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命令士アルルの異世界冒険譚  作者: 木原ゆう
新説 第壱章 再生勇者のリスタート
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LV.034 前世の憎悪

 グレイスキャットにある職業訓練校。

 小さな街には似合わない、大きな校舎の門が俺達を迎え入れる。


「じゃあ、しっかりがんばるのよ!」


「ああ。アーシャこそ」


 彼女と別れ、それぞれの訓練場へと向かう。


 この世界で『職』に就くためには、職業訓練校で行われる認定試験に合格しなくてはならない。

 通常は3年間の実務を修了し、その後行われる認定試験を受け『職』が決定する。

 しかし、アーシャのように優秀な学生は3年を待たずして認定試験を受け、合格する者もいる。

 いわゆる飛び級というやつだ。


 アーシャは入学しておよそ1年で、細剣士フェンサーの認定試験を受け、これに合格。

 正式な『職位』の交付は訓練校を卒業後となるが、残りはしっかりと実務をこなせばいいだけの学生生活だ。


 『職』には様々な種類が存在する。

 細剣士フェンサー以外にも前衛特化型の重戦士ウォーリア斧破士ディザスター

 後衛特化型の弓射士シューター銃剣士ガンブレイズ

 魔法職である聖魔師ソーサラー治癒師ヒーラーなどだ。


 指導される『職』の種類は、世界各国に複数存在する職業訓練校ごとに異なるが、ここグレイスキャットにある訓練校は世界でも特別な訓練校となる。

 その理由が『勇者ブレイバー』だ。


 勇者とは無数に存在する『職』の中で最も特殊な職業といえる。

 誰でもなれる職業ではなく、『勇者の血族』といわれる者しか訓練を受ける資格を与えられない。

 要するに勇者の子孫しか、勇者になれないというわけだ。


 そして、勇者になれる者は世界でたった一人だけ。

 認定試験に落ちれば、別の職業に就くか『無職』になるか。

 もしくは、勇者を補佐するための特別な職業である『従者サーヴァント』となるか。


 しかし従者といっても、勇者に近い実力が求められる高度な職業だ。

 戦場で勇者が戦死した場合には、この従者が勇者の代わりとなって軍を指揮することになる。



「あら、おはようアルル。ふふ、その顔は今日もアーシャに叩き起こされたって顔ね」


 訓練場の扉を開けると、そこには額に汗を流しながら笑顔で振り向く姉の姿があった。

 ユフィア・ベルゼルク。

 俺の唯一の肉親で、尊敬する実姉。

 そして、前世では勇者ユフィアとして軍を率い、魔王軍との戦争に打ち勝った実力者。


 しかし、彼女はその戦場で死んだ。

 魔王ガハトとの相討ちだとされていたが、実際は魔王の娘であるルージュの策略に嵌められたのだ。


「おはよう、ユフィア姉さん。今日はこれから実務試験?」


「ええ。だから少し早く家を出て、こうやって汗を流していたのよ」


 辺りを見回すと訓練場には姉さん以外は誰もいなかった。

 この訓練校で勇者候補として在籍している生徒は、俺と姉さん以外には数名しかいない。

 この中の誰かが勇者として卒業し、いつか攻勢をかけて来るであろう魔王軍と戦わなくてはならないのだ。


 先代の勇者が没してから、早10年の歳月が流れた。

 その間、人間族は勇者不在のまま魔族とけん制をし合っている現状だ。

 もうとっくに種族戦争は終結したというのに、魔族だけが他種族との交渉に応じず、世界を支配しようと目論んでいる。


 世界協定に参加しているのは、魔族以外のすべての種族だ。

 その協定の中心である人間族を滅ぼそうとする魔族だが、他種族の攻勢により今は勢力を弱めている。


 前世の俺の記憶では、魔王ガハトが軍を率いて最後の戦争を仕掛けてくるのが、今から2年後のちょうど今頃だったはず。

 俺はそれまでに勇者として覚醒し、魔王と対峙しなくてはならない。


 そしてユフィア姉さんを守り、彼女を『死の呪い』から救い出す――。



「ユフィア・ベルゼルク。準備はいいか」


 ふいに訓練場の扉が開き、教官が姉さんを呼んだ。

 その顔を見た俺は、明らかに殺意のある表情へと変化する。


「……なんだ。いたのか、アルル。お前は今日も遅刻か。他の訓練生はすでにで実地訓練を開始しているぞ。お前もすぐに向かえ」


 高圧的な態度でそれだけ告げた教官。

 俺は返事もせずに姉さんに目だけで合図をし、訓練場の扉から外に出る。


「ちっ、相変わらず無愛想な弟だな、ユフィア」


「……アルルのことを悪く言わないで下さい、教官。試験のほう、宜しくお願いします」


 扉の隙間から教官とユフィア姉さんの声が漏れてくる。

 俺はそっとその場を離れ、教官の指示どおりの場所へと向かった。





 前世の記憶――。

 俺がまだ、訓練校にいた頃の記憶。


 勇者の血族として期待され訓練校に入学するも、俺と姉さんとでは実力にかなりの差があった。

 俺はすぐに勇者になることを諦め、この場所から逃げることだけを考えるようになった。


 血反吐を吐くほど過酷な特訓の日々。

 特に勇者となれば、教官らの指導は厳しい。


 ある日、俺は姉さんが特訓を受けている現場に遭遇した。

 俺はそっと訓練場の扉の隙間からそれを覗いていた。

 複数の教官との仮想集団戦闘の特訓をしている姉さん。

 彼女は押されながらも、持ち前のセンスと実力で教官らの猛攻を防いでいた。

 俺はその姿に嫉妬し、歯軋りをしながらその場を後にしようとした。


 しかし、姉さんの軽い悲鳴とともに訓練は終了した。

 一瞬の隙を突かれ、攻撃を受けてしまったらしい。


 息を荒くした複数の教官が、地面に倒れる姉さんを取り囲んでいた。

 もう訓練は終了したはずなのに、何故教官らは姉さんを取り囲んだままなのか――。


 教官のひとりが姉さんの耳元で何かを囁いた。

 それを聞いた姉さんの表情が凍りついたように見えた。


 でも、すぐに姉さんは諦めたような表情で取り囲む教官らの顔を見上げた。

 そして、教官らは、


 ユフィア姉さんを――。



 俺はその場から一歩も動けなかった。

 声を発することもできず、ただ教官らに蹂躙されている姉さんを扉の隙間から見続けることしかできなかった。


 きっと、姉さんはすべてを受け入れていたのだ。

 勇者となるための過酷な訓練も。

 このクズ教官らのような人間も含め、世界の平和のために身も心も捧げなければならないことを。


 訓練校の教官は、元軍人だ。

 勇者を指導する教官ともなれば、戦場の最前線で戦っていた、いくつもの勲章を手にした高官でもある。


 『彼らのお陰で、魔族に侵略されずに平和な日々を過ごせている』――。


 ずっと口癖のようにそう話していた姉さん。

 だから、彼女は受け入れたんだ。



 教官の吐き出す欲望を、その身に受けて――。


















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