LV.057 相愛の裏表
「ねえ、どうしてよ! どうして私だけグレイスキャットに帰らないといけないのよ!」
ゼネゲイラを出発してから三日目の昼。
予定通り、共和国首都のガロンに到着した俺達は遅めの昼食をとり、それぞれ別行動中だ。
姉さんとミレイユ、レイヴン、ティアラは教会に向かい、先の大物との戦闘で得た金を教会まで寄付をしに向かい。
俺とアーシャは高級素材のオリハルコンを手に鍛冶屋を探している。
「聞いてるの? さっきからだんまりで……。ねえったら、アルル!」
街ゆく人々が何事かを俺達に視線を向ける。
一昨日の強敵との戦闘の後、目を覚ましたアーシャにそれを伝えてから丸二日。
彼女はずっと同じ質問を俺にぶつけてくる。
「何度も言っているだろ。ガロンに到着して落ち着いたら、ちゃんと理由を話すって」
「もう到着してるじゃない! さっきの昼食でも理由を教えてくれなかったし……!」
まるで猿のように騒ぐアーシャ。
これだけ騒がれると人目についてしまい、余計理由を話せなくなる。
……が、本当の理由など彼女に話せるわけもない。
当然俺は、それなりの偽りの理由を彼女に告げ、魔王軍を撃退するまでは故郷のグレイスキャットで大人しくしていてもらうつもりなのだが――。
「(うーん……。この様子だと何を言っても聞き分けてもらえないか……)」
アーシャを魔王軍との戦闘に参加させない理由。
それはもちろん『歴史改変』をむやみに推し進めないためだ。
俺はこれから魔王軍と戦い、姉さんの『死のフラグ』を折らなければならない。
魔王の娘、ルージュの策略により殺されてしまった姉さんを、救う――。
しかし、それによりどんな歴史的変化が生まれるか、俺には想像がつかない。
もしかしたら姉さんを救った瞬間、入れ替わるかのように誰かが代わりに殺されてしまう可能性だってある。
前世で戦闘に参加していないメンバーは3人。
勇者となった俺とアーシャ、それにミレイユだ。
ティアラに関しては情報が少なすぎて分からないが、どこかで姉さんと接触していた可能性がある。
本来ならばミレイユも一緒に故郷に帰したいところなのだが、彼女は姉さんが瀕死の重傷を負ったときのための保険として俺の傍に置いておきたい。
「もう……アルルったら!」
一際大きな声で叫んだアーシャは、ついに俺の前へと立ちはだかった。
その目は真っ直ぐに俺を見据え、俺の口から理由を聞くまでは、もう一歩たりとも前へと進ませないという意思表示にも見える。
俺は小さくため息を吐き、そっと彼女の耳元でささやいた。
「頼む、アーシャ。これはお前のためなんだ。俺はお前を死なせたくない」
「っ――!」
見る見るうちに耳まで赤くなったアーシャは何故か内股でもぞもぞし始めた。
「この戦争が終わったら、あとで何でも言うことを聞いてやるよ」
耳元から顔を放し、そっけなくそれだけ答えた俺は先へと進む。
今、彼女に『命令』の力を使った。
あまり使いたくなかったが、彼女の性格を考えると仕方のないことだと自身に言い聞かせる。
「ちょ、ちょっと……待ちなさいよ……」
「うん?」
下を向いたままわなわなと震えているアーシャ。
……まさか、命令が効かなかったのか?
いや、そんなはずはない。
いつもどおり一瞬だけ時間が止まり、発動時に必ず現れる白黒の風景まで確認できた。
「……あ、おい!」
いきなり俺の腕を掴んだアーシャは、そのまま俺を裏路地の先にある人の住んでいなそうな廃屋まで引っ張り込んだ。
そして戸を閉め、俺を振り返る。
「いつつ……。どうしたんだよ、アーシャ。いきなりこんな場所に連れてき――」
「責任……取ってよ」
「……え?」
さっきからアーシャの様子がおかしい。
内股のまま、顔を真っ赤にしながら、目は潤んでいて、それで――。
「――――あ」
そうだ。
俺は今、アーシャに『ささやき』を使ってしまったんだ。
もう何年も使ってこなかった、命令士としての『レベル7の能力』――。
――まずい!
「うわっ……! いてっ!」
凄い力で押し倒され、俺は床にこれでもかと後頭部を打ちつけました……。
その俺に、あろうことか跨ったアーシャ。
「お、おい……。アーシャ……さん?」
「……止まらないの」
「へ?」
「アルルに囁かれてから……胸の鼓動が、止まらないの」
アーシャの真っ赤な顔が俺の顔に急接近する。
今だに謎の多い『ささやき』という命令。
確か前世で俺は、これをさんざんティアラに使って遊んでいたような――。
「……キスして、アルル」
目を潤ませ、艶を帯びた声で俺を誘惑するアーシャ。
もう何度か彼女とキスをしているが、これは……かなりヤバい。
「(どうするんだ、アルル……! お前も男だろう! アーシャのことが好きなんだろう!)」
生唾を飲み込み、自問自答する俺。
しかしこれは『命令』の副作用のようなものだ。
こんなものでアーシャの気持ちを利用して、それでこんな場所でこんなことをしても――。
「んぐっ!?」
「ん……んん……。アルル……ああ、アルル……。好き、だよ……」
俺の自問自答を待たずして、アーシャは俺の唇を貪り始めた。
……もう、駄目だ。
俺だって、限界です――。
「アーシャ!」
「…………うん」
彼女はこくりと頷いた。
その仕草があまりにも可愛くて、アーシャが愛おしくて。
きっとこの時の俺は、自分でも気づかないうちにプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのだろう。
もう少しで姉さんの命が消えてしまうかと思うと、冷静でなんていられない。
それをアーシャに受け止めてもらいたくて。分かってもらいたくて。
彼女もそれを望んでいて。
――俺の全てを、彼女は受け入れてくれて。
それだけで俺は――。




