LV.058 日々の鍛錬
廃屋でのアーシャとの行為の後、俺達はその足で鍛冶屋へと向かった。
そして店主にオリハルコンを託し、そのまま宿へと戻った。
「お帰りなさい、アルルさん、アーシャさ……うん?」
ミレイユが俺とアーシャの様子の違いに気付いたのか。
あどけない表情で俺達の周囲をぐるりと回った。
「な、なに……? ミレイユ……?」
「うーん……。アーシャさん、なにかいいことでもありましたかぁ?」
「べ、別になにもないわよ!」
「あ……逃げた」
その場に俺とミレイユを残し、部屋の奥にいる姉さんたちの所へと向かったアーシャ。
……あれだけ顔が真っ赤だと、何も隠しきれていないとは思うが。
アーシャを見送ったミレイユは、今度は俺に向き直り、真面目な表情で語る。
「……アルルさんも知ってのとおり、彼女の性格はああです。やはりアーシャさんだけグレイスキャットに帰すのは難しいかと」
「心配かけてごめんな、ミレイユ。それはもう解決したんだ。アーシャは一旦、故郷に戻ってくれるって」
「へ……? …………あー」
何かを察した様子のミレイユ。
そしてそのまま口元に手を当て、俺の耳元で囁く。
「(アルルさんも、なかなかやりますねぇ。女の子の扱いを心得ているというわけですかぁ)」
「(ば、馬鹿! そんなんじゃないよ!)」
俺の反抗も空しく、ミレイユは嬉しそうな顔で微笑んだ。
あの顔は、本当に俺達を祝福してくれている顔だ。
俺達にとって、もう一人の『姉さん』であるミレイユ。
――いつか、ちゃんとミレイユにも報告したい。
「アルル様。鍛冶師のほうは見つかったのでしょうか」
部屋の奥からレイヴンが現れ、ミレイユは彼と入れ替わるように部屋の奥へと戻っていった。
「まったく……ミレイユの奴……。ああ、この街一番の鍛冶師にオリハルコンを託してきた。鍛冶に丸一日かかるそうだから、今日はもう身体を休めることに専念しよう」
「そうですね。あの強敵との戦いの後にも戦闘に次ぐ戦闘でしたからね。たった三日の旅とはいえ、私も英気を養っておかねば」
深くため息をついたレイヴン。
彼には十二分に活躍してもらっている。
「予定では出陣式は7日後だったよな。アルガンの民から連絡は?」
「はい。彼らは明日には到着する予定だと。竜人族、獣人族、エルフ族の族長らも同じく到着予定のようです。メルシュ殿らアルガンの民の合流を期待しているとの報告も」
事態は着々と、予定通りに進んでいる。
しかし魔族以外の全種族から戦士を集めても、魔王軍100万には数で劣ってしまう。
史実と同じ70万の兵に、アルガンの民、そして勇者となった俺やミレイユ、ティアラが加わったくらいだ。
しかし、必ず勝利できる。
犠牲者を最小限に抑え、俺は勝利を収めることができる――。
「今回は『竜姫』と噂される竜人族の猛者と、同じく『獣童子』と噂される獣人族の娘も参加するそうですからね。彼らの秘伝である『竜化』や『獣化』は、ごく一部の者しか使えないと聞きます」
「……そうか」
俺はそれだけ答え、レイヴンの肩を叩く。
不思議そうに俺の顔を見つめたレイヴンだが、本当のことなど知る由もない。
――まだ、俺達は知り合う時期ではない。
早く彼女らと知り合い、互いに信じあい、助け合い、背中を預け合いたい衝動に駆られてしまう。
でも、まだなんだ。
俺はこれから、歴史を変えなくてはいけないんだから――。
ポン!
「いてっ!」
物思いにふけていると、何かが頭にぶつかってきた。
頭を押さえ、上空に視線を向けると、そこには天井に張り付いているティアラの姿が。
「……なにしてんの、ティアラ」
「よっと……。ああ、別に何でもないぞ。霊媒師としての日々の鍛錬じゃ」
「日々の鍛錬……ですか」
天井から器用に床に着地したティアラ。
というか、どうしてその『鍛錬』とやらで俺の頭を杖で小突く必要がある……?
「アルルよ。お前は考えていることが顔に出やすいのじゃ。どうせまた、運命を背負いすぎてナーバスになっていたのじゃろう?」
そう答えながら、今度は俺の背中をよじ登ってきたティアラ。
そして俺の肩の上に乗り、肩車みたいな形になって落ち着きました……。
「……別に、ナーバスになってなんか……」
「いいや、ワシには分かる。ワシだから、分かる。そんなワシだからこそ、お前の悩みを聞いてやれる。つまり、お前はワシに何でも包み隠さずに相談しなくてはならない。……で? 小娘はどうじゃった?」
「……」
……途中までいいことを言っている、とか思った俺が馬鹿でした。
ティアラの顔を見上げると、興味本位いっぱいの顔で俺を見下ろしています。
「……聞きたいか、ティアラ」
「聞きたい! めっちゃ聞きたい! 今後の参考にぜひ聞きたい! 聞いて妄想して楽しみたい!」
「あら、なんか楽しそうね。私も混ぜてくれるかしら」
ティアラを肩車したまま部屋の奥にいくと、姉さんが声を掛けてきた。
その横にはアーシャが顔を真っ赤にしたままソファに蹲っている。
が、ティアラの叫びを聞いたのか、姉さんを押しのけて慌てて俺の前に――。
「言ったの!? ティアラちゃんに言っちゃのアルル!?」
「あ、いや、まだ……」
「まだっ!? ていうことは、これから言おうとしていたのね!?」
「おう、そこの小娘。ワシのアルルに手を出すとは、なかなかやりおるなお主」
「手を出すっ!?」
あー……。
これはもう、駄目なパターンだ……。
「あら、アーシャ。だからそんなに顔を真っ赤にしてソファに蹲ってたのね。ふーん……」
「ち、違うわよ、ユフィアさん……! ちょっと、アルルもなんとか言って――」
「俺はアーシャのことが好きだよ」
「あ……うん。私も――ってそうじゃない! 馬鹿ー! アルルの馬鹿あああぁぁぁ! うわああぁぁぁん!!」
再び両手で顔を押さえて、今度は宿から出て行ってしまったアーシャ。
追いかけようかと一瞬悩んだが、俺と目が合ったミレイユが代わりに宥めに行ってくれるようだ。
「……はぁ。さすがに今日はもう疲れたな。降ろすぞ、ティアラ」
「うむ。許可しよう」
ティアラを床に降ろし、さきほどまでアーシャが蹲っていたソファに腰を下ろす。
その様子を嬉しそうに見下ろしている姉さん。
本当はきっと姉さんも嬉しいのだろう。
ミレイユと同じ顔をしているからすぐに分かる。
「で、教会のほうはどうだったの、姉さん?」
「ええ、すごく喜んでくれたわ。今は戦争の準備金にお金が掛かっちゃて、恵まれない子供達には回ってこないもの。これで少しは食べ物とか着る物に困らなければいいのだけれど」
椅子に腰を下ろした姉さんは、教会での出来事を嬉しそうに話してくれる。
俺と姉さんも孤児院の出身だから、子供たちの気持は痛いほど分かる。
「キサラさん、元気かなぁ」
「ふふ、きっと元気よ。戦争が終結したら、真っ先に挨拶に行きましょう」
「うん」
姉さんと会話をしていたら、少しずつ瞼が重くなってきた。
ティアラの言う通り、少しだけ疲れてしまったのかもしれない。
――これからが、一番大変な時だ。
ひとつひとつ、歴史を細かく整理していこう。
俺がもう一度『時間跳躍』を使える可能性は低い。
つまり、もう俺は失敗が出来ない。
姉さんとティアラが談笑しているのが、遠くに聞こえてくる。
俺は瞼の重さに耐えきれず、そのままゆっくりと眠りに落ちた。