LV.020 絶体絶命のピンチでした
「う……」
全身に鋭い痛みが走る。
誰かが俺に覆い被さっている……?
『く……。この阿呆めが……』
「ティアラ……?」
俺を庇う様にして姉さん魔法のほぼ全てを受け止めた様子のティアラ。
確かティアラの属性は《不死腐獣》と同じカテゴリーでは無かったか。
という事は《勇者》である姉さんの聖属性攻撃は、ティアラにとったら致命傷に――。
カツン、カツン――。
ニコリと笑みを湛えた姉さんが一歩、また一歩と近づいて来る。
右手に持った《聖剣デュラハム》を構えたまま。
カツン、カツン――。
『はっ、このような幼稚な攻撃……。本物の勇者ユフィアの足元にも及ばんわ……!』
ボロボロの身体で姉さんに再度立ち向かおうとするティアラ。
どうして、そこまでするんだよ……。
お前は俺達姉弟の何を知っているんだよ……!
「……」
無言のままデュラハムを振り上げる姉さん。
『偽者風情が……! アルルの心を乱しおって……!』
何かの魔法を詠唱するティアラ。
駄目だ。
《不死腐獣》のティアラと《勇者》の姉さんとでは分が悪すぎる……。
このままではティアラが――。
『邪なる偽欺者の魂よ! 我に真実の姿を映し出すが良い……! 《御鏡》!』
「!」
ティアラの両手から発せられた紫色の閃光が姉さんを照らし出す。
眩しそうに顔を顰める姉さん。
顔を――。
顔が――。
『よく見てみいアルル! ここは《偽欺者の塔》じゃぞ! お主の心の闇に付け込んだこやつが、お主が最も動揺する者の姿に変化しておるだけじゃ! 惑わされるな! そんな事では《命令士》としての役割など果たせんぞ!』
叫ぶティアラ。
そして姉さんの顔が徐々に崩れて行く――。
綺麗な銀髪が抜け落ち。
整った顔立ちがバターの様に溶け出し。
目が。鼻が。口が――。
『……ア……ル……ル……』
「う……あ……ああ……!」
姉さんの顔が溶ける。
その変化の様子をまじまじと見てしまった俺。
あまりのショックに足が竦む。
『くっ! アルル! もう2体来おったぞ!』
「え――」
姉さんの後ろからこちらに向かってくる人影が2つ。
猫耳尻尾に身丈以上の大きな斧を担いだ獣人娘。
赤髪に巨大な大槍を構えた屈強な竜人女――。
「シュシュとデボルまで……」
『一旦距離を取るぞ! ワシに掴まれアルル!』
俺の身体にしがみ付き、そのまま上空へと飛び立つティアラ。
「……《竜化秘奥義》」
すぐさま赤竜へと《竜化》するデボル。
そしてその背に乗る姉さんとシュシュ。
『くそ……! 厄介じゃのう……! お主の仲間は兵ぞろいじゃから……!』
赤竜へと変化したデボルは執拗に俺達を追う。
そして徐々に冷静になっていく俺。
「……悪い、ティアラ。俺……」
『言い訳はよいわ。男だったら成果を挙げてから物を言うがよい』
「……厳しいのやら甘いのやら。ホントよく分からないよ、お前は……」
ティアラに聞こえない様にそう呟く俺。
こいつの言う通りだ。
俺は《命令士》。
冷静さを失った時点で、俺の『戦力』はほぼ皆無となる。
『《火炎竜撃砲》!』
『うおっと! 危ないのぅ……! こんなひ弱な女子を丸焼きにするつもりか!』
デボルの口から放射された炎をギリギリの間合いでかわすティアラ。
その背には顔面が溶けて口だけ笑っている姉さんの姿が――。
(……いや、あれは姉さんなんかじゃない……。俺の記憶から生み出された偽者――)
記憶――。
結局はこの『記憶』とやらが鍵なのだろうか。
俺の記憶から生まれた『偽者の勇者』と俺の仲間達。
俺の中にある姉さんの強さの記憶。
デボルやシュシュの強さの記憶。
『アルル? 何か良い考えでも浮かんだのかの?』
「……ああ。ちょうど良い。検証も兼ねて試してみるか」
『?』
俺は《命令の力》を発動する。
自分自身の記憶の中に命令する。
勇者ユフィアの力。
竜人族のデボルの力。
獣人族のシュシュの力。
俺の記憶の中にある彼女らの《力》を《命令の力》により無に変える――。
「……俺の記憶に命令する! 彼女ら3人の記憶を、封印しろ!」
一瞬のうちに白黒になる世界。
ぐにゃりと歪む、世界。
そしてそれとは別に、強烈な閃光が俺の脳内を照らし出す。
これは、なんだ?
虹色の光?
らせん状に延々と続く文字?
記憶の、螺旋――?
「うあああああああああああああああああああああ!!!」
『アルル!』
脳が焼ける様に痛い。
物凄いスピードで情報が書き換わって行く。
姉さんの記憶も。
デボルの記憶もシュシュの記憶も。
全てが俺の脳内から、失われて――。
『グオオオオオオォォォォォォォォォ!』
『ぎゃああああああああああああああ!』
『ぐあああああああああああああああ!』
『奴らが……消滅して行く……』
ティアラの声が遠くから聞こえて来る。
奴ら……?
奴らとは、誰の事だ――?
俺は一体、誰と戦って――?
「!!?」
徐々に情報が逆流して来る。
らせん状の文字が再度俺の脳内を侵食する。
勇者ユフィアの記憶。
デボル、シュシュの記憶――。
「う……ああああ……! あああああああああああああああ!!」
急速に記憶が戻って行く感覚。
そうか。
奴ら偽者を倒したから、《命令》の副作用である『記憶喪失』が解除されているのだ。
つまりは――。
『大丈夫かアルル! やったぞ! お主の策は成功じゃて!』
ティアラの笑顔が俺の心を支えてくれる。
結局いつも俺のそばにいてくれるのはティアラだ。
『ん? どうした? 倒したのじゃぞ、奴ら――――んっ!』
感情を抑える事が出来なかった。
俺はティアラの言葉を遮る様に貪る様にキスをする。
『ん……んん……』
最初は抵抗していたが、徐々に力を弱め。
そして俺の舌の動きに合わせてくれるティアラ。
こんな乱暴なキスでも。
彼女は俺に合わせてくれる。
そして長い長い数十秒が経過する。
俺達はいつの間にか《異界の部屋》へと戻されていた。
『……アルル……』
唇を離したティアラが俺の名を呼ぶ。
「……ごめん。ちょっと今回は、精神的にきつかった……」
素直に謝る俺。
無理矢理のキスを謝るのではない。
きっと彼女は俺の事を嫌がってはいない。
そう確信がある。
『う……。か、可愛いの……お主……』
「え?」
『あ……。な、何でも……無いわ……ゴホン』
「?」
何故か頬を染めて後ろを向くティアラ。
彼女が何を言ったのかは気になるが、今はいい。
そして今回の検証ではっきりした事がある。
命令の力で、いとも簡単に記憶を書き換えられるという事――。
そしてそれは自他共に可能だという事――。
(恐らくティアラは誰かに命令されて――)
それならば色々と説明がつく。
彼女の言動の不自然な所も。
突然俺の前に現れ、問答無用で取り憑いた事も。
彼女は記憶を操作されている。
誰が、何の為に?
俺に《命令士》としての力を与える事で得をする人物に?
誰だ、そいつは?
(……誰だか知らねぇが……。確実にそいつ、もしくはそいつの近辺には――)
俺はそいつを見つけ出さなくてはならない。
そして、ティアラの本当の『記憶』を取り戻し――。
――姉さんの生死を確かめなくてはならない。
◇
「……今回も失敗か。でも、まあよい。確実にアルルは《命令士》としての力を身に付けている」
中空に浮かぶ水晶に話しかけるでもなく、そう呟く女。
『……ルージュ様』
突如闇より現れし黒衣に身を包んだ一人の女が出現する。
「……お前か。そちらの首尾はどうだ?」
『……はい。ルージュ様の計画どおりに事は進んでおります』
「そうか……。ならば下がってよい」
『……御衣』
そのまま闇の空間へと姿を消す女。
「……クク……。まさかアルルも自身の信頼する仲間の内の一人が、ユダだとは夢にも思わないのだろうな……。クク……ククク……」
同じく闇へと消える魔王。
そして残された水晶は、若き《命令士》の姿を映し出していたのだった――。
第三章 奴隷遊戯のマリオネット fin.
次章 疑心暗鬼のマーシナリー
【偽欺者の塔クリアボーナス】
87500G
偽勇者の聖剣×1
偽赤竜の焔鱗×2
偽白虎の蒼爪×2
偽白虎の蒼皮×1
浮遊鉱石×15
偽欺者の塔の勲章




