LV.015 異界にも温泉ってあるんですね
しばらく続いたノイズが去り、俺達は再び魔王城内の《異界の部屋》へと戻される。
まずはこの身体中から漂う異臭をどうにかしたい……。
「風呂とか何処かに無いかな……」
こんな事ならばもっとルージュに城の案内を頼んでおけば良かったと後悔する。
俺が彼女から聞いたのはここ《異界の部屋》への順路と《魔法の鍵》の事のみだ。
『風呂ならあるぞ』
「あるの! てか何でお前が知ってんだよ!」
ついいつもの口調で突っ込んでしまう俺。
ふふん、と鼻を鳴らしたティアラは俺の持っている《魔法の鍵》に向かい杖をトントンする。
「まさか……」
『そうじゃ。ほれ、ここに《水浴者の泉 LV.58》とあるじゃろう? ここで風呂にありつけるのでは無いか?』
鍵から出現したリストの一覧をスクロールし、ティアラが胸を張りながらそう言う。
胸を張ってもお前からも異臭が漂っているんだけど……。
「でもレベルが58だろ……。転移した瞬間『即死』なんて洒落にならない様な……」
レベルが6だった『失笑者の森』でもボス蜘蛛のレベルは200を超えていたのだ。
レベル58の異界のボスのレベルは一体どれだけのものなのだろうか。
想像もしたくない……。
『これはワシの推測じゃが……。この《魔法の鍵》で向かえる先である《異界》と、そこに出現するモンスターのレベルは比例していない様に感じるがの』
「え? マジで?」
確かに『失笑者の森』では雑魚モンスターでもゆうにLV.100を超えている様な奴もちらほら見受けられたけど……。
『というかワシも風呂に入りたいのじゃ。流石のワシもこの臭いにはノックアウトじゃよ……』
「……だよな。異臭のするババアなんて誰得だよって感じだよな」
『異臭……! お主も臭うではないか! こっち寄るな! ばっちい奴め!』
鼻を摘みながらやいのやいのと五月蝿いティアラを無視し。
俺は彼女の提案どおり、《魔法の鍵》を再度《鍵穴》に差し――。
◆◇◆◇
『……お! アルルよ! 予想的中じゃて! 温泉がたんと湧いておるぞ!』
目を開けると、そこには一面に広がる天然温泉が。
「おいおい……。何だよこの娯楽施設みたいな《異界》はよ……」
見渡す限りの大小様々な温泉。
そして何故か出店みたいなものがズラッと並び。
上空を仰ぎ見ると立派な紅葉犇く風情ある景色が――。
『ここは恐らく《倭国》内の何処かじゃな……。確かお主の仲間の中にも《倭国》出身の者がおったのではないか?』
「《倭国》の出身……? ナユタの事か?」
結局発見出来ずじまいだったナユタとローサの事を思い出す。
あいつら生きているんだろうな……。
俺がいなければ餓死する可能性もあるし……。
『まあ、立ち話もなんじゃ。どれ、いっちょうあそこの一番大きな露天風呂にでも入るかの!』
「あ、おい!」
俺の手を引き岩肌を駆け上がっていくティアラ。
こういう所は子供っぽいというかなんというか……。
「ちゃんと身体を洗ってから入るんだぞ。……ていうか、幽霊が温泉とか入るのかよ……はぁ……」
溜息を吐きながらも付いて行く俺。
まあいい。
確かにこの臭いには耐えられないから、さっさと身体洗って温泉に浸かろう……。
◆◇◆◇
「・・・」
『いやー、酒が旨い! やはり温泉には熱燗じゃのう! ワシ、幸せ!』
幽霊が温泉に浸かりながら一杯引っ掛けている。
なにこれ。
『どうじゃアルルも? おお、お主は未成年じゃったか! そうかそうか! これはこれは残念じゃな! あっはっはっは!』
「・・・」
物凄く上機嫌に酒を飲んでいる幽霊。
なんなのこれ。
『? なんじゃアルル? そんなにじっとワシの事を見つめて……。まさか……! ワシのほろ酔いバスタオル姿に見蕩れて……!』
「・・・」
『ほ、本気かアルル……! ちょ、ちょっとだけなら見せてやっても……いや! 何を言っているのじゃワシは! やだワシ! 困っちゃう!』
「・・・」
さっきから齢1000を超えたババアが一人身をくねらせ酒を煽っている。
端から見れば未成年の女の子が飲酒してあたまおかしくなっている様にしか見えない。
『……のう、アルル』
「……なんですか」
いきなりこっちに寄って来たティアラ。
顔は上気し、だいぶ火照っている感じがする。
というか凄く酒臭い。
せっかく綺麗に身体を洗ったというのに、今度はアルコール臭かよ……。
『ワシ……どうじゃ?』
「・・・」
なんかバスタオルをチラチラし始めた勘違いしているババアがいます。
確かに顔は可愛いかもしれないけど、俺は未だにお前の事は信頼していないのだが。
『ほれ。お肌とかスベスベじゃろう? まるで少女の柔肌の様じゃろう?』
「・・・」
俺の手を取り、自身の腕や太股を触らせて来るティアラ。
なにしてんのマジで。
『……ふん。反応の薄い奴じゃな……。せっかくワシが大胆な行動に出ているというのに……ブツブツブツ……』
なんか知らんが口を尖らせそっぽを向いてしまうティアラ。
俺は冷めた目で、彼女の朱色に染まった耳元にこうささやく。
「良い身体してるよな、ティアラ」
『ひっ……///』
身を捩りビクンっと上体を反らすティアラ。
《ささやき》のスキルの効果は未だに良く分かっていない。
どうせならこの調子に乗っているティアラで『検証する』っていうのも手だろ。
俺は逃れようとする彼女の肩を掴み、自身に引き寄せる。
『んっ……!』
「どうした? 俺に触って欲しいんだろう?」
『あっ、あああっ!///』
耳元でそう《ささやく》と、大きく二度、身体をビクンビクンと痙攣させるティアラ。
一体どんな効果が発現しているのか。
後でティアラの酔いが覚めたら聞いてみるか……。
『ワシ……! ワシ……! なんか変じゃ……! アルル……何、を……!』
記憶が飛び飛びで何が起きているのか分からないといった表情のティアラ。
別に特別何かを《命令》している訳ではないが、何かしらの効果は現れているみたいだな……。
「今一度、お前に問う。ティアラ。お前は俺に全面的に協力してくれるよな?」
俺の《ささやき》の連発で目がトロンとしているティアラ。
少し涙を流している?
そして先ほどからしきりに痙攣している……。
うーん。
分からん。
『アルル……。アルル……! アルル……!!』
とうとう俺にしがみ付いたティアラをよそに――。
――そろそろ夜が明ける頃だな、とか考えている俺がいた訳で。
アルル:ナユタとローサは無事かなぁ……。
ティアラ:ビクンビクン///