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あの鐘が鳴る時

作者: 星松錦
掲載日:2026/11/01

 この街ではどこにいても、あの鐘が見える。

街のど真ん中にある大鐘。それは、街のシンボル。

ただ、一つだけ妙なルールがあった。


落とし物をしては、いけない。


鐘が、不要なものだと思って消してしまうのだ。

猶予は一時間ごとに鳴る鐘が、三回鳴るまで。


 今日もまた、誰かが何かを落とす。

「あれ……手袋が、無い」

由紀乃が気付いたときには、コートのポケットから消えていた。

彼女は何かの間違いだと思ってもう一度、ポケットを確認した。

続いて、反対側のポケットも見る。トートバッグの中もくまなく探す。だけど、見つからない。

「どこかで、落としたんだ。探さなきゃ」

そう決意したその時。

ゴーンゴーン。一回目の鐘が鳴った。

 由紀乃は今日、隣街から遊びに来ていた。落とし物をしたのは、この街に入ってからだ。それはほぼ確実。

脳裏に鮮やかに浮かぶのは、手編みの青い手袋。昔の、プレゼント。

そして次に浮かぶ、あの人の顔。

もう、秋も終盤。だいぶ寒くなってきている。でも、冬にはまだ早い。

由紀乃は、道を引き返すことにした。まずは、さっきランチをしたレストラン。店員に尋ねた。

「青い手編みの手袋、忘れたかもしれないんですけど……」

「申し訳ないですが、そういう報告は届いておりません。残念ですが、すぐに消えてしまいますしね」

ゴーン、ゴーン。二回目の鐘が鳴った。

 ランチの前に寄った、路地裏を探す。ゴミ一つ落ちていない。

鐘が消してしまうから、綺麗な街が保たれているのだ、と由紀乃は思った。

最初に立ち寄った、雑貨屋も行った。たくさん売られている売り物に紛れてないか、くまなくチェックしたけれど、やっぱり無かった。

「諦めも、肝心ですよ」

やや迷惑そうに、レジに立つ店長さんに言われ、由紀乃はすごすごと失礼しました、と言ってまた、道を戻る。

由紀乃は腕時計を見た。

もう、鐘が鳴るまで、五分しか無い。

ついに、街の端のほうまで舞い戻ってきてしまった。

「もう……見つからないのかな」

 手袋は見つけないと駄目だ、と思った。ここで見つけなければ。

彼女は、思う。もはや手袋に、取り憑かれていると言っても良かった。

由紀乃は冬生まれだからだろうか、寒さに強い。この時期はまだ、手袋なんて必要ない。

なのに、持ち歩いている理由は、一つだけだった。

頭によぎる、あの人の儚い笑顔。

彼女は最後の執念を振り絞って、あたりを探した。

腕時計を、見る。あと、一分。

「……あれだ!!」

青い手袋は、あった。街と街の境目ギリギリ。地面に堂々と落ちていた。

だけど、しっかり鐘の街側に存在していた。急がないと、消えてしまう。

由紀乃は、走った。

もう、一分を切っている。

目の前に迫る、手編みの青い手袋。

伸ばした右手の指先が、手袋に触れた。

暖かい。だけど、少しチクチクもする。そんな感触だった。

ゴーン、ゴーン。

鐘が、鳴る。

由紀乃は手袋を……拾わなかった。

 青い手袋は、プレゼントされたものじゃない。かつて由紀乃自身が作って、贈ろうとしたものだった。告白とともに。

でも、断られて、返された。そして彼女は今まで大事に持ち歩いていたのだ。渡す機会なんか、もう二度と訪れないだろうに。

青い手袋は、鐘の音と一緒に消えていった。

「……さようなら」

彼女は、手袋が消えてからもしばらく、地面を見つめた。

やがて、背を向ける。振り返ることは、無かった。

歩いて行く由紀乃の顔は、少し晴れ晴れとしていたのだった。

終わり。

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