LV.013 つい感情的になりました
「ティアラ! 次が来たぞ!」
前方にはモンスターが複数押し寄せて来ている。
この『失笑者の森』には空中を飛び交うモンスターが多い。
下手をすれば上空から俺を目掛けて奇襲……ということも十分考えられるし。
『……年寄りをあまりこき使わんで貰いたいのじゃが……』
渋々モンスターへと向かっていくティアラ。
あんな事を言ってはいるが、表情は余裕そのもの。
流石は伝説の職業である《霊媒師》といった所か。
(結構森の奥まで進んだよな……。魔王ルージュは一番奥に進めば『ボス』がいて、そいつを倒せば元の魔王城の部屋へと戻れると言っていたが……)
前方ではティアラがモンスターに囲まれながらも躍起になり無双している。
そもそも彼女は『幽霊』なのだ。
敵のほとんどの攻撃は無効化されているから、回復も必要無い。
……というか《回復魔法》を唱えたら逆にやばいのかも知れないが。
『ああもう! 数が多すぎるぞ! ちょ、おいこら! ワシの服を啄むでないわ!』
複数の鳥型モンスターに囲まれて姿が見えなくなってしまったティアラ。
そしてその更に上空にいた一匹が俺に気付き突進して来る。
「やば……! おいティアラ! おねがいだからこっちに来て俺を助けてくれ!」
『ああ? なんだって? あ、くそ! アルルの声が聞こえんではないか! あ……駄目っ/// そんなとこ突いちゃワシ……///』
なんだか気色悪い喘ぎ声が聞こえて来たが、やばいピンチだ俺。
(そうか……! 《命令の力》は相手の耳に届かなければ効果が現れないのか……!)
これは誤算だ。
考え様によっては致命的ともいえる『弱点』。
やはり《命令士》には強固なパーティが必要か……!
『ギャオオオオ!』
「くそっ! 俺がやるしかないか……!」
今、俺が使える《命令士》としてのスキルは《おねがい》のみ。
そして敵モンスターの耳に届く範囲でなければ効果は発現しない。
相手は空中からの急襲を得意とするモンスター。
もしこいつが超音波みたいな攻撃法を持っていて、俺の『声』を跳ね返せるとしたら――。
(ああもう! 考えたって仕様がねぇ! やるしかないぜ俺……!)
《無職》時代には何の役にも立たなかった俺。
出来る事といえば、その身を挺して後衛のミレイユやローサの盾役となる事くらいだったけど……!
『お、ちょ、逃げろアルル! あっ、駄目っ/// 突いちゃ駄目っ///』
「お前わざとやってないか! 畜生……! 見てろよ俺の底力を!」
歓喜の声を上げているティアラに毒を吐き戦闘態勢に入る。
それが俺の『運の尽き』だとは露知らず――。
◆◇◆◇
「うーん……。鳥がぁ……。おっきい鳥がぁ……」
俺、一発で瀕死になりました。
もうモンスターと戦おうなんて絶対に考えません。
『お主は阿呆か……。当たり前じゃろうて。あのモンスターはレベルがゆうに100は越えておったぞ。今のお主が敵う相手では無いわ』
膝枕をしながら俺に《回復魔法》を唱えてくれるティアラ。
当然『膝枕』は俺が《おねがい》したからであって――。
「だってよぅ……。お前、思いっきりモンスターに取り囲まれて『あっ/// 駄目ぇ///』とか言ってたじゃねぇかよ……いつつつ……」
『だからと言って正面切って戦う阿呆がどこにおる。もしもワシが間に合わなかったらどうするつもりだったのじゃ……。危うくお主もワシと同じ幽霊になるとこじゃったわ……』
優しく俺の額に手を当てそう言うティアラ。
なんだろう、この安心感。
そして同じくらいに感じるチクチクとした心の痛み。
「……なあ、ティアラ。1つだけ聞いても良いか?」
『……なんじゃ、改まって』
俺の目とティアラの目が交差する。
たぶん本当の事は教えてはくれないのだろうが、聞いてみる価値はあるかも知れない。
あるいは《おねがい》が効果を発揮するのかどうか――。
「俺の姉さんを……『ユフィア・ベルゼルク』を……。《勇者》だったユフィア姉さんを、お前は知っているのか?」
『……』
しばし無言になるティアラ。
恐らくはこの反応から察するに姉さんの事を知っている筈だ。
勇者ユフィアといえば、知らぬ者などいないほどの超がつくほどの有名人なのだから。
「知っているんだな? そして、俺が勇者ユフィアの弟だって事も……」
少し声が震えてしまった俺。
駄目だ。
感情は表には出してはいけない。
つけ入る隙を与えては、いけない。
『……ああ。一目お前を見た瞬間からな。何せそっくりな顔じゃからな……。ユフィアとアルルは……』
意外にもあっさりと認めたティアラ。
これで一番最初に俺の『ベルゼルク』の名を言い当てた理由は分かったが……。
「何で最初に言ってくれなかったんだ? 俺に《命令士》としての力を授けたのも、たぶんそれが理由なんだろう? 俺に勇者の血族の血が流れているから――!」
『アルル……』
最後だけは少し声を荒げてしまった俺。
『勇者の血族』。
この事実を伝えられたのは随分前の事だ。
両親を失い孤児院に引き取られた俺と姉さんにある日突然告げられた『真実』。
そしてそれを期に激変した生活――。
血反吐を吐く様な訓練に次ぐ訓練。
鬼教官の折檻の日々。
俺は男だからまだ良かったけど、姉さんは――。
「勇者だから……勇者の血族だったから……なんだってんだよ……! 俺も姉さんもまだ子供だったんだぞ……! それなのに……あんな訓練場に監禁されて……! 毎日毎日やれ『世界平和の為だから我慢しろ』だとかやれ『魔王を倒した暁にはお前の名が歴史に刻まれる』だとか……!」
『……』
「興味ねぇんだよそんなこと……! 俺はただ……俺と姉さんはただ……普通にあの孤児院で暮らして行ければ幸せだったのに……! 俺は逃げ出したけど姉さんは……勇者にさせられて……それで……それで姉さんは――!」
俺の口を何かが塞いだ。
ティアラ?
「ん……」
彼女の暖かい温もりが、唇の温もりが、じかに俺に伝わる。
どうしてそんな事をする?
俺はお前に《命令》なんてしていないのに……。
数秒の静寂。
離れる唇と唇。
『……落ち着いたか、アルル』
「……なんでだよ……。何でキスなんてするんだよ……。お前、あれだけ嫌がってた癖に……」
ぷい、と目を逸らしてしまう俺。
駄目だ。
ティアラに感情をぶつけては駄目だ。
俺の心を悟られては駄目だ。
『まあ、これはノーカンじゃ。ワシのファーストキスはまだ誰にも捧げてはおらぬ。……そしてユフィアの事じゃが……』
優しく俺の髪を撫でながら話を続けるティアラ。
『……いや、すまぬ。まだお主に聞かせるには早いのじゃよ……。これはワシとユフィアの約束じゃからな』
「約束? ユフィア姉さんと?」
一体何の『約束』だというのだろう。
それは『真実』なのか『嘘』なのか。
『ああ、そうじゃ。この世を去ったユフィアと交わした、唯一の約束じゃ』
「え――」
この世を去った……?
確かに世界に流れた情報ではユフィア姉さんは死んだ事になっている。
しかし魔王ルージュは『生きている』と言っていた。
その事をティアラは知らない――?
それとも、魔王ルージュが俺を騙しているのか――?
『アルル?』
「……え? あ、ああ……。何でもない……」
『?』
俺はティアラの優しい眼差しを受けながらも――。
――『信じるべき相手は一体誰なのか』を模索していた。
アルル:キツイ過去があったんだよ俺にも!
ティアラ:あっ/// そこは駄目っ///