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命令士アルルの異世界冒険譚  作者: 木原ゆう
新説 第弐章 怪異少女のシークレット
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LV.037 生涯の従者

 あれからちょうど2年が経過した。


 訓練校での丸3年間、すべての教科をオール『S』で履修し、勇者としての最終試験に臨んだ。

 最終試験は現役最強といわれている軍の指揮官との一騎打ちだ。

 これに勝利すれば、俺は晴れて『勇者ブレイバー』としてデビューすることとなる。


 1年早く訓練校を卒業したユフィア姉さんも、難なく試験に合格。

 訓練校の上層部に『命令』を掛けておいた内容と、彼女のきっての願いにより、彼女は『従者サーヴァント』として一足早く戦場で活躍をしていた。


 今、俺の前に跪いているのは、人間族最強の重戦士ウォーリアだ。

 数々の武勲を残し、今もなお現役最強として名を馳せているギルド本部のエースでもある。


「くっ……! さすがは訓練校始まって以来の優等生というわけか……!」


 俺の騎士剣の切っ先を喉元に押し付けられながら、悔しそうにそう呟く教官。

 今回の最終試験で、俺は命令士としての力を封印した。

 今まで培ってきた勇者としての特訓を、最大限発揮したかったからだ。


「文句なしの合格だ、アルル・ベルゼルクよ。勇者として、人間族の平和のためにその力、如何なく発揮してもらいたい」


 剣を納めた俺に対し、敬意を表した教官。

 それに合わせて試験会場にいるすべての教官が片膝を突き敬礼した。


「勇者アルル・ベルゼルクの誕生だ――――!」


 世界中から集まった観衆から歓声が沸き起こる。

 観客席の一番前では、涙を流し喜んでいるアーシャの姿と、彼女を嬉しそうに宥めているミレイユの姿も見える。


(姉さんは……)


 ユフィア姉さんの姿を探すため、会場に視線を一周させるも見当たらない。

 試合開始前は、確かにアーシャたちと一緒にいるところを目撃したのだが。


「新勇者、アルル様。このまま聖剣デュラハムの進呈式を始めますぞ。こちらへ」


 さきほどの教官に促され、闘技舞台の横にある授賞会場へと招かれる。

 そちらに視線を向けると、探していた姉の姿を発見した。

 彼女は微笑みながら、一本の輝く剣を大事そうに抱えていた。


 聖剣デュラハム――。

 前世では勇者であったユフィア姉さんが、死の間際まで使っていた由緒正しき勇者の剣。

 彼女の葬儀の後、ラグーンゼイム共和国の首都に厳重に保管されていたものだ。


「おめでとう、アルル。ずっとずっと、これを貴方に渡したかったの」


 ユフィア姉さんの目には涙が浮かんでいた。

 俺にはまるで彼女の言葉が、前世から続いていた彼女の望みを表現しているかのように聞こえた。

 そんなことが、あるわけないのに――。


 壇上ですでに待機をしていた司教が俺と姉さんを手招きする。

 それに従い、もう一段高い場所へと上る俺達。


 ひとつ咳払いをした司教は、俺と姉さんの顔をゆっくりと確認した。

 その仕草により静かになった会場。


「今ここに、勇者アルルと聖剣デュラハムの神の導きを――」


 司教の言葉が会場に響き渡る。

 そして天空から舞い降りる眩い光が俺を包み込む。


 暖かい光。

 その光に照らされながら、俺はそっと目を閉じる。


 隣に立っている姉さんの、静かな鼓動が聞こえてくる。

 彼女は、この世界で、確かに生きているのだ。


 これから山ほどやるべき事がある――。



「……ル……アルル。大丈夫?」


 姉さんの呼び声で目を開ける。

 すでに司教による儀式は終了し、観衆の視線は俺に注がれていた。


「うん。大丈夫だよ、姉さん。あまりにも光が暖かくて、ちょっとだけ眠たくなっちゃっただけだよ」


「もう、アルルったら……。ほら、みんな待っているわよ」


 そう小さく笑ったユフィア姉さんは、俺に向かい聖剣を掲げ、跪いた。

 これは聖剣の進呈式でもあり、姉さんが就いている『従者サーヴァント』としての捧命式でもある。

 勇者の傍を片時も離れず、勇者のためにその生涯を捧げる従者として、彼女は生きるのだ。


「姉さん……」


 俺は手を伸ばし、姉さんから聖剣を受け取る。

 そして剣を抜き、天空にその輝く刀身を掲げた。


 その瞬間、盛大に観衆が沸いた。

 

 そしてこれが、実に12年ぶりの『勇者』の誕生となる――。





 進呈式を終えた俺は、そのまま姉さんと共に会場をあとにした。

 本来であれば、このまま首都に向かい軍本部との会議に出席しなければならない。


 ここ2年で、魔王軍は活発に動き始めていた。

 人間族と共闘を推し進めていた他の種族も、奴らの侵攻を抑えきれなくなってきたらしい。


 俺の前世の記憶では、もう間もなく魔王軍は人間族の領地に大遠征を仕掛けてくるはずだ。

 であれば、このまま軍本部と合流し、俺と姉さんの指導の下、連携を強化しておかなければならない。


 しかし、俺には別の目的があった。

 軍本部への指導は、さきほどの重戦士にやらせておけばいい。

 今まで軍を指揮してきた奴であれば、変わりなく部下も指示をを聞くだろう。


 すでに幹部の何人かには『命令』を施してある。

 そして、さきほどの最終試験が終了した直後。

 跪いた重戦士の耳元で、俺はこう呟いたのだ。


 『貴方におねがいがあります・・・・・・・・・。進呈式が終わったら、俺と姉さんを軍本部には向かわせず、当分は今までどおり貴方が軍を指揮してください。時期がきたら、必ず軍に戻ります。それらを上手く上層部に伝え、俺の計画に支障をきたさないよう、最大限の配慮をしてください』、と――。


 これで当分は軍での実務をこなさずに済む。

 数週間後に訪れる魔王軍襲来に備え、しっかりと準備をすることが俺の目的だ。


 そのために必要なこと――。



「ユフィア姉さん。姉さんは『霊媒師ミスティック』という職業を聞いたことがある?」


霊媒師ミスティック? ええ、少しは聞いたことがあるけれど……。貴方、その名をどこで……?」


 やはり姉さんは霊媒師を知っている。

 前世でティアラは姉さんのことを知っていた。

 どこかのタイミングで彼女らは接触していた可能性がある。


「霊媒師というのは、世界に数人しかいない希少な職業よ。確か、若返りの魔法を使って永遠の若さを保ったまま何百年と生きられる、とかなんとか」


 首を傾げてそう答えたユフィア姉さん。

 彼女が知っている情報がその程度なのであれば、前世でのティアラとの接触はまだ先の話なのかもしれない。


 魔王軍襲来の時か。

 それとも姉さんの告別式の時か――。


 それにもう1つ。

 俺もアーシャも『もう一人の命令士』と接触していた可能性がある。

 

 俺は何故、前世でナユタが自害する瞬間を予知できたのか。


 アーシャが死の間際に誰かに掛けられた『命令』が解除されたこともそうだ。

 恐らく何かの弾みで『命令』の副作用である記憶喪失が元に戻ったのだろう。

 

 俺とアーシャの記憶を操作できる人物――。

 それは一体、誰なのか――。


 この世界に存在する霊媒師の数も把握しなくてはならない。

 ティアラ以外に霊媒師は何人存在するのか。


 1人の霊媒師がその生涯で『命令の力』を与えられる人物は1人だけだ。

 場合によっては、この世界に存在する命令士も、複数存在するのかもしれない。



「あれ、でも確か種族戦争のときに霊媒師はそのほとんどが絶滅したって聞いたけどね。本当に今でも生き残っているのかしらね……。でも、どうして?」


「ううん、ちょっと気になっただけだよ。もしもそんなに長生きをしている人間がいたら、凄いなって思っただけ」


「ふうん……」


 俺の言葉に納得できない様子のユフィア姉さん。

 しかしすぐに思い直したのか。

 俺に向き直り、笑顔で下から見上げるような形に。


「ふふ、勇者様のお言葉は決して疑ったら駄目だよね。これからもずーっと、一緒にいるわけなんだし」


「う……」


 その表情があまりにも可愛らしくて。

 実の姉さんなのに、俺は目を逸らしてしまい――。


「あれ? どうして目を逸らすの?」


「あ、いや、だって……その」


 何と答えて良いかも分からず、ただただ口篭る。

 姉さんは、俺に対してあまりにも無防備だ。


「うーん?」


 訳も分からず、首を傾げるだけの姉さん。

 


 ――そんなユフィア姉さんの背中を押しながら、俺は何度も「なんでもない」と言い続けていた。



















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