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命令士アルルの異世界冒険譚  作者: 木原ゆう
新説 第壱章 再生勇者のリスタート
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LV.036 命令の効果

 草原のモンスターをあらかた撃破した俺は訓練校へと戻った。

 アイテム袋はもうパンパンだ。

 これらのモンスター素材を教官に手渡し、実地訓練の査定をもらう。


 こうやって集めた素材を教官らは鍛冶屋や裁縫店に卸し、訓練校の収益の一部としているらしい。

 拾ったGゴールドは訓練生の生活費や武器、防具などの必要経費に充ててもいい決まりになっている。

 これらはギルドで働く冒険者と同じ規則だ。

 教官の中にはそれらのGさえよこせと脅迫してくる者もいるのだが。


「……よし。規定モンスター討伐数をクリア、ボスクラスのモンスターを4体討伐か。文句なしの査定『S』だな」


 素材を手渡した教官はホクホク顔でそう答える。

 入学してからずっと、俺の全科目の査定は『S』だ。

 このままいけば、間違いなく勇者に選出されるだろう。


 これらのモンスター素材も、最低でも10万Gの金に換金できるのだろう。

 そのうちいくらの金がこの教官の懐へと入るのか。


「ユフィア姉さんの試験は終わったんですか?」


 すでに金勘定を始めていた教官に質問する。

 今朝は早くから試験の準備をしていたから、もうとっくに終わっている頃だ。


「あ? そんなことを聞いてどうする。他の生徒の試験内容は口外できない決まりになっていることは、お前も知っているだろう」


 明らかに不機嫌な顔でそれだけ答えた教官。

 俺は見えないように溜息を吐き、こう告げる。


おねがいだから・・・・・・・、教えて下さい。試験内容はどうせすぐに分かりますから、姉さんの試験が終わったかどうかだけでいいので」


 ――世界が、白黒に変わる。

 ぽかんと口を開けたまま、一瞬だけ静止する教官。

 そして時間が動き出し、虚ろな目で俺の質問に答えだす。


「……ああ、いいだろう。ユフィア・ベルゼルクの試験は2時間前に終了した。因みに査定はオール『S』だ。上層部ではユフィアとアルル、どちらを勇者にしようか、かなり揉めているらしいな」


 こちらが質問していないことまで、ペラペラと喋りだした教官。

 きっとこれは、俺の『命令士』としてのレベルが上昇したことによる付加効果だろう。

 実際に口に出して命令しなくとも、俺が心の中で知りたいと思っている情報までもが『おねがい』に反映されている結果だ。


 ユフィア姉さんも入学以降、全ての科目でオール『S』を叩き出し続けている。

 通常であれば1年先輩のユフィア姉さんを『勇者』とし、後輩の俺は『従者』として姉さんの右腕になり、軍を指揮するという流れなのだろう。


 しかし、そんなことは、俺がさせない。

 すでに訓練校の上層部には『命令』を施してある。

 必ず、俺を『勇者ブレイバー』とするように――。


 『揉めている』など、ただの目眩ましに過ぎない。

 周りを欺くため、あえてそういう命令・・・・・・を下しているのだから。



「……あ? 今、なんか俺に言ったか?」


「いいえ。何も」


 命令の効力が切れ、その間の記憶を失った教官。


 俺は軽く一礼し、その場を去った。





 訓練校を後にし、孤児院に戻る最中も思考する。


 教官らの上層部にはすでに命令を下してあるが、当然教鞭にあたる教官ら全てにも持続力のある『命令』を施してある。

 特に、ユフィア姉さんに対する仕打ちを抑制する『命令』は念入りに処置してある。


 前世のような酷い仕打ちを姉さんにするようであれば、奴らがその場で自害するように――。

 

 だが、いわば時限装置的な『死の命令』は、今の俺でも使用不可能のようだった。

 しかし、命令を施しても効果を発現しないことが、イコール不発とも言えないのが『命令』の奥深いところでもある。


 人は強烈な『死の恐怖』の前では、まともな精神でいることすら出来ない。

 教官らに仕掛けた死の時限装置は、奴らが姉さんに酷い仕打ちをしようと考えるたびに発動するようだった。

 その度に顔面が蒼白になり、奇声を発し、狂ったように泣き叫ぶ教官達。

 そのまま精神を病んでしまう者もいれば、もう二度と姉さんに手を出さないと誓う者もいた。


 俺の目的は教官らを殺すことではない。

 いくら前世で酷い目に遭わされた姉さんとはいえ、その頃の記憶があるわけではないのだ。

 それにきっと、姉さんだったら奴らを許すだろう。

 ならば抑止力になるだけで十分だ。



 中央通りを抜け、孤児院へと向かう途中でミレイユの後ろ姿を見かける。

 手には赤い花束を持っているが、きっと姉さんの試験の合格祝いに買ったものなのだろう。


「ミレイユさん、これから孤児院に向かう途中ですか?」


「あら、アルルさん。そうなのですよ。ユフィアが実務試験に合格したって聞いて」


 振り返りそう答えたミレイユは、嬉しそうに花束を俺に見せる。

 彼女がもう姉さんの試験合格のことを知っているということは、きっとアーシャあたりが街の人間に言いふらしたのだろう。

 小さな街だから余計に噂は広がりやすい。


「そうみたいですね。俺もさっき聞きました。ちょうど帰るところでしたから、一緒に行きましょう」


 ミレイユの代わりに大きな花束を持った俺は、彼女をエスコートしながら孤児院へと向かう。

 その様子を嬉しそうに眺めているミレイユ。


「……どうかしたんですか? さっきからジロジロと俺を見て……」


「え? ううん、嫌な気分にさせちゃったのならごめんね。でもね、アルルさん、変わったなぁって思って」


「俺が?」


「うん。昔はもっとオドオドしていたっていうか、頼りなかった感じというか……。こうやって立派に成長している姿を見ると、お姉さん嬉しくって」


 屈託のない笑顔でそう話すミレイユ。

 少しだけ照れ臭くなった俺は視線を逸らし、頬を軽く搔く。


「これじゃあ、アーシャも大変ですね。ライバルがいっぱいいそうで」


「へ?」


「ふふ、何でもないですよ」


 悪戯な笑みで軽く俺の頭を突いたミレイユ。

 それが恥ずかしくて頬を赤く染めてしまう俺。


「あ、きたきた! 帰ってきたよ! ユフィアお姉ちゃん!」


 孤児院の前に到着すると、さっそくアーシャが俺達を出迎えてくれた。

 やはりこいつが噂を広めた元凶か。

 ユフィア姉さんのことになると、本当に張り切ってしまうのだから困りものだ。


「お帰りなさい、アルル。それにミレイユまで来てくれたのね」


 孤児院の扉からアーシャに手を引かれ姉さんが出てきた。

 別にどこか遠くの国の遠征から戻ってきたわけではないのに、やけにはしゃいでいるアーシャ。


「ただいま、ユフィア姉さん。それとこれ、ミレイユさんから」


「実務試験合格おめでとうございます。これであとは最後の認定試験だけですね」


 俺が姉さんに花束を渡すと同時に、お祝いの言葉を述べるミレイユ。


「綺麗……。ありがとう、ミレイユ。でもね、私、最後の認定試験に合格しても、『勇者』には――」


「はいはい、分かっていますよ。もう何十回も聞きましたから。勇者はアルルさんに任せて、ユフィアは『従者サーヴァント』になりたいのですよね?」


「えー? アルルが勇者なんて、先代の勇者様達に申し訳ないんじゃない? やっぱユフィアお姉ちゃんのほうが似合ってて格好良いよぅ」


 俺を差し置いて、楽しそうに話す女子3人。

 若干一名だけ、失礼な事を言っている輩がいるが。


「ふふ、とりあえずみんな中に入って。キサラ叔父さんもそろそろ仕事から戻ってくる頃だし、お茶にしましょう」


「今日はケーキも奮発したからね! こーんなに大きいやつ!」


 アーシャのオーバーリアクションにユフィア姉さんとミレイユが笑う。

 俺もみんなに釣られて笑ってしまった。



 これが、俺の望む『世界』だ。


 この優しい世界を、これからも俺は守り続ける。



 その先にどんな敵が待ち構えていようとも、俺は――。


















『新説 第壱章 再生勇者のリスタート』 fin.


next 『新説 第弐章 怪異少女のシークレット』

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