LV.055 砂漠の強敵
首都ゼネゲイラを出発して丸一日が経過した。
街道に設置された魔よけの装置のおかげで、難なく国境の街シグルドまで到着した俺達は、そのまま検問を通過し宿で夜を明かした。
二日目の早朝には再び街を出発し、ルーガンド渓谷へと向かう。
ここからはモンスターが襲来してくる可能性が高いため、レイヴンを先頭に俺やアーシャ、ユフィア姉さんが交代で迫りくる猛獣を打ち払っていった。
「やっぱりモンスターの数が急激に多くなっているわね……。戦争が近いということを彼らも察知しているのかしら」
「恐らくそうでしょう。ここまで数が増加してしまうと、我が国の『魔よけ装置』も効果が薄くなってしまいますな。首都に到着したら警戒苓を出してもらうようにお願いしてみます」
「それがいいわね。戦争が始まったら巨竜兵団の主力はほぼ共和国に駆り出されてしまうし、街や周辺の村の警備が手薄になったら被害が拡大するかもしれないわ」
レイヴンの言葉に同調する姉さん。
確か『前世』でも戦争中ということを逆手にとった盗賊や山賊が、近隣の村を襲い金品を強奪したとも聞いている。
奴らは恐らく、それらをモンスターの仕業に見せかけて『魔よけ装置』の不具合ということで政府に責任を擦りつけるつもりなのだろう。
どの世界にも『悪』は存在する――。
それは魔族に限った話ではない。
「うぅ……まだ到着せんのか……。この馬車……乗り心地は良いのじゃが、酔ってしもうて……」
「もう……大丈夫? ティアラちゃん。ほら、私の膝を枕にしてもいいから」
「……すまんのぅ、小娘」
げっそりとした表情のティアラを介抱するアーシャ。
もう完全に仲直りしたのか、街を出発してから喧嘩をしている様子はない。
……まあ喧嘩というか、一方的にティアラがアーシャの態度に激怒しているだけなのだが。
「ルーガンド渓谷を抜ければ、あとは一本道ですから。でもあの砂漠には確か『ぬし』が……」
「ぬし?」
ミレイユの言葉に俺は反応する。
「ええ。ラロッカ砂漠の主――【オリハルコン・シザーズスコーピオン】がね」
「おお、あのやけに名前の長い蠍か。奴は強敵じゃぞ。なんたって世界一硬いといわれる『オリハルコン』で出来た巨大な鋏と身体を持った化け物じゃからな」
姉さんの言葉に今度はティアラが反応した。
【オリハルコン・シザーズスコーピオン】――。
そんな大層な名前のボスモンスターがラロッカ砂漠にいるなんて初耳だ。
(……まさか、俺の『時間跳躍』が原因で歴史が変わってきているのか?)
――可能性はゼロとは言い切れない。
たまたま俺が知らなかっただけかもしれないが、ラロッカ砂漠は前世でも何度か渡ったことがある砂漠だ。
故郷のグレイスキャットともそこまで距離が離れていないし、そんな化け物の名をまったく聞いたことがないというのもおかしな話だ。
「……」
「奴の弱点は鋏と鋏の間のつなぎ目、それと全身を覆っているオリハルコンアーマーの隙間だと聞きますが……。それ以外ではほぼ攻撃がはじかれてしまいますな。我々巨竜兵が最も苦手とするタイプのモンスターです」
苦虫をすり潰したような顔でそう言ったレイヴン。
確かに巨竜兵がもつ巨大な剣では、隙間を狙って攻撃するのは至難の業だろう。
「とにかく、遭遇しないに越したことはありませんね。あまり時間もありませんし、この調子でさっさと通過してしまいましょう」
ミレイユの提案に全員が首を縦に振った。
そしてルーガンド渓谷を抜け、俺たちはラロッカ砂漠へと――。
◇
ラロッカ砂漠に入り、2時間ほど延々と西へ進む俺達。
しかし、様子がおかしいことに気付く。
ここまでさんざん襲ってきたモンスターが、砂漠に入った途端、一匹も襲ってこなくなったのだ。
これは一体――。
「……アルル。警戒せい。大物が来たぞ」
「え?」
ずっと横になっていたティアラが立ち上がり、その手にはすでに霊杖を召喚していた。
まさか――。
「くそっ! やけにモンスターが少ないと思ってはいたが、すでにここは奴の縄張りというわけか……!」
巨竜剣を構え、叫ぶレイヴン。
延々と続く砂漠の先に、銀色に光る巨大ななにかが見えた。
「ミレイユ。全員に《防御強化》を。レイヴンさんは馬車を守って。アーシャと私は奴の装甲の隙間を狙って攻撃するわ」
落ち着いて皆に指示を出してくれた姉さん。
あえて俺とティアラだけはフリーにしてくれている。
彼女の意図を汲んだ俺は、目だけで返事をした。
その間にも巨大なサソリは俺達を目がけて猛スピードでこちらに向かってきている。
しかし、砂漠に半分以上埋まっているせいか、全容が掴めない。
見えている部分だけでも、この馬車の5倍はあるだろう。
「ティアラ」
「分かっておるわ。小娘らが攻撃を仕掛ける前に、おぬしで一瞬だけ隙を作れ。その間に奴のステータスを表示させる」
俺の言わんとしていることを理解してくれていたティアラ。
奴の強さが分かれば、俺の『命令』がどこまで効果を発揮できるかの判断材料にもなる。
俺とのレベル差があまりにも高ければ、『死の命令』が成功する可能性は半減する。
しかも俺の命令が届く範囲は、俺の声が聞こえる範囲と限定されている。
どちらにせよ奴と至近距離まで接触しなければ、何も分からないということだ。
「姉さん。まずは俺とティアラで奴を攪乱する。チャンスがあれば装甲の隙間を狙って攻撃してくれ」
「分かったわ」
「気をつけてね……!」
それだけ言い残し、俺とティアラは馬車から飛び降りた。
そして全速力で奴に向かう。
「――《覇王の神速》」
「ひゃい!?」
ティアラを抱え勇者の魔法を使う俺。
一気に加速しサソリとの距離を縮める。
「急にわしを抱えるでないわっ! びっくりするじゃろうが!」
「でも嫌じゃなかっただろ?」
「うん……! アホか!!!」
そういつものように切り返したティアラは俺の肩に足を掛け跳躍した。
俺はニヤリと笑い聖剣を抜き、防御の姿勢に入る。
『ギシャアアァァァ!!』
砂漠から巨大な鋏と身体がせり上がってくる。
――やはり俺はこいつを知らない。
こんな馬鹿でかいボスモンスターがこんな砂漠にいたら、確実に俺の耳に入ってきていたはずだ。
(前世だけの問題じゃない……。現世でも俺はすでに3年近くこの世界にいる……)
一体いつ、歴史が変わった?
俺が勇者になったときか?
それともティアラと再会したときか?
『シャシャシャアアアァァァ!!!』
「――《聖騎士の大盾》」
サソリが衝突する寸前に、もう一度勇者の魔法を使用する。
聖剣デュラハムが光り輝き、巨大な盾へと変化した。
ガキィィン――!!
というけたたましい音が砂漠に響いた。
サソリが放った巨大な鋏を受け止め、俺はその場に踏みとどまる。
「《梔子》!」
上空からティアラの叫び声が聞こえ、次の瞬間にはサソリの全身を大きな蔦が這っていく。
恐らく数秒の拘束にしかならないだろうが、それだけ時間が稼げれば十分だろう。
急降下してきたティアラは霊杖オーディウスを構え、サソリの頭を叩いた。
そしてすぐにその場を離脱する。
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【NAME】オリハルコン・シザーズスコーピオン/LV.352
【HP】64580/64580
【SP】39850/39850
【MP】44500/44500
【ATTRIBUTE】『鋼』
【TYPE】『斬』
【SKILL】『ダブル・シザーズ/LV.255』『ポイズン・アタック/LV.198』
【MAGIC】『鋼の檻/LV.542』『自動回復/LV.410』『気配喪失/LV.125』
【SECRET】 『ラストレジェンド・シザーズ/LV.98』
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「ほう……? HPが6万越えばかりか、『自動回復』や『奥義』まで持っておるぞ。これはボス中のボスという感じじゃな」
「でも、こいつに勝てないようじゃ魔王軍にも魔王ガハトにも勝てないってことだろう?」
「……まあ、そういうことじゃな」
俺の言葉にそう返答したティアラ。
今の俺の『命令士』としてのレベルは75だ。
『絶対循守』を獲得していない今の俺では、これだけのレベル差で『死の命令』が成功する確率はほぼゼロだろう。
――ならば、現世で『勇者』として培ってきた俺自身の実力で倒すしかない。
俺は背後に視線を向け、姉さんに目で合図を送る。
必ず、勝てる――。
俺達だったら、絶対に――。
――俺は再び地面を蹴り、奴の頭上に聖剣を振り下ろした。




