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命令士アルルの異世界冒険譚  作者: 木原ゆう
第五章 残虐無情のクリミナル
29/65

LV.028 魂は天国へと向かうのでしょうか

「そんな……」


 膝から崩れ落ちるアーシャ。

 涙を流しワナワナと肩を震わせている。

 俺はアーシャのそんな姿を直視出来ずに、ただ呆然と立ち尽くすのみ。


「本当に……ローサさんとナユタさんが……」


 2人の亡骸の前にしゃがみ込み、胸の前で十字を切るミレイユ。

 アーシャよりは冷静に見えるが、よく見ると手が震えている。


「何なのよ一体これは……」


 地面に放り出されたナユタの愛刀を見つめ、そう言うレム。

 顔面は蒼白で、どう見ても演技をしている様には見えない。


「デボルとシュシュは?」


 今、現場にいるのは俺を含めて4名。

 宿に戻った俺はまだ食事中だった皆に事の次第を告げ、この場に誘導したのだが……。


「……彼女達には埋葬の為の道具を用意して頂いております」


 俺の質問に答えようとしないアーシャの代わりにミレイユがそう答える。

 皆、悲痛な面持ちでローサとナユタの遺体を眺めている。

 ……誰だ?

 この中に《命令士》がいる筈だ。

 誰だ?

 仮面を被り、悲痛な表情で演技をし、心の中ではほくそ笑んでいる『悪魔』は――?


 俺は3人に見えないように拳を強く握る。

 俺に告白してくれたローサの表情が脳裏に浮かぶ。

 俺に助けを求めたナユタの表情が脳裏に浮かぶ。

 

 殺してやる――。

 俺の大事な仲間を奪った裏切り者を、俺は――。


「……とりあえずこのままでは不味いでしょう。デボル達が戻るまで、私達で下準備をしておきましょう」


 そう言ったレムはナユタの亡骸を抱き起こそうと動く。

 彼女には既に《命令》を掛けてある。

 『俺に協力するように』、と。

 

 彼女がもう一人の《命令士》だとしたら、きっと俺の《命令》など効果を為さないとの思惑もある。

 が、結局は想像の産物だ。

 裏をかかれてしまえばどうしようもない。


「う……うう……」


「アーシャさん……。気をしっかり持って。私達も手伝いましょう」


 泣き止まないアーシャを宥め、その身を優しく抱き起こすミレイユ。

 少し冷静さを取り戻したのだろうか。

 普段から遺体を見慣れている聖職者だから、立ち直りが早いのか、それとも――。


「……大丈夫。有難う、ミレイユ。ローサの方は、私が……」


 優しく包み込む様に、ローサの頭部を布に包むアーシャ。

 彼女の死に顔はとても幸福そうにも見える。

 きっと何も気付かないままこの世を去ったのだろう。

 俺に告白をしたまま。

 親友のナユタに殺された事を知らぬまま……。


「ミレイユ。頼む」


「ええ」


 詠唱を始めたミレイユを無言で眺める俺達。

 地面いっぱいに広がった血液が徐々に蒸発を始めて行く。

 聖職者ならではの魔法。

 遺体のアンデッド化を防ぐための措置。

 埋葬の為の下準備――。


 遠くから足音が聞こえ、振り向く。

 そこにはデボルとシュシュが神妙な面持ちで埋葬道具を運んで来るのが見えた。





 ローサとナユタの遺体を丁寧に棺桶に移し。

 そのまま俺達は《グレイロック》の街を離れる事にした。

 まるで何かから逃げ出す様に。

 街の住人に見つからない様に、証拠を消して街を去る――。


 しばらく街道を南に進み。

 その先にある《レッドバーンの森》へと到着する。

 道中での会話は一切無かった。

 あのお喋りなシュシュでさえ、下を向きながら、唇を噛み締めながら、ただただひたすらに棺桶を押して歩くのみだった。


 その間も俺は思考する。

 最初にこのパーティを立ち上げたのはアーシャとミレイユだ。

 そして俺が誘われ、地元で名を馳せていたデボルを引き抜いた。

 その後、デボルの知り合いだったシュシュを引き抜き。

 しばらくしてからローサとナユタを他の傭兵団からスカウトし。


 そして最後に入隊したのがレムだ。

 確かどこかの国の富豪の奴隷をしていたという噂を聞いた事がある。

 《ダークエルフ族》という身の上を考えると、別段不思議なことではない。


(この中では彼女が一番怪しいのか?)


 そっと視線をレムに移す。

 長年奴隷をしてきたのであれば、世界に対する『恨み』の様なものも人一倍強いのだろう。

 種族差別が横行しているこの世界を変えたい――。

 力が、欲しい――。


《――汝に授けよう》

《――絶対循守の・・・・・命令の力・・・・を……汝に》


 あの時の言葉が脳裏に浮かぶ。

 俺に《命令士》としての力が与えられた瞬間の、『声』――。


(……試してみるか)


 そう、小さく呟く。

 誰かの視線を感じ、顔を上げる。

 ?

 誰だ?

 いま、確かに視線を感じた。

 全員の顔を見回す。


 アーシャ。ミレイユ。デボル。シュシュ。レム。

 俺を含めて6人になってしまったメンバー。


 誰だ?

 今のはただの『視線』では無かった。

 殺意――?

 そう。

 確かにそこには、はっきりとした『殺意』を感じた――。





 森の奥深くに入り、大きな穴を二つ掘り。

 そこに棺桶を入れ、納棺の儀式が始まる。


 両手を組み膝を付き、祈りの言葉を捧げるミレイユ。

 俺達はその後ろに立ち、ただただ彼女達の死を悼む。


「ローサ……! ナユタ……!」


 涙を流し嗚咽を漏らすアーシャ。

 彼女の頭を撫で、抱きしめるレム。

 神妙な面持ちのデボルの足元にはシュシュがしがみ付き。

 彼女もまた涙を流していた。


 ミレイユの言葉が止むと、棺桶が淡い光に包まれる。

 2つの遺体からは放射状に青白い光が天高く舞って行く。

 あれは2人の魂なのだろうか?

 ローサとナユタの魂は無事、天国へと向かって行ったのだろうか?


「……これで大丈夫です。彼女らが《腐死亡者アンデッド》としてこの世を彷徨う事はありません」


 立ち上がり、そう説明するミレイユ。

 そして俺達は棺の蓋を戻し、丁寧に土を掛けて行く。

 優しく。

 眠る子に布団を掛けてやる様に。


 ――こうしてローサとナユタの納棺の儀式は終了した。





 日が昇る。

 そのままテントを張り、朝食の準備を済ませたが、誰も食事に手を付ける者はいない。


「おい。気持ちは分かるけど、少しは食べないと身体が持たないぞ……」


 俺の言葉に誰も反応しない。

 あれだけ大食家のアーシャもデボルもシュシュも。

 いっさい食事に手を付けない。

 ただただ無言で下を向くばかり。


「……アルルさん。こんな状況で申し訳ないのですけれど、もう一度説明して貰えますか?」


 静寂を破ったのはミレイユ。

 既に事の次第は説明済みだったのだが、納得できない部分が多々あるのだろう。

 皆の視線が俺に集まる。


「……分かった。もう一度説明する。だから、頼むから食べてくれ。お前らが倒れちまったら、困るのは俺だからな」


 強制的に膳を皆の前に配る。

 別に1日2日物を食べなくても死にはしないが、気分が落ち着く温かい料理を作ったんだ。

 自然から命を奪い、それを糧として生命は生き続ける。

 それを無駄にする事などあってはならないのだから。


「……うん。皆も食べましょう。せっかくアルルが作ってくれたんだから……」


 アーシャが食事に手を付ける。

 その様子を見てか、皆も少しずつ食べ始めてくれた。

 そして俺は頃合を見て、もう一度『あの時』の状況を説明する。


 ローサが俺に告白をしてきた事。

 その瞬間、ナユタがローサの首を刎ねた事。

 そして我に返ったナユタが自身の腹を切り裂き自害した事。


 何故か俺がそれらの現象を『予知』していた事は伏せておいた。

 もちろん《命令士》の事も。


「……ローサがアルルの事を、その、好きだったというのは……何となく知ってたけど……」


 食事を終えたアーシャがそう呟く。

 知っていた?

 そんな事は初耳だが……。


「はい。私も何度か相談されましたから知っておりましたけど、まさかナユタさんまで……」


 ミレイユが後に続く。

 相談……。

 ローサは本気で俺の事を……?

 心が、痛む。

 ローサの顔が脳裏に浮かび、頭を振る。


「だが、あのナユタだぞ? もしもあいつがアルルを好いていたとしても、奴ほどの人間が嫉妬でローサを殺害するのか? しかも我に返って自害? 信じられんな」


 デボルが俺を睨みながらそう言う。

 しかし本心で言っているのではない様にも見える。

 以前、ナユタと一騎打ちをした事があるデボル。

 彼女ならばナユタの心情を誰よりも理解しているはず。

 その証拠に俺と視線が合うや否や、すぐに目を逸らしてしまう。


「……全部、アルルが悪いニャ」


 突如立ち上がり、そう呟くシュシュ。


「全部! 全部アルルが悪いのニャ! お前は皆に優しすぎるのニャ! だから色々と皆が勘違いしてしまうのニャ!」


「シュシュ……」


「アルルの馬鹿! お前なんか死ねば良いのニャ!」


 そう叫んだシュシュはそのまま森の奥に駆け出してしまった。

 俺の心に小さな棘が刺さる。

 しかし俺は気付かない振りをする。

 そんな些細な棘など、感じている余裕など無いのだから。


「シュシュさんは私が見に行きます」


 スッと立ち上がったミレイユはそのままシュシュを追う。

 そしてまた沈黙が俺達を襲う。

 

 皆、心の中ではどう思っているのだろう。

 その場に残ったアーシャ、デボル、レムを順番に眺める。

 

 うな垂れたままのアーシャ。

 そっぽを向き、イライラとした様子のデボル。

 そして俺と目が合うレム。


「……」


 ?

 そのまま俺の目をじっと眺めるレム。

 なんだ?

 何か言いたい事でもあるのだろうか?


(やはり、最初はレムから――)


 俺は静かに決意する。

 俺の能力。《命令の力》。

 新しく備わった《ゆうわく》のスキル。


 彼女に、試そう。

 もう俺は嫌な思いをしたくは無い。

 誰かの掌で踊らされるなど、真っ平ごめんだ。


 自分から行動してやる。

 俺が、犯人を、もう一人の《命令士》を追い詰めてやる。


 そしてそいつを――。



 

 ――俺は、殺してやるのだ。


















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