LV.044 脅威の竜剣
リベリウス連邦国、首都ゼネゲイラ――。
各国から首脳や多くの要人が集まり日夜会談が開かれているこの都市は、世界で最も強固といわれる『要塞都市』でもある。
俺たちは国境の街シグルドから丸2日かけ首都まで辿り着いたのだが、そのあまりにも分厚い鉄壁に囲まれた都市を見て唖然としてしまう。
「この壁……。都市全体をぐるっと覆っているのですねぇ。これなら巨人が襲ってきても大丈夫なのでしょうね」
ため息交じりにそう言うミレイユ。
「そうね。しかもこの鉄は『結界石』を混ぜ合わせてあるから、攻撃魔法をはじく効果もあるわ。遠距離からレーザーのような強力魔法が照射されてもビクともしないでしょうね」
ミレイユに続いた姉さん。
世界から要人が集まる都市なだけに、相当な費用を掛けてこの要塞都市は建設されたのだろう。
「レーザーか……。きっとローサの攻撃魔法でも歯が立たないんだろうな」
「? ローサ? 誰よ、それ」
俺のひとりごとにアーシャが反応する。
俺は頭を掻きながら「なんでもない」とだけ答えた。
「警備も厳重ですね。あんなに沢山の警備兵が入口に立っていますし……。それに、あの変わった武器はなんでしょうか……?」
都市の入口を指さし、ミレイユが姉さんに質問する。
警備兵らは大剣とも違うやたらと長い剣を構え、警備に当たっていた。
「あれは『巨竜剣』ね。リベリウス連邦国はあの『魔よけ』のおかげでモンスターはほとんど襲ってこないけど、大型モンスターには効果が薄いから。竜の被害はどの国にもあるけれど、竜対策の装備を充実させているのは首都ゼネゲイラくらいじゃないかしら」
「へぇ……。あんな巨大な剣を振り回せるなら、そうとう腕の立つ警備兵なんだろうね」
何故か顔を輝かせながら警備兵を眺めているアーシャ。
あまりここに突っ立っていると、『力試し』とかいって警備兵に攻撃を仕掛けかけないかもしれない……。
「さっさと首都に入ろう。警備兵にもゼバス総長から話がいっているだろうし、そのまま首相官邸まで案内をしてもらったほうがいい」
俺の言葉に同意する姉さんとミレイユ。
アーシャだけは渋い顔をしていたので、俺はそっと彼女の耳元でこうつぶやいた。
「言うことを聞きなさい」
最小限に抑えた『命令』を下し、素直に俺についてくるアーシャ。
数秒後には効果が消失し、しきりに首を傾げている彼女。
あまり仲間に『命令』を使いたくはないが、それは時と場合による。
アーシャの性格を良く知っているからこそ、こういったコントロールも必要なのだと自分に言い聞かせる。
警備兵らに呼び止められ、俺は聖剣を提示し身分を明かす。
すぐに畏まった警備兵らは4人がかりで巨大な門を開き、俺たちを都市に招き入れてくれた。
「ゼバス様からお話は伺っております。私は兵長のレイヴンと申します。ゼバス様との最終試験、私も会場で拝見させていただきました。素晴らしい戦いで感動いたしました」
街に入るとすぐに兵長のレイヴンと名乗る男が俺に挨拶をしてきた。
レイヴン・クライシス。
ゼバスから「優秀な元部下がゼネゲイラにいる」とは聞いていたが、この男のことか。
握手を求める彼に対し、右手を出し、自然な形で目を合わせる俺。
――一瞬だけ、世界が白黒に変化する。
そして何事もなかったかのように俺は握手を終え、笑顔を返した。
「リノン首相がお待ちです。長旅でお疲れでしょうが、官邸までご案内させていただいても宜しいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします。俺たちにもあまり時間がないので、助かります」
「時間がない……と申しますと?」
俺の言葉に疑問符を投げかけるレイヴン。
「レイヴンさんは『霊媒師』というのをご存じでしょうか」
彼の横を歩きながら俺は質問に質問で返答する。
姉さんたち3人も他の警備兵に連れられ、俺の後を付いてきている。
「はい。永遠の命を持ち、太古の昔よりこの世界を見守っている『神』に最も近い者――。一般にその存在は知られておりませんが、過去に一度、戦地で目撃したことがあります」
「目撃した……?」
レイヴンの意外な返答に驚きを隠せない俺。
「あれはいつだったか……。まだゼバス様が我が国の指揮官であったころ、戦地で暴れていた魔族を抑えるため軍を率いて戦地に赴き、そこで彼女を目撃いたしました。顔を布で覆ってはおりましたが、年端もいかない少女のような印象を受けました」
――きっと、それはティアラのことだ。
俺は期待を胸に彼に質問する。
「何故、その少女が『霊媒師』だと分かったのですか?」
「霊媒師は特異な能力を持っていると聞きます。たった一人で魔族の軍団の中心におり、我々が到着したころには大半が彼女に拘束されておりました。相当な犠牲者が出ると覚悟しての出兵だったのですが、一人も死者を出すことなく、敵兵を捕えることに成功したのです。そんなことが出来るのは、『霊媒師』以外にいるとは思えません」
「ティアラが……たったひとりで……」
確かに彼女だったら、それが可能かもしれない。
一体どれだけの軍勢だったのかは分からないが、俺が知っているのは霊体の状態であった彼女だけだ。
魔王ルージュに立ち向かえるだけの力があったことからも、本来の状態ならば魔族の一個軍をたったひとりで取り押さえることも不可能ではない――。
「ティアラ……そう、確か名をティアラ・レーゼウムと……。あれ以来、まったく姿を見なくなりましたが、噂ではこのリベリウス連邦国に滞在しているとか」
「はい。俺の目的は彼女を見つけ出すことです。ですが、安心しました。レイヴンさんがその情報を掴んでいるということは、ガセではない可能性が高いということでしょうから」
「お役に立てて光栄です。もし宜しければ、各ギルドに目撃情報の提供を求めることも可能ですが、いかがいたしましょう」
「本当ですか! 非常に助かります。できるだけ早く彼女を見つけ出したいんです」
そこまで言い、レイヴンが何か気付いた様子で再び口を開いた。
「『時間がない』というのは、まさか……」
「……はい。恐らく、魔王軍の大規模侵攻が間もなく始まると思います。そのためにリノン首相にご相談があり、会談を要請させていただいたのです」
他の兵には聞こえないよう、小さな声で答えた俺。
その言葉に絶句したレイヴン。
――普通ならばここで、反論が返ってくるだろう。
各地で暴動を起こしている魔王軍であるが、表向きは世界協定軍により抑えられているとの見解が強い。
それら協定軍を取りまとめているのがリベリウス連邦国であり、首都ゼネゲイラにいる兵士たちは彼らの上官に当たる者がほとんどだ。
巨竜剣を扱える屈強な戦士達。
彼らの上官であるレイヴンは、いわば世界協定軍の幹部ともいえる。
軍全体の指揮はゼバス総長がとっているが、それもリノン首相との関係があってこその抜擢なのだろう。
だが、しかし――。
「……分かりました。アルル様がそう仰るのであれば、事態は急を要するのでしょう。我が部隊である巨竜兵も全面的に協力いたします」
反論を返すことなく、「全面的に協力をする」と答えたレイヴン。
その答えに満足した俺は、ニコリと笑い後ろを振り返った。
「姉さん。アーシャとミレイユを連れて、巨竜兵たちと顔合わせをしておいてくれないか。俺はこのままレイヴンと共にリノン首相と会談してくるから」
「え? アルルひとりで会談するの?」
俺の言葉に反応したアーシャ。
しかしそれを制し、俺の表情から察してくれた様子の姉さん。
「分かったわ。私は貴方の従者だもの。この国の兵士達と連携をとれるようにしておくのも私の役目。ほら、いくわよアーシャ、ミレイユ」
「顔合わせですかぁ……。なんだか緊張してしまいますね」
「あ、ちょっと! 引っ張らなくてもちゃんと行きますから! アルル! しっかりやるのよ!」
姉さんに引きずられるアーシャを見送りながら、俺は前方に立っている官邸に視線を向ける。
会談にはここにいるレイヴン以外にも、複数の幹部が同席するだろう。
相手が勇者だとはいえ、暗殺の危険がゼロではない以上、首相と2人だけの会談は不可能に近い。
(『命令』の同時発動は、まだ検証中だけど……)
大事な場面で、未検証の『命令』を使うのはかなりのリスクを伴う。
自身のステータスが確認できない以上、新しく覚えた『命令』でも経験則で使用するしかないのだが、正確な効果を知るには、やはり彼女の存在が絶対条件か――。
(……ティアラ。すぐにお前に会いに行くからな。そして、全てを、お前に話したい――)
再び官邸に向かい歩き始めた俺は、記憶の中のティアラに思いを馳せていた――。




