LV.046 悲願の告白
会談を終えた俺は、レイヴンと共に官邸を後にした。
――リノン首相は『もう一人の命令士』ではなかった。
もしも彼が命令士だとしたら、こんなに簡単に俺の『命令』を受けるはずがない。
目を合わせなかったのは、元軍人としての癖なのだろう。
この世界には様々な魔法が存在するから、洗脳系の魔法を防ぐための措置のひとつなのかもしれない。
「では、アルル様。お約束したとおり、各ギルドに霊媒師の情報をあげるよう要請しておきます」
丁寧に包まれた布から聖剣デュラハムを取り出し、俺に渡すレイヴン。
俺はそれを受け取りながら、彼の耳元でそっとつぶやいた。
「官邸で何か不審な動きがあったら、逐一俺かゼバスに報告してください。特に魔王ガハトと内通している者がいないか、念入りに調べ上げることも忘れずに」
数秒間の停止の後、再び動き出した世界。
「……分かりました。全てはアルル様のご命令どおりに――」
頭を下げ、その場を去ったレイヴン。
奴であれば機密情報にも精通しているだろうし、首相や幹部どもの信頼も厚い。
俺の管理下に置いておけば、いざという時に頼りになるはずだ。
前世で進軍してきた魔王ガハト率いる魔王軍は、あっという間に共和国と連邦国の主要都市を取り囲んだ。
総勢100万ともいわれる魔王軍が、短期間にあそこまで進行できた背景には、内通者の存在が見え隠れしていた。
その劣勢を跳ね返すため勇者であった姉さんは躍起し、魔王軍との壮絶な戦いを経て魔王ガハトに挑み、辛くも奴を撃破したのだが、その後姉さんは――。
「あ、帰ってきた。おつかれ、アルル」
歓楽街の方角から声を掛けられ振り向く。
そこには手を振るアーシャの姿が。
「姉さんとミレイユは?」
「うん。まだ兵士達と話してる。これからこの街のギルド長にも挨拶に行くんだって」
ため息交じりにそう答えたアーシャ。
「……で? アーシャはどうして一人でこんなところにいるんだ……?」
ジト目で彼女を睨む。
まあ、聞かなくても大体の理由は分かるのだが。
「だって飽きちゃったんだもん。ああいうのは私には合わないわ。でも大丈夫。ユフィアさんがしっかりと話をつけてくれてるから! ミレイユもいるし!」
そう言い、俺の腕に手を絡めてきたアーシャ。
……なるほど、そういうことか。
俺はため息を吐き、彼女の思惑を受け入れることにした。
「面白そうな場所は見つかったのか? 姉さんのほうはまだ時間がかかるだろうし、そこで時間を潰して――」
「あったあった! いっぱいあったよ! 行こう、アルル!」
「あ、おい!」
そのまま強引に俺の腕を引っ張り、今しがた来た歓楽街の方角に俺を連れていくアーシャ。
要は『デートをしたい』ということだろう。
レイヴンが各ギルドから霊媒師に関する情報を上げるのにも、それなりの時間がかかるはず。
それまでむやみにティアラを探し回っても、残り8日で見つけられる可能性は低い。
少しだけ、力を抜こう。
魔族との戦いが始まってしまったら、息抜きなど出来ないのだから――。
◇
「あ、これかわいーい! ねえ、どう?」
洋裁店でウサギ型の頭装備を発見し、被ってみせたアーシャ。
頬を掻くだけで何も答えない俺を見て、頬を膨らませているがいつものことだ。
「あ、これもいいなぁ。ねえねえ、アルル。いや、勇者アルル様」
「買わないよ。無駄遣いしたら姉さんにも怒られるし」
アーシャが何を言おうとしたか瞬時に察知し、先回りする。
「う……。まだ何も言っていないのに……」
「言わなくても分かるだろ。アーシャは単純だから分かりやすいし」
「単純……! なんか、頭悪いみたいなその言い方……くやしい!」
ポカポカと俺を叩こうとするが、スルリと避けた俺は彼女に背を向ける。
「ぶぅ……。せっかくプレゼントしてもらおうと思ったのにぃ……」
「買うんだったらもっと実用的な装備を買おうよ。無駄遣いじゃなかったら、装備を整えるのは構わないんだし」
洋裁店を後にする俺に渋々ついてくるアーシャ。
頬を膨らませたままの彼女の顔が面白くて、つい吹き出しそうになってしまう。
「実用的なものって言われても……。グレイスキャットを出発するときにしっかり準備してきてるし……」
そこまで言ったアーシャが、さっそく別の店に視線を向けた。
今度は装飾店か。
どうせここにも、今必要としている装備など置いていない――。
「わぁ……。この指輪すごく綺麗……」
「お、お姉さんお目が高いね。これは『通信の指輪』といって、離れた場所でも念じるだけでお互いに会話ができるっつう魔法の指輪だよ」
商人が取り出した箱には2つの指輪が入っていた。
小さな赤い宝石がついた大きめの指輪と、青い宝石がついた小さめの指輪だ。
値札には300,000Gという価格が表示されている。
「魔法の指輪ってことは、通信距離にも制限があるよね」
「あらら、旦那さん付きかい。もちろん距離に制限はあるよ。装備する人が術者だったら……そうだね。共和国と連邦国の間くらいだったら、ギリギリ通信出来ると思うよ」
「だ、だだだ旦那さん……!」
商人の言葉に顔を真っ赤にしたアーシャ。
これが商売の手口だと気付かない彼女に、俺は再び溜息を吐く。
「術者じゃなかったら、どれくらいだ?」
「あー、そうだね。せいぜい、このゼネゲイラの街中くらい……かな」
急に声を小さくした商人。
世界協定の中心都市であるゼネゲイラはかなり広い街だが、術者でない以上、30万もの金を叩いて買うほどの代物ではない。
俺は断ろうと口を開くが――。
「買います」
「は?」
俺の口を押え、強引に俺のアイテム袋に手を突っ込んだアーシャ。
そして持ち金から30万Gを取り出し、商人に支払う。
「おい、アーシャ! 無駄遣いをするなとさっき言ったばかりだろ!」
「いいの! 買うの! 欲しいの! お揃いの指輪だし、綺麗だし、可愛いし!」
さっさと指輪を受け取り、俺の手を引っ張るアーシャ。
「毎度~」
嬉しそうな顔の商人は、俺たちに大きく手を振っている。
……やられた。
最初に『旦那付き』と言われた時点で、勝敗は決まっていたのだ――。
商売上手な商人め……。
「はい、これ」
箱から赤い宝石のついた指輪を俺に渡すアーシャ。
こうなってしまった彼女を止めるには、俺には『命令』しか残されていない。
しかしまあ、これぐらいの我儘であれば予想範囲内だ。
俺は渋々指輪を受け取り、自身の指に嵌める。
「へぇ、ピッタリだ。魔法の指輪だって言っていたから、指の大きさに合わせてサイズが変化するんだな」
一人でそう関心していると、何故かモジモジしているアーシャと目が合った。
彼女はもう一つの青い指輪を手にし、何か言いたげな表情で俺を見つめている。
俺はそれが何なのかに気付き、彼女から指輪を受け取り、少しキザっぽい台詞でも言ってやろうと片膝を付いた。
「お嬢様、お手を宜しいでしょうか」
「ば、馬鹿……」
照れながらも左手を差し出したアーシャ。
俺はその手に触れ、彼女の薬指に指輪を通す。
目を輝かせたアーシャは、小さな青い宝石を光に翳し、嬉しそうに微笑んでいる。
――そして、俺は自然に口を開き、彼女にこう伝えたのだ。
「好きだよ、アーシャ」
俺の言葉に一瞬驚いた様子の彼女。
しかしすぐに笑顔になり、彼女も口を開いた。
「私も、好き。アルルのことが、大好き」
いつものように恥ずかしがるわけでもなく。
彼女ははっきりと、俺にそう伝えた。
お互いがずっとずっと言いたかった言葉――。
ようやく俺は、俺達は、お互いに伝え合うことができた。
――この幸せを、永遠に続けよう。
共に歳を重ね、いつか天国に行くそのときまで――。




