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作者: じく



「いいよ、もういい」


「辛かったね、よく頑張った」










◆―



太陽も高くなったお昼。

今日は天気が良い。


マンションの階段をこつこつと上り7階を目指す。

生憎、エレベーターは点検中で動いていなかった。



「来たよ」



こつんこつんと窓を叩いて合図すれば

ガチャリと鍵の開く音が耳に届いた。


暗い目のあの人は私をチラりと見たと思えば

すぐさま早足で部屋に戻ってしまう。

閉まりかけた玄関の扉を慌てて追い、中に入って鍵を閉める。


毎度の事だ。



あの人はすでにベッドに横になっていて、

私を拒絶するみたいに壁側に顔を向けている。

それも毎度の事。ご丁寧にどうも。


肩の荷物を降ろした瞬間、あの人はごろりと振り返る。


「ねぇ」


「何?」


どうしてこの部屋はこう、湿った空気しかないのだろうか。


「…なんでもない」


窓を開けたところで何一つ変わってくれやしない。


「そう」


それもこれも毎度の事。




ふとベッドの端に座ってみれば、あの人がもそりと起き上がる。

見つめてやれば両手を伸ばしてそれきりだ。


「今日は、どうしたの?」


「……なんでもない」



そう言ってまた、ずるりと横になる。

壁側を向いて。



「つらいよ、」



あの人が呟いて、私が頷く。

あの人が話して、私が頷く。

あの人が泣いて、私が頷く。

あの人がおびえている。


私は頷いて、見ていた。





「、つらいよ」


もう一度こぼしたところで私は彼の背中に手を当てた。

びくりとはねた肩を感じて、そこに額を当てる。


「つらいね、」






「うん、」



「つらかったね」


「うん」



するりと手をまわしてやればあの人は一層震えた。

きゅう、と抱きしめて背中に頬を寄せる。




「いいよ、もういい」


「辛かったね、よく頑張った」




あの人はずっと壁側を向いたまま。

きゅうきゅうと鳴く声が湿った部屋に響いている。


あの人はずっと壁を見つめていた。







それも、毎度の事。



ありがとうございました。

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