LV.060 退魔の神剣
「勇者アルル様。遅くなりして申し訳ねぇ。約束の剣が仕上がりましたぜ」
鍛冶店の店主に渡された一本の輝きを放つ剣。
俺の持つ聖剣デュラハムの白銀色とは少し違った輝きを持つオリハルコンの剣。
聖剣よりも一回り細く、ロングソードよりもかなり長い刃が特徴的だ。
いや、それ以上に驚きなのはその軽さだろう。
アーシャの得物であるレイピアよりもさらに軽い気がする。
「凄い……。これがあの【オリハルコン・シザーズスコーピオン】の素材から作った剣……」
うっとりとした表情で剣を握る姉さん。
魔を打ち払うとされるオリハルコンの剣ならば、きっと魔王と娘であるルージュの魔の手から姉さんを守ってくれるだろう。
「名を『神剣シザリオン』と致しました。ありきたりでしょうが、いかがでしょう」
「ああ、それでいい。残った素材は前も話したとおり、この国の兵士の装備に当ててくれ。首相にも話を通してある」
「分かりやした。明日は国を挙げての出陣式。ホント、間に合って良かったですよ。寝る間を惜しんで鍛冶をしやしたから」
そう言いニコリと笑った鍛冶師の表情は確かに疲れの色を見せていた。
この五日間、定期的にミレイユの回復魔法を受けながら働いてくれた店主。
国の一大事とあって、積極的に協力してくれたことに感謝したい。
「ありがとうございます。絶対に魔王を倒し、世界を平和にして見せますから。ね? 勇者様?」
店主に礼を言った姉さんが俺を振り返りウインクする。
それを見た店主が豪快に笑ったが、俺は頬を掻き苦笑いをするに留めた。
鍛冶店を後にした俺と姉さんは再び官邸の会議室へと向かう。
出陣までの準備は着々と進んでいた。
後は明日の式を待つばかり――。
「連合軍はアルガンの民を加えて70万3251人……。人間族の『巨竜兵団』が35万、竜人族の『竜騎兵団』が10万、獣人族の『獣斧兵団』が8万、エルフ族の『弓撃兵団』が17万。アルガンの民の『魔道兵団』が3200に、私達が加わって……」
昨日、戦争に参加する全種族の最終確認資料が完成し、それに目を通している姉さん。
各種族の族長、隊長、幹部達と顔合わせも済んでいる。
その際に俺が『命令の力』を仕込んだのは数名だ。
後の細かい指示は戦いの最中に『きょうめい』を使用することで対応する。
「(俺が最前線に出れば魔王軍らに『あやつる』と『きょうめい』の連続使用で――)」
「ねえ、アルル。前にも気になったんだけど、あの竜人族の子と獣人族の子って知り合いなの?」
「へ……?」
資料に目を落としていた姉さんに急に振られ、素っ頓狂な声を上げてしまった。
姉さんが言っているのは恐らくデボルとシュシュのことだろう。
「ほら、なんか他の幹部さんとの顔合わせのときと様子が違ったから。なんて言えばいいのかしら……。あの時、官邸で初めてあの子達と会ったときのアルルの顔。なんかすごく嬉しそうだったっていうか、懐かしそうな顔だったっていうか」
「そ、そうかな。俺はただビックリしただけだよ。竜人族と獣人族のエースだっていうから、てっきり屈強な男の戦士かと思って」
俺の顔を覗き込む姉さんの目をなるべく見ないようにし、適当に言い訳をする。
「ふーん……。その割にはニヤけていたわよね。アーシャに言いつけちゃおうかしら」
「ニヤけてなんかいないだろう! どうして姉さんはいつも俺をからかうんだよ!」
俺が叫ぶと姉さんは嬉しそうに微笑んだ。
これだ。
この笑顔にいつも俺は騙されてしまう。
「ティアラちゃんもそうだし、アルガンのメルシュさんもそう。どうしてアルルの周りには魅力的な女の子ばかりが集まるのかしら。姉として、私は色々と心配です」
「女の子ばかりじゃないだろ! ゼバス総長もいるしレイヴンもカイトだって……!」
「あ、そういえばカイトさんが昨日、連合軍の副隊長に任命されたって言っていたわよね。巨竜兵団の一番隊隊長から昇進ですって。連合隊長はレイヴンさんで、連合総長はゼバスさんね。人間族が全種族の指揮系統をまとめる日が来るなんて誰も予想できなかったと思うわ」
俺の反撃も空しく、姉さんは話を進めてしまった……。
過去の確執から長きにわたり不仲とされてきた人間族と竜人族をはじめ、各種族のリーダー達はこの連合軍の指揮を誰がとるのかで揉めていたことは事実だ。
本来であれば人間族から選出される『勇者』を中心に、人間族で指揮系統をまとめるのが理想的であることは分かるが、当然別の種族からは反発が強い。
以前シュシュが言っていたことにも当てはまるが、『どの種族が最前線で戦うか』により、どの種族の戦死者が増えるのかは容易に想像がつく。
過去の魔王軍との戦いでは70万の兵のうち、その約半数が戦死したと言われている。
一番戦死者の割合が多かったのは竜人族と獣人族だ。
当時キサラさんから聞いた話では、その9割が連合軍の盾となり戦死したそうだ。
そして、連合軍の希望だった姉さんも――。
「聞いてる? アルル?」
「……あ、うん。カイトには昨日のうちに会って『おめでとう』って言っておいたよ。リベリウス連邦国からこっちに来たばかりでいきなりの昇進話だったからね。目を丸くしてたけど、快く了解してくれたよ」
「了解してくれた……? あれ、もしかしてアルル、カイトさんの昇進に何か関係があるの?」
「あ――」
つい口が滑ってしまい姉さんから目を逸らす。
――そう。
俺は自身の命令系統がスムーズに機能するように、各族長との顔合わせで『命令』を仕込んでいた。
ゼバスを連合総隊長に。レイヴンを連合隊長に。そしてカイトを連合副隊長にするために――。
満場一致で昇進が決まり、勇者直轄で人間族が総指揮を振るう布陣。
これが最も効率良く軍を動かせ、そして戦死者を最小限に留める手法なのだ。
「……アルル。こんなことを私が言える立場ではないのだけれど……」
姉さんの声のトーンが急に落ち、俺は彼女を振り返る。
「最前線に貴方が出るっていう話。あれは本気なの? 相手は100万の軍勢。いくらアルルでも一気に攻められたら――」
姉さんが悲しそうな顔で俺のことを心配してくれる。
しかし、彼女は俺の本当の力――『命令の力』のことを知らない。
俺の過去も。
そして、俺の記憶も――。
「……心配しないで、姉さん。きっと上手くいくから。俺は皆を信じてる。決して勇者としての力に驕っているわけじゃないんだ」
姉さんの目をしっかりと見つめる。
彼女の瞳は真っ直ぐに俺を見返している。
「……うん。分かった。私も信じているわ。でも、無理だけはしないでね。ここ数日、貴方が気負いすぎている気がして心配だっただけだから」
「俺が?」
「そう。私が気付かないと思った? アルル、いつも私を気にかけているでしょう。弟に過保護にされるのも悪い気はしないけれど、お姉ちゃんだってアルルの『従者』なんだから。もっと信じてくれてもいいんだよ?」
姉さんは口を尖らせてそう言った。
俺が――姉さんを過保護にしている?
気を付けていたつもりだが、姉さんは気付いていたということか。
「……ごめん。そうだよね。姉さんだって勇者の血を引いているんだ。でも、俺の傍を絶対に離れないでくれ。これだけは約束して欲しい。……上手く言えなくて、本当に、ごめん」
『命令の力』を姉さんに使うべきか。
俺に対する猜疑心があると、もしものときに死のフラグが回避できなくなる恐れがある――。
でも、俺は姉さんに――。
「ううん、いいの。アルルが抱えているものが何かは分からないけれど……でも、何となく分かる。だって姉弟ですもの。たった二人の、血の繋がった姉弟――」
優しくそう言った姉さんは、昔のように俺の頭を胸に引き寄せ抱きしめてくれた。
「ちょ、姉さん……!」
「ちょっとだけ、このままで……。お姉ちゃんは嬉しいな。アルルが成長してくれて、皆のヒーローになってくれて。大丈夫。私は貴方の元を離れません。たった二人の家族。そして勇者に仕える従者」
姉さんの胸の鼓動が聞こえてくる。
俺は力を抜き、姉さんの鼓動に耳を澄ませる。
父さんも母さんも顔を知らない俺達だけど。
姉さんの鼓動を聞くと母を感じるから不思議だ。
「ふふ。まあでも、そのうち家族が増えるのかもね。可愛い可愛い妹が出来るのはいつでしょうか」
俺の頭を放し、悪戯に笑う姉さん。
俺はゆっくりと目を開け、大きく息を吸った。
「……ありがとう、姉さん」
「うん?」
俺の呟きが聞こえなかったのだろう。
姉さんはきょとんとした顔で俺を見上げた。
――もう、迷いは消えた。
不安も過去の怒りも全部。
刃と変えて、未来を変えてみせる。
「行こう、姉さん」
明日からの戦いで、俺達の未来を掴むために――。




