LV.033 再生の物語
『命令』の力――。
あらゆる事象を凌駕し、王として全てを統べることのできる力――。
《絶対循守》。
何者もこれに逆らうことなどできない。
それがたとえ神であっても、例外など存在しない。
これは過去を奪われた青年の『やり直し』の物語――。
いくつもの策略を潜り抜け、彼が行き着く先は生か死か。
はたまた、再びの『生』か――。
◇
「ほうら、アルル! さっさと起きないとまた遅刻しちゃうぞ!」
「うわっ!」
耳元で大声で叫ばれ、ベッドから転げ落ちる。
頭を押さえ見上げると、そこにはいつもの幼馴染の姿が。
「いつつ……。なあ、アーシャ。毎度のことなんだけど、もう少し優しく起こしてくれないかな……」
アーシャ・グランディス。
茶色掛かった長い髪に、小さめの顔の女の子。
しかし職業訓練校で2年生にして、すでに細剣士として右に出るものがいないとさえ言われる優等生。
「十分優しいじゃないのよ! ああもう、私まで遅刻しちゃう!」
慌てた様子で鏡に向かい、長い髪を縛るアーシャ。
あの様子だときっと彼女も寝坊をしたのだろう。
それを俺のせいにすることで、ユフィア姉さんに怒られないようにしているだけなのだ。
「ユフィア姉さんは? もう訓練校に向かったのか?」
軽く首を鳴らし起き上がる。
いまベッドから転げ落ちたときに腰を打ったらしい。
お尻の辺りが少しヒリヒリする。
「当たり前でしょう? ユフィアお姉ちゃんは今日は大事な実務試験じゃない。もうとっくに行ったわよ!」
こちらに首だけ向けたアーシャは、鬼のような顔でそう叫ぶ。
1年先輩のユフィア姉さんは今年で3年生だ。
卒業試験はまだ先だが、勇者としての実務試験はかなり過酷な試験だ。
事前に身体を慣らしておかないと大変なことになる。
この孤児院には俺と姉さん、それに宣教師のキサラ先生の3人で生活をしている。
当たり前のように毎朝俺を起こしに来るアーシャは、すぐ向かいにある洋裁店の娘だ。
小さい頃から何かと俺に突っ掛かってくる彼女だが、俺はすでに彼女の『本心』を知っている。
「……な、なによ。何か私の顔についてるの……?」
俺の視線に気付いたアーシャが頬を赤く染める。
俺は軽く微笑み「なんでもないよ」とだけ答える。
――今でも、夢に見ることがある。
『前世』での彼女の最期を。
俺に剣を刺されたその瞬間でさえ、彼女は微笑んでいた。
もう、二度とあんな顔は見たくない。
今度こそ、絶対に死なせない。
アーシャだけじゃない。
ユフィア姉さんも、ミレイユも。
デボルもシュシュも、ローサもナユタもレムも――。
「あーー! もうこんな時間だわ! ほらアルル! これ食べて行きましょう!」
「むぐ!?」
いきなり口に何かを咥えさせられ呼吸困難に陥る。
これは……《香麦の粉》で作ったパンだ。
きっとアーシャの母親が持たせたものだろう。
俺は口を動かしながら、無理矢理アーシャに引っ張られ孤児院を後にする。
暖かな日差しが街道を照らす。
季節は春――。
道行く人々に挨拶をしながら、俺達は訓練校へと走る。
俺達の住む小さな街、《グレイスキャット》。
ラグーンゼイム共和国にある小さな街だが、人間族にとっては特別な街でもある。
この街は別名『勇者の街』と呼ばれ、世界各国に少数存在する『勇者の血族』を集める街なのだ。
俺とユフィア姉さんが小さい頃に、この街に連れて来られたのもそれが理由だ。
そして職業訓練校で勇者として覚醒するために厳しい教育を受ける。
前世で俺は、訓練校から逃げ出した。
すべてを姉さんに押しつけ、彼女は世界で唯一の『勇者』となった。
そして魔王軍の襲来とともに戦場に狩り出され、姉さんは命を落とすことになったのだが――。
「あら、2人とも今日も遅刻かしら?」
前方で大きな紙袋を抱えている女性に声を掛けられる。
ミレイユ・バーミリオンズ。
職業訓練校を去年卒業した、治癒師である彼女。
ユフィア姉さんとは親友で、俺やアーシャにとっては姉的な存在でもある。
「そうなんだよミレイユお姉ちゃん。全部アルルが悪いんだけどね!」
走りながらそれだけ伝えたアーシャ。
彼女についていく俺の顔を見て苦笑してしまったミレイユ。
「ふふ、相変わらず仲がいいわね。今日も頑張ってね、2人とも」
笑顔で手を振ってくれたミレイユ。
俺はその顔を見て、歯をぎゅっと食いしばった。
「……また、そんな顔してる」
「え?」
俺の表情に気付いたのか。
アーシャが走りながらそう呟いた。
「去年あたりから、たまにそんな顔をするようになったよね、アルル」
「そ、そうかな」
まるで心を見透かされた気分になって、無意識に顔を逸らしてしまう。
当然、彼女は覚えていない。
『やり直し』の人生を――重い十字架を背負うのは、俺だけで十分だから。
「……ふーん。まーた、だんまりですか。これだから勇者候補ナンバーワン様は嫌よねー」
「そんな言い方はないだろう! 俺だって、その、秘密の1つや2つくらい――」
「はいはい、まあいいわ。アルルも男の子だもんね。でもいつか、絶対に吐かせてやるんだから」
「う……」
そのまま顔を近付けられ、また目を逸らしてしまう。
どうにもアーシャには頭が上がらない。
彼女の気持ちを知っているだけに、余計ヒヤヒヤしてしまう。
だが、これは俺の問題だ。
ここまでは順調に、俺の記憶どおりに世界は動いている。
大きく歴史が変われば、その後に起こる複雑な事象に対処しきれないかもしれない。
俺の目的は2つ。
このまま俺が勇者となり卒業し、ユフィア姉さんを死なせないこと。
そして、もう1人の命令士を暴き、仲間の命を守ること。
これは、俺の『再生の物語』だ。
俺はこの『命令士』の力と『勇者』の力で、新たな未来を掴み取ってみせる――。
訓練校に到着するまでの間、俺はそう強く願っていた。