LV.039 本当の想い
「じゃあ、行ってきますねブレックさん」
「おう! たまには帰ってこいよ! 勇者様よ!」
ブレックさんや他のギルドメンバーに見送られ、俺達4人は故郷の街を後にする。
男1人、女3人の長旅――。
俺はどの時間軸でも、同性とともに行動したためしがない。
「ふふ、なんだかピクニックに行くみたいですねぇ。このメンバーだと」
俺の後ろで嬉しそうにそう話すミレイユ。
あの後、すぐに彼女をパーティに加入させ、晴れて俺達は4人のパーティメンバーとなったのだ。
「そうだよねぇ。みんな付き合いも長いし、お互いの癖とかも知っちゃってるし。まあ、やりやすくていいんだけど」
ミレイユの横で頭の後ろに手を組みながら話すアーシャ。
前世では常に前衛だった彼女が、今世では俺の後ろを付いてきている。
一生、彼女の尻に敷かれながら生きていくものだと諦めていた過去が懐かしい……。
「ねえ、アルル。これから、その霊媒師の女の子を探すって言っていたけど、当てはあるの?」
俺の横を歩くユフィア姉さんが質問してくる。
ギルドでパーティの登録を済ませた後、メンバーには今後の予定を簡単に説明しておいた。
霊媒師ティアラ・レーゼウム。
活発化する魔王軍との決戦の前に、彼女を探し、仲間とすること――。
「うん。このまま俺達はラグーンゼイム共和国を出て、隣の国――『リベリウス連邦国』に向かう」
リベリウス連邦国――。
魔族以外の全種族が加盟する世界協定の中心国であり、様々な職業を持った種族が生活する国でもある。
以前、訓練校にいる教官らに『命令』を掛け、霊媒師に関する情報を集めていたのだ。
彼らは元軍人だ。
様々な国で軍事活動をしていた経験から、ティアラに関する情報を聞き出そうとしたのだが――。
「でも、その……ティアラちゃんだっけ? 国籍も不明で神出鬼没。実際の年齢も何歳か分からないんでしょう? リベリウスに滞在しているっていう情報だって、ブレックさんですら知らないっていうし……」
ひょこっと俺と姉さんの間に顔だけ出したアーシャが会話に加わってくる。
「永遠の若さ、ですか。なんだか羨ましい話ですよね。私も霊媒師になれたら、ピチピチのままでいられるのかしら」
頬に手を置き、本気で悩んでいる様子のミレイユ。
まだ歳は俺より2つ上なだけなのに、一体何を悩んでいるのだろう……。
「もう、ミレイユったら……。でも、分かっているのはリベリウスに滞在しているという情報だけなのよね? アーシャの言うとおり神出鬼没の霊媒師を見つけるのって、相当苦労するんじゃないかしら」
姉さんの言葉にアーシャが首を縦に振る。
ミレイユはまだ、『永遠の若さ』という言葉に酔いしれているようだ。
「大丈夫。きっと見つかるさ。彼女の持つ『霊杖オーディウス』は俺達にとって強力な武器になるんだし、アーシャだって自分のステータスを知りたいだろう?」
「そう、それ! どうして自分自身の強さが表示できるわけ? 一体どんな仕組みなのよ!」
俺の言葉に食いついてきたアーシャ。
彼女は霊杖オーディウスの『ステータス表示効果』に興味津々だ。
「仕組みまでは分からないけれど……自分自身だけじゃなくて相手にも使えるし、モンスターや『物』にだって効果があるみたいだ」
前世でティアラは、俺の『命令士』としてのステータス以外にもモンスターのステータスや、ルージュから託された鍵までも『強さ』を表示してみせた。
あの杖があったからこそ、まだ命令士として未熟だった俺でも少しずつ鍛錬することができたのだ。
それに、魔王ルージュや操られていたアーシャも霊杖に固執していた。
もしかしたら、あの杖にはまだ、俺も知らない秘密が――。
『ピギィ! ピギギ!』
「あ。さっそくモンスター発見!」
俺を押し退け、アーシャが前衛へと躍り出る。
ゆるい坂の先には、数体のスライム型モンスターがこちらを警戒していた。
「あらら。アーシャさん、行っちゃいましたね」
「まったく……。アーシャの奴……」
前言撤回。
前世でも今世でも、彼女のおてんばさには変わりがないようだ。
俺が無職であろうと、勇者であろうと。
彼女の俺に対する態度には、まったく違いが見られない。
(……まあ、そこがアーシャの良いところなんだけど)
「ほうら、アルル! 早くしないと私が全部やっつけちゃうよ!」
「はいはい、今行きます」
頭を搔き、彼女の後を追い掛ける。
「ふふ、やっぱりあの2人はお似合いよね、ミレイユ」
「そうですね。でも、なんかユフィアさん、寂しそうな顔をしていませんか?」
「え? そ、そんなことはないと思うけど……」
背後で姉さんとミレイユがなにやらコソコソ話をしている……。
というか、戦闘に参加する気はまったく無いようだ。
「《シルバスター・ラッシュ》!」
『ピギギィ!』
アーシャが細剣技を繰り出し、次々と消滅していくモンスター達。
これでは俺の出番などあるはずが無い。
流石はグレイスキャット一の細剣士と呼ばれるだけのことはある。
確か訓練校での卒業試験でもオール『A』を叩き出し、表彰もされていたはずだ。
「これで5体目……! でもこんなんじゃ、勇者の横に立つ資格なんて――あっ」
慌てて口を噤み、頬を染めたアーシャ。
そして横目で俺の顔を覗いている。
「上からもきたぞ。あれは【ブラッド・ガーゴイル】だな」
聞かなかったふりをした俺は上空を指差し、聖剣を抜いた。
ほっと溜息を吐いたアーシャを確認し、跳躍する。
「! 一瞬であの高さまで……!」
『ギョギョギョ……!?』
4体の【ブラッド・ガーゴイル】が目を丸くしていた。
そして臨戦態勢に入ろうとするが、すでに俺は剣を振り抜いている。
「――《無速の剣閃》」
『……?』
聖剣を鞘に収め、俺は地面へと着地する。
まるで時が止まったかのように、上空で微動だにしない4体の【ブラッド・ガーゴイル】。
そして次の瞬間――。
『ギョ――』
悲鳴を上げようとしたモンスターが、十字に引き裂かれていく。
そのまま上空で消滅し、素材とGが地面に降り注ぐ。
「す、すごい……」
唖然としたまま、俺の横顔に視線を向けたアーシャ。
胸に手を置き、目を輝かせているのが分かる。
「まだ、初速が遅い感じがするな。10体に囲まれていたら、一撃では無理だったかもしれない」
右手に視線を落とし、ひとりそう呟く。
魔王軍との戦争になったら、数千、数万の魔族と戦わなくてはならない。
前世で姉さんはそれを退け、魔王ガハトと一騎打ちにまで持ち込んだのだ。
今の俺の『勇者』としての力は、前世の姉さんに及んでいるのだろうか。
あまりにも力の差があった前世では、姉さんの力を推し量ることは不可能だった。
「……格好良い……」
「え?」
「ななな何でもないわよ!」
再び慌てた様子のアーシャ。
そんな彼女の姿を見ると、俺まで胸が苦しくなってしまう。
いつか――。
俺も、彼女に気持ちを伝えよう。
全てが終わったら、ずっと言いたかった言葉を、彼女に――。