LV.047 専属の飛竜
首都ゼネゲイラに滞在して2日目。
巨竜兵らとの顔合わせもほぼ完了し、あとはレイヴンからの情報を待つのみとなった。
俺は念のために彼らの中から優秀そうな戦士を3人選別し、『命令』の仕掛けを施した。
万が一レイヴンに掛けた命令が解かれてしまったときの処置だが、そんなことが出来るのは『もう一人の命令士』くらいしかいないだろう。
未だに奴の尻尾を掴むことができないが、俺のことに気付いていないわけがない。
わざわざ俺が『勇者』となり、歴史改変を陽の目に晒したのにも関わらず、だ。
あえて俺を泳がせて、俺の苦しむ姿を見て楽しんでいるのだろうか――。
それとも、なにか別の理由があって俺に手出しができないのだろうか――。
ここまでは、順調に俺の計画どおりに事が進んでいる。
なのに、なんだ? この心のモヤモヤは……?
早く、ティアラに逢いたい。
彼女だったら、この言いようのない不安を払拭してくれるはず――。
「ここにおられましたか、アルル様」
歓楽街の飲食店でひとり佇んでいた俺に声を掛けてきた男。
「レイヴンか。ティアラの情報は掴めたのか?」
顔を上げ、すぐにレイヴンと『目』を合わせ、命令を発動する。
いつもは周囲の人間にも配慮して敬語を使い話しかけるのだが、この時間帯に客はほとんどいない。
それに命令発動中は対象者の記憶は消失するのだ。
体裁を取り繕う必要もない。
「はい。首都ゼネゲイラよりはるか北に御座います蛮族の村『アルガン』にて目撃情報が」
「蛮族の村……?」
聞いたことのない村の名前に、俺は首を傾げてしまう。
しかしレイヴンが集めた情報であれば、信ぴょう性は高いのだろう。
「その村は功績を残し、没した死者を『神』として祀る風習が御座います。リベリウス連邦国では死者を冒涜する行為は違法となりますが、なにぶん治外法権となっている地域もかなり御座いますゆえ」
「なるほど。だから霊媒師であるティアラが神事を任され、その村に滞在しているということか」
「恐らくは」
蛮族の村アルガン……。
そこに向かえば、ティアラに再会できる――。
「その村へ行くにはここからどれくらい時間がかかる?」
「徒歩ですと10日以上はかかるでしょう。ですが、アルル様にはお時間が残されていない」
「そのとおりだ。だがその顔は何か策がある顔だな、レイヴン」
「はい。調教師に調教させた、私専属の『飛竜』がおります。その背に乗り空から向かえば、2日もかからずに到着するでしょう」
恐縮した顔でそう答えたレイヴン。
――やはり、この男は使える。
あのゼバスの右腕だったのも頷ける。
俺は椅子から立ち上がり、レイヴンとももに飲食店をあとにした――。
◇
「飛竜の背中に乗って蛮族の村まで飛んでいく!?」
「ああ。レイヴンさんが手配してくれたから、それだったら2日くらいで到着するって」
宿に戻った俺はさきほどのレイヴンの話を皆に伝えた。
すでに砦に戻り飛竜の準備をするように『命令』もしてある。
「でも確か飛竜は3人までしか乗れなかったわよね。メンバーはどうするの、アルル」
俺に質問をしてくる姉さん。
彼女は俺よりも1年早く訓練校を卒業し、軍と連携を組んでいた。
当然のように飛竜の存在を知っている姉さんに、アーシャとミレイユが同時にため息を吐いた。
「飛竜の操縦はレイヴンさんがしてくれるっていうから、残りは俺ひとりかな。ティアラを見つけたら連れて帰ってくるから、それで3人だよ」
「なら私達はアルル達が帰ってくるまでにここを拠点にして、各国の軍との連携を強めておくわね。ゼバス総長からも今さっき連絡があって、竜人族の『竜騎兵団』と獣人族の『獣斧兵団』からも同盟軍の加盟了承を得られたって」
「そうか。あとはエルフ族の主要戦力が揃えば、魔王軍に対抗できるね。姉さんは引き続きゼバス総長と連絡をとりあって、エルフ族の加入要請を進めておいて」
竜騎兵団と獣斧兵団、それにゼネゲイラの巨竜兵団――。
ここにエルフ族の弓撃兵団が揃えば、前世で魔王軍との戦いで集まった各種族の精鋭が再び集まることになる。
さらにその他少数民族や各ギルドからの部隊が揃えば、魔王軍100万に対抗できる戦力が確保できる――。
戦争の準備は着々と進んでいる。
ここでティアラを仲間に引き入れることに成功すれば、姉さんを死なせずに済む以外にも戦死者を大幅に減らせるかもしれない。
(……でも、それはきっと甘い考えだな)
戦争が起これば、必ず死者が出る。
一人も死なすことのない戦争など、この世には存在しない。
俺はその中で、姉さんだけは必ず救うと心に決めたのだ。
俺の力で守れるのは、俺の手が届く範囲のものだけ――。
つまり、仲間の命を守ることだけしかできない。
――当然、俺は以前に考えた。
魔王軍が襲来する前に魔王城に忍び込み、魔王ガハトに『命令』を仕掛けることを――。
しかし、それでは大規模な歴史改変が起きてしまう。
そうなってしまうと、『そこから先の未来』が予測できなくなってしまうのだ。
俺は助けられるはずの多くの命を犠牲にして、仲間の命を守ろうとしている。
世界を救うはずの『勇者』が、その地位を利用して自分に都合のいい未来を作り出そうとしているだけなのだ。
――でも、そんなことは最初から分かりきっていたことだ。
俺は仲間を、姉さんを救いたい。
もう一度、やり直したい。
そう願ったからこそ、この世界にやってきた。
甘い考えなど、俺にはいらない。
大切なひとを救えるだけの力があれば、俺はそれで十分だ――。
俺は自身にそう言い聞かせ、見送る姉さんらを背に宿を後にした。