LV.021 魔王城の様子が変わってました
『ガウウウウゥゥゥ!!』
「だああああ! 何だってんだよこれはよ!」
魔王城の廊下をひた走る俺。
何が起きているのかさっぱり分からない。
『あれは……魔王城にしか現れない筈の――――あれ? いまワシ、何を考えておったんじゃったか……』
『ガルルルルゥゥゥ!!』
「いいから! 何とか追い払ってくれよティアラ! めっちゃ牙出して涎垂らして追いかけて来て――」
ガブリッ!
「痛ぇぇえええええええええええええええええ!!!」
◇
《偽欺者の塔》を攻略し、再び魔王城へと転送された俺達。
しかし出発前とは城の雰囲気ががらりと変化していた。
あれだけ何処を探しても見付からなかった魔王城のモンスターがウジャウジャと出現して来たのだ。
(一体どういうつもりだ……? ルージュの奴……?)
『ワシなんぞ喰ったところで美味くなんか無いぞい! 《玄翁》!』
『ギャギャンッ!』
ティアラの攻撃により消滅するモンスター。
しかし――。
『グルルルル……!』
『キリが無いのぅ……これでは……』
倒せど倒せど押し寄せてくるモンスターの軍勢。
まるで俺とティアラを魔王城から追い出す為に、あえて城の出口方向に――。
「まさか……」
これはルージュからの合図なのだろうか?
城から出て、仲間の元に戻れと?
『ええい! まとめて掛かってこいやあああ! ワシが無双してくれるわああああ!』
モンスターの軍勢に飛び掛っていくティアラ。
次々と消滅して行くモンスター共。
(何とかルージュとコンタクトを取って真意を確かめたい所だが……)
これだけの数のモンスターがウヨウヨしている中、夜が明けティアラが寝静まってしまっては俺の命が危ない。
戦闘能力の殆ど無い《命令士》に今、必要なものは――。
「……あ」
そうか。
もしもこれがルージュからの『サイン』だったとしたら――。
「ティアラ! ちょっとこっちに来い!」
『うおりゃああああああ! なんじゃ! ワシ今ものすっご忙し――』
「いいから! おねがいだから隙を見て俺に付いて来てくれ!」
停止する世界。
白黒に変わる視界。
『……分かった。ワシが隙を作るから、お主は先に行け』
《おねがい》が発動し、ティアラが俺を奥の通路側へと先導してくれる。
その先の通路を右に曲がって、少し行った先の通路を左に曲がれば……。
『ギャオオオオ!!』
『今じゃ! 行けアルル!』
ティアラの合図と共にモンスターの脇をすり抜ける。
そしてそのまま通路の右に向かいダッシュ。
俺の考えが正しければ恐らく――。
◇
「あああん! もう~、このお洋服お気に入りだったのにぃ~」
「文句を言うなローサ! 牢から出られただけでもラッキーだろう! ふん!」
『ピギャアアアア!!』
居た……!
廊下を更に奥に進んだ先に、モンスターに囲まれているナユタとローサが……!
(やはりこれはルージュの『サイン』と考えた方が良いか……)
ルージュは牢に捕らえていた彼女達を解放したのだ。
そしてもうすぐ夜が明ける。
この2つの条件から考えられる事。
すなわち、彼女達と合流し、この魔王城から無事脱出しろ、と――。
(でもだったらどうして魔王城のモンスターを解放したんだ?)
これも《命令士》としてのレベル上げの一環だとでも言うのだろうか。
自身の部下である魔族を俺達に倒させる?
そんな事を魔族の頂点に立つ魔王ルージュが考えるのだろうか。
「あれれ~? ねえ、ナユちゃん。あれ、アルルちゃんじゃな~い?」
「はああああ! あ? 何を恍けた事を…………あ」
モンスターを蹴散らしたナユタが俺に気付く。
「ほうら~、やっぱりそうじゃない~! やっほー、アルルちゃ~ん! 会いたかったよぅ~」
大きな胸を上下させながらもこちらに向かい走ってくるローサ。
こんな状況なのにドキドキしてしまう俺。
相変わらず馬鹿デカイ胸……。
「……」
刀を脇に差し、警戒した面持ちでこちらを窺うナユタ。
無理も無い。
アーシャ達と一緒にいたはずの俺が、たった一人、この魔王城に無傷でいたら怪しまれるに決まっている。
何と言い訳をしたら――。
「……いや、必要ないか、そんな事……」
彼女らに向かって行く俺。
ローサは無防備に手を振っているが、ナユタは警戒むき出しで刀の柄に手を掛けたままだ。
「止まれ。それ以上近づくな」
「? どうしたのナユちゃん? そんな怖い顔してぇ」
目をぱちくりさせるローサ。
俺はナユタの指示どおり、一定の距離まで近づいた後、足を止める。
「アーシャ達はどうした。何故、お前一人がこんな所にいる。それに何故――」
この距離ならば俺の声は彼女らに聞こえる。
この時点で俺は、言い訳をする必要が無いという事だ。
「ナユタ。ローサ。色々と聞きたい事があるとは思うんだけど――」
ぽかんとしたままのローサとは対称的に、何かの雰囲気を察したナユタは刀を抜こうと柄に力を込める。
だが、もう遅い――。
「――おねがいだから、今は俺に協力してくれ。お前らの力が必要なんだ。この魔王城から脱出する為に」
停止する世界。
白黒の世界。
「……分かった。魔王城を脱出するまでだからな」
「……うん。私はもちろんいいよ~。というか早くアルルちゃんのお手製料理が食べたいなぁ~」
再び動き出した世界。
《おねがい》が無事発動し、刀を鞘へと納めてくれたナユタ。
俺はすかさず彼女との距離を縮め、耳元でそっと《ささやく》。
「特にナユタ。お前は常に俺の前に立ち、決して俺がダメージを負わない様に細心の注意を払ってくれ」
再び止まる世界。
もうこの切り替わる瞬間はだいぶ慣れて来た。
「あっ……あああっ……!/// わ、分かった……んッ……! 俺、が……誠心誠、意……! お前を……あああんッ!!///」
全身を大きく痙攣させながらも俺に寄り掛かってくるナユタ。
彼女の長い黒髪の匂いが俺の鼻腔を刺激する。
「あれ~? ナユちゃん、どうしてそんなに顔が真っ赤なのかな~?」
不思議そうな顔でビクンビクンと痙攣しているナユタに顔を寄せるローサ。
恐らく彼女には《ささやき》は必要無いだろう。
警戒すべきはナユタただ一人。
彼女は色々と勘が鋭すぎる。
「はあっ、はあっ、はあっ……! お、俺は一体……? どうして身体がこんなに……」
ナユタの熱い吐息が俺の耳を擽る。
そして俺は冷静に答える。
「どうしたナユタ? せっかく久しぶりに会えたってのに。熱でもあるのか?」
おでこに手を伸ばそうとした所で、ナユタが慌てて俺から身体を離す。
「な、なな、何で俺が……俺がアルルなんかに……抱き……付いて……」
なんだか最後の方は言葉が萎んで何を言っているのか聞き取れない。
でもまあ、何となく分からなくも無いが。
「うわぁ、ナユちゃん顔が真っ赤だよ~。恋する乙女みたいになっちゃってるよ~」
「う、うるさい! 俺にも何がなんだか……って、ニヤニヤするんじゃない! ローサ!」
「あはは~♪」
こんな状況だと言うのにはしゃぎ始めるローサ。
逃げ惑う彼女を顔を真っ赤にしながら追い掛けるナユタ。
いつもの光景といったら、いつもの光景なのかもしれない。
「……あれ? そういえばティアラは……」
先程から彼女の気配がしない。
魔王城の廊下の隙間からは薄く光が差し込んでいるのが見える。
そうか……もう夜が明けて――。
『ガルルルルル……!』
『グルルルル……!』
「あ、ほうら~、ナユちゃん。モンスターちゃん達がまた~」
「ちっ……! 倒せど倒せどウジャウジャと出てきやがって……! アルル! 俺の後ろに来い!」
《ささやき》の効果なのか、ナユタが俺の腕を取り、自身の背後に回る様に指示を出す。
「あ~、じゃあアルルちゃんの後ろは私がしっかり守るから~。うふふ、また隙をみておっぱいを背中に押し付けちゃおーっと♪」
《ささやき》を掛けていないローサが嬉しそうにそう話す。
まあ、いつもの事なんだが。
「頼むぞ、二人とも。魔王城を脱出して、アーシャ達に合流するんだ」
彼女らに挟まれながらも戦闘態勢に入る俺。
恐らくナユタ一人でも俺とローサを守りながら戦うのはまったく問題無いだろう。
もしもの背後からの奇襲でも、ローサのノーチャージでの魔法攻撃があれば威力は弱くとも一瞬の隙を作る事は出来る。
そこに俺の《命令》を発動させても良いし、もしくはナユタが攻撃範囲の広いスキルで対応してくれるだろうし。
「行くぞ」
ナユタの合図と共に長い廊下を進んでいく俺達。
そして、既にローサの胸が背中に押し付けられているのだが、それは考えない様にしようと思う――。
アルル:頑張って賢者モード
ティアラ:もう寝る時間なのじゃよ
ナユタ:どうして俺がアルルなんかを守っているんだ……?
ローサ:わーい。アルルちゃんと合流出来たぁ~♪




