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令嬢のさよならは優雅に

作者: 上田 成
掲載日:2026/06/15

途中から一人語りになります。シリアスではなくなりますのでご注意ください。

 ちょっと困ったように笑う仕草も、憂いを帯びた横顔も、溜息を吐く様子さえ、全部全部大好きだった。

 由緒ある侯爵家同士の政略的な婚約だったとしても、私は確かに彼を想っていた。

 けれど……。


 新月の晩に我が家で開かれた夜会の片隅で、彼は別の令嬢の腰に手を回しながら私に言った。


「君との婚約解消を考えている」


 その言葉を聞いた瞬間、私は静かに身を翻す。


 本当はずっと前から気づいていた。

 私に対する冷たい態度、聞こえてくる良くない噂。

 だから「ああ、やっぱり」と思った。


 煌びやかな夜会会場を、小走りで駆け抜けてゆく淑女らしからぬ行動に人々が騒めく中、気づけば私はバルコニーの手すりに屹立していた。


「よ、よせ! やめろ! やめるんだ!」


 私の後を追いかけてきていたらしく、彼の慌てた声が聞こえる。

 けれど、もう振り返りはしない。


「さようなら、婚約者様。私、ずっと貴方のこと………………」


 上半身を傾けた私の体は重力に引かれるように、真っ暗な階下へと落ちていった。


「そんな……嘘だ! 嘘だあああああああ!」


 彼の絶叫が夜会会場に響き、人々がバルコニーへ集まってくる。

 膝から崩れ落ちて泣き叫ぶ彼の代わりに、隣にいた令嬢が問われるままに事情を説明すると、会場は騒然となったのだった。






 ――と、ここまでが、私が亡くなったとされた経緯なのだけれど、よろしくて?


 私が本当に死んだか、ですって?

 そんなわけないじゃありませんの!

 命は大事ですのよ!

 あんな男のために散らすなんてナンセンスにもほどがありますわ。


 確かに私は彼を好きでしたわ。でも、あくまで過去形ですの。

 だって、あの方ったら好きな子を苛めて喜ぶタイプの人種でしたのよ。

 きっかけは私を貶める発言をした時に、彼の口角が上がったことに気づいたからでしたわ。


 それから注意深く観察するようにしていましたの。

 そうしたら私を無視したり、きつい言葉で詰ったりする時は、必ず愉悦を湛えた表情を浮かべていたのです。


 私を虐げた後はフォローのためなのか、いつもよりも格段に優しい言葉で労わってくれましたけれど、これ百年の恋も冷めますわよね。

 成人したいい大人が好きな子を苛めて喜ぶって、とんだ変態趣味だと思いませんこと?

 私には永遠にわかりませんわ。


 そんな趣向の彼との未来を断ち切りたくて、でもあの手の変態って執着心もすごそうでしょう?

 現に私に冷たい態度をとり、とっかえひっかえ違う令嬢と仲睦まじくしていたくせに、彼から婚約解消の話が出たのは、あの夜会が初めてでしたもの。

 しかも「解消を考えている」って曖昧さからしても、彼は本当に私を手放す気はないということが透けて見えましたわ。


 たぶん最近の私は彼が違う令嬢を連れても無反応だったから、切り札を出してきたのでしょうね。

 それで私に縋ってほしかった、と。


 すこぶる不愉快な思考ですけれど、永遠にグッバイな方法を準備万端で待ち構えていたこちらにとっては、渡りに船のお話でしたわ。


 さて、では私がどうやって助かったのかというと、至って単純な仕掛けですから、笑わないでくださいましね。


 実はバルコニーの階下に我が家の影達が待機していて、落下した私を網でしっかり受け止めてくれただけですの。


 月明かりのない新月の夜、しかも明るい夜会会場の光との対比でバルコニーの外は真っ暗闇。

 当然細工が見えることはありませんでしたけれど、念のため地面には私と同じドレスを着せた人形をあらかじめ配置しておき、更に偶然にも庭園で酔いを醒ましていた父親が娘の遺体(に似せた人形)を皆が集まる前に泣く泣く回収する徹底ぶりだったため、完全にバレませんでしたわ。


 あの後、婚約者が「せめて顔を見せてくれ」と懇願していたけれど、家族がちゃんと拒んでくれましたし。


「落下の衝撃で無残な姿になった娘を嘲笑うつもりか。娘を軽んじ浮気をした挙句、婚約解消までちらつかせた君に会わせるつもりはない」


 父にそう言われ、母と兄からも射殺しそうな視線を向けられれば、彼も無理強いはできなかったというわけですの。

 家族も彼の性癖を知ってからは婚約させたことを後悔していたので、積極的に協力してくれたのですわ。


 え? 好きだった人に対して死を偽装して離れるなんて残酷ですって?


 そうかしら? 私が死んだことは彼にとっても悪くないのではありませんこと?

 だって好きな人を苛めて喜ぶ方ですもの。

 婚約者の悲劇的な最期を思い出して、悲嘆に暮れつつも欲情するんじゃないかしら。


 変態の思考なんて知らないけれど、一応彼と過ごした年月は長いから何となくそう思いますわ。


 彼の隣にいた令嬢?

 私の悲しむ顔が見たくて、お金で雇われた当て馬だったそうだけれど、ノリノリで私を蔑んでいたから、悲劇の令嬢に同情的な社交界で締め出しをくらうんじゃないかしら。自業自得ですわね。


 ああ、もう行かなければ。

 これから影達と一緒に秘密裏に出国する予定ですの。


 まあ、それなら最後に、バルコニーからダイブする直前に私が囁いた言葉が聞きたいですって?

 そう、私も小声でしたし婚約者も喚いていたので聞こえなかった、と。

 あまり淑女らしくない発言でしたので内緒にしておきたかったのですけれど、今は気分がいいので特別に教えてさしあげますわ。


「さようなら、婚約者様。私、ずっと貴方のこと……気持ち悪いんだよ、クソ野郎って思っていました」


 取り乱していた彼には聞こえなかったかもしれないけれど、私は言いたいことも言えたし、さっさと遠い国の親戚の家へ向かいますわね。


 それでは皆様、アデュー。


ご高覧くださりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
親戚だと2〜3年後なら令嬢とそっくりでも不思議じゃないよね
つよい
カッコい〜い♪惚れ惚れしました♪
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