LV.009 何が真実なのか俺には分かりません
「ん……」
目を覚ます。
ここは……あの世か……?
やっぱ俺、死んだのか。
せっかく念願の《職》に就けたと思ったのに。
何一つ良い事が無かった人生のまま――。
「起きたか、青年」
声のする方向を向く。
あれ……?
俺、ベッドに寝てたのか……?
「…………!! ま、魔王ルージュ……!!」
飛び起き戦闘態勢に入る。
とはいってもへっぴり腰のファイティングポーズをとる事しか出来ないのだが……。
「騒ぐな。別にお前に害を与えるつもりは無い」
特に警戒した様子も無く、足を組んだまま手元にある魔道書に目を落とす魔王。
どういうつもりだこいつ……?
俺を殺さずに……?
「こ、ここは何処だ! アーシャ達はどうした!」
「……まずはお前の名を知りたい。我はルージュ。ルージュ・オーザーランド」
「お、俺は……アルルだ。アルル・ベルゼルク……」
ファイティングポーズを解き、取り敢えず名を告げる俺。
落ち着け。
あまり魔王を刺激しない方が良い。
まずはこいつの手の内を――。
「ベルゼルク……? まさかお前……ユフィア・ベルゼルクの身内の者か?」
「え――」
いま、何て言った……?
……ユフィア?
どうして魔王がユフィア姉さんの事を……?
「……そうか。そういうことか……。あの霊媒師め……」
霊媒師……。
恐らくはティアラの事を言っているのだろう。
幽霊となって俺に取り憑く直前に、魔王に殺されたティアラ。
何故、こんな状況なのに彼女は現れて来ない……?
お前のせいでアーシャ達は……!
「アルル・ベルゼルクよ」
いきなり名を呼ばれビクッとする俺。
落ち着け。
俺をまだ殺さないという事は、何か知りたい事がある筈。
上手い事はぐらかしながら、何とかここから脱出を――。
「そう警戒するな。我はお前を殺しはしない」
「……信じるかよ、そんな言葉……!」
「ならば我に願ってみろ。『絶対に自分を殺すな』と、そう願え」
「なっ――!」
こいつ……知っている?
俺が《命令士》なのも、《おねがい》のスキルが使えるのも……?
ならばどうして――。
「我が怖いか?」
魔道書をテーブルに戻し、こちらに近づいて来る魔王。
確かに殺気は微塵も感じない。
戦闘中はあれだけ邪悪な気配に包まれていたというのに。
「ど、どうしてわざわざ俺に《命令》させる……? 一体何を企んでいる……?」
「それを今、我が説明した所でお前は納得するのか? まずは自身の命を優先しろ。願え。『絶対に自分を殺すな』と、願うのだ」
「う……」
魔王の顔が、俺の目の前に――。
あらゆる生命から恐怖の対象とされている魔王。
なのにどうして。
どうしてこんなに綺麗な顔をしているんだ――?
「お、おねがいだ……。俺を……俺を絶対に殺さないでくれ……」
言われるがまま《おねがい》のスキルを発動する。
そして世界の時は、停止する。
白黒の世界――。
ぐにゃりと歪んだ、世界――。
「……承知した。我はアルルを決して殺すことはしない……」
そう光の無い瞳で答える魔王。
そして次の瞬間、夢から覚めたような表情に戻る彼女。
「……ふふ。本当だ。本当に記憶が無いな……。成程……。これが世界の『矛盾』を葬り去った《命令の力》……。我ら魔族を迫害に追いやった元凶か……!」
「うっ!」
いきなり殺気を纏い、俺の首を締め上げる魔王。
何が何だか分からずに呻き声を上げる俺。
しかし――。
「……そうか。我はお前を殺さない。絶対に、殺すことはしない……」
「……! げほっ! げほげほっ! ……くそ……! 何なんだよ一体……!」
首を押さえながら呼吸を整える俺。
……いや、待てよ……。
今、魔王は確実に俺を殺そうとした様に見えた。
これを危惧して、彼女は事前に俺に《命令》させた……?
逆上して俺を殺してしまわない様に……?
何故、そこまでする必要がある……?
「……お前……」
「……ルージュだ。今後はそう呼べ。お前は我のパートナーになるのだからな」
「はあ?」
今……何て言った?
パートナー……?
「1つずつ、説明しよう。取り敢えずそこのソファへ座れ、アルルよ」
そして彼女の――魔王ルージュの説明が始まる。
◆◇◆◇
「……」
絶句する俺。
何一つ言葉が頭に入って来ない。
「やはりな。お前ら人間族にはそのように歴史が伝わっていたのか。捏造された、偽りで固められた歴史が」
彼女の独白にも似た説明は続く。
《種族戦争》での結末。
虐げられた魔族。
当時の《霊媒師》と《命令士》の暗躍。
書き換えられた歴史。
何もかもが、俺が今まで学んできた物とは違う――。
「信じられるかよ! そんな話が――」
「しかし可能性がある事はお前だって分かっているのだろう? 《命令士》アルルよ」
「っ――!」
《命令の力》……。
この力を駆使する《命令士》がいれば、世界の理など簡単に覆せるとティアラは言っていた。
偽りの歴史を作り出すことも、都合の悪い事の全てを魔族に押し付ける事も――。
「でも現にお前は……ルージュは『世界』に戦争を仕掛けているんだろう! 平和になった現代で戦争を仕掛けてきているのはお前ら『魔族』の方じゃねぇかよ!」
「……それも『嘘』だったら、どうなる?」
「え……」
『嘘』……?
それも、《命令の力》によって捻じ曲げられた偽りの情報――?
そんな……!
「……ユフィア・ベルゼルク」
「!」
「彼女の身に何が起きたのか、お前ならば知っているのだろう?」
「……」
ルージュはどうしてユフィア姉さんの事を知っている?
……いや、知っていて当然だ。
何故なら俺の姉さんは――。
「勇者ユフィアと相打ちにより滅ぼされた先代魔王ガハト・オーザーランド」
まさか――。
「今一度問う」
そんな……。
そんな事って――。
「その情報は、果たして真実の情報か? アルル・ベルゼルクよ――――」
【登場人物⑩】
NAME/ユフィア・ベルゼルク
SEX/女
RACE/人間族
JOB/勇者
SIZE/???
主人公であるアルルの姉。
人間族でも『最強』の称号を持つ職業である《勇者》の女性。
五代目魔王であるガハト・オーザーランドとの相打ちにより死亡されたとされている。
アーシャやミレイユとは実の姉妹の様に仲が良かった。
彼女の使用していた聖剣デュラハムは今も尚、祖国であるラグーンゼイム共和国の首都にて厳重に保管されている。




