LV.051 勝利の約束
族長の家にレイヴンを連れ、戻ってきたメルシュ。
扉を開け外を見ると、大勢の村人がこちらに視線を向けているのが見えた。
俺はティアラに促され、村人の前に立つ。
すると一斉に跪いた村人達。
「これは……?」
何が起きているのか把握できず、傍らに立っているメルシュに質問する。
「見てのとおりです、勇者アルル様。我らアルガンの一族は勇者様にお仕え致します」
そう答えたメルシュまでもが俺の前に跪いた。
まだ俺は彼らに『命令』を仕掛けていないのに、これは一体どういうことなのだろう。
「さっきも話したじゃろう。ここにおるメルシュはわしの旧友じゃ。見た目は少女の姿じゃが、今までに何度も『輪廻転生の儀』を行い、何百年と族長を続けておる。世間では『邪悪な死の儀式』などと噂されておるが、戦死した若者の魂を浄化させ、指導者の精神をその身に憑依させることは、一族の存続のためには必要なことじゃ」
俺の疑問に答えるように、ティアラは話を続ける。
「当然、彼女も今までの長い人生で歴代の『勇者』や『命令士』と面識を持っておるからな。《種族戦争》が活発だった頃には、そのどちらとも共闘し、魔族や竜人族の猛攻からこの村を守ってもらった経緯もある」
「ティアラの言うとおりです。そしてアルル様は『勇者』『命令士』、両方の力を授かっている……。貴方様に従わない理由など御座いません」
ティアラの後に続き、跪いた姿勢のまま俺を見上げたメルシュ。
要はこれが『恩返し』だと言いたいらしい。
彼女はまっすぐに俺の目を見つめ、俺からの返答を待っているようにも見える。
「アルルよ。魔王軍が襲来してくるまでに、もうあまり時間は残されておらんのじゃろう? アルガンの民は様々な魔術を駆使する魔道集団じゃ。おぬしにとって必要な戦力じゃろう」
「……ああ」
ティアラの力強い言葉が、俺の心を満たしていく。
これで、俺は魔王に負けない――。
姉さんの死のフラグを回避し、世界に平和を齎すことができる――。
「アルル様」
レイヴンに促され、アルガンの民の前に歩み出る。
そして俺は一呼吸置き、彼らに声をかけた。
「皆さん、本当にありがとうございます。魔王軍の襲来まで、残り十数日――。その間に治癒魔法や補助魔法を磨いていってください。相手は総勢100万の兵です。ですが、皆さんがいれば必ず勝利できます。この聖剣デュラハムに誓って、勝利を、約束します」
剣を抜き、天に掲げる。
それを見上げるアルガンの民。
天より差し込む光によって聖剣は輝き、周囲を淡く照らし出す。
――その暖かな光に包まれながら、俺は今後の戦いを何度も頭の中でシミュレートしていたのだった。
◇
アルガンを出発した俺とレイヴン、ティアラは飛竜を休ませてある岬まで向かった。
メルシュを始めとするアルガンの民は、数日後にラグーンゼイム共和国で予定されている出陣式に参加させるつもりだ。
すでにゼバス総長が各国の首脳に対し、庶民に機密という約束で厳戒苓を敷いてくれている。
リノン首相にはすでに『命令』を施してあるから、世界協定の中心国家が口裏を合わせれば動かない国などないだろう。
岬まで到着した俺たちはそのまま飛竜の背に乗り、首都ゼネゲイラへと向かった――。
「あああぁ…………。酔ったぞ…………」
俺に背負われたままげっそりとした表情のティアラ。
首都に到着し、レイヴンはすぐにリノン首相へと報告に向かったようだ。
「もう、だらしないな。前世じゃあれだけ空中を漂ってたのに、飛竜の背に乗ったくらいでこんなに酔うなんて」
「そんなん知らんがな! 酔うもんは酔うんじゃ! ああ……気持ち悪い……」
彼女を背負ったまま、俺は宿へと向かった。
早いところ彼女をベッドに寝かそう。
ここで吐かれたらたまったもんじゃない。
「あら、お帰りなさいアルルさん」
宿に戻るとミレイユが俺達を出迎えてくれた。
そして俺の背でげっそりしているティアラを興味深そうに眺めている。
「その方が例の……怪しい霊媒師さんですか?」
「『怪しい』が余計じゃ! この小娘が!」
「きゃっ! び、びっくりした……」
急に俺の背から飛び降りたティアラは杖でミレイユの頭をこつんと叩いた。
その拍子に彼女のステータスが頭上に表示される。
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【NAME】ミレイユ・バーミリオンズ/LV.24
【JOB】治癒師
【HP】1240/1240
【SP】150/150
【MP】3700/3700
【ATTRIBUTE】『水』
【TYPE】『打』
【SKILL】『回転打ち/LV.10』『ボーンアタック/LV.7』
【MAGIC】『防御強化/LV.20』『回復/LV.26』
【SECRET】 『範囲極限回復/LV.3』
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「ほう……。おぬしが治癒師のミレイユか。おっとり系のお姉さんタイプだと聞いたが、なるほどなるほど」
「え? あ……え?」
ぐるりとミレイユの周りを歩き、品定めでもするかのように舐めるように見回しているティアラ。
さっきまでげっそりしていたのに、何なんだよこいつは……。
「回復職としては、まあまあじゃな。じゃがスキルの鍛錬を怠ってはならんぞ小娘。いつ如何なるときも、自身の身くらいは自身で守れねばならん。世の中は非情じゃ。『王子様』が常に傍にいて守ってくれるのは、若いときだけじゃて。わしだって若い頃はそりゃあもう、イケメン公爵やらショタっ子王子やらにモテモテで、あっちこっちに引っ張られてはティアラ、ティアラと名を呼ばれ――」
「あ、あの……」
突然昔話を始めたティアラに対し、どうしていいのか分からない様子のミレイユ。
俺は彼女の肩を軽く叩き「いいから」と一言添え、部屋の奥へと彼女を誘う。
「姉さんとアーシャは?」
「あ、ええと、ちょうどさっき巨竜兵士さんたちと最後の打ち合わせに行かれまして……。そんなに時間はかからないと言っていましたけれど」
「そう。じゃあ帰ってくるまで待っていよう。今夜は食事はどうするって言ってた?」
「あ……。それがまだ準備のほうが……」
宿に備え付けてある台所は空のままだ。
まあ、どうせこんなことだろうとは思っていたが。
「仕方ないな。夕食は俺が作るから、ミレイユはティアラの話し相手でもしてて。材料を買ってくるから」
「あ……えと……」
「――というわけじゃ。いいか、小娘。いかにお前がおっとり系かつ綺麗系お姉さんタイプだったとしてもな。歳と共にその魅力は半減――いや、激減していくのじゃよ。分かるか? 女として生まれてきた以上、寄る年波には勝てぬ。じゃが『霊媒師』は例外じゃ。永遠の若さを保ちつつ大人としての魅力も兼ね備えた――」
「うう……。アルルさん……。早く帰ってきてくださいね……」
宿を出ようとした俺に涙目を向けたミレイユ。
どうやらティアラは良い話し相手を見つけたようだ。
彼女の話は長いから、頑張って、ミレイユ――。