LV.054 愛妹の寝顔
「…………はぁ…………」
次の日の朝。
大きくため息を吐き目覚めた俺。
「むにゃむにゃ……わし……かわいい……」
「えへへ……ティアラちゃん……アルル……家族みたい……」
右腕をティアラに掴まれ。
左腕をアーシャに掴まれたまま、俺は半分気絶しながら眠ってしまったようだ……。
ティアラは前世と変わらず……というかもともと変わっているからなんとも言えないが。
まさかアーシャがこんなにティアラのことを気に入ってしまうとは予想外だった。
俺はなんとか2人の拘束を解き、大きく伸びをする。
辺りを見回すと姉さんとミレイユの姿が見えない。
きっと出発の準備をするため、首相や巨竜兵団たちに話をつけに行ってくれたのだろう。
「う……身体がなんか痺れてる……」
無理な体勢で寝てしまったからか、あちこち身体が痛いし腕も痺れている。
もしも、これから毎晩こんな状態になってしまうのであれば、俺の身体が崩壊してしまう。
これは、なんとかしなければ……。
「ん……あ、おはようアルル」
目を擦りながら目覚めたアーシャ。
大きく欠伸をし幸せそうな表情の彼女を見ていると、そんなに悪い気がしないから不思議だ。
「むにゃむにゃ……わしは……大人、じゃぞ……」
「ふふ、やっぱりティアラちゃん、かわいいなぁ。……つんつん」
涎を垂らしながら寝ているティアラの頬を嬉しそうに突くアーシャ。
その度に煩わしそうに腕を振る彼女を見て、またそれを楽しんでいるようだ。
「姉さんとミレイユはきっと首相やレイヴンのところだと思う。2人が帰ってきたらここを出発しよう」
台所に向かい顔を洗いながらアーシャにそう告げる。
「うん。でもアルルはいいの? リノンさんや巨竜兵の人たちに挨拶をしていかなくても」
ティアラいじりを止め、ベッドから起き上がったアーシャ。
そのまま俺の横まで歩き、顔を拭くための布を用意してくれる。
「ああ。もう伝えてあるから、大丈夫だ」
「?」
俺の返答に首を傾げたアーシャ。
『いったい何時伝えたのか』と顔に書いてあったが、特に質問する様子はなさそうだ。
当然、俺は直接彼らに伝えたわけではない。
首相や官邸にいる幹部たち。
兵士長のレイヴンや一番隊隊長のカイトなど、主力となる人物にはすべて『命令』を施してある。
わざわざこちらから出向く必要がなくなっただけだ。
「はぁ……。もう連邦国ともお別れかぁ。なんかあっという間だったね」
「そうだな。でもこれからが大変だぞ。軍本部がある首都のガロンに向かって、各種族から選出された兵団の幹部と連携を強めておかなきゃならない。相手は100万の軍勢だからな」
アーシャから布を受け取り顔を拭く。
彼女も俺に続き水で顔を洗うようだ。
俺は新しい布を用意して彼女の返答を待つ。
「魔王軍100万に対し、各種族連合軍は70万……だっけ。やっぱり私達が先頭に立って頑張らないと厳しいのよね」
顔を洗い終ったアーシャに布を渡す。
しかし、俺は彼女の言葉に何も答えなかった。
「……アルル?」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとをしてて……。実は、アーシャ。俺はおま――」
「ただいまー。あ、もう起きてますねぇ」
アーシャに説明しようとした瞬間、部屋の扉が開きミレイユが顔を出した。
「お帰りなさい、ミレイユ。あれ? ユフィアさんは?」
「うん。もう兵士長さんたちと街の入口に向かいましたよ。アルルさんたちもそろそろ起きるころだから、迎えにいってくれと頼まれまして」
そう答え荷物をまとめ出したミレイユ。
さすがはユフィア姉さんだ。
俺達の行動を事前に把握して、すでに出発の準備をしてくれている。
俺はアーシャに言いかけた言葉を胸に仕舞い、ティアラを起こしにベッドに向かう。
「おい、起きろティアラ。もう朝だぞ」
「……むにゃ? ……まだこんな時間ではないか。わしはもう少し寝る」
「いいから起きろ。出発する時間だ」
「にゃふっ!?」
無理矢理毛布をひっぺ剥がし、ティアラをベッドから引きずり下ろした。
その拍子に顔面を床にぶつけたのだろう。
恨めしそうな顔で俺を見上げるティアラ。
「ティアラさん。兵士長さんが共和国まで馬車を用意してくれたので、道中でまた寝られますから大丈夫ですよ」
「おお! それを早く言わんか! そうと決まればさっそく行くぞ皆の衆! もたもたするでないわ!」
急に元気になったティアラはさっさと部屋を後にしてしまった。
きっと一番に馬車まで辿り着き、寝心地の良さそうな場所を確保するつもりなのだろう。
「はぁ……。まあいいや。俺達も向かおう」
大きくため息を吐き、荷物をまとめた俺は2人とももに部屋を後にした。
◇
ゼネゲイラの正門前では兵士長のレイヴンを始め、すべての巨竜兵士が俺たちの到着を待っていた。
その中に姉さんの姿も見える。
「ふふ、来たわね。もうちょっと遅くなるかもしれないと思ってたけど」
優しく笑う姉さんに頭を掻くしかできない俺とアーシャ。
「アルル様。共和国の首都ガロンまで私が馬車を引かせていただきます。そのまま軍本部会議へと同行させていただきますゆえ」
「ありがとうレイヴン。ゼバスからの連絡では3日後に全種族のリーダーがガロンに集まるらしい。それが終われば出陣式で70万の兵が集まることになるだろう」
俺の言葉に首を縦に振ったレイヴン。
そして兵士達の中から一人の青年を呼んだ。
「カイト。アルル様の話のとおりだ。しばらくの間、兵団の指揮は一番隊隊長のお前に任せる。時期が来たら飛竜と共に首都ガロンへと集合するのだ」
「はっ!」
一歩前へと出たカイトは敬礼の姿勢をとり、それに合わせて全兵士も姿勢を正す。
「リノン首相にはもう話をしてあるわ。なんだかやけに話が通り過ぎて怖いくらいだったけど……」
「きっと姉さんの交渉が上手かったからじゃないかな。それに姉さんは美人だし、首相や幹部も悪い気はしなかったとか」
「馬鹿。アルルもそういうお世辞が言えるようになったのね。もう、大人になっちゃって……」
少しだけ寂しそうな顔をした姉さん。
しかしすぐに表情を戻し正門へと振り返った。
姉さんの元に集まる俺とアーシャ、ミレイユ。
馬車のほうを眺めるとすでにティアラはよさげな場所を見つけ、眠りこけているようだ。
「勇者アルル様一行――! 世界平和のため、我が国を出発せん――!」
レイヴンの掛け声とともに兵士達が一斉に道を開けた。
そして巨竜剣を上空に掲げ、まるで戦場へと向かう出陣式のように盛大に声を張り上げ俺達を見送ってくれる。
「……なんじゃ……せっかく寝とったのに……うるさいのぅ」
馬車からは顔を出し耳を押さえているアーシャの姿が見えた。
それを見た俺達は笑いをかみ殺すのに必死だ。
ここから共和国の首都ガロンまで、馬車であれば2日半ほどで到着するだろう。
再び国境の街シグルドを抜け、ルーガンド渓谷を西に向かい、その先にある砂漠を渡る。
――魔王軍襲来まで残りわずか。
それまでに俺が準備できることは――。




