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命令士アルルの異世界冒険譚  作者: 木原ゆう
新説 第弐章 怪異少女のシークレット
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LV.041 湯船の魔性

 ようやく宿を見つけた俺たちは、姉さんとミレイユを呼びに街の入口まで戻った。

 当然彼女らの前で手を繋いでいるところなど見せられるわけもなく――。


「遅かったじゃない。これだけ混んでいると宿もなかなか見つからないわよね」


 4人で再び人ごみを掻き分け宿へと向かう最中、姉さんが声を掛けてくる。

 その言葉に大きく肩を揺らしてしまった俺とアーシャ。


「……なんでしょう、今のお二人の反応は……」


 すかさず疑惑の目を俺たちに向けたミレイユ。

 それだけでアーシャは耳まで真っ赤になり、余計に不審がるミレイユ。


「ほ、ほら! 姉さんの好きな温泉つきの宿を探していたから! ミレイユも温泉好きだろう?」


 慌てて話題を逸らそうとするも、悪い顔をしたミレイユが俺とアーシャの間に割って入り、それぞれの腕をがっちりと掴んで離さない。


「……若者たちよ。宿に着いたら、お姉さんにじーーーーっくりと話を聞かせてくださいね。今夜は寝かしませんよ」


 非力な治癒師ヒーラーとは思えないほどの力で俺とアーシャの腕を締め付けるミレイユ。


 言うまでもなく俺たちは顔面蒼白のまま宿に向かったわけで――。





「はぁ……。生き返る……」


 遅い食事を終え、質問攻めのミレイユからようやく解放された俺はゆっくりと湯船に浸かる。

 終始攻め続けたミレイユに対し、防戦一方だったアーシャ。

 普段見ることのない彼女らの姿に、この歳になって初めて『恋話』の恐ろしさを知った俺……。


 俺はさきほどのアーシャとの情事を思い出す。


 アーシャの柔らかい唇――。

 華奢な身体――。


 初めてのキスは、前世の想いを全てぶつけるほどに熱く、アーシャはそれを全て受け止めてくれた。

 あんなに荒々しくしても、彼女は決して嫌がらず、吐息を交え、喘ぎを発し――。


(……やばい……)


 思い出したら、のぼせそうになり風呂から上がる。

 もうすぐこの風呂は『女性専用』に変わる時間だから、早く出ないと――。


ガララッ――。


 風呂の扉を開けようとしたところで、不意に扉が開いた。

 俺は目を丸くしたまま、棒立ちになる。


「……あら?」


 そこにはキョトンとしたままの姉さんがいた。

 当然、生まれたままの姿で俺に視線を注がせている。

 そして、徐々にその視線が下に向かい――。


「うん。ちゃんと成長しているのね、アルル」


 少し嬉しそうな顔をして、頬に手を乗せ笑みを零した姉さん。

 そして何事もなかったかのように棒立ち状態の俺を素通りして、湯を身体にかけ始めた。


「あ……う……」


「あら、良いお湯ね。せっかく一緒に入ろうと思ったけど、もう出ちゃうんじゃ仕方ないわ。まだアーシャとミレイユは話をしているから、呼んできてくれる?」


 そっと足を湯船につけ、そのまま全身を湯船に浸かる姉さん。

 俺は言葉が出ず、口を開けたまま呆然としている。


 今、俺の状態はただの裸ではない。

 アーシャとのさきほどのキスを妄想して、やばいことになっているのだ。

 それを見て姉さんは『成長している』と嬉しそうに言った。

 その言葉が頭の中をぐるぐるぐるぐる…………。


「ねねね姉さん! どうしてここにいるんだよ! まだ『男湯』の時間だろっ!!」


 あまりに動揺して声が裏返っているのが分かる。

 でも叫ばずにはいられない――。


「いいじゃない、そろそろ交代の時間なんだし。それに私は貴方の従者サーヴァントなのよ。『片時も勇者の傍を離れず、生涯を勇者に捧げ――」


「それは『棒命式』のセリフだろっ! 風呂まで一緒に入るっていう意味じゃない!」


 ……駄目だ。

 これでは完全に姉さんのペースだ。

 俺が困っている姿を見て楽しんでいることは分かっている。


「でも姉さん、びっくりしちゃった。というか、ドキドキしちゃった。扉を開けたらいきなり・・・・だもん。やっぱアルルも男の子なんだな~って」


 仰向けになり、湯船に浮かびこちらを見ている姉さん。

 慌てて後ろを向き、深呼吸をする俺。

 いくら血が繋がった姉弟とはいえ、あまりにも無防備すぎる姉さんに、俺はもう一体どうしたらいいのやら――。


「と、とにかく! もう俺、出るから!」


「うん。ちゃんと2人に声を掛けてね」


「分かってるよ!」


 逃げるようにその場を立ち去る。

 そして急いで服を着て、部屋まで駆け足で戻っていった。



 扉を開き、部屋に入ると2人の姿が見えない。

 とりあえず水を一杯飲み、気持ちを落ち着かせる俺。


「はあぁ……。本当にもう……姉さんは……」


 椅子に座り、テーブルに崩れるように身体を預ける。

 冷たい木の感触が頬に広がり、少しだけ冷静になる俺。


「あ、戻ってきてたんだ。ユフィアさん、どこいったか知ってる? アルル」


 部屋の扉が開き、アーシャがひょっこりと顔を出した。

 どうやらようやくミレイユから解放されたらしい。


「姉さんならお風呂に行ってるよ。行き違いで会ったから、今頃ゆっくり湯船に浸かっているんじゃないかな」


 適当に誤魔化しておいた俺は、もう一度大きくため息を吐いた。


「……なによ、そのため息は……。疲れを癒しに行ってきたんじゃないの?」


「……うん。まあ、色々あって……」


 俺の横に座るアーシャ。

 そして俺とまったく同じ姿勢になり、テーブルに全身を預けた。


「……そっちも大変だったみたいだな」


「……うん。ミレイユは、こういう話が大好きだからね……はぁ」


 俺と同じようにため息を吐いたアーシャ。

 そしてお互いにしばらく無言でそのままの形になる。


 そういえば小さい頃はよくこうやって、2人で日が暮れるまで遊んでいたっけ。

 それで疲れてしまって、秘密基地にあるブロック塀の欠片で作ったテーブルに全身を預けて、気が付いたら夜まで寝ちゃっていて。

 アーシャは叔母さんに怒られて、俺はキサラさんに怒られて。

 お互いにお互いの家まで謝りに行って――。


「あ、そうだ。姉さんがアーシャとミレイユをお風呂に呼んでくれって言ってたよ」


「ミレイユはさっき向かったわよ。私はあとでいい。ていうか、お風呂でもミレイユに捕まったら疲れを癒すどころじゃないじゃない」


「……それもそうか」


 そこまで言い、2人して笑ってしまう。

 そして再び無言の時間が流れる。


 ――これからもずっと、この幸せの時間が続くのだろうか。


 彼女の静かな寝息が聞こえ、俺もそっと目を閉じる。


 明日には街の中にある境界線を抜け、リベリウス連邦国へと入国する。

 まずは連邦国の首都ゼネゲイラに向かい、首相と会談しよう。

 魔王軍襲来の時期をそれとなく示唆し、連邦国軍の士気を高めておくことも必要だ。


 そして連邦国の各地にあるギルドを回り、霊媒師ティアラ・レーゼウムの情報を収集する――。

 ここまでに要する時間は10日を目安にしたい。

 それ以上時間がかかってしまうと、魔王軍襲来までの準備が間に合わなくなる恐れがある。


 ――絶対に、失敗できない『戦い』。


 だからこそ必要なティアラの力と、『霊杖オーディウス』の力――。



 ――俺は眠りにつくまでの間、アーシャの寝息を子守唄代わりに、今後の作戦を繰り返し脳内で反芻していた。

















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