LV.024 意外な人物に出くわしました
食事を済ませた俺達は、ナユタのスキルである《忍び足》のお陰で余計な戦闘を回避しつつ森を進む。
そしてやがて日が暮れ、今夜は森の中で野宿をする事に。
「じゃあ、頼んだぞ。アルル」
「ふわぁ……。お夕飯もいっぱい食べたしねむねむちゃんですね~」
ローサの魔法により即席のテントが出現。
微弱だが結界が張ってあるのでモンスターの急襲にも対応出来る優れもののテントなのだが……。
「はぁ……。やっぱ俺が徹夜の見張り番かよ……」
覚悟はしていたが、もうちょっとこう『いつも悪いな、アルル』とか『後でサービスしてあげるからね~、アルルちゃん~』とかは無いのだろうか。
・・・。
うん。
無いな。
「当たり前だろう。それもお前の仕事のうちだ」
俺の肩をぽんっと叩いたナユタはテントに潜って行く。
「あ~ん、ナユっち~。私が奥だからね~」
猫撫で声を上げながらもナユタの後を追うローサ。
いつもの事だが、ローサの天然ぶりは俺達のパーティの中でも飛び抜けている。
「……なにしてんの、ローサ」
「え~? ちょっと~、アレだよぅ。さーびすしょっと?」
くるっと振り返り、テントの入り口の前で大きな胸を両脇で寄せて悩殺ポーズのローサ。
ぜんっぜん、意味が分からない。
「……分かったから、早く寝ろ」
「は~い」
ぺろっと舌を出したローサはそのままテントへと潜って行く。
俺は再び深い溜息を吐き、地面に腰を下ろした。
◇
静寂の中、目を瞑り、思考する。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと人の気配がして目を開ける。
「……予想外の人物だなこりゃ……」
「ふふ……。そうか?」
目の前に突如現れたのは魔王ルージュ。
何かの転移魔法だろうか。
そういえば一番最初に俺達パーティの前に現れたときもこんな感じだったか……。
「いいのか? そろそろティアラが目を覚ます頃だと思うんだが」
「……問題無い。彼女には別の場所に行ってもらったからな」
「…………は?」
ルージュの言葉が理解出来ない。
別の場所?
一体何を――。
「気付かなかったか? お前が仲間と再会した少し前に、我が直接転移させたのだ」
「転移……させた……」
俺がナユタやローサと再会した時……。
確かいつの間にか夜明けになっていて……。
「そんな事はどうでも良い。お前はもう気付いているのだろう? 我がわざとお前達を城から逃がした事を」
俺の思案を無視し話を進めるルージュ。
ティアラが……。
ティアラがもう、俺の中にいない……?
「これからお前はこのまま森を抜け、仲間達の元へと戻るが良い。彼女らはここから2日ほど歩いた先にある《グレイロック》という街に滞在している」
「……ちょっと待てよ」
一方的に話を進めるルージュを睨み付ける。
「……なんだ」
「なんだ、じゃねぇよ。ティアラをどこにやっ――」
そこから先を話すことは出来なかった。
何故ならいつの間にか俺の口先に魔剣の切っ先が向けられていたから。
「我が気付いていないとでも思ったか? お前は霊媒師ティアラ・レーゼウムに心を惑わされかけている」
「……」
大人しくなった俺を見て安心したのか、ルージュは魔剣を下げ話を続ける。
「前にも言ったはずだろう? 彼女はお前を騙しているのだと。お前を利用し、《命令の力》を手中に収め、本当の主の元へとお前を売り渡そうとしているのだぞ」
本当の主……?
ティアラに《命令》を掛けている、もう一人の《命令士》の事か……?
「……おや? その顔は何か思い当たる節でもある顔だな」
「……」
俺の顔色を読んだルージュは軽く口元を歪める。
こいつの『真意』はどこにある?
こいつこそが、俺を騙し、《命令の力》を利用しようと企んでいるのではないか?
「……まあ良い。今夜はそれをお前に伝える事と、もうひとつ」
ルージュは先程俺に向けた魔剣をくるりと反転させる。
そして柄を俺に向け、差し出している。
「……なんのつもりだ?」
「ふふ……。『プレゼント』さ。我の愛剣、《魔剣ニーベルング》。これをお前に託そう」
身の丈以上もある漆黒の大剣。
俺でさえ禍々しい力を感じ取ることの出来る、魔王の剣。
「これからもお前は《命令士》としてのレベルを上げて行かなくてはならない。ティアラ・レーゼウムがお前の中から消失した今、今後は自身の力を駆使して戦わねばならぬ時もあるだろう?」
「俺に使える訳がないだろう……。こんな馬鹿でかい魔剣……」
「ふふ……」
俺の質問には答えずに妖艶に笑うだけのルージュ。
何が狙いだ?
俺からティアラを引き離して、自身の魔剣を俺に託す理由――。
なんだ?
考えろ、こいつの企みを。
俺に何をさせたい?
ルージュの目的はなんだ?
「我を信じろ、アルル。我だけを信じろ。悪いようにはしない」
いつまでも魔剣を受け取らない俺に業を煮やしてか、ルージュがそっと俺の耳元でそう囁く。
脳髄まで痺れてしまいそうな妖艶な彼女の声。
身体の芯が熱くなるような、今すぐ抱きしめたくなる様な、声――。
(まさか、な)
彼女がもう一人の《命令士》であるはずがない。
それならばこんなに回りくどい真似などしないだろう。
俺に一言命令すれば良いだけなのだから。
『我の支配下に下れ』、と。
「……分かった。だが1つだけ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「ティアラは……無事なんだろうな」
「……くく……。ああ、彼女は別の場所に転移させただけだからな。今の我の力を持ってしても、彼女を完全に消滅させることなど敵わんからな」
「……そうか」
これが真実の情報なのか虚実の情報なのか。
今すぐルージュに《命令の力》を使って聞き出したい所だが、恐らく本当の事なのだろう。
そういう所には抜かりの無い女だ。
魔王ルージュというやつは。
「ふふ……」
「……なんだよ」
至近距離で俺の顔をまじまじと眺め、笑うルージュ。
「使わないのか? 《命令》を」
「……ああ。お前のことだから、そんなヘマをする筈――――」
一瞬何が起きているのかが分からなかった。
俺の言葉を封じたのは、先程の魔剣の切っ先などでは無く――。
「ん……」
ねっとりと絡みつくルージュの舌先。
俺の口内を彼女の舌が犯して行く。
何故、彼女はこんな事を?
この行為に何の意味がある?
「……ふっ、抵抗しないのだな」
唇を離したルージュは軽く口元を拭う。
俺は無言のまま軽蔑するような目で彼女を見上げる。
「くく……。いいぞ、その目……。やはりお前は我が思っていた通りの男だ。世界を憎み、人を憎み、長い間『虚無』を感じてきた男の目――。くく……」
嬉しそうにそう言ったルージュはそのまま徐々に霧の様なものに包まれて行く。
そして一人残された俺の手には――。
「……《魔剣ニーベルング》、か……」
この大剣と《命令の力》を駆使し、自分の身は自分で守れと。
きっとそういう意味で託されたのだろうが……。
「……はぁ。あいつらに見つかる前に、寝ている隙に《命令》を掛けておくか……」
――俺は重い腰を上げ、テントで静かに寝息を立てている2人に《命令の力》を使う。
アルル:魔王ルージュに唇を奪われる
ルージュ:すごい舌使い
ナユタ:寝相が悪い
ローサ:すやすや




