LV.062 魔族の幹部
「それじゃあ、ユフィアさん。ミレイユ。アルルをお願いね」
出陣式が終わり、街中の人々から見送られる精鋭軍。
俺と姉さん、ミレイユはこっそりと抜け出し、街の裏口で待っていたアーシャと合流した。
「本当にごめん、アーシャ。一緒に連れていきたいのは山々なんだけど――」
「大丈夫。もう我儘は言わないから。でももう一度約束して。『必ず、みんな無事に帰って来る』って」
青い宝石がアーシャの左手の薬指に輝く。
俺は赤い宝石が輝く右手を差し出し、彼女と指切りを交わした。
そして互いに目を閉じる。
赤と青の光が交差し、お互いの心の声が脳裏に響き渡ってきた。
『必ず無事に帰って来る』
『愛してる』
『俺もさ』
『グレイスキャットに帰ってきたら』
『ああ。分かってる。結婚式を挙げよう』
『……アルルは言ってくれないの?』
『言うさ。愛してる。ずっと君を離さないよ』
『嬉しい』
指を放し、目を開ける。
しかしアーシャは目を瞑ったままだ。
「はいはい。ミレイユ、後ろを向いていてあげましょう」
「え? ……あ、そういうことですか」
姉さんが気を利かし、ミレイユと共に後ろを向いてくれた。
俺は頬を掻きながら、それでも心の中で姉さんに感謝する。
目を瞑ったままのアーシャの身体をそっと寄せる。
そして彼女の顎に優しく指をかけ、彼女の唇にキスをした。
通信の指輪を使わなくとも、彼女の気持ちが伝わってくる。
そして俺の気持も、彼女に届いているだろう。
「……はぁ。惚れた女は辛いわよね。まあいいわ。しっかり頑張ってくるのよ!」
「いて! 何するんだよ! せっかく良い雰囲気だったのに!」
キスが終わり唇を離したところで、いつものアーシャに戻ったようだ。
軽く背中を叩かれ、俺は大げさに痛がるふりをした。
「見送りはここまででいいわ。あとは一人で故郷に帰れるから」
裏口に待たせてあった馬車に乗り込み、俺達に手を振ったアーシャ。
最も安全なルートでグレイスキャットに戻る手筈だから問題はないだろう。
アーシャだったら緊急の時でも自身の身を自身で守ることは出来る。
アーシャが街から見えなくなるまで俺達は彼女を見送り。
そして気持ちを戦地へと切り替えた。
「行きましょう、アルル。予定ではこのまま進軍して、深夜の0時付近で魔王軍と衝突するわ。場所は共和国南西部、《魔国ブラッドスレイム》との国境、ジブラスター平原――」
姉さんの説明を聞きながら、俺とミレイユは侵攻する精鋭軍と合流する。
すでに人間族との国境を侵し、侵攻中の魔王軍ではあるが、こんなにも早くこちらに情報が伝わっているとは考えていないだろう。
奴らが国境付近の街を侵略している隙に、俺達はジブラスター平原まで到着することが出来る。
当然、国境付近の街はすでに民間人を退避してある。
だが無人の街では魔王軍に作戦を気付かれてしまう――。
「アルルさんは本当にすごいですよねぇ。すでに擬人化させた偽物の町民を国境の街に配備させているんですからぁ。元はなんでしたっけ……?」
「鬼蜥蜴だよ。リベリウス連邦国の山岳地帯で大量発生していたやつさ。それをメルシュ達に集めてもらったから首都の到着が少し遅れたんだけど」
つまりはこういうことだ。
死を司るアルガンの民が使う『死霊魔法』。
ここに彼らの秘伝でもある『擬態魔法』を組み合わせ、駆逐した鬼蜥蜴を人間として擬態させ、国境の街に配備させたのだ。
今、魔王軍が殺戮している町民は、元は異常繁殖した駆除指定危険種である鬼蜥蜴。
一匹一匹が通常の蜥蜴と同等の大きさだが、牙が異常発達し民間人や作物に害を成すモンスターだった。
「これで深夜まで足止めできるはずだ。その後は予定通り俺と姉さんが最前線で魔王軍を迎え撃つ。当然ミレイユもな」
「うぅ……。最初からの計画とはいえ、ちょっとまだ心の準備が出来ていないです……」
俺の言葉に委縮してしまったミレイユ。
それを見てクスリと笑う姉さん。
「ティアラちゃんはメルシュさんと一緒に後方支援だったわよね。でも彼女の『霊杖』がないと相手のステータスが分からなくて辛くない?」
「ティアラは隠し玉だよ。もしもの時の要員に取っておきたいんだ。それに――」
そこまで言いかけて口を噤む。
霊媒師であるティアラが魔王ガハトやルージュに見つかると、同盟軍の中に『命令士がいる』と気付かれてしまうかもしれない。
『命令』が効果を発揮するのは、俺の声が聞こえる範囲内――。
能力がバレてしまえば、いくらでも事前に対策することは可能なのだ。
しかし俺が最前線で戦い『命令』を駆使すれば、命を落とす兵士の数を極力減らすことができる。
これが俺が『最前線で戦う理由の一つ』というわけだ。
そしてもう一つは――。
「――それに、同盟軍の闘将である俺が最前線に立てば、魔王軍の闘将も最前線に立つ可能性が高いだろう? 魔王軍の100万の軍勢を全て倒す必要は無いんだ。魔王ガハトと各幹部達を倒せればいい」
「魔王軍の幹部……。『四魔将』のことね。彼ら一人一人でも街を丸々一つ潰せるくらいの力を持つと言われている……」
――四魔将。
魔王ガハトの右腕とも言われている、魔族の中で最強の幹部達。
娘のルージュもそのうちの一人のはずだ。
前世で姉さん率いる同盟軍は、ルージュ以外の四魔将を打ち倒し。
そして最後は魔王ガハトをも退けた。
だが――。
「……? どうしたのですか? アルルさん?」
俺の表情の変化に気付いたミレイユが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫よアルル。この日のために私達は色々と準備をしてきたんだから。自信を持ちなさい!」
「いて! だからどうして姉さんまで俺を叩くんだよ! アーシャじゃないんだから!」
姉さんに叩かれた背中を擦りながら、それでも俺は少しだけ気分が晴れた。
もう、何度も何度も頭の中でシミュレーションは済んでいる。
『命令』の下準備も怠ってはいない。
だから何も心配する必要なんて無いのだ。
――あるとすれば、ただひとつ。
今だに正体が判明しない『もう一人の命令士』の存在――。
(……大丈夫だ。ここまでは順調に進んでいる。もしも魔王側に『もう一人の命令士』がいたとしたら、ここまで順調に俺のシナリオ通りに進むのはおかしい。奴はどこか別の場所にいる――)
俺の拭いきれない不安の正体は、間違いなくこいつの存在だ。
――必ず、いつか正体を暴いてやる。
姉さんやミレイユに見えないところで、俺は拳を強く握りしめた。




