LV.052 自慢の料理
俺はひとり、日が暮れかけた街を歩く。
姉さんとアーシャが宿に帰ってきたら、食事をしながら彼女らにティアラを紹介しよう。
そして明日には共和国に戻り、軍本部と合流しなければならない。
前世で姉さんは、たったひとりで軍と連携をとり魔王軍を退けた。
それがどれだけ大変で、どれだけのものを犠牲にしてきたのか想像もつかない。
訓練校を逃げ出した俺は、それからずっと何年も姉さんと連絡を取らなかった。
そして数年ぶりに再会したのは、姉さんの葬儀のときだった――。
姉さんの死に顔は穏やかだった。
きっとゼバスが気を利かせて納棺師に頼み、綺麗な死に化粧を施してくれたのだろう。
――俺は『未来』を変える。
そのために、この世界に時間跳躍きたのだ。
未だに尻尾を見せない『もう一人の命令士』。
アルガンの村でティアラから聞いた『元霊媒師』だという商人。
彼はなぜ、霊媒師という職を辞してまで商人になったのだろう。
そして彼のパートナーであった命令士は、本当に不慮の事故で死んだのだろうか。
本来であれば時間跳躍は『絶対循守』の能力のうちのひとつだとティアラは言っていた。
ならばその命令士が絶対循守を獲得していたとしたら、死の間際に時間を跳躍し、別の世界で生きているのかもしれない。
俺はあの時、もう一度人生をやり直したいと心から願った。
そして時間を跳躍した。
ならば、その命令士も――。
「……あ」
考えごとをしていたら雑貨店を通り過ぎてしまった。
俺は頭を掻きながら元きた道を戻っていく。
「はいはい、いらっしゃい。今日はそろそろ店じまいだから、全品半額にしとくよ」
閉店間際だったのか、雑貨店に並べられた商品はすべて半額の札が貼られていた。
「鬱孤閨の卵に怪面鳥の肉か……。あ、玉王葱と獰猛牛の乳もあるじゃん」
目についた食材を次々と手に取り、かごに入れていく。
ここに米宝穀は置いていなかったが、確か宿で出された食事には米宝穀を使った料理がでてきたはずだ。
オーナーに頼めば少しは分けてもらえるだろう。
部屋の台所にも調味料が置いてあったのを確認済みだし、今夜はあれを作るか……。
「毎度あり~」
買い物を終えた俺はそのまま宿へと戻った。
◇
「あ、お帰りなさい」
宿に戻るとミレイユが俺を出迎えてくれる。
部屋の奥に視線を向けると、ティアラは大人しく本を読んでいるようだった。
姉さんとアーシャはまだ帰ってきていない。
ならば早めに食事を準備しておき、彼女らが帰ってきたらすぐに食べられるようにしておこう。
「ミレイユ。ここのオーナーに頼んで『米宝穀』を分けてもらってきてくれないか。……ええと、5人分かな」
「米宝穀ですね。分かりました」
部屋を出ていったミレイユを見送り、俺はさっそく買ってきた材料を台所に並べた。
「ほう、おぬし料理ができるのか」
手際よく準備を進める俺に興味津々といった様子のティアラ。
俺は手を休めることなく彼女に答える。
「ああ。前はアーシャ達のパーティの食事当番だったからな。最近は全然作らなくなったけど、たまにはいいだろ」
玉王葱をみじん切りにし、怪面鳥の肉を一口大に切り分ける。
慢陀羅油をひいた鉄鍋で肉を焼き、そこにみじん切りにした玉王葱を加えてさらに炒める。
肉の香ばしい匂いが部屋に漂い始めたころ、ミレイユが米宝穀を持って部屋に戻ってきた。
「うわぁ、良い匂いですねぇ。はい、アルルさん」
「ありがとう、ミレイユ。ちょっとそこの調味料をとって」
台所に設置された調味料箱から血茶負、薬師の奇跡、無重色の塩、くしゃみの出る粉を俺の指示どおりに取り出したミレイユ。
その間に2人分の米宝穀を鉄鍋に入れ、4つの調味料と合わせてさらに炒めていく。
「おお! なんか知らんがうまそうじゃな!」
鍋に顔を寄せ匂いを嗅いでいるティアラ。
そんなに顔を寄せると火傷すると思うんですが……。
炒め終わったころにはミレイユが気を利かせて5人分の皿を用意してくれていた。
そのうちの2つに均等に盛り合わせ、俺は同じ工程をもう一度繰り返す。
「お前も手伝えよティアラ。この鬱孤閨の卵を割って、獰猛牛の乳を加えて混ぜてくれ」
「ほう、わしを頼るか。いいじゃろう。この卵を割ればいいのじゃな」
ニヤリと笑ったティアラは何故か霊杖を召喚した。
そして真剣な眼差しで杖を構えている。
「……なにしてんの」
「へ? なにって……割るんじゃろう?」
キョトンとした表情でそう答えたティアラ。
俺は何も答えずにミレイユに冷めた視線を送る。
「は、ははは……。あの、私がやりますから、大丈夫ですよ」
苦笑いで卵を取り上げたミレイユは、手際よく卵を割っていく。
そこに少量の獰猛牛の乳を加え、長箸で混ぜ合わせていく。
「よし、出来た」
炒め終わった残りの3人分を器に盛り、もう一度鍋に慢陀羅油をひく。
そこにミレイユに混ぜてもらった卵と牛乳を適量流し込んだ。
少し火を通したらゆっくりと長箸で混ぜる。
程よく半熟状態まで炒めたら鉄鍋をひっくり返し器に盛った。
「たっだいまー! お? なんか良い匂いがする……!」
タイミングよく部屋の扉が開き、アーシャの声が聞こえてきた。
「ふふ、これはアルルの得意な『御武来栖』ね」
アーシャに続き姉さんが部屋に入ってくる。
俺は彼女らを笑顔で迎えながら、残り4つの卵を手早く焼き上げた。
「ちょうどいま出来たから、さっそく夕食にしよう。そこでこいつを紹介するから」
すでに勝手につまみ食いを始めていたティアラの襟を掴み、姉さんたちの前に掲げる俺。
まるで拾ってきた猫のような姿のティアラに笑い出す3人。
「か、可愛い……! ティアラちゃんってこんなに小さい子だったんだ……!」
「あ、ちょ、おま……! 小さい子って、わしはお前のような小娘よりも遥かに年上――ぐえぇ!」
アーシャに抱きしめられ、うめき声をあげたティアラ。
それを横目に俺とミレイユは料理をテーブルに運ぶ。
「あらら、さっそくアーシャのお気に入りになっちゃったわね。つもる話もあるでしょうけど、せっかくアルルが作ってくれたんだから、熱々のうちに食べましょう」
姉さんの言葉で全員が食卓に集まった。
渋々ティアラを解放したアーシャだったが、ちゃっかり彼女の横に陣取っている。
「じゃあ、いただきまーす」
俺の掛け声と共に皆が食事を始めた。
「うわぁ、おいしいですぅ!」
「本当ね。久しぶりに食べたけど、まだまだ料理の腕は落ちていないわねアルル」
ミレイユと姉さんに褒められ、悪い気がしない俺。
「ほら、ティアラちゃん。食べれる? あーん」
「ひとりで食えるに決まっておろうが! おぬしは一体何なんじゃ! わしをおちょくるのはいい加減に――むぎゅぅ……」
「可愛いー! ほんっと、ティアラちゃんかわいい!」
恍惚の表情のアーシャに再び抱きしめられ、彼女の胸に完全に顔が埋まってしまったティアラ。
手足をバタつかせているが、放そうとしないアーシャ。
「ほら、早く食べないと料理が冷えてしまうわよ」
「うぅ……。はーい、ユフィアさん」
「ぶはっ!! わ、わしを殺す気かっ!! 窒息するとこじゃったわ!!」
肩で息をしているティアラに微笑みを返したアーシャは、幸せそうにオムライスを口に運んでいる。
俺は彼女らのやり取りを眺めながら、たまには手料理もいいかなと心の中で感じていたのだった――。




