御座いますか! あの100万の敵軍の中に忍び込もうなど……!」
「大丈夫。アルルを……勇者様を信じて。作戦の全容はすべてゼバス総長に伝えてあります」
「……承知致しました。くれぐれもご無理をなさらぬように」
俺の代わりにエルフの幹部にそう伝えてくれた姉さん。
このまま全面激突してしまえば戦死者が膨大な数になってしまう。
避けられる戦いはなるべく避け、救える命はできるだけ救う――。
もしも姉さんが俺の立場だったら、きっと同じことをしていただろう。
「まずは魔王の娘以外の四魔将を倒そう。敵将を崩してしまえば、あの大軍を統率していくのは困難だ」
「? どうして娘のルージュは倒さないの?」
「……きっと彼女は、今はまだ倒せないからさ」
「??」
俺の呟きが姉さんに聞こえたかは分からない。
だが確信だけはある。
この戦いでルージュは生き残り、そして次の魔王として即位する。
俺に与えられた使命は魔王ガハトを討ち、姉さんの死亡フラグを回避すること――。
「き、緊張してきましたぁ……」
「頼りにしているよミレイユ。俺と姉さんの傍を決して離れないように注意をしていてくれ。それとMPが続く限り姉さんに『防御強化』を掛け続けてくれ。魔力回復アイテムの予備は余るほど持っているから」
アイテム袋の中身は魔力回復薬で犇めいていた。
が、これはあくまで保険だ。
いくらミレイユとはいえ、姉さんが一瞬でオーバーキルをされてしまえば蘇生することは困難だろう。
しかし彼女がもつ秘技である『範囲極限回復』は治癒師の最終奥義と言えるほどの超回復効果のある魔法だ。
即死寸前状態であれば、対象を蘇生させることは可能――。
バチン!
「いて!」
「ほうら、また険しい顔をしてる。勇者様がそんな顔をしていたら駄目よ」
「そ、そうですよ……。逆にプレッシャーを感じてミスをしてしまいそうです……」
にっこりと笑った姉さんと苦笑いのミレイユ。
そのおかげで気合が入り、今度は自分で両頬を強く叩く。
「最速で街まで向かう。ちゃんと付いてくるんだぞ、ミレイユ」
「うぅ……。頑張ってみます」
「大丈夫。遅れそうになったら私が後ろから押してあげるから」
「もう、ユフィアさんまで!」
俺を先頭に後方をミレイユと姉さんが付いてくる形で街まで忍び込む。
同盟軍の侵攻に魔王軍が気付く頃には俺達は街に到着しているだろう。
この日のために血反吐を吐く思いで集団戦での戦い方を学んできたんだ。
姉さんを――全てを取り戻すために。
◇
焼け焦げた匂いが街中に充満している。
奴らは俺の作戦どおり仮初の人間の生首をいたるところに磔にして偽りの勝利に酔いしれていた。
「オルガン様! たった今監視兵から連絡が!」
酒を煽り宴の真っ最中だった魔族らに通達が入る。
オルガンと呼ばれた大男は酒瓶を投げ割り、不機嫌そうにのそりと立ち上がった。
「……なんだ、騒々しい。貴様はシルフェスのところの兵士ではないか」
「ひっ……!」
兵士の首を鷲掴みにし、強引に持ち上げたオルガン。
苦しむ兵士を見て周りの部下らしき魔族らは大笑いをしていた。
「(あれは魔獣王オルガンね。獣人族と魔族のハーフで、先代の魔王に拾われた異色の将軍……)」
物陰に隠れながら一部始終を観察していた姉さんが小声で俺に情報を渡す。
魔獣王オルガン。
もうひとつ名前が挙がってるのは恐らく『妖魔王シルフェス』のことだろう。
「誰の許可があって俺様の宴の邪魔をしようってんだ? ああ?」
「ま……魔王ガハト様が……」
「ガハト様が? それを早く言え。この役立たずが」
魔王の名前を聞いた途端、表情を変えたオルガン。
ようやく解放された兵士は、早く用件だけ伝えてこの場を離れようと早口でまくしたてる。
「に、人間族がこちらの動きに気付き、攻めてきた模様です! 数は把握できておりませんが、目視では数十万はいるかと……!」
「んだと……?」
再び兵士を睨みつけたオルガン。
すでに宴の余韻など無く、真剣に兵士の話に耳を傾ける魔族の部下たち。
「馬鹿なことを言うな。人間どもがもう俺達の進軍に気付いた……? まさか内部から情報が漏れて……」
顎に手を置き思案顔のオルガン。
あの様子だと魔王軍の進軍の時期は極秘扱いになっていたようだ。
これだけ早い時期にすでに同盟軍が進軍しているとなると、まずは同胞を疑うしか余地がない。
「(……チャンスね。魔族達の中で疑心暗鬼が広がれば……)」
「(ああ。内部からの攪乱がより一層効果的になる)」
俺と姉さん、ミレイユはお互いに顔を合わし頷いた。
この広い街で宴を開いているのは一部の魔族達だけだ。
ここで魔獣達の将であるオルガンを倒せば、そのまま一気に敵の本陣へ突き進める――。
俺は姉さんとミレイユの目を、もう一度交互にしっかりと見据えた。
そして彼女らに命令する。
――それは本当に、ただのおまじないのような『命令』かもしれない。
でも俺は、それでも、彼女らに使わざるを得なかった。
これは、俺の『願い』だ。
そして未来に繋がる『希望』だ。
「姉さん。ミレイユ。絶対に死んだら駄目だ。必ず勝利して、生きて故郷に帰ろう」
世界が白黒になり、命令の効果が発現した後――。
――俺は地面を蹴り、魔族の集団の中央に躍り出た。




